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しおりを挟むアリーチェは寝違えたその日と次の日の朝から苦い薬を飲むのにかなりの時間と覚悟が必要となったが、飲みきったあとにお見舞いに人が来てくれた。
まさか、昨日の今日で誰かが来てくれるとは思っていなかったアリーチェは来てくれた人物に驚いてしまった。
あまりに驚いて、寝違えたのをすっかり忘れて動こうとして、痛みに悶絶してしまったのは御愛嬌だ。
そして、こうなった。
「は? それで、婚約破棄になったの?」
「なった」
「信じられない人たちね」
「信じてたことすらないけど、そういう人たちだったのは再確認できたかな」
親友のレティツィア・ヴィスコンティは、婚約パーティーに来れないという手紙を見て笑ってはくれなかったようだ。昨日は、これから婚約パーティーがあるというのにすぐさま、アリーチェのところに行くと言い出したらしく、婚約者や実の両親に止められて大変だったようだ。
寝違えただけにしては大袈裟だと思うが、止めている方も気が気ではなかったようで、その辺も聞いてはいたたまれなくなってしまっていた。
(それ聞いただけで、申しわけないわ。おば様たちにも、あとで謝罪しないと。それとレティツィアの婚約者にもしなきゃ)
昨日の今日は忙しいはずのレティツィアは、疲れているはずなのにアリーチェのお見舞いに来てくれていた。時間帯的に学園を休んで来てくれていたが、それは多分、アリーチェの姉に会いたくなかったからだろう。レティツィアとマッダレーナは、昔から仲がよろしくないのだ。
(お姉様と仲の良い令嬢とか、見たことないけど。……本人が友達が多いと思っているのは、姉とエルネスト様の婚約パーティーの時に大勢来たからよね。顔も名前も、ほとんど知らないのに友達が多いと思えるお姉様も、凄かったけど)
姉の婚約パーティーの時を思い出してしまったアリーチェは遠い目をした。それこそ、あの時こそ、寝違えて出席できないことにした方がよかった気がしていた。そこから、婚約したのだからとアリーチェが必死になって婚約が駄目にならないようにしていたことすら気づいていない姉だ。
(本当に何をやってたんだか。まぁ、こうなるのは時間の問題だったのよね。私の寝違えたことから、こうなるとは思わなかったけど。……それより、親友の婚約パーティーのことを聞きたいわ。そもそも、よくレティツィアのご両親が休ませたわね。やっぱり、婚約パーティーで疲れたから休んでいいって話になっていたのかも)
世の令嬢たちは、次の日に学園を休む者も少なくない。
「私の両親が、そんなことで休ませてくれるわけないでしょ」
「え、じゃあ、」
「あなたのことを心配してるからよ。様子を見て来いって、昨日の夜も凄かったし、朝も凄かったわ」
「……」
レティツィアの両親は、ズル休みなんてもってのほかと言う人たちのはずだ。物凄くその辺が厳しいのだ。それがアリーチェの見舞いと言う名目で、休ませてくれたようだ。寝違えたとちゃんと書いたはずなのにおかしすぎる。
それを聞いてアリーチェは何とも言えない顔をしてしまった。
(まぁ、そこは掘り下げないでおいた方がよかったかも。ベクトルが、私に傾ききってるわ)
だが、アリーチェは親友の家族だけが、娘が親しくしているからそうなのだと思っていた。もう1人の娘のように思ってくれているのだと思っていたのだが、アリーチェのことを物凄く気にかけている者が、この国に多いことを知らずにいた。
元王女の娘というだけでなく、アリーチェがその母親によく似ていることが原因だったりするが、それにすら気づいていなかった。
「とてもお似合いね」
「っ、そ、そう思う!?」
「えぇ、そう思うわ」
婚約することになったとか。婚約の打診が来ているとかをアリーチェはよくされていた。
レティツィアの婚約のことも、アリーチェは聞かされていたが、誰と婚約するかを話してくれた時にそう答えた。すると珍しくレティツィアが、そんなことを言っていたがアリーチェは大概の令嬢がアリーチェに聞くとそんな風になるため、気にしていなかった。
でも、これは母親譲りのことだった。アリーチェがお似合いだと言うとその2人が幸せな家庭を築くことになるのだ。
逆に微妙な時は……。
「ど、どうかされましたか?」
