母は、優秀な息子に家の中では自分だけを頼ってほしかったのかもしれませんが、世話ができない時のことを全く想像していなかった気がします

珠宮さくら

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とある国の学園で、公爵令嬢のオデット・エティエンヌの休み時間は、こんな感じだった。


「休日に見かけましたけど、相変わらず私服姿が素敵でしたわ。あんなに素敵なお兄様がいらして、オデット様が羨ましいです」
「……」


あぁ、今日も始まったかとオデットは思った。


「本当よね。私の兄と交換してほしいわ。私服だと何を着ていいのかわからないって出かける時も制服なのよ」
「……」


学生なのだから、それで問題ない。この学園の制服はデザインにこっているから、私服よりもいいと思っている子息もいる。そういう子息みんなが、手抜きを考えているわけではないはずだ。


「わかるわ。そんなことで卒業したら、どうするのって母と心配しているのよ」
「うちなんて、父が母に頼り切っていて、毎日大変そうにしているわ」
「……」


オデットと呼ばれた令嬢は、毎日のように学園に入ってからというもの、兄のことをこんな風に暇を持て余した令嬢たちから羨ましそうに言われていた。

他の男性がいかに私服選びになると使いものにならず、面倒くさいかと言う話になって盛り上がるのだ。

でも、婚約者に頼られると自分のセンスを認めてもらえて、お揃いのコーディネートができると婚約したばかりの者は浮かれていたりするが、その浮かれが長続きしたのを聞いたことはない。みんな、それが結婚したら永遠に続くのかと思うとげんなりする者が多かった。

生憎とオデットには婚約者がいないから、浮かれたこともなければ、ずっと続くのかと惚気る子息がいない。婚約者のいない者には、惚気に聞こえるのは、オデットの妬みだろうか?

昨日は別のグループに捕まっていた。明日は別のグループに捕まることだろう。その繰り返しで他の話題を話せる人と友達になりたいものだとオデットは、この話題が始まると思ってしまう。本気で、そちらの友達を急募しているが、未だに出会えていない。

まぁ、急募と言っても声に出していないから、伝わっていないはずだ。本気でそんなこと言って歩いたら、明日からはこんな風に話しかけられたりはしないだろう。

それに喜ぶのもつかの間、今度は白い目を向けられてひそひそと陰口を言われることになるのは必須だ。面と向かって馬鹿にしてくる者はいないだろう。こんな考え方をしていても、オデットは公爵令嬢なのだ。

でも、いつか。そういう友達がほしい。切実に。卒業までには友達がほしいが、難しそうだ。

入学して以来、オデットは兄の話題に特に何も言わずに困ったげに微笑むばかりで、何も答えたことはない。それに対して何か言われることはなかった。いつも、好き勝手なことを話していて、オデットの兄がどうしているかという詳しい話など聞きたいと思ってはいないのだ。オデットは、元よりする気はないが。とにかく、話しかけて来る令嬢たちは、みんな暇なのだ。

この国の男性は、服に関して無頓着な者が多い。着られれば何でもいいが、そんなことをしたら恥をかくと思って、あれこれ聞いたり、やらせたりしている者が多い。

随分昔に浮気防止になるとして、男性にやらせずに妻がせっせと服を準備するようになった時期があったらしい。それによって、浮気しなくなったかと言うとそうはならなかったが、とある夫人が息子が母親や婚約者なしでは、着替えもままならないまでにした者がいた。夫の浮気に思うところがあって、我が子にそうなってほしくなかったようだ。更には一人息子への過度な愛情表現で世話をしすぎた。頼られることが嬉しかったのだろう。

そこに行き着く夫人が多すぎたツケが、今、この国に深刻な事態を招いていたりする。そう、夫が駄目なら息子にと思う夫人が多かったのだ。だが、それを孫やひ孫たちには内緒にしている人たちが多かった。なぜ、そうなったかを話したくなかったのだろう。

そのため、何で駄目な男がこんなに多いのかより、駄目な男にどれだけ迷惑しているかを話す女性が多かったのは、母親や祖母たちがそうしているのを聞いて来たから真似ているだけの者が多かった。

