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しおりを挟む伯爵子息であるアリステッドとの婚約を決めたのは、驚くべきかもしれないがヨランダの母親だった。いや、驚いたのは、誰であろうヨランダだった。
それまで、母の選ぶものに間違いないと安心しきっていたが、この時の母が、いや、この時から何を考えていたのかがわからなくなった。
ヨランダにとって、アリステッドは頑張り甲斐の欠片もない子息だった。この国一番の才女になれると幼い頃から、家庭教師たちに言われてきた。あまりにもできすぎるせいか。家庭教師たちは、自分たちでは教えられないと辞めてしまい、母が勉強を教えてくれるようになるのも、すぐだった。
あれは、ヨランダは知らなかったが、ガイエ国で頭の良すぎる令嬢は疎まれるため、教えたくなかったのだ。この国で行きにくいことになる前にそこそこに抑えたかったのだろう。
それと家庭教師は全員男性だったが、自分たちよりも上に簡単にいきそうなのが、嫌だったのもあったようだ。
それでも、父はヨランダが男の子でないことが気に食わないとばかりにしていた。女が頭が良すぎても、婚約者が迷惑するかのように言っていた。きっと、母の方が頭がよくて、父はそれが嫌だったのだろう。
そう思っていたが、それがガイエ国では一般的な考え方だとは思いもしなかった。
更にそんな母に似た娘も気に食わなかったのだろう。父や周りが、そう言う考え方をするのが当たり前だとヨランダが知っていたら、それに染まっていたのかも知れないが、母はそうなってほしくなかったのだろう。そういうものを耳にしたことないまま成長して、この国の常識すら知らずに大きくなってしまった。
他所の国で生きることになればいいが、ずっと自国で過ごすなら行きにくいとしか言えない道を突き進んでいたことすら、ヨランダは知りもしなかった。
なのに母が、そんな娘に相応しい子息を選んだと言ったのが、彼だった。
最初、父とは真逆な子息なのかと思っていた。
「私に相応しい子息、ですか?」
「そうよ。だから、ヨランダ。あなたは、やりたいことをやり続けなさい」
「……」
そこから、ヨランダは本当にやりたいことをやり続けた。母の手紙の代筆や留学に向けて頑張り続けたが、それでもやりたくないこともあった。
使用人を解雇されて、ヨランダが使用人の仕事をやることになった時は、全くやりたくないことだったが、できるかと父に問われてできないとは言えなかった。
それでも、留学が決まるまでの辛抱だと思って耐えた。あまりの扱いに母の従姉妹のヴァランティーヌに助けてほしいと思わなかったわけではないが、そのことを書くことはなかった。
それは、やりたくなかった。誰も彼もが、アンリエットの味方をしたのだ。これ見よがしにヨランダのことを悪く言うようになったのだ。
ヴァランティーヌも、アンリエットや義母と話すうちに取り込まれることになるかも知れない。……そんなことになったら、今度こそ耐えられそうもない。それだけは見たくなかった。だから、言えなかった。
それが、母が選んでくれた者のせいで、失意のどん底に落ちることになったのだ。ヨランダの話を聞きもせず、自分よりもできすぎる令嬢が気に入らないところは、父にそっくりだった。できすぎるから何だとヨランダは言いたかった。
それこそ、そっちができなさ過ぎるだけではないかと言ってやりたいのは、毎回のことだった。ヨランダの基準が高いにしろ。一般的に見ても低いところにいる人たちにそんなことを言われたくない。
頑張っているのにそこにたどり着けない人たちなら、言われてもいい。頑張りもせずに言いたい放題される理由がヨランダには理解できなかった。
便乗するように婚約破棄されるような娘なんて、恥さらしだとすぐさま勘当された。あれは、タイミングを見計らっていたに違いない。
母が選んだ娘に相応しい子息が、ヨランダを絶望させたのだ。
「お母様は、私のこと、嫌いだったの……?」
ヨランダは、そんなことを思ってしまった。そうでなければ、相応しいなんて言わなかったのではなかろうか。
そう思うとより一層、ヨランダは悲しくてしかたがなくなってしまった。
勘当されて、途方に暮れた。近しい親戚たちは、みんな父の外面の良さに騙されているため、ヨランダのことなど面倒みたくはないはずだ。婚約破棄された令嬢など厄介者でしかない。
そこから、留学することになっているヴァランティーヌたちのいるところに行く手紙を出しているのもあり、上手くいけば、心配かけずにその期間にたどり着けることに気づいた。
だが、留学できるとなっても今更、何になるのかと思い始めていたが、行く宛などないのだ。とりあえず、知り合いのヴァランティーヌのところに行くしか頼れる者はいないと動くことにした。いや、動くしかなかった。立ち止まっていても見つかれば、まだこんなところにいるのかと追い立てられるだけだ。
ヨランダはそんなことをあれこれ考えながら、とぼとぼと歩いているのを不審に思ったのか。色んな人たちが、声をかけてくれた。途中まででよければと馬車に乗せてくれた。
優しい人たちばかりに出会うヨランダは、何とも言えない顔をしていた。それでも、上手く次に乗せてもらえる人に会えるわけでもなく、どこかに泊まる気にもなれないヨランダは、よく眠ることもできないからと歩き続けていた。
「大丈夫か?」
「え?」
どうやら、歩きながら寝ていたようだ。いや、夢を見ているのかもしれない。見目麗しい男性が、心配そうに立っていた。
「夢……?」
「え?」
「あの、人を呼びますか?」
「人……?」
ヨランダは、人と言われて首を傾げた。
「いや、いい。どこに行くつもりだ?」
そう聞く見目麗しい男性の後ろで、何やら大慌てな人がいる。身なりから御者のようだ。何を慌てているのかがわからないが、他にも気配がしているが気のせいだろう。
「どこ……? えっと、」
「わからないのか?」
「えっと、あ、フェルギエール侯爵家、です」
青年は、思案して近くまでならと乗せてくれることになった。
ヨランダは、馬車に乗っている間のことを覚えていないが、あれこれと聞かれたことに答えていた気がする。何について話していたかを思い出すことはなかったが。
だが、この受け答えが気に入られて、気にかけてもらえることになるとも思いもしなかった。
そもそも、ヨランダは自己紹介をしたはずだが、名前どころか。顔も覚えていなかったりする。あちらはヨランダをすっかり気に入ってしまったようだが、それでその後、とんでもないことに発展するとは思いもしなかった。
一体、ヨランダは何を話したのやら。ただ、助けてくれた人がいたのだけは覚えていた。
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