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8.危機
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黒いドクロのコーヒーカップを手に、ニッキー先輩は話し始めた。
「昨日の午後、お前が倒れた後だ。めったに来ない4年の先輩が来てな、爆損をやらかしたんだ」
「ばくそん……?」
「ああ、大損の更にでかいやつのことだ。それも半端じゃない。学校が用意した実習用の資金、ほぼ全額を溶かした」
ニッキー先輩はカップを振り回しながら言う。
「どれくらいですか?」
「約500万エネだな」
その金額に、僕は息を呑んだ。
「魔導車5台分じゃないですか?どうやったらそんなことになるんですか?」
「レバレッジを効かせすぎた上に、損切りができなかったらしい。トレンドが急変して、一気にやられたんだ」
「レバ…ソン…トン…?」
僕の疑問には答える気がないようで、ニッキー先輩はわずかに残っていたコーヒーを飲み干すとドクロのカップをテーブルに置いた。
「問題なのは、その先輩が優秀だと評判だったことだ。去年まで実習では常に利益を出していたんだが…」
「それで、学校はどうするんですか?」
「先輩は退学かもな」
ニッキー先輩はいつもの無表情に戻り、話を続けた。
「去年から、魔導トレード科の実習内容は変更されててな、厳格なリスク管理と、段階的な資金運用が求められることになってるんだ。ルールの厳格化だな」
「…つまり、どういうことなんですか?」
僕は良く分からなくて、イルダ先輩に解説を求めた。
先輩は、机の上に伸びたまま喋る。
「損出したら退学ー」
「えっ!そんな!」
僕の頭は、パニック寸前だった。
せっかく大勢の好意で入れてもらえた学校なのに、退学などは許されない。
ふいにジョエルの顔が浮かんできた。彼が医療科に行けたのは、幸運だったんだと思った。
「えっと、では、その…昨日の損は?」
「当然カウントされるし、このままでは魔導トレード科はなくなるだろう。そしてまず間違いなく、全員退学だろうな」
腕組みしたまま、平然と言い放った。
最初に先輩が言った通り、とんでもない事態だった。
「どうするんですか?」
「どうするもこうするも、トレードするしかないだろうが」
ニッキー先輩が無表情でこう言うと、机で伸びていたイルダ先輩の顔がムクと起きた。目は星のように光っていた。
「だにゃ!」
「アレイシ、お前は他の科へ行け。まだ間に合う。俺達に付き合うことはない」
「そうだよ。これはウチらの問題だから。じゃね」
初めて見る真面目な顔だった。
誰も居なくなったテーブルの前に、僕は1人残された。
今なら魔導医療科に行けば、恐らく迎え入れてくれるだろう。ノルマ先輩はいい人だ。ジョエルもいて、楽しい学校生活が約束されている。パプルも治って言う事なしじゃないか。
僕はふらふらと教室の外へ出ていったので、その直後に学校の差し押さえチームが魔導トレード科になだれ込んだのを知らなかった。
「先生!」
渡り廊下で呼び止められたクラウジーネは、
相手が怒っているとすぐに分かった。
「どうしましたか、ルシアノ君?」
ルシアノは代表のつもりなのか、数人の貴族仲間の前に立って胸を張った。
「先生はエコ贔屓してますよね!」
「していませんよ」
「しています!」
相当お冠のようだ、とクラウジーネはうんざりした。
「先生は、我々より平民を優遇していると思います」
「そうだ」
後ろの援護をもらったルシアノはいよいよ調子付く。
「授業の内容を、もっと高度にして欲しいです。分からない連中に合わせてもらわれると、我々が迷惑するのです」
裕福な貴族の子供達は、小さい頃から教育を受けて育つので一般に学力が高い。
「選択科目についても同じです。」
「そうだ」
要するに、貴族と庶民を分けろと言っているのだ。クラウジーネはそう理解した。
少し考えてから、彼女は答えた。
「人は協力し合うことが重要です。学校は、そういう事も学ぶところなのです。自分だけが良くてそれで良いでしょうか?分からない人がいたら、あなたが教えてあげればよいでしょう」
ルシアノの顔が赤くなったと思ったら、一気にどす黒くなった。
「言いたいことがあったら、職員室に来なさい」
そう言ってクラウジーネはその場を後にしたが、最後のひと言は余計だったかなと思った。
残されたルシアノは何も言わなかったが、クラウジーネが見えなくなってから壁を蹴りとばした。
チャイムがなって、下校時間になった。
校舎から出てきた生徒達が、一斉に帰宅し始める。
僕は校庭のフェニックスツリーの下で、ボーッとしていた。
西の空はまだ日が高いが、刷毛で掃いたような薄雲がうっすらピンク色に染まっていた。もうすぐ夕焼けの時間なのだ。
それでいいのかアレイシ?と心の声が聞こえる。
魔導トレード科に入ったのは、自分の意思だったはずだ。
自分だけ助かって、それでいいのか?
