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ルクレツィアは、朝になるとアンセルモを彼の家まで迎えに行くことが日課となったのは、学園に入学してすぐだった。
普通は、ルクレツィアのことをアンセルモの方が迎えに来るらしいが、彼はそんなことをするような子息ではなかった。何なら迎えに行かないと面倒だとか。気分じゃないと学園に行かないと言うような少年になっていた。
学園に上がってから、そうなったわけではない。ルクレツィアと婚約してから、徐々にわがままと自己中を拗らせていった結果だ。
「ルクレツィア。おはよう」
「おはようございます」
「……また、あいつか?」
「えぇ、まだ部屋にいるようです」
アンセルモの父親であるティオフィロとこうしてルクレツィアは話すようになったのは、学園に入ってから日常とかしていた。
そう、ルクレツィアは婚約者の家まで来てアンセルモの仕度が終わるのを待っている間、ティオフィロと話すのを何気に楽しみにしていた。1日で一番楽しい時間だ。
婚約者は、父親にせかされても急ぐなんてことはなく、遅刻ギリギリになるくらいでしか動かなかった。
普通は逆なはずらしいが、ルクレツィアの普通はいつも変だった。アンセルモのせいで当たり前が、これになっていた。
それでも、この婚約をどうにかしようとまで考えることはなかった。好きな人と話ができるチャンスがなくなることの方が、ルクレツィアに辛かった。
だから、そのままでいた。そのせいで、ルクレツィアの周りは、そこまでするほど婚約者が好きなのだと思っているようだ。
そこは、全力で否定したいところだ。こんな駄目人間を好きになるほど、おかしくない。
「アンセルモ!!」
「……何ですか?」
「何度言ったら、わかるんだ。婚約者を待たせるな」
「……ルクレツィアが、勝手に早く来ているだけです」
面倒くさそうにやって来たアンセルモは、初対面の時の面影は全くない。
父親に怒られて煩わしそうにしながら、朝の挨拶もすることなく、遅れると言って馬車に乗り込んだ。
遅れるのは、アンセルモが出て来るのが遅いからなのだが、それすら自分のせいではないと思っているようだ。
そして、馬車に乗ってからが最悪な1日となる。
「お前のせいで、また父上に小言を言われたじゃないか」
「……」
そこから、ネチネチと学園につくまで、アンセルモの嫌味を聞かされるのは、いつものことだった。
こんな調子のアンセルモは、学園でも自由だった。自由というか。やりたいことしかやらない。誰に何を言われても関係ないとばかりに好き勝手にできるのは、父親がグラツィアーニ公爵であり王弟で、国王の若い頃によく似ていると前王妃が亡くなるまで、アンセルモのことをそれはそれは可愛がっていたせいで、何をしても許されると思ってのことのようだ。
「ルクレツィア嬢。君の婚約者のことなんだが……」
「彼と一緒じゃないの?」
「婚約者なんだから、どうにかしてくれ」
教師から生徒にまで、ルクレツィアはアンセルモのことを婚約者としてどうにかしろとよく言われていた。
本人に言っても、直す気もなければ、聞く気はないのが丸わかりだし、前王妃が存命な時にそんなことが耳に入ると大変恐ろしい目に合うようで、亡くなった今でも、直接言わずにルクレツィアに言って来るのだ。
ルクレツィアにとって、ストレスでしかない。
前王妃も、お気に入りの孫が気に入ったというので、それなりに気に入っているかのようにしていたが、アンセルモのいないところでは酷かった。ルクレツィアの両親よりも酷かったし、何なら今のアンセルモのような人だった。
つまり、前王妃の性格と前国王の面影が似ているアンセルモのことをどう扱っていいかが、わからなくなっているようだ。
婚約をどうにかするにも両親は娘がグラツィアーニ公爵家に嫁ぐことになることが自慢になっていた。
親戚も同じようなもので、ルクレツィアのことをよく知りもしないのに昔からよく知っているかのようにして、好き勝手にしていた。
伯爵令嬢のルクレツィアは、そんな日常に疲れ切っていた。最悪な1日が長すぎて、至福の瞬間があっても、カバーできなくなってきていた。
それにアンセルモの態度が悪くなっていく一方で、ルクレツィアは至福の時も満喫する余裕もなくなっていた。
「ルクレツィア」
「……公爵様」
「顔色が悪いぞ」
「試験勉強を遅くまでしてしまって寝不足なだけです」
グラツィアーニ公爵家で、朝は必ずティオフィロと会っていた。夕方も、ルクレツィアがアンセルモをグラツィアーニ公爵家に送ってから、屋敷に戻っているが、公爵と会うことはない。
それだけでなく、アンセルモは家庭教師の課題を昔から何一つとしてやらない子息でもあった。前王妃が甘やかしていたのもあり、大人になればできるからと今やらなくても大丈夫みたいに彼によく言っていたのがよくなかったのだ。
それこそ、大人になったらできるようになるのは、基本がしっかりしているからこそ言えることだと思うのだが、アンセルモは都合よく解釈していて駄目だった。
そんな基礎ができあがっていたこともあり、学園に入ってから何を言っても頑なにやらず、あまりにもしつこくすれば前王妃に泣きついたりして、そうなると大変だった。
「お前が婚約者なのだから、あの子のことを影で支えてやらなくて、どうするのよ!」
「……」
前王妃によく怒られていたルクレツィアは、とんでもない理不尽なことを言われて、そこから面倒になったルクレツィアが何をしたかと言えば、やったふりをアンセルモの代わりに出すようになった。
そうすれば、前王妃に呼びつけられて、怒鳴られることもなく、アンセルモに何だかんだと言われることはなかった。……他のことで言われることにはなったが、課題関連では何も言われなかった。
そもそも、代わりにやっているため、字体でわかるはずだが、教師はあれこれ言うのに疲れているのもあり、何も言わなくなっていた。
課題をやらないのだ。勉強ができるのかというとそんなことはない。成績は目も当てられないが、補講がある。いや、あったのだが、それに出ても聞いていないので、大量の課題をやることで免れている。それをルクレツィアがやっている。
アンセルモがやっていないのを知っていても、教師は補講をやらせている事実だけを残したいようだ。
そんな学園生活にも、アンセルモの婚約者でいることにも、伯爵令嬢でいることにも、ルクレツィアはすっかり疲れてしまっていた。
それなのにルクレツィアは、両親に良い成績を残せと言われていた。両親も親戚も、結果が全てと言うだけ言って、何も助けてくれない。
それこそ、婚約しているのはルクレツィアなのだからと見捨てているのもある。あれから言うなら、手伝ってくれても良さそうだが、そんなことをしてくれる人たちは誰もいなかった。
周りは前から婚約者の厄介さを知っているのに好きだから、婚約しているかのようにしていて、浮かれきった伯爵夫妻やルクレツィアの親戚のことを笑いものにしているところもあるようだ。
そんな中で、グラツィアーニ公爵のティオフィロだけがルクレツィアをよく見てくれていた。彼に助けを求めたら、どうにかしてくれるはずだが、そうなればルクレツィアの世界は一変する。
今のままでいたいわけではないが、全部がなくなることに未練があるとしたら、このグラツィアーニ公爵とのこの朝の会話が、たった数分の時間がなくなることが、一番嫌なことだった。
そのためにこんなになるまで、ルクレツィアは誰に代わってくれと言うこともなく、ひたすら頑張っていた。
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