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第1章

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あれは、琉斗が小学生の頃のことだ。早生まれの琉斗が10歳となってから、小学校を卒業しては、その度に引っ越しをして、再び10歳となっていた。おかしく聞こえるが、その言葉通りに10歳になってから、小学生のままでいた。引っ越すたび、また同じ学年を続けて卒業までをしていた。

そう、小学生の高学年の時は、琉斗はとても忙しかった。普通の人間の誰もが経験しない異常な忙しさの中に居続けていた。

その殆どを琉斗は、わけあって覚えていない。そのわけあってごっそり抜け落ちているところから、中学を経て高校生活を送っている琉斗へと繋がっている。

そのため、琉斗が忘れ去ってしまった記憶から見ていくことの方が琉斗をよりよく理解できるだろう。本人自らが上書きする前の記憶の中に両親の愛はつまっていた。

そう、この時の琉斗は、両親の愛によって平穏な生活が続いていることに気づいていた。そして、その愛が琉斗を長らく高校生のままにとどめ置くことになるのだが、それに琉斗は大した不満などなかった。

この時の琉斗は両親がそれを必死に隠していることにも気づいていて、だからこそ終わりの見えない10歳の時を大人しく続けていた。

それが、いつまで続くのかを聞かずにいたのは、聞いたら全てが終わってしまう気がしていたことが大きかったと思う。聞かないままならば、両親とずっと幸せに暮らせると本能が察知していたから、気づいていないふりをし続けていた。

そして、その中に思い出せなくなっている記憶も含まれることになる未来が待ち受けていることに琉斗は全く気づきたくなかったのだと思う。

どんなに贖いたくとも、贖いきれない運命が琉斗に忍び寄ってきていることを本当はとっくに気づいていたのをはぐらかして、琉斗はあえて気づかないままでいたかったのかも知れない。

だが、そんな記憶を両親が亡くなったことで、記憶自体を上書きして、忘れ去ってしまったあとではわかりようもなかった。

だからといって、上書きしたままで居続けることを選択することに何があったのかを思い出すこともなかったのは、それほどまでに琉斗の思いが強かったのか。ただ単に力が強すぎただけなのかはわからないが、両親がいた頃が何より、琉斗にとって幸せな時間だったことは変わりなかった。

そう、この日も、変わらない朝の光景が、そこに当たり前のようにあった。どこを切り取っても、朝の光景は父と琉斗が断然多かった。

そう、ここに母が揃っている方が琉斗は変にそわそわしてしまっていて、父のみの方が良かった。

別に母のことが苦手だとか。嫌いなわけではない。朝に見送られる時に母がいるのが、しっくり来なかったのだ。この家の家事は父である朔斗ざ主夫をしていたことが大きかったのだろう。


「琉斗。そろそろ出ないと遅刻するよ~」
「は~い!」


琉斗と呼ばれた男の子は、父親からそう言われて青いランドセルを持って玄関へと向かった。サラサラの黒髪に日焼けしたことがないような白い陶器のような滑らかな肌をして、年頃の男の子よりも背は伸び悩んでいて、整った顔立ちの女の子のようにすら見えた。この頃の琉斗はボーイッシュな女の子でも通用していた。

もっとも、身長に関しては伸び悩みが続くことになるのだが、この頃の琉斗は牛乳を欠かさず飲んでいて、父親を超えるのが密かに叶えたいものの一つだった。何とも年相応の可愛い野望だ。

両親共に背が高く、スラッとしたモデル体型なのだ。その上、見目麗しいこともあって、その子供に生まれた琉斗も容姿にだけは恵まれていたが、身長だけは誰に似ているのやら、その辺がわかっていない。

両親は駆け落ちしたらしく、琉斗は祖父母という存在にも、他の親族にも会ったことが一度もなかったのだ。


(背の低いのが隔世遺伝してたらやだな。……というか、このまま永遠に同じ年齢を行ったり来たりのままとかは、ちょっと嫌だな。いつになったら、中学生になってもいいのかな? ……なれるのかな?)


年齢のことはさておき、身長のことで親族がどんな人なのかを聞くことはなかった。琉斗とて、祖父母がいる子供が羨ましく思ったこともあったが、今は祖父母がどんな人かとか、親族がどんな人たちなのかを聞くつもりはない。

いや、祖父については怖い人とは言われたが、どのように怖いかは聞いていない。

駆け落ちした2人を認めてくれなかった人たちだと思っていて、それすなわち、自分を認めてはくれない人たちのようになり始めていた。

つまりは両親以外に自分の味方をしてくれる人がいることをこの時の琉斗は知りもしなかった。両親からも、そんな話をされてはいなかった。

そんな、もしもの話をどちらもしたくなかったし、聞きたくなかったのだ。


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