「う~ん。なんか、しっくりこないというか。……ううん。私が、お相手の方のことを知らないだけね。変なこと言って、ごめんなさい」
「っ、いえ、滅相もないです! ありがとうございます!」
「?」
姉や妹が婚約しそうだが、どうだろうかと聞いて来る人には、そんな風に答えることもあった。
それでも、強行に婚約したりするとしばらくして破棄になったり、解消したりするのだ。
そして、姉の時は……。
(しっくりこないにも程があるわね)
最初、エルネストはアリーチェと婚約するはずだったが、それを知った姉が騒ぎ立てて2人が婚約することになったのだ。
そうなったことで、芋づる式にアリーチェは幼なじみのステルヴィオと婚約することになったのも、姉が妹が嫉妬したら面倒だからと丁度いいからとステルヴィオとの婚約の話を周りにしまくって、幼なじみも乗り気になってしまって、婚約することになってしまったのだ。
(あんな外堀の埋め方もあるのだと初めて知ったわ。それに乗っかったのが、ステルヴィオの両親とお姉さんなのよね。姉弟の仲がいまいちだったのにあの時ばかりは、凄かったわ)
そんな風に婚約したのに昨日呆気なく破棄になったのだ。元より、しっくりきていなかった2組だから、こうなるのは目に見えていたことだが、そのきっかけが自分の寝違えたことがから始まることまでは予想できなかった。
まぁ、いつか終わるはずだったことだ。それより、安静を言い渡されているアリーチェは、話し相手ができて喜んでいた。寝てれば良くなると思っても、昨日馬鹿笑いしていた2人が夢の中まで追いかけて来てアリーチェのことを笑うのだ。腹が立って寝てはいられなかった。そのたび、あり得ないだろうと憤慨して寝違えた痛みに悶絶することになった。
そのせいで寝不足となっているアリーチェは、親友が来てくれて昨日の婚約パーティーのことを聞こうと思っていたが、それ以前に色々聞かされて一番重要なところを聞けなくなっていた。
本当に酷い寝違えだったため、しばらく安静が必要だと言われているアリーチェには、安静の仕方がわからなくなってきていた。笑われるために寝違えたわけではない。婚約破棄になったのはこの上なく嬉しいが、笑いを取りたくて寝違えたわけではない。
レティツィアの婚約パーティーだからと気合をいれて寝たのがいけなかったのだろう。他の友達の時も、自分の婚約パーティーの時でも、そんな気合をいれはしなかった。
何なら自分の時の婚約パーティーは気合ではなくて、気が張ってしまって大変だった。元婚約者となった幼なじみと浮かれる彼の母親と姉が何かしないかと気が気ではなかった。
(私の婚約パーティーにも、凄いたくさん人が来たのよね。……そして、婚約者とその母親と姉のがこれなのかというような残念な目をされたっけ。あの生暖かい目を今でも忘れられないわ)
それを思い出すと、ステルヴィオとの婚約が破棄になって喜ばれることしか想像できなかった。
逆に姉の方は、エルネストと婚約するとわかった時の婚約パーティーは、マッダレーナが酷かった。あんなに1人で浮かれて婚約者に恥をかかせることばかりを次から次へとやらかそうとするとは思いもしなかった。
それをアリーチェだけで止められず、母も一緒になって助けてくれたが、母はそれに疲れてしまって寝込むはめになって、父が物凄く不機嫌になったのもよく覚えている。
きっと、姉が婚約破棄になったことが知れ渡れば喜ばれるはずだ。エルネストのことを狙っている令嬢は、今も多いのだ。そんなこと簡単に想像できる。
でも、わからないのはレティツィアの婚約パーティーのことだ。だから、丁度よかったと言ったら失礼すぎるが、アリーチェには親友が顔を見に来てくれてありがたくて仕方がなかった。なのにアリーチェのことばかりとなっていた。
「でも、アリーチェが来れなくなったと手紙もらって、あなたの姉が来るのかと思うと憂鬱だったのよ。でも、来れなくてよかったわ」
「……」
残念だとは言わなかった。アリーチェしかいなかったから、本音で話してくれた。
「でも、エルネスト様には来てほしかったわ。それに私の婚約者がエルネスト様が来れなくなったと聞いて、パーティーの途中からしょげてしまって大変だったのよ」
「……あー、なんか、色々と本当にごめん」
そこから、レティツィアの婚約パーティーにアリーチェが見当たらなくなって、ざわついたことを聞くことになった。
「ざわついたの?!」
「当たり前でしょ」
(私、そんなに目立ってるの!?)