オデットは、両親のどちらの祖母とも会ったことがなかった。そのため、他の家がどんな感じなのかも聞いていることしか知らなかった。

そんな中で、噂にいつものぼるのは、公爵家の子息であるキルデリク・エティエンヌだ。オデットの実の兄だった。

彼は見た目だけでも得をしている。令嬢たちが、その姿を見ただけで、キャーキャーと騒ぐほどの姿形をしている。いわゆるイケメンというものらしい。

オデットには全くもって、どこがいいのかがわからないが、世の令嬢たちからするとそれだけでも素敵に見えるらしい。視力検査を全力でオススメしたいが、他人から見るとそう見えるようだ。

オデットは、幼い頃から兄の素顔を見ているせいかも知れない。兄は、今のように令嬢たちに騒がれるような完璧な子息なんかでは決してない。朝なんて、寝癖は凄いし、ちゃんと起きるまでにかなりの時間がかかる。そこから、素敵だと騒がれる姿形にするまでにかなりかかるのだ。

なのに人任せで、家を出るまで人の世話にならねば、動けない人だったりする。公爵家の使用人たちが、せっせと世話をしているわけではない。家にいる時の兄をこの令嬢たちが見たら、こんな風に話題にすることもないだろう。

かくいうオデットも、兄のことで世話をやく側にさえならなければ、そこまでとは知らなかった。知ってしまってからは、この話題を聞いていて何とも言えない顔をしてばかりいたが、それでも不満を口にすることはなかった。きっと、話しだしたら止まらなくなるだろう。この周りの令嬢たちと同じく世の男の中でも兄が一番ダメ男だと語れる。

それなのにこの国で一番ダメな男が婚約したことで、もっと騒がれるようになったのだ。相手は、侯爵家の令嬢でエルマンガルド・ヴィアールという。

これまた、この国で美人だと言われて騒がれている1人だ。見た目のみならず、成績も優秀で、何をさせても卒なくこなすとして、有名な令嬢だったりする。そんな令嬢を射止めようとしていた子息は多かった。

兄の婚約者になるより、誰もが王太子の婚約者になるのではないかと思っていたが、そうはならなかった。だが、みんなその辺のことについて、不思議と思うよりも、妙に納得をしていた。

王太子は、見た目がいまいちなのだ。そのため、エルマンガルドと並ぶとチグハグ感が半端ないため、それを気にしたのではないかと憶測が流された。誰もが、それが一番あり得そうだと思っている。オデットもそれが濃厚だと思っているが、王太子は沈黙したままで、それが事実かはわからない状況だった。


「そういえば、あの方、双子らしいわね」


王太子の話題は、すぐに鳴りを潜めた。そんなことを話題にしていても、仕方がないとばかりに新たに話題になったのは、エルマンガルドの方のことだった。


「あら、そうなの?」
「でも、片割れは全然似ていないそうよ」
「そんなに似ていないの?」


何やら双子らしいが、いつも話題にのぼるのはエルマンガルドの方のみだった。片割れと言われる令嬢の名前すら、知らない者が多かった。


「オデット様は、ご存じ?」
「いいえ。知らないわ」


申し訳なさそうにオデットが言えば、無理もなさそうにされた。

こういう話に疎いのは知っているはずだから、わざわざ聞くこともないはずだが、令嬢たちは興味があるかを見ているようだ。


「存在感があまりない方のようだから、気づかないだけみたいですよ」
「そんな方もいるのね」
「あの方の片割れだから、似てないことで色々言われたのでしょうね」
「……」


オデットも、兄とエルマンガルドが婚約するまで申し訳ないが、侯爵令嬢であるエルマンガルドが双子だとは全く知らなかった。

噂にならないほど、存在感を消すのがとにかく上手い令嬢のようだった。そんな令嬢がいるのかと思ってしまったが、こんなことで話題にならなければ気にもされなかっただろう。

まるで、双子だという事実すら、エルマンガルドの邪魔になるとばかりにしているようだった。オデットはそちらの令嬢が気になってしまったが、そんな風に思う者は、オデットくらいしかいなかった。

そんな感じで、エルマンガルドの片割れの話題が出ているおかげで、キルデリクの妹であるオデットは大した話題にはならなかった。

いや、オデットが聞いていないところでは色々と言われているのかも知れないが、他の方からは優秀にしか見えない兄がいるため、同じように私服になると妙に目立つようなことはしないようにした。

