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しおりを挟む幼い頃のことをすっかり忘れたルシンダ・フラムスティード。改めルシンダ・ヘインズは、実の母親からすると幸せではなくなっていた。更には両親からすると親不孝な娘になり果てていた。
その前までは、母の言っていた通りだったが、幸せだったかというとルシンダはそんなことなかった。
ルシンダは、とある部屋の一室でぼんやりしていた。与えられた部屋にもようやく慣れてきた頃だった。
いや、見慣れないせいで時間がかかったのは、部屋の調度品を自分の好みのものにしていいと言われたことから、戸惑ってしまった。
そう、ルシンダはそれに戸惑った。好みがわからなかったのだ。
そんな選択肢を与えられたことが、ルシンダには遠い昔のようになっていた。ずっと、母が決めていた。
「ルシンダには、これね」
「あなたには、これが相応しい」
母親は、そればかりを言う人だった。ルシンダは、これが似合うといつも選んでくれていたから、自分で何かを選ぶ機会はなくなっていた。
それが、当たり前のように積み重なっていたせいで、ルシンダは気づかなかった。自分の好みがわからなくなっていたことに気づかなかったのだ。
それに戸惑わない人などいないはずだ。ルシンダも例外なく戸惑った。でも、表情が乏しいから、周りにはあまり伝わらなかったようだ。
それどころか。好きな色も、好きなことも、わからなくて、ルシンダは何でもできて当たり前だったはずなのに。何もできない令嬢になったような気分になって、落ち込んでもいた。わかりづらいだろうが、ルシンダは頭の中が混乱してすらいた。
そんな風には見えなかっただろうが。ルシンダは、ずっとそんな感じだった。
そんなこと、小さな子供にもできる。迷いなくできることが、わからなかったのだ。その混乱は、今も続いている。未だにわからないことだらけだ。
なぜ、好みがわからないのかが、わからない。
“ーーには、これが似合うわ!”
幼い頃にそう言ったのは、誰だったろうか。確か、そう言われて一層、その色が好きになれた気がするが、何色だったかも相手が誰だったかも思い出せない。霞がかかったようになっていて、ルシンダは誰と話していたかもわからなかった。
そのせいなのか。ゆっくりしていていいと言われてしまったが、やることなく。いや、やりたいことがわからなくて、ぼーっとしていた。
それすら、ルシンダはわからなくなっていたようだ。前までは、わからなくても支障なかったのに。わからないことがわかるとおかしな気分になってしまう。
この国の学園が長期休暇中なせいで、やることがそもそもなかった。いや、それも違う。一応、宿題があるからと渡されたが、それはすぐに終わってしまうものばかりだった。ルシンダにとっては、物足りないものだった。
それが、ルシンダの与えられた部屋の机に積まれている。退屈というより、余計なことを考えてしまっていて、一応ではない宿題をやったが、それらはルシンダにとって、すぐに終わる程度でしかなかった。
それが、普通ではなく異様なことにすら、ルシンダは気づいていなかった。ルシンダの集中力はずば抜けている。それに眠ることも、あまりしなくても体調に問題なかった。徹夜で何かに取り組んでいても、ケロッとしていた。
それが、当たり前の毎日を送っていたが、当たり前となる前が、どんなだったかを思い出せなかった。
勉強なんて好きではなかった気がする。それよりも、誰かと一緒にいておしゃべりしたり遊んだりするのが楽しかったような気がする。
いや、何かを楽しんだなんて変だ。今のルシンダには、そんな感情はない。なくても、問題ない。そのはずだった。
願いが叶えば、そんなことどうでもよかったはずが、叶った後で手放すことになったせいで、問題が生じていた。
混乱しているルシンダにここでは眠る時間が決められるようになった。規則正しい生活をまずはした方がいいと言われたからだ。
とりあえず、それには従っている。眠くなくとも、ベッドに横になるように言われたから、そうしているが、正直なところ、それすらわからない。
そんなルシンダは半月ほど前にリグリー国の叔父夫妻の養子になった。
前に住んでいたのは、ワイズ国というところで、馬車で数日かかるところにある。どんなところかというと……。
ルシンダは、首を傾げた。自国の魅力がこれまたわからなかった。
ここも見て回っていないから知らないが、自国も見て回った記憶が遠い昔にあったような気がするが、思い出せはしなかった。
馬車の中から外を見ていたはずだが、それすらただの風景でしかなかったから、記憶に残ることはなかった。
あんなに長い間、馬車で移動したことがなかったせいか。ルシンダは、お尻の痛みと格闘する日々を送っていたせいだと思うことにした。
そんな馬車での長旅がようやく終えられると思っていたら、叔父夫妻と義兄のエリオット・ヘインズに温かく出迎えられることになった。あんな出迎え方をされたのは初めてだった。そう、そのはずだ。
初めてのはずだ。少なくとも両親は、いや、父はともかく、母はしてくれるような人ではなかった。
頭の片隅で、何かを必死に思い出そうとするのとそんなことしなくていいとばかりに思っていると、ルシンダは疲れてならなかったが、その後はこんなことを言われた。
「大変だったわね」
「……」
叔母に抱きしめられて、労られた。でも、その時のルシンダは感動している余裕はなかった。
お尻の痛みと腰が痛くて、早く休みたいなと思うばかりだった。できれば、座るより、横になりたいと思っていることなど、気づいてもらえなかった。表情が変わらなかったせいだろう。
まぁ、大概ルシンダが考えていることなんて、気づかれはしない。それは、いつものことだ。
そう、いつからそんな風になってしまったのか。自分のことばかりだった。これだけ心配してくれる人たちがいるのに自己中なことを考えて休みたいと思っているのだ。
それにもっと大事なことを考えなければならないはずなのに。そこに行き着くことを許してもらえないかのように遠ざけられている気がしなくもない。
それが、なぜなのかがわからなかったが、そんなことをあれこれ考えているようには見えなかったのは、ルシンダが無表情のせいだろう。
見た目はいいらしい。ルシンダは、容姿に興味を持つことがなくなっているから、よくわからないが、見た目が良いのに残念だとよく言われていた。
学園でも、こんな風に言われていた。
「美人で頭もいいのにな」
「喜んでくれているのかすらわからないんだよな」
「いや、そもそも、喜ぶことなんてあるのか?」
子息たちが、そんなことを言っていたようだが、そんなことを言われていても、ルシンダはどうでも良かった。
その子息たちに何と思われても気にもしなかったのは、玉の輿の相手に相応しくないからに他ならない。
ルシンダは幸せになるために玉の輿に乗らなければならない。だから、大概のことはどうでもいいで片付けられた。
でも、今は玉の輿に乗った後のため、前と同じようにはいかない。
幸せになるために何をすべきなのかがわからなかった。
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