母は、優秀な息子に家の中では自分だけを頼ってほしかったのかもしれませんが、世話ができない時のことを全く想像していなかった気がします

珠宮さくら

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この日も、そうだった。オデットが、キルデリクとエルマンガルドを街で見かけて素敵だったと騒ぎ立てる令嬢たちの話題から逃れるように移動していた。

エルマンガルドの本性を知ってしまった後のことだ。

騒ぎ立てる令嬢たちの話題から逃れられても、別の厄介ごとに捕まっただけだった。わかっていても、同じような話に盛り上がる令嬢たちが、そこかしこにいて、そこから逃げるために1人になってしまうため、そのタイミングでもっと別の厄介ごとに捕まってしまうのだ。

どちらが、煩わしいかと言うとお喋り好きな令嬢たちの方が、まだマシかも知れない。それでも、気が変になりそうでついつい逃げてしまって、こうなるのだ。

学園の中では、オデットには気が休まるところがないようなものだった。かといって、先生たちのところに質問なんてしに行けば、留学を目前にやる気になったのかと思われる。それはそれで、癪だったからしたくなかった。

結果、捕まるしかなかったりする。


「オデット。こんなところにいたのね。探したわ」
「……何か?」


探されている理由など知っていたが、いつもすっとぼけていた。

大体、呼び捨てで構わないと言ってもいないというのに既に義姉になったかのように呼び捨てにされるのは不愉快でしかなかったが、それを咎めたことはない。

他の令嬢がいる時に話しかけて来ないかと思ってのことだが残念ながら、思惑通りになっていない。


「これ、いつもの通りにお願いね」
「……」


エルマンガルドは、今日の授業で出た宿題をオデットに手渡してきた。この令嬢は、自分は物凄く忙しい。こんなの忙しくない者がやればいいと思っているような令嬢だ。自分中心な考え方をして、こうやって誰かにやらせて生きてきたのが、丸わかりだった。

オデットがやることになる前は、彼女の双子の妹にやらせてきたようだが、彼女は今、隣国に留学している。

彼女のことをオデットは悪く思っていない。悪いのは、全てエルマンガルドだ。

この姉のせいで、ヴィアール侯爵家では霞んだ存在となっている令嬢だ。二卵性のため、見た目も全然違い、あちらは存在感をひたすら消していた。エルマンガルドに怒られるからではなく、自分からそうしたようだ。

今ならその理由がよくわかる。少しでも目立つとこの姉は怒るのだろう。そのため、存在を消す術を覚えてしまったようだ。そんなことしなくても、目立つ存在になったのに。

昔は、そうではなかったのではないかと思っている。見た目が、全く違っていても、エルマンガルドの妹もそれなりに美人なのだ。

オデットとしては、エルマンガルドよりも彼女の片割れの方が、化粧映えして、どんな色合いであろうとも、見事に着こなしてしまうほど、内面から輝く美しさがあると思って見ていたが、それをオデットと意気投合するまでは、隠していた。そこが、まず凄いと思ってしまったところだ。

そんな凄い存在を目立たないようにして押さえつけていたようだ。面倒に巻き込まれたくないと思うオデットとは違う。彼女は、姉のためにそうしていた。姉の方は、妹にそこまでされていることを全く知らなかったし、当たり前なようにコキ使っていたようだ。

そんな片割れが留学してしまい、新しい標的にされたのが、オデットだ。自分でやるという考え方をしないのだ。きっと、この先も、やらずに済むなら、そうするだろう。

彼女は将来、義妹になるのだから、こんな風に使われるのも、当たり前なように思っているようで、片割れがいなくなるなり、オデットのところに平然とやって来てやらせた。

兄の婚約者が、とんでもなく残念なことを言えないと思ってのことではなく、誰も信じはしないと思っているようだ。確かに外面はいいし、彼女たちの両親もすっかり騙されているが。それがいつまでも騙され続けるわけがない。