僕を助けてくれたのは、彼らではなかったのか?
幾度となく繰り返す問いが、冷たい錨のように
胸の奥に刺さっている。
派手な魔導車に明かりがともり、列になって正門から勢いよく走り去るのを眺めていると、急に思考がはっきりしてきた。
僕は急に可笑しくなって、声もなく笑っていた。
最初から分かっていた。
答えは最初から決まっていたんだ。
「あそこに残る気なんだね?」
声がした方を見ると、いつのまにかカバンから抜け出したパプルが隣に座っていた。
「うん」
「君の選択は95%間違ってる。確率として」
夕日に染まる白猫がさらりと言ったので、僕は驚いて見返した。
パプルは無表情のまま、言葉を続けた。
「だけど、人としては100点だね。僕は君があそこに残るって言ってほしかったし、実際に残る決断をした君の事を、心から尊敬するよ」
悩んだ末の自分の選択を、パプルはあっさり解説して評価してくれた。悩んだことがバカみたいに思えて、僕は笑った。そしてなぜかスッキリした。
「ありがとう、パプル」
「そうと決まれば、やることはいっぱいあるよ。行こう」
そう言ってぴょんと跳ねると、白猫はこっちに来いとばかりに尻尾を振った。
「昨日の午後、お前が倒れた後だ。めったに来ない4年の先輩が来てな、爆損をやらかしたんだ」
「ばくそん……?」
「ああ、大損の更にでかいやつのことだ。それも半端じゃない。学校が用意した実習用の資金、ほぼ全額を溶かした」
ニッキー先輩はカップを振り回しながら言う。
「どれくらいですか?」
「約500万エネだな」
その金額に、僕は息を呑んだ。
「魔導車5台分じゃないですか?どうやったらそんなことになるんですか?」
「レバレッジを効かせすぎた上に、損切りができなかったらしい。トレンドが急変して、一気にやられたんだ」
「レバ…ソン…トン…?」
僕の疑問には答える気がないようで、ニッキー先輩はわずかに残っていたコーヒーを飲み干すとドクロのカップをテーブルに置いた。
「問題なのは、その先輩が優秀だと評判だったことだ。去年まで実習では常に利益を出していたんだが…」
「それで、学校はどうするんですか?」
「先輩は退学かもな」
ニッキー先輩はいつもの無表情に戻り、話を続けた。
「去年から、魔導トレード科の実習内容は変更されててな、厳格なリスク管理と、段階的な資金運用が求められることになってるんだ。ルールの厳格化だな」
「…つまり、どういうことなんですか?」
僕は良く分からなくて、イルダ先輩に解説を求めた。
先輩は、机の上に伸びたまま喋る。
「損出したら退学ー」
「えっ!そんな!」
僕の頭は、パニック寸前だった。
せっかく大勢の好意で入れてもらえた学校なのに、退学などは許されない。
ふいにジョエルの顔が浮かんできた。彼が医療科に行けたのは、幸運だったんだと思った。
「えっと、では、その…昨日の損は?」
「当然カウントされるし、このままでは魔導トレード科はなくなるだろう。そしてまず間違いなく、全員退学だろうな」
腕組みしたまま、平然と言い放った。
最初に先輩が言った通り、とんでもない事態だった。
「どうするんですか?」
「どうするもこうするも、トレードするしかないだろうが」
ニッキー先輩が無表情でこう言うと、机で伸びていたイルダ先輩の顔がムクと起きた。目は星のように光っていた。
「だにゃ!」
「アレイシ、お前は他の科へ行け。まだ間に合う。俺達に付き合うことはない」
「そうだよ。これはウチらの問題だから。じゃね」
初めて見る真面目な顔だった。
