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しおりを挟む何をどう気に入られたのかはわからないが、彼はエステファンアに一目惚れしたようだ。
もっとも、エステファンアはこの通りの令嬢だ。人とそこまで違う思考回路をしているとは、本人は思っていない。更には、周りの彼女をよく知るたちも、そこまでとは思ってはいない。
まぁ、パトリシオを追いかけ回すことはせずとも、彼を見てキャーキャー騒がなくとも、目の保養だと眺める程度でもしていたら、世間一般のこの国の女性と同じく、見目麗しい男性を見て騒ぐまでいかずとも正常というか。普通だと思われていたはずだ。
エステファンアのような反応をするのはいくらこの世界を探しても彼女くらいしかいないほどだとは、本人も思っていなかった。人とずれている自覚はあるが、そこまでとは思っていなかった。そういうところは、エステファンアとて人のことというか。婚約者のことをとやかく言えないところはあった。
そんなことをあれこれ考えながら、心洗われるような空を見上げていると今日も聞こえてきた。
それは、エステファンアがわざわざ聞きたくないことを言う面々の声だった。
「あの令嬢が、そうなの?」
「あんなちんちくりんなのが、選ばれるなんて絶対に裏があるに決まっているわ」
「……」
それが聞こえてきて、空を見上げているのをエステファンアは、すぐさまやめた。
(聞こえているのだけど。……あ、聞こえるようにわざと話しているのか。ちんちくりんで、悪かったわね。言われなくてもわかっているわよ。……あぁ、わざわざ嫌味をこれ見よがしに言われているのに否定できない。なんて虚しいんだろう)
エステファンアは、そんな風に彼と婚約してから色んな令嬢たちから言われるようになっていた。それらは、みんなパトリシオのようなハイスペックなカステイリョン公爵家の嫡男を射止めるのに必死になっていた令嬢たちだ。いや、婚約する前まで必死に見せていなかった令嬢たちも、加わっているようだ。
それほどまでにエステファンアが婚約者になったことがな不満なのだ。まぁ、誰と婚約しても不満がでないことはないだろうが、一番あり得ない人物がエステファンアだったようだ。それも悲しいかな。エステファンアにもわかってしまった。
婚約してから、そんな日々を過ごすようになっていた。これが、一生続くのかと思うとエステファンアは人生で初めて憂鬱だと思い始めていた。
彼女のような人物が、憂鬱だと思うほどだ。相当なものだ。もっとも、それで食欲過多や食欲不振になることも、不眠に悩むこともなかった。
毎日のおやつが、婚約前より更に楽しみになったくらいだ。何を隠そうエステファンアは、お菓子が大好きな令嬢だ。その楽しみが増したのにも理由はあるが、散々な目にあっているはずの彼女が、ストレスで気を変にすることはないことは確かだ。そんな軟な令嬢ではないが、そこまで他の令嬢とずれまくっていることもエステファンアは知りもしなかった。
着飾るものや化粧や髪型を張り切っているのは、母と使用人たちだ。エステファンアよりも、毎朝あーでもないこーでもないと盛り上がっていて、エステファンアは鏡台の前で二度寝するのが日課になった。
そう考えると前より、更に図太くなったかも知れない。
今日も、気合の入れられた髪型と化粧をされたが、寝ぼけていてよく見て来なかったが、そこは話題にはなっていない。言われるのは、ちんちくりんだと言われることが主だ。それくらいしか言われていないが、それが一番腹立つのだから狙って言われているのだとエステファンアは、ずっと思っていた。
そこにエステファンアの婚約者が、この日、初めてエステファンアを見つけたようだ。
「エステファンア!」
「……」
美形で、声もよく、何をしていても見惚れるくらい絵になるパトリシオ。そんな彼が、エステファンアを見つけて嬉しそうに微笑んで近寄って来た。
その声に自分が呼ばれたわけでもないのにそこかしこで、キャーキャーと黄色い声があがるのもいつものことだ。それこそ、あの中の令嬢にそんなことしたら、卒倒するか。鼻血を出したりするらしい。エステファンアは、腰を抜かした令嬢を見たことあるが、パトリシオの声は兵器にもなるようだ。
