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第6話:火種と戦火
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【魔王六日目】
「人間側の動きを察知いたしました。各地から数千の兵が集まり、約二万の軍勢が一本目の《復活の根》を破壊するための作戦を進行しているとのことです」
それ、確かな情報なのかな?
いくらドッペルゲンガーでも、軍の上層部に食い込めるかは怪しいところなんだけど。
「人間の王による演説がされたようです。二十日以内に、これまでにないほどの大金星を飾るとかなんとか」
これまでの戦いで連戦連勝しておいて、それは誇るに値もしない勝利って意味かな。
まぁこれまではいくら勝っていてもその実感が薄かったけど、闇の種族のシンボルにもなっている《復活の根》が破壊されたら、大衆にも分かりやすい勝利の喧伝になるだろうからね。
実際、《復活の根》がへし折れる度に闇の種族の士気もガタ落ちするからバカにできない。
逆に言えば、闇の種族にとって今回の戦いに勝てば一気に士気が高まることになるだろう。
まぁ、あとは落ちるだけなのだが。
「いかがいたしましょうか、魔王様……」
いかがも何も、戦争についてはアーマーンとゴートンに任せてあるからあの二人に任せるしかないよ。
ただ、このまま黙って指を咥えているわけにもいかないから何かしら手は打ちたいかな。
「手を打つ、というと?」
まぁ少しでも戦場に辿り着く兵士を減らしたり、大きな負担をかけさせるって感じかな。
本当はもっと違うタイミングで使いたかった作戦ではあるんだけど、頑張って戦ってくれる二人のためにも魔王としての務めを果たさないとね。
「私にも何か手伝えることはありますでしょうか?」
今の所は無いかな……だけど、移動手段を用意してくれると嬉しいかも。
「失礼ですが、魔王様には《偏在》がございますから必要ないように思えるのですが」
いや、これ結構疲れるよ?
それに死んだら持ってた道具をまた手に入れなおさないといけないから、僕の《遍在》が消えた後にそれを回収する人員がいると嬉しいなって。
「かしこまりました。それでは数日中にこちらで用意させていただきます」
頼んだよ、シュラウ。
この戦いの結果は、キミにかかっていると言っても過言じゃないかもしれない!
「大袈裟ですよ、魔王様」
なんか前より明るい声のせいか、かわいい感じだね。
今度からシュラウちゃんって呼んでいい?
「断固拒否いたします、私はそんなに子供ではありません」
残念……まぁこれから色々な経験をしていって大人になったら、むしろちゃん付けで呼んでくれって言いたくなるはずだよ。
それじゃあ、ちょっと魔王のお仕事やってくるね。
【スケイブの森】
地図を指差して《遍在》を使った場所は森の中であった。
人間の街にほどよく近く、スケイブ達が住んでいる場所だ。
シュラウちゃんからスケイブの巣穴の見つけ方を習っているので、それの通りに探す。
彼らは普段地下に生息しており、近くを通る者を選別しているらしい。
地下で足音などの音を察知したら巣穴から出てきてその音を出した奴を探し出すのだが、あまりも数が多かったり鎧などで重い足音の場合はそれが通り過ぎるまで息を殺して潜む。
もしも足音が少なかったりした場合は巣穴から出てきてその音を出した奴を探し出し、襲うという流れだ。
なので、森や山の中を歩く時は大きい音を立てて歩けば近寄ってこないというのが人間側の常識なのだが、スケイブ達も音の種類を学習して本当に危ない得物なのかどうかを判別したりする。
まぁ逆に細工された音でスケイブ達をおびき出して人間が討伐するという手法もあり、彼らの騙しあいはまだまだ続きそうである。
というわけで、軽く鼻歌を歌いながら森の中を軽やかに歩いていく。
彼らは子供くらいの大きさなので簡単に巣穴を見つけられると思っていたのが、木やら茂みやらが多く障害物ばかりなので全然見つけられる気がしなかった。
しばらく歩いていると、何かを啜るような音が聞こえたのでそちらに向かう。