それこそ、私服は目立ちすぎず、控えめすぎず、でき過ぎにならないようにした。あの兄の妹と言われる成績だけは、しっかりととっていた。変な頑張り方をしていたが、それであの兄の妹として、羨ましく思われるだけで済んでいた。

兄の成績を超えようと思えば超えられそうだったが、オデットは歴代最高得点にあまり興味がなかったため、挑もうなんてしなかった。

時折、先生からは……。


「兄に遠慮して、成績を抑えることはないぞ」


そんなことをオデットは言われたことが何度かあるが、まだ余裕があるように見えたようだ。生徒からは言われたことはないが、やはり先生たちの目は誤魔化せないようだ。

だからといって、優秀なのに変わりはないため、特に怒られることはなかった。呆れられてはいるようだが。

たまに兄に取り入ろうとして、売り込んで来る令嬢が、オデットにすり寄って来たが、そういう令嬢には言葉巧みに追い返していた。

今は婚約したのを知っているから、それもなくなった。オデットとしては、婚約者も決まったのなら、兄のことは全て婚約者に任せたかった。

でも、それをさせたくない身内がいて、そちらが今回のキルデリクの婚約に納得いっていないのは明らかで、オデットは非常に迷惑していた。

そちらの話は、追々しよう。大体、誰のことかはわかるはずだが。

それよりも表向きの話題は、この国でも必ず2人はどこからかで話題にされている。そんなキルデリクとエルマンガルドが並ぶと更に騒がれたていた。特に休日明けは大変だった。


「2人が並ぶと目の保養になるわね」
「見た目が良いとあんなにも絵になるのね」


あちらこちらで、そんなことを話す人が増えたのも、婚約したのが広まってからだった。どちらも、狙っている人たちがいたようだが、あまりにも休日の私服姿が素敵すぎて並んで立つなんて、無理だと思う者が殆どだったようで、2人を仲違いさせようなんて者は現れなかった。

そこまで、見た目だけなら、絵の見本になりそうな人たちだった。オデットも、確かにたまたま見つけた休日の姿に神々しさすら感じそうになったが、それを見物している人たちの多さに普通にドン引きした。

街の人たちは、そんな2人が来て買い物をしてくれればいいが、通るだけならさっさとしてくれないと商売にならないような顔をしていた。

兄たちはそんな周りに全く気づいていないようで、それを見ているだけでも、オデットはいたたまれなくなってしまった。

あまりの光景にオデットは買い物もそこそこに帰ってしまった。絵になるからと見物して何が楽しいというのか。オデットには、そのよさだけはさっぱりわからなかったし、わかりたくもなかった。

あんなんで出かけていて楽しいのだとしたら、2人とも変だ。兄は、婚約者に夢中のようで周りを見ていないように見えたが、婚約者の方は羨ましがられて喜んでいたように見えた。

その辺が透けて見えて、噂とはどうにも違うように思えた。オデットは、そっちが気になってならなかった。

休日になるとやたらと婚約する前から、キルデリクは街に出ていたが、どうやらお目当ての令嬢がいて偶然を装って会おうとしていたようだ。それが、エルマンガルドだったようだが、わざわざ私服でそんなことをしたのを知ったオデットは、遠い目をしただけだった。

オデットは、街での2人のことを耳にしていただけだったら、げんなりして終わっていただろう。そう思うようになったのは、最近だ。

オデットとて、エルマンガルドのことを素敵な令嬢だとよく知りもしないで勝手に噂を間に受けて思っていた。兄と婚約し少しまで経つまで、それが本当のことだと思っていて疑うなんてしていなかった。

それが婚約してから、双子のことを知り気になり出して、片割れのみならず、双子をよく観察するようになった。

すぐに色々と目撃することになり、気づいてしまったのだ。エルマンガルドの素顔というか。本性に。

それこそ、兄は周りに素敵だと騒がれているが、実際はそんなことないことを妹であるオデットは、身をもって痛感している。

エルマンガルドの方も、同じようなものだったことを知ったに過ぎなかった。

身内で苦労させられている者が他にもいたのだ。下手をするとオデットは、兄がこの国で一番厄介だと思っていたが、そんな厄介なんて大したものではなかったことを思い知る機会にもなった。

まさか、オデットがもっと厄介な者に出会うことになるとは思いもしなかった。


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