エルマンガルドの思考回路はおかしすぎる。まぁ、だから妹に色々やらせていたのだろうが、よくそれで何でもできるように見せていられたものだと思っていたが、そう見せていたのはエルマンガルドの頑張りではなかった。

彼女の片割れが、そう見えるようにしていただけだったのだ。そんなところで、頑張ることなどなかったのに彼女は、双子の姉だからと恥をかかせたくなかったようだ。

それで、自分が何を言われても姉だけは恥をかかせまいとしたことで、こんなことになったのだ。

だが、そんなことをずっと続けていけないと思い始めたのは、エルマンガルドの双子の妹のブランシュ・ヴィアールだ。

彼女は、年々やらせるものが増えていって、もう耐えられないと思って留学をしようとしていたが、そのタイミングで婚約のことを聞いたらしく、彼女はしれっと留学すればいいものをオデットに全てを打ち明けてくれたのだ。


「そうは、見えないだろうけど。その、妬んでいるから、悪く言おうと思っているのではないの。私が、留学すると頼る相手を替えるしかなくなる。婚約者がいなければ、そのうちみんなにバレて終わると思っていたの。でも、このタイミングで婚約するとは思っていなくて……」


必死になってブランシュはそんなことを話してくれた。そんなことまでされても、彼女にとっては大事な姉に聞こえて、オデットは何とも言えない顔をしてしまった。

オデットが彼女の立場だったら、そこまでできない。そもそも、したくない。できもしていないのにやらせておいて、手柄を全部自分のものに平然とできるようなのに容赦しない。

大体、そんなことしても本人が困るだけではないか。もしや、それを見越してこんなことをしたのか……?

なんてことをオデットは考えたが、どうもオデットのような思考はしていないようだ。ダメ人間にして、あとからざまぁみろと思うような令嬢には、どうしても見えなかったのだ。

それこそ、必死に話してくるのを聞いて、目の前の令嬢を責め立てたりはしなかった。あなたがそんなことしたからだろうと言えば、彼女はずっと続けてしまいそうだったから、それだけは言えなかった。

気に病んだら、とことんな気がした。繊細な令嬢に見えたのだ。オデットとは違って、壊れてしまいそうに見えた。


「つまり、あの方は、あなたがいなくなったら、私に色々やらせると思っておられるのですね?」
「っ、えぇ、姉さん、見栄っ張りだから。お友達にも言わないはず。言えるはずがないの。私がいなくなれば、みんなが知ると思っていたのよ。それなのにあなたのお兄様と婚約してしまった。だから、私がいなくなれば、あなたを利用しようとするはず。両親は、すっかり姉さんの言うことを信じているから、他の人たちが何ををしている言っても、中々信じないはずだから」
「……ブランシュ様は、お優しいですね」


オデットは、思わずそう言っていた。オデットが、彼女の立場なら、相手のことを気遣えただろうかと思うとそんな余裕をとっくになくしている気がする。

最初から、オデットならば、そんなことしていない。したとしても、バレるようにやる。手柄を横取りしている高い鼻をへし折ってやる。

でも、ブランシュはそんなこと全く考えない令嬢のようだ。


「え?」
「言わずに留学できたでしょうに」


ブランシュは、優しいと言われるとは思っていなかったようだ。きょとんとしたあとに顔を振った。


「そんなことできないわ。姉が、人様に迷惑かけるのがわかっているのに」


じっと見ていても、やはり演技をして無理をしているようにはオデットには見えなかった。曲がりなりにも公爵令嬢だ。演技をしているのはわかる。それがないのだ。

それすら隠しているなら、とんでもない令嬢だ。

オデットは、演技ではないと思って話すことにした。


「……私も、同じことを考えていました」
「え?」
「実は、兄が……」


ブランシュにオデットは、溜め込んできたことを話した。厄介な身内がいるのだ。他人に迷惑をかけるとわかったら、どうにかしなければと思う。

オデットも、ブランシュのように悪口を言いたくない。別の理由で、言いたくなかった。恥でしかないのだが、本当にその通りなのだと兄の話をした。彼女は、姉のことがあるとはいえ、信じられない顔をしていた。

