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しおりを挟むヴィルヘルミーネは、いつもならまだ帰宅しないような時間に帰ったことで、家族から何があったのかと声をかけられることになり、家族みんなが集まったのは、すぐだった。
「何? 志願した?」
「そうです。誰に何を言われる前にご自分で、そうお決めになったんです」
「俄には信じられないな」
「お父様。ついさっき聞いたんです。嘘ではありません」
「だがな」
(みんな、誤解しているのよ)
ヴィルヘルミーネは先程のことを家族にすぐさま話したが、父親は怪訝な顔をするばかりで、ヴィルヘルミーネの兄はヴィルヘルミーネのことを物凄く心配してくれていた。
「ヴィルヘルミーネ。お前、熱でもあるんじゃないか? 神殿で、ここのところ、寝る間も惜しんで祈っているだろ? 具合が悪いんじゃないか? というか、そのほっぺた腫れてないか?」
「え……?」
ほっぺたのことを言われて、最初何のことだろうとヴィルヘルミーネはきょとんとしながら首を傾げたが、自分の頬に触れて、あっという顔をした。
(自分で抓ったんだったわ)
触れたことで、熱を持っているのを感じ痛みが走り、自分が確認のためにやらかしたことを思い出して、視線を彷徨わせた。
自分でやったなんて言えば、それを説明しなくてはならなくなる。それをさけたい。それこそ、全部話したら疲れているんだなと言われて、休めと言われるのが落ちだ。
「こ、これは、ランドルフ様には関係ありません。それにどこも何ともありません。本当に志願なさったんです。彼は、いざという時には、率先して医者の本分を真っ当にされる方だということが、よくわかりました。それに私のことも、ちゃんと理解してくれていました。婚約者として、祈りを独占しないようにそんな邪魔になりたくないから破棄したいとおっしゃったんです」
「彼が、そんなことを本当に言ったのか? どうにも、行きたがるとは思えないんだがな」
「やはり、疲れすぎているのではないですか? すぐに医者を呼んだ方がよい気がします」
(どうして、信じてくれないの? こんなことじゃ、誰も信じてくれなさそうだわ。本当のことなのに。どうして、ここまで誤解されなきゃならないのよ)
そんなことを思ってヴィルヘルミーネは、とても悲しくなってしまった。
ヴィルヘルミーネの話をすぐに信じてくれたのは、母親だけだった。
母は、腫れた娘の頬に濡らしたハンカチをあてて、ヴィルヘルミーネに柔らかに微笑んだ。
「私は、信じますよ」
「母様」
「ヴィルヘルミーネが、これだけ言っているのですもの。あなた、あちらに確認なさっては、どうですか?」
ヴィルヘルミーネの味方を母がしてくれ、やんわりと父にそう言ってくれたのだ。
父も、そう言われて悲しげにするヴィルヘルミーネを見て、確認なら、すぐにできることだと思ったようだ。
「そうだな。……だが、ヴィルヘルミーネ。今日は、早めに休めるといい。顔色がよくない」
「私なら、大丈夫です」
「駄目だ。どうせ、明日も神殿で時間が許す限り祈って、ボランティアに精を出すつもりだろ? やめろとは言わないが、きちんと休んで、食事も取らないと倒れるぞ。倒れるようなやり方をするなら、止めるしかなくなる。わかるな?」
ヴィルヘルミーネは、倒れたらもともこもないと言われて、その通りだと思い頷いた。心配だからと言う家族にその日は、すぐに休むことにして、食事もきちんと取ることにした。
(そうよね。私が倒れたら、みんなに迷惑かけてしまうもの)
心配かけないようにしても、祈ると色々と周りが見えなくなってしまうヴィルヘルミーネに家族は、祈るのをやめさせることは一度としてなかった。熱心に祈るヴィルヘルミーネが、己のことでなく大勢のために祈ることを両親が教えたわけでもなかった。視線とそうするヴィルヘルミーネに自分たちの生活を見直すようになり、ヴィルヘルミーネまでとはいかずとも毎週、神殿にするようにはなったが。
それをヴィルヘルミーネは、ありがたいと思っていた。他の者は、そんなことをするより、もっと別のことをさせて、花嫁修業させた方がヴィルヘルミーネのためになると言っていたようだ。特に器量もそこそこで、運動全般も苦手で、家事は得意だが、この通りに人の悪意に疎いのだ。嫁に行った先で、大変な目にあう前に色々と身につけさせるべきだと思われたようだが、ヴィルヘルミーネの両親はそれを無理強いしなかったのだ。
父は、なんだかんだと言いながらも、必死に訴える娘が悲しげにするのを見ていられなかったようだ。あちらの家にすぐに確認してくれ、ヴィルヘルミーネの言った通りだとわかって、慌てて帰って来た姿を見たのは、初めてだった。
(父様も、あんな風に慌てるのね。初めて見たわ。私が慌てても、ろくなことにならないけれど)
ヴィルヘルミーネは、そんなことを思い、ヴィルヘルミーネの兄も流石に父がそんな冗談を言うわけがないと思ったのか。ランドルフの志願したことにあっちが病気になったのではないかと言い出して、家族にじとっと見られて黙ったのも、すぐのことだった。
ヴィルヘルミーネの話をすぐに信じなかっただけでなく、自分たちが色眼鏡でランドルフのことを見ていたことを恥じ入ったのも、まもなくのことだった。
「すぐに破棄にしていいな?」
「えぇ、そうしてください。あの方の成そうとしていることの足枷にはなりたくありません。それだけは、絶対に嫌です」
「わかった」
父は、ヴィルヘルミーネに再度確認してくれたが、破棄することに異論は全くなかったことで、あっという間にランドルフとの婚約は破棄されることになった。
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