誰も居なくなったテーブルの前に、僕は1人残された。
今なら魔導医療科に行けば、恐らく迎え入れてくれるだろう。ノルマ先輩はいい人だ。ジョエルもいて、楽しい学校生活が約束されている。パプルも治って言う事なしじゃないか。
僕はふらふらと教室の外へ出ていったので、その直後に学校の差し押さえチームが魔導トレード科になだれ込んだのを知らなかった。
「先生!」
渡り廊下で呼び止められたクラウジーネは、
相手が怒っているとすぐに分かった。
「どうしましたか、ルシアノ君?」
ルシアノは代表のつもりなのか、数人の貴族仲間の前に立って胸を張った。
「先生はエコ贔屓してますよね!」
「していませんよ」
「しています!」
相当お冠のようだ、とクラウジーネはうんざりした。
「先生は、我々より平民を優遇していると思います」
「そうだ」
後ろの援護をもらったルシアノはいよいよ調子付く。
「授業の内容を、もっと高度にして欲しいです。分からない連中に合わせてもらわれると、我々が迷惑するのです」
裕福な貴族の子供達は、小さい頃から教育を受けて育つので一般に学力が高い。
「選択科目についても同じです。」
「そうだ」
要するに、貴族と庶民を分けろと言っているのだ。クラウジーネはそう理解した。
少し考えてから、彼女は答えた。
「人は協力し合うことが重要です。学校は、そういう事も学ぶところなのです。自分だけが良くてそれで良いでしょうか?分からない人がいたら、あなたが教えてあげればよいでしょう」
ルシアノの顔が赤くなったと思ったら、一気にどす黒くなった。
「言いたいことがあったら、職員室に来なさい」
そう言ってクラウジーネはその場を後にしたが、最後のひと言は余計だったかなと思った。
残されたルシアノは何も言わなかったが、クラウジーネが見えなくなってから壁を蹴りとばした。
チャイムがなって、下校時間になった。
校舎から出てきた生徒達が、一斉に帰宅し始める。
僕は校庭のフェニックスツリーの下で、ボーッとしていた。
西の空はまだ日が高いが、刷毛で掃いたような薄雲がうっすらピンク色に染まっていた。もうすぐ夕焼けの時間なのだ。
それでいいのかアレイシ?と心の声が聞こえる。
魔導トレード科に入ったのは、自分の意思だったはずだ。
自分だけ助かって、それでいいのか?
僕を助けてくれたのは、彼らではなかったのか?
幾度となく繰り返す問いが、冷たい錨のように
胸の奥に刺さっている。
派手な魔導車に明かりがともり、列になって正門から勢いよく走り去るのを眺めていると、急に思考がはっきりしてきた。
僕は急に可笑しくなって、声もなく笑っていた。
最初から分かっていた。
答えは最初から決まっていたんだ。
「あそこに残る気なんだね?」
声がした方を見ると、いつのまにかカバンから抜け出したパプルが隣に座っていた。
「うん」
「君の選択は95%間違ってる。確率として」
夕日に染まる白猫がさらりと言ったので、僕は驚いて見返した。
パプルは無表情のまま、言葉を続けた。
「だけど、人としては100点だね。僕は君があそこに残るって言ってほしかったし、実際に残る決断をした君の事を、心から尊敬するよ」
悩んだ末の自分の選択を、パプルはあっさり解説して評価してくれた。悩んだことがバカみたいに思えて、僕は笑った。そしてなぜかスッキリした。
「ありがとう、パプル」
「そうと決まれば、やることはいっぱいあるよ。行こう」
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