普段、そんなことを気にしたことのないアリーチェは、ぎょっとした。主役たちより、目立つなんてあってはならない。しかも、欠席の理由が寝違えたことなのだ。目立ちすぎると困る。
そんなことを思っていると……。
「あの、すみません。アリーチェ様にお見舞いが、届いております」
「え?」
使用人の言葉にアリーチェは、無言のまま親友を見た。親友は……。
「安静必須とは言っておいたわ。だがら、学園もしばらく休むだろうとは伝えたけど、それだけよ」
それ以上は言っていないとレティツィアは言っていたが……。
「……安静の理由を知ってるみたいだけど」
お見舞いが続々と届き始めて、その一部のメッセージカードを見て、寝違えたことを知っているものが多かった。
「なら、元婚約者か。あなたの姉じゃない?」
「……」
親友の言葉にそんなわけないとはアリーチェは言えなかった。絶対、それだとしか思えないアリーチェは、ひっきりなしに届くお見舞いの品に遠い目をしてしまった。
「相変わらず、人気者ね」
「これ、人気関係あるの?」
アリーチェは、寝違えたことが大事になっている気がして頭を抱えたくなった。
どうせ帰っても暇だからと親友は面白がって、お見舞いの品々を使用人と一緒になって仕分けしていたが……。
「疲れるでしょ? あとは、使用人に任せて……。どうしたの?」
何やら、ズーンと沈み始めたレティツィアにアリーチェは疲れが出たのだと思ったが、どうにも違うように見えた。
(なんか、落ち込んでない? 何で??)
そんなことを思って見ているとレティツィアは、ポツリと呟いた。
「……私の婚約祝いでも、こんなにこなかったわ」
「……」
それが聞こえたアリーチェと使用人たちは、不思議に固まったが、使用人たちは何事もないようにテキパキと何が届いているかを記録を取っていた。
「あなたって、やっぱり凄いのね」
「それ、気に入ったの?」
レティツィアは、ぬいぐるみが届いたのを見つけるなり、ぎゅっと抱っこして離さなくなった。
「これ、触り心地いいんだもの」
「あ、本当だ」
それが、よほど気に入ったらしいレティツィアが名残惜しそうにしたのは、ぬいぐるみを手放す時だった。
(流石にお見舞いに来たのをそのままあげるわけにもいかないわよね)
そんなことを思っていると次の日から、やたらと同じぬいぐるみのシリーズが届いた。
(何で??)
そこにまたレティツィアが来て、原因が彼女だと知ったのは、その時だった。
どうやら、被ったら貰いやすくなると思ったようだ。
そして、その後もレティツィアによって巧みに操作されたお見舞いの品がアリーチェのもとに届けられた。
(流石、私の親友だわ)
レティツィアのやることにアリーチェは、そんなことを思っていた。操作されまくった見舞いの品が、親友とアリーチェがほしいものが届くのだから感謝しても、怒ってり咎める気にはなれなかった。
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