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しおりを挟むそんな衝撃的な婚約者との初対面から、王子は何度となく、公爵家にやって来た。数えるのも馬鹿らしいほど、あれから押しかけ続けていた。彼の訪れは、アンジェリーカにとっては邪魔としか言いようがなくて、ただただ迷惑でしかなかった。
アンジェリーカは、静かに勉強をしていたいのに何の連絡もなく、突然遊びに来るのだから、たまったものではない。しかも、会話する気はないのだ。好き勝手に話して帰って行くのだからタチが悪いとしか言いようがない。
それなのに両親は王子が婚約者に会いに来ていることの何が悪いんだとそれを咎めようとはせずにむしろ歓迎してしまっていて、アンジェリーカが何を言ったところで放置されていた。
それこそ、両親はアンジェリーカに足繁く通って来ていることを自慢する材料になると思っているようで、それにもげんなりしていた。
(せめて、連絡を寄越してから来てほしいものだわ。これじゃ、家庭教師をしてくれる先生にも失礼じゃない。どういう育ち方したら、邪魔ばかりする行動しかできない迷惑王子に育つのかしらね)
だが、教師は邪魔されて中断しようとも、給料がかわるわけではないから、気にしてはいないようだ。
むしろ、王子が来たとなると仕方がなさそうにして、さっさと帰ってしまうのだ。それなのに授業をきっちりしたかのように給料だけはしっかりもらうのだから、たちが悪いにもほどがある。
(どうして、そういう人ばかりなんだろ。益々、この世界に夢も希望も持てなくなっていくじゃない。せっかく、ちょっと役に立ちそうなことを見つけられたと思っていたら、これだもの。私を失望させて苛つかせるのだけは、上手い人ばかりなのよね)
そんな家庭教師をそのままにしておくわけもなく、アンジェリーカはすぐさま別の家庭教師を雇ってもらうことにした。王子のことで、とやかく言っても聞き流されていたが、家庭教師のことではすんなりと聞き入れられるのは、アンジェリーカの魔力の大きさに早々教えられる人材はいないと思っていて、役不足なのは無理はないと思っているようだ。
そんなことを繰り返すうちに祝福が消えかけているが、優秀な人と出会うことになった。
だが、何やら今まで会った中で違う何かがまじっている気がして、アンジェリーカは初めてのことに不思議に思って、その人をじっと見つめてしまっていた。
整った顔立ちをしているのにボサッとした髪型をしていて、着ているものもかなりの年代物に見えた。
それでも、見た目は若く見えるのだが、中身はアンジェリーカの両親よりも年上のように思えた。見た目と中身がだいぶ違うのはわかった。
それが人間のようで、人間ではない何かがまじっている気がするのだが、何がまじっているのかがわからないが、不快な人間を相手にするよりもよかった。不快なものはないが、経験したことないことに戸惑っていた。
(初めての経験だわ)
「……」
「……どうかしましたか?」
「あなた」
アンジェリーカが、何か言おうとしたところに今日も、何の前触れもなく王子がやって来たのを察知していた。まだ、公爵家の敷地に入って来たばかりだが、アンジェリーカにはそれがわかってしまって、微妙な顔をして外を見てしまった。
(毎回、毎回、そこから帰ってくれたらいいのだけど)
家庭教師が、そんなアンジェリーカをじっと見ていることにアンジェリーカは気づいていなかった。
アンジェリーカとしては、あの手この手で公爵家に来ないようにしたかったが、怪我でもさせたら大変なことになる。アンジェリーカが何かしたとして、毎回一緒に振り回されて着いて回っている護衛騎士たちがとばっちりにあいかねないのだ。
(この家の中で怪我したら、公爵家のせいにされるし、馬車の御者が咎められることになることも避けたいから、手出しできないのよ。……それに祝福や魔力を使って、いくら気に入らないからって怪我させたくないし。いつまでも、このままだと私の気が済まないのよね)
そんなことを思っているとしばらくして使用人がやって来た。
「アンジェリーカ様、殿下がお見えです」
「……」
使用人が伝えに来る前にアンジェリーカは、カロージェロの気配に気づいていたため、そちらを見て物凄く嫌そうな顔を隠すこともしなかった。
使用人は、それに気づいていても、知らぬ存ぜぬな顔をしていた。
すると同じ部屋でことの成り行きを見ていた家庭教師は……。
「今日は、これからお約束がおありなのですか?」
「いいえ。何度言っても、こうして押しかけて来るんです。王宮で、勉強するのが嫌でここに来ているようなのですが……」
「……それは、迷惑ですね」
王子のことを迷惑だとはっきりと言う先生は、珍しかった。大概は、アンジェリーカがそんなことを言っても、聞こえていないかのように苦笑して無言なのだが、彼は本当に迷惑そうにしたのだ。
(本音で話しても平気そうね)
だからこそ、アンジェリーカは本音で話すことにした。それは、アンジェリーカにしてはとても珍しいことだった。
ただ、初めて見た時に感じた何かにアンジェリーカは、本音で話すことにしたのだ。
「えぇ、とても。私としては、先生とのお約束が先にあるので、勉強を優先したいのですが、このまま教えていただいても構いませんか?」
「……」
すると、先生は目を見開き、アンジェリーカのことをじっと見つめてきたのだ。その瞳をじっと見つめても、アンジェリーカが不快に思うことはなかった。
(やっぱり、この人、不思議だわ。祝福が消えかけているというより、何だか弱っているみたい。病気なのかしら? でも、こんな状態な人間には会ったことないのよね)
そこまで思って、アンジェリーカは申し訳ないと目を伏せて苦笑した。
今日から、アンジェリーカの先生となったのだ。いきなり、王子と天秤にかけたところで答えは、期待しすぎても駄目だろう。
「すみません。そんなことしたら、先生が困りますよね」
「いえ、アンジェリーカ様がそうなさりたいなら、あちらに待ってもらいましょう」
「え?」
「あなたが正しいと思うことをなされば良いのですよ。私のことを案じる必要はありません」
「っ!?」
「私は、家庭教師として雇われている身ですが、生徒が学びたいと言うなら、全力でお教えします。私に気を遣う必要はありませんよ」
その家庭教師の言葉にアンジェリーカは、感激した。そして、アンジェリーカは久々に満面の笑顔を見せることになった。
「ありがとう」
その笑顔につられるように先生も、笑顔になっていた。
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