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しおりを挟むそんなことがあったが、ヴィルヘルミーネはそんな印象を王都から来ている医者たちに与えていることに全くもって気づいていなかった。
神殿に通う人たちが増えたことに素直に喜んでいた。ボランティアを率先してやる新しい仲間も増えたことにも嬉しくなった。
ただ、伝染病の発生した場所に仲良くなった人たちが向かうことに何とも言えない感情が渦巻いていた。
志願した面々も、よく知る人たちだ。ランドルフ以外にもいて、そんな人たちを見送る中にヴィルヘルミーネも、当然ながらいた。
それこそ、見送れる者はみんな集まっているような人数だった。
派遣される医者のたくさんの方と顔見知りになったことも、ヴィルヘルミーネには感慨深いものがあった。それこそ、最初はヴィルヘルミーネの方から声をかけていたのが、あちらから声をかけられるようになりとなって、忙しいだろうにボランティアの手伝いまでしてくれて、ヴィルヘルミーネは感激していた。
そんな姿を見て、ヴィルヘルミーネがもっと頑張らなければと変な気合をいれてしまい、やり過ぎてしまって周りが困っていることにも気づいていなかった。何事も、全力で悪気の欠片もないのだから困ってしまう。
その中でランドルフの姿を見て、本当に行くのかと驚きを声に出している者は、一人や二人ではなかった。それほど、まだまだ街の人たちには信じられない光景だったのだろう。
(こんな見送られ方をされるなんて……。どうして、彼はこんなにもみんなに誤解されているのかしら? 不思議でならないわ)
ヴィルヘルミーネは、いたたまれない気持ちになってしまったが、ランドルフはそれに気づいているはずなのに全く気にしていないかのようにしていた。
(こんなことで、鈍るような覚悟ではないってことね。私が、一喜一憂している場合ではないわ。しっかりしなくては)
ヴィルヘルミーネが、そんなことを思っていると声をかけてきた。そちらを見るとローザリンデが神妙な面持ちで立っていた。
久しぶりに会う気がするとヴィルヘルミーネは思っていた。どこか遠くにお互い行っていたわけでもないのに変な気分だった。
「ヴィルヘルミーネ。この間は、ごめんなさい」
「私も、色々言い過ぎてしまったわ。私の方こそ、ごめんなさい」
ローザリンデが、先にヴィルヘルミーネに謝罪してきたが、ヴィルヘルミーネは小さく首を振った。喧嘩など、ヴィルヘルミーネは殆どしたことがなかったが、我慢ならなくなってしまい、話さなくなっていたのだ。幼稚なことをしてしまったものだとヴィルヘルミーネは反省していた。ローザリンデは大事な友達なのにこんなことで、友情が終わるなんて思うと不安でしかなかったが、謝罪しあって元通りになれてホッとしていた。
でも、謝罪してほしいのは、ヴィルヘルミーネは自分に対してではない。
「謝罪なら、私にではなくてランドルフ様にしてくれると嬉しいわ」
「そう、よね。今、したいところだけど、これだけ大勢の人が見送りに来ているのに水をさせないから、彼が無事に戻って来たら、ちゃんと謝罪するわ。偏見を持って彼を見ていたことを心から詫びてね」
そんな話をしながら、二人は並んで無事を祈って見送った。
それこそ、候補に入りそうだと言って狼狽えるか。愚痴愚痴とあーでもないこーでもないとヴィルヘルミーネに言うのなら、すぐに想像できた者が、この街では大半だった。見送りをしながらでも、それは簡単に想像できるほど、彼はそういう人だと思われていた。きっと、ヴィルヘルミーネが見渡す限りの人たちも同じく、そういったことなら想像するのは容易かっただろう。
(気持ちを切り替えなくては駄目なのに難しいわ)
でも、いざという時には、そんなことを言う子息ではなかったということが、今回のことで証明されることになったのだが、それでも真に受けて痛い目を見ると思われているようだ。
見送る間、ヴィルヘルミーネは彼のことで色んなことを思ってしまった。
(ずっと、腰抜けだと思われていたってことよね? 酷い思い違いをされていたものだわ。どうしたら、そんな風に思われてしまっていたのかしら。あんなに立派な方なのに。そこが、不思議でならないわ)
ヴィルヘルミーネは、しばらく前まで、誤解をきちんと解こうともしていなかった自分自身が許せずにいた。彼が志願先に行くのを見送りながら、反省しっぱなしでいた。
それは、ヴィルヘルミーネの周りも同じだった。いざとなれば、率先して医者の卵として、やるべきことを成そうとする子息なのだとわかり、悪く言っていた者たちが彼を褒めるようなことを口にし始めたのも、見送ってからだった。それどころか。今までのように悪く言う者を怒る者まで現れたほどだった。
そんな彼が、ヴィルヘルミーネとの婚約を破棄してまで、決死の覚悟で、現地に行くと言い出したのだ。それこそ、帰って来れるかわからないのに婚約したまま待たせるのは、忍びないとまで言ったことも、広まっていた。
ヴィルヘルミーネは、その意志を組むことにして、婚約破棄をしてから彼の無事を祈りながら、彼だけでなく大勢の人を想い祈りながら見送ったことをみんなは知っていた。
街の人たちも、みんなの無事を祈っていた。
(もう、会えないかも知れないのね。それこそ、今回見送る人たち、みんなが無事に戻って来てくれるといいのだけど。……それも、厳しそうなのよね)
見送りながら、ヴィルヘルミーネはそんなことを思っていた。いつもなら終息しているのに終息どころか、広まっている一方なのだ。何かが、いつも違って起こっていることは明らかだ。
顔見知りの医者の面々の目が合うと頷かれたり、手を振られたりするので、ヴィルヘルミーネはそれに頭を下げたり、手を振ったりと忙しくしていたが、彼らがヴィルヘルミーネの姿を見つけて、不安が払拭され、勇気を与えている希望の存在になっているとは思いもしなかった。
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