4 / 14
4
しおりを挟むそんなことをしている間に待ち合わせしている方が、騒ぎを耳にしたようでヴィディヤを探しに来てしまったようだ。
無理もない。ヴィディヤは遅刻しているのだ。それに騒ぎ立てているのが、誰かなんてすぐに伝わる。普段なら、そこには近づかない方なのに婚約者がそこにいて絡まれているとわかれば、来ないわけにはいかない。申し訳ないとばかりヴィディヤは、ため息をつきたくなっていた。
今日に限ってしつこさが半端なかったのもあり、色んな疲れが一気に押し寄せているかのようになっていた。
楽しみにしていた気分が、どこかに逃げ出してしまっていて、情けない顔をしているだろう。どうにかしなくては、勘違いされる。
「ヴィディヤ」
「王太子殿下」
そこにいた者たちは、王太子が現れたことで礼を尽くした。学園にいようとも、礼儀は欠かせない。あまり気にしない方だが、そうはいかない。
だが、そこに何もしなかった者がいたとは、ヴィディヤは知りもしなかった。トリシュナだけが、ぽかーんとしたままだとは気づきもしなかった。なにせ、彼女は公爵令嬢なのだ。そんな風に何もしないで突っ立っているなんてあり得ないと思ったのだ。曲がりなりにも、どんなに常識がなかろうとも、公爵令嬢なのだ。
王太子の登場に身動き一つ取れないで、固まって動けないで仁王立ちして醜態をさらすなんてことがあるわけない。そんなんで、候補にすら上がれるわけがないのだ。
その辺のこともトリシュナは頭にないようだ。見ているのは、王太子だけで他は無礼なことをしない限り、辺りをうかがう者なんていないのだから見ようがない。
それこそ、何もしていないのを見ていた者がいるとしたら、王太子しかいない。
そのため、この時も王太子と礼すらまともにとれないトリシュナ以外が、王太子が合図をしてくれたタイミングで顔をあげたため、立ち尽くしていたとは思いもしなかった。
もっとも、その時には王太子は無礼な令嬢など眼中になかったようだが。
「来ないから心配していた。何かあったのか?」
今のこの状況で王太子は、わざわざ、そんなことを言った。何があったかなんて一目瞭然だが、なかったことにしたいかのようにヴィディヤには聞こえた。
ヴィディヤとしても、何事もなかったようにしたかった。そこを蒸し返すのは面倒でしかない。
「いえ、大したことでは……」
「何でよ。まだ、婚約者が決まってないじゃないの?」
「ん?」
王太子は、突然割って入って来た令嬢に怪訝な顔をした。今は、ヴィディヤと話しているというのに会話に混ざって来たのだ。
まぁ、先程、ラジェンドラが話している時に周りの令嬢が割って入ったが、あれも失礼なのだ。だが、トリシュナが関わるとどうにも雑になる。
そんなこと、貴族令嬢にはあり得ないことだが、トリシュナは礼儀をどこかに置き忘れて来たように王太子にも、酷さを披露していた。
いや、元々持ってすらいなかったのかも知れない。パーティーでも、母親のことがあって、滅多なことでは呼ばれないのだ。だからといって、できない理由にはならないが。それすら、許されるなんて思ってないはずだ。
「だから、とっくに婚約していると言ってるでしょ」
「知らなかったのなんて、あなたくらいじゃないの? いい加減にしてほしいわ」
「そんなわけないわ。王太子の婚約者の候補にあがったって、お母様が……」
トリシュナにつられて、令嬢たちも王太子の前で無礼なことになっているが、どうしたものか。
王太子は、トリシュナの言葉に益々眉を顰めているから、そちらが気になるのはわかる。
「婚約者の候補? 君は上がってすらいなかったし、随分前のことを今更話しているんだな」
「随分前??」
王太子の言葉にやっとトリシュナは、いつのことかを聞く気になったようだ。そこまで長かった。
「あー、半年は経っているか」
王太子がそんなことを言えば、トリシュナは何を思ったのか。ヴィディヤを怒鳴りつけた。
「ヴィディヤ! 何で、黙っていたのよ! どうせ、私のこと嘲笑っていたんでしょ!?」
「そんなことしてないわ。それより、殿下に失礼な態度を取るのをどうにかして」
「煩い!!」
トリシュナは、ヴィディヤやヴィディヤの家に騙されたかのように騒いでいた。騙していたのは、彼女の母親が娘にしていたことではないかと思っても、トリシュナの頭の中は彼女の母親は何も悪くないままで、変わることはなかった。
何ともわけわからない人たちだと思いつつ、ヴィディヤは無礼な態度を取り続ける幼なじみにイラッとしてしまった。
107
あなたにおすすめの小説
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。
「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」
ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。
本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
彼の妹にキレそう。信頼していた彼にも裏切られて婚約破棄を決意。
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢イブリン・キュスティーヌは男爵令息のホーク・ウィンベルドと婚約した。
好きな人と結ばれる喜びに震え幸せの絶頂を感じ、周りの景色も明るく見え笑顔が輝く。
彼には妹のフランソワがいる。兄のホークのことが異常に好き過ぎて婚約したイブリンに嫌がらせをしてくる。
最初はホークもフランソワを説教していたが、この頃は妹の肩を持つようになって彼だけは味方だと思っていたのに助けてくれない。
実はずっと前から二人はできていたことを知り衝撃を受ける。
我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!
真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。
そこで目撃してしまったのだ。
婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。
よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!
長くなって来たので長編に変更しました。
完 これが何か、お分かりになりますか?〜リスカ令嬢の華麗なる復讐劇〜
水鳥楓椛
恋愛
バージンロード、それは花嫁が通る美しき華道。
しかし、本日行われる王太子夫妻の結婚式は、どうやら少し異なっている様子。
「ジュリアンヌ・ネモフィエラ!王太子妃にあるまじき陰湿な女め!今この瞬間を以て、僕、いいや、王太子レアンドル・ハイリーの名に誓い、貴様との婚約を破棄する!!」
不穏な言葉から始まる結婚式の行き着く先は———?
【完結】赤い薔薇なんて、いらない。
花草青依
恋愛
婚約者であるニコラスに婚約の解消を促されたレイチェル。彼女はニコラスを愛しているがゆえに、それを拒否した。自己嫌悪に苛まれながらもレイチェルは、彼に想いを伝えようとするが・・・・・・。 ■《夢見る乙女のメモリアルシリーズ》1作目の外伝 ■拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』のスピンオフ作品。続編ではありません。
■「第18回恋愛小説大賞」の参加作品です ■画像は生成AI(ChatGPT)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる