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とある国に世界で初めてとなる聖女が生まれた。彼女は、神の存在を信じて疑うことはなかった。そのため、神の愛を一心に受けることになった女性の祈りは絶対な力を誇り、全ての厄災から信仰ある民を守ったと後世には語り継がれている。

その聖女は、大きな厄災から民を守ってからは、彼女が生まれた街に聖女を讃えて建てられた神殿で、日々祈ることを日課にして、年月を重ねても慎ましやかに暮らしていた。

時折、王都から届く陛下からの届け物に微笑んでいた。


「聖女様。お昼です」


聖女付きの若い世話係が、祈りに没頭する聖女に声をかけるのも、いつものことだった。

いつもなら、その声に反応があるのだが、その日の聖女は祈りの体制のまま微動だにしなかった。それを世話係は、不思議に思いつつ、声をかけながら更に近づいた。


「聖女様。朝もお食べになられていないのですよ。お昼は……、聖女様……?」


朝も、食べずに聖女は祈っていた。祈りたいと言われ、そういう日もよくあった。そういう日は昼間にしっかりと何かを食べてもらうべく、世話係は消化の良いものを用意していた。

だが、歩み寄りながら世話係は、いつもと違うことに気づいてしまった。


「聖女様。そんなっ、」


聖女は、祈りの体制のまま、息を引き取っていたのだ。世話係は、聖女の傍らで、それに気づいて泣き崩れたのも、すぐだった。


「何を騒いでいるのですか? 聖女様のお祈りの邪魔に……」


騒ぐ声に他の世話係が現れ、泣き崩れるのを見て、聖女に駆け寄り、息をしていないことを知るとよろめきながら駆け出していた。

聖女が亡くなった知らせは、瞬く間に国中に広まった。その知らせにどれほどの者が、泣きあかしたことか。

葬儀は2週間続き、国は聖女の死を悼んで1年間喪に服した。

その死に誰より嘆き悲しんだのは、国王だった。


「聖女よ。祈りながら、亡くなるとは、そなたらしいな。できるならば、聖女として生まれ変わることを望むと言っていたな。ならば、私は次の世は国王ではなくて、そなたの側に馳せ参ずる者になりたいものだ。私が、側にいることを許してくれるか?」


国王の想いと同じく、聖女も秘めたる想いを持っていた。だが、それを彼女は国王としての務めをまっとうすると決めたことで、彼に告げることはなかった。何より、聖女を辞めて国王にのみ尽くす人生を彼女は選べなかったのだ。

国王は聖女の死から、自分が亡くなるまで喪に服す装飾を身に纏い続けて、その死を偲んだ。彼は、聖女となった女性を心から愛していた。でも、お互いがお互いの与えられた務めを果たすべく、別々の道を歩んだのだ。

妻を迎え、王子や王女が生まれたが、彼の一番は聖女となった女性への愛に溢れていた。

それを国民は知っていて、国王の想いの深さに涙する者は多かった。

だが、妻と子供たち、貴族たちは、そんな国王に示しがつかないと思っていた。特に妻の妬みは凄まじいものがあった。


「あの女が、やっと死んだと思っていたのに。死んでもなお王の心を独り占めするなんて、許せない」


その妬みと嫉妬から、彼女は子供や孫に聖女のことであることないことを吹き込み続けた。王を虜にした悪女のように言い続け、それがいつしか貴族や国民の間にも、その嘘が刷り込まれていくことになるとは誰も思わなかった。

国王とて、妻を蔑ろにしているつもりはなかった。彼なりに妻を大事にしていた。子供たちも、孫のことも。

でも、聖女を亡くしてからの国王は、己の務めをまっとうして、聖女の側に逝きたいと思う心が強すぎて、そんな妻の気持ちに気づかなかった。

こうして、国王が亡くなってから、王都は様変わりすることになっていく。王都での聖女の扱いと聖女の生誕の地での聖女の扱いに差が生まれたのだ。

王都では、聖女を悪く言う者が多いが、それでも神殿に寄付さえしていれば、週に一度祈りに参加さえすれば、信仰心があるとみなされて、初代聖女がいた頃の面影はなくなって、様変わりし続けた。

それに比べて、聖女が生誕した街の神殿では、聖女の想いを違えることなく、時代が移り変わろうとも、想いが曇ることはなかった。

それから、聖女となる者は現れたが、初代聖女を超える者はいなかった。それどころか、最近の聖女は、どの女性も短命となっている。

それが、何かよからぬことの始まりではないかと思う者も少なくなかった。

その兆しのようにここ数年、謎の伝染病が地方で報告され始めていたが、それもしばらくすれば勝手におさまっていたことで、王都では今年も同じだろうと思っていた。

だが、今年は広がる一方で、他の症状も現れ出したとなり、医者を派遣して調査して、治療させることになった。

もっとも、今の国王は王族や貴族お抱えの医者ではなくて、民間の医者を派遣させ、そこに行くまでに医者を各街で募りながら行くように命じたのだ。

伝染病にかかるものが、貴族ではないから、民の治療に従事している医者の方が治療法を見つけるのも早いともっともらしいことを言っていたようだ。

それに国民は不平不満を募らせることになったが、それでも国王の命令には逆らえない。医者の集まりが悪いとわかれば、各場所で何人と決められて集められることになり、初代聖女の生誕の地である街にも、伝染病の発生したところに向かう途中にある街として、そこからも医者を募ることになったのは、数ヶ月のことだった。

この街には、数年前から王都から移り住んで来たとある家族がいた。その家の娘のことをこの街の者は、みんなよく知っていた。

祈りの場に毎日通うことを日課にしている女性で、街では知らぬ者がいなかった。


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