まぁ、兄というか。オデットの場合、そこまでにした原因が一番厄介だと思うところだが、そちらの話をせずに兄のことのみにとどめておいた。すっかり家の中ではダメな人間になっていることを。妹が、蹴り倒してやりたくなるほどのことがあったことは言わなかった。口にしたくもなかった。

彼女の家も、父親が服のことであれこれ聞いていても、何もかもを揃えて、手伝わねばできないなんてことはないため、絶句していた。

オデットが、それを他人から聞いたら盛ってると思ってしまうところだ。そんな人間いるわけないと思って、親身に聞いたりしない。

だが、ブランシュは盛ってるなんて思わなかった。


「そ、そこまでなのですか?」
「えぇ」
「そう。お互い、とんでもない兄弟を持ってしまったようですね」


お互い友達がいないこともあり、なぜそんな男がこの国に多くなったのかをそもそも知らなかった。

そうさせた厄介なのがいたせいだと知らなかったこととお互いの父親が、普通だと思っていたのも大きかった。

ブランシュの父親は平均的で、オデットの父親はこの国の中でも稀な存在だった。きっちりした家で育ったのだ。他所がやっている流行りだからと真似ることはなかった。

そのおかげで何から何まで自分でできた。そのせいで、息子に手をかけたのもあったのかもしれないが、そんな言い訳にもならない。

オデットは、父のようなのが普通だと思っていたが、あれこれ聞いているうちに両極端な男性が我が家にいることを思い知ることになった。父に似ていれば、良かっただろうに。兄も、エルマンガルドと同じく、自分では何もしていないのに手柄を横取りしているのだ。

もっとも、ジェラームの方は手柄を横取りされても全く気にしていないし、何なら息子が褒めちぎられるのを喜んでいる。

ブランシュは、恥をかかせたくないだけで、その辺が微妙に違う。


「本当にそうですね。身内じゃなければ、よかったとどれほど思ったことか」


オデットは、しみじみとそんなことを思ってしまった。そう毎日のように思うようになった。


「っ、わかります!」


ガシッ!とブランシュに手を掴まれた。そこから、溜め込んでいた不満を爆発させた。それこそ、共通して散々な目にあってきたとわかり、どれだけ苦労させられたかをとことん話した。

オデットの場合、散々な目も最近のことばかりで、それまではそこまで苦労させられたことはなかった。そちらにかかりっきりで、ぞんざいに扱われてきたことに気づいたが、それだけだ。

だが、あれがあったから爆発寸前だったものが、少し落ち着いた。ブランシュの爆発寸前に比べたら、そんな大したものではなかったのが大きかった。

オデットは念願の友達を得られたのだ。演技ではないかと疑ったことを心の中で必死に謝罪した。流石に言葉にできなかった。


「オデット様。やはり、私、留学は……」
「行ってください」
「でも、そんなことをしたら……」
「私も、必ず行きますから、安心なさってください」
「オデット様」


ブランシュは、オデットに負担がかかることを気にしていたが、オデットはブランシュに全てを言っていなかった。一番厄介なのは、兄ではない。そういう風にさせた存在がいるのだ。

そのため、今更、計画を変えるなんてオデットにはできなかった。あの家からとにかく離れたかった。そのチャンスを逃すなんてできないのだ。

それこそ、ブランシュが行かないとなってしまったら、寝覚めが悪いことになるのは確かだ。そんなんでオデットだけが、自由を手にして留学していても楽しいはずがない。

だが、肝心の根本とも言える存在の話をしなかったため、ブランシュは何やら勘違いしながら、先に留学したことで、さらなる誤解が生まれることになるとは、オデットは思いもしなかった。

オデットは、ブランシュほど兄思いの令嬢ではなかった。

ブランシュの危惧する通りに彼女が留学した途端、オデットは、すぐにエルマンガルドにこき使われるようになった。

もっとも、それだけではなかったことには驚いたが。


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