そんなエステファンアが思ったことといえば……。
(あぁ、勘弁してほしい。まだ、今日始まったばかりなのに。おやつの時間まで、まだまだ先なのに)
だが、そんなことを思っても彼は消えてなくなってくれるわけではない。今日も、後光が見えて眩しいくらいだ。
「こんなところで会えるとは思わなかった」
「ご、ご機嫌よう。パトリシオ様」
「あぁ、今日もとても可愛いな。その髪型も、とても良く似合っている」
「あ、ありがとうございます」
(今日の髪型を私はまだちゃんと見ていないけど)
寝ぼけていて見損ねたが、褒められたのだから母たちの朝の仕事は、これからも続くだろう。張り切っている面々は、エステファンアがその話をしなくともパトリシオが何を言ったかを知っていた。
そのせいで、化粧を担当している者や他のことを担当している者たちは、褒めてもらおうとエステファンアを余念なくケアするだろう。
お陰でエステファンアの肌艶も、髪の艶も見違えるほど良くなった。全身のお手入れも余念ないから、マッサージをされるのだが、それも担当する者がプロのようになっていて、エステファンアは……。
(使用人を辞めて、すぐにでもお店を持てるレベルになっていってる気がするのよね。みんな、凄いな)
そう、エステファンアはそのおかげで、周りに馬鹿にされる話題が、ちんちくりんなことだけになっていたりするのだが、その辺のことにも気づいていなかった。
何気にエステファンアが施されているのを見て、真似ようとする者もいたりするが、それにエステファンアは全く気づいていなかった。何だかんだ言われても、この学園のカリスマのようになっていたのだが、そのことに欠片も気づいていなかった。
そんな風になっているから、今日褒められた髪型をしばらくして真似る者も現れることになる。それを他の使用人が、クエンカ伯爵家の使用人に聞いたりするため、褒められたのが髪型だと知られているのだが、そのことにもエステファンアは気づいていなかった。なにせ髪型を褒められても、じっくりわざわざ見ようとする気がないのだ。見たところで、エステファンアはできない。そもそも、自力でやる気もない。
それなのにパトリシオに褒められたいがためにクエンカ伯爵家では大騒ぎしていた。エステファンアを介して褒めてもらえるのが、嬉しいようだ。エステファンアには、わかるようなわからないような。
まぁ、その髪型やらを他に教えたところで、エステファンアの良さを引き立てるために編み出したものだ。他の者が、そのまま真似ても似合わないことの方が多いのだが、真似している令嬢たちは、そんなことに気づいてはいない。
それをしていれば、パトリシオの目に留まるかも知れない。そんな期待を込めて、エステファンアを真似ているようだが、残念ながら彼は婚約者の変化と身内の変化以外に反応することはなかった。
婚約する前まで、色んな令嬢たちを褒めていたようだが、婚約してからはエステファンアが一番となっていて、その後に身内の女性と位置づけられたようだ。
婚約してからも前と同じようにしていたら、エステファンアもそこを理由に自分には無理だとして婚約の解消を言えたと思うが……。
(それを言っても、すんなり解消は難しそうよね)
なにせ相手は、カステイリョン公爵家だ。その程度、我慢しろ!と両親は言うはずだ。両親どころか。使用人たちも、色々言ってくるに違いない。
他に何かないかと探しても何もなかった。そんなところまで、完璧なのかと頭を抱えたりもした。そんなことをしていると知られたら、贅沢だと説教されていただろうが、知られることはなかった。
パトリシオは、学園に来て朝からエステファンアに会えて幸せだと言わんばかりにしていた。エステファンアとは真逆なことを思っているのだが、それに思わず引きつった笑顔を向けてしまうのも、そんなことパトリシオは気にするような子息ではない。
そんな顔すら、いいもばかりに嬉しそうにしていた。もはや、何をしてもエステファンアなら良さげにしか見えない。一目惚れしたというだけはあるのかもしれないが、これだけの子息だ。何がそんなにエステファンアに魅力を感じたのかが、エステファンアにはわからず首をひねるばかりだった。
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