スケイブ達は言葉を喋ることができないので鳴き声や動きで意思疎通を行うそうなので、この音は鼻を鳴らしている音だと思ったのだ。
なお、実際には違う生き物であった。
吸血犬と呼ばれるこの生物は犬のような体をしているのだが、顔がタコのようにいくつもの触手のような歯がついており、それを突き刺してエサとなる生物の体液を吸い取るのだ。
先ほどまで彼はスケイブの死体を啜っていたようで、たったいま食事を終えた。
ちなみに人間側からすると彼も闇の種族と言われているのだが、実際はただの野生生物である。
自分達にとって脅威となるものは全て闇の種族として扱うことで、こちらにヘイトを集めて戦意を高めているのだろう。
本当にゲームの魔王になった気分だよ、そして今はエサの気分も味わえそうである。
そんなことを考えて現実逃避しているうちに、あちらさんはこちらに向き直っている。
熊に出会った時はゆっくり背中を見せずに逃げろという言葉を思い出したが、異世界でもそれが通用するとは限らないので全力で走って逃げる。
僕が一生懸命に走ってもこちらを捕食しよう近づいてくる音がした。
このまま走っても追いつかれるので、大きな木にしがみついて上まで登る。
流石の異世界産のモンスターでも木には登れないようだが、僕も木から降りられなくなった。
別に《遍在》で出している体だから襲われても死ぬのではなく意識が戻るだけなのだが、それはそれとして殺されるのは嫌だと思うのはおかしいだろうか。
あれだ、痛くないからといってサンドバッグにされてもいいとは思わないのと同じだ。
どうしたものかと考えていると、吸血犬が周囲を見渡し始めて威嚇するような唸り声を出し始めた。
周囲の茂みからガサガサと音が鳴ったので何かが来ているのだろう。
だが、乱入者は予想外の方向から襲ってきた。
吸血犬の足元から突如、手のようなものが出てきてその足を掴む。そして、周囲から一斉にスケイブ達が武器をもって襲い掛かったのだ。
吸血犬も反撃しようとしたものの、スケイブ達が持つ武器の方が長いため、なすすべもなく叩き殺されてしまった。
木の上でそれを見ていると彼らと目があってしまう。
どうも、魔王です。
念のために《権能》の力で僕へ友好的に接するようにイメージして軽く挨拶したものの、一部のスケイブは僕を無視して吸血犬とエサとなった同胞の死体を巣穴の中に突っ込んでいた。
まぁそれでも一部はこちらに注目しているので、意思の疎通が可能かどうかを実験してみることにした。
先ず、僕の言葉はしっかりと通じているようで、僕の指示するとその通りに手をあげたり動いたりしてくれる。
次に相手の鳴き声から意思を聞き取れるかを確認すると、カタコトではあるが理解できることが分かった。
最後にスケイブの生態について色々と聞いてみた。僕は村社会のようなものだと思っていたのだが、意外にも全体主義だったので驚いた。
彼らはこの大陸に散らばって生息しているのだが、その理由が集団を維持する最大数を超えないようにするためではなく、今いる場所が住めなくなった場合に次の場所へと移るためなのだ。
つまり、北のスケイブの巣穴を潰しても生き残りがいれば南の巣穴に集まってその情報が全体に共有されるというものだ。
この生存能力は僕の予想以上のもので、彼らにこそこなしてもらいたい仕事があった。
僕は彼らに人間の住む村を襲うようにと指示を出す。
もちろん真昼間から堂々と攻め滅ぼすといったものではなく、夜中にこっそり嫌がらせをするといったものだ。
人間側はあれだけの人口があるのだ、その食料の生産には力を入れていることだろう。
なので、人間の胃袋を支えている畑に細工をしてもらう。
スケイブは穴を掘るのが得意なので、村から少し離れた場所から穴を掘って畑の近くに出れば安全に仕事をこなせることだろう。
嫌がらせの方法としては畑をダメにするために塩害を引き起こすつもりなのだが、塩を撒けばいいのだろうか?
まぁ岩塩は貴重だろうけど、スケイブ達は使わないから見つけ次第塩にして畑にどっちゃり撒いてもらうことにしよう。
岩塩がない場合は人の死体でもいい。
塩っけがあるし、バラバラになった人間の死体が撒かれた畑から採れた作物を食べる勇気があるのか気になるところだ
人間が追い詰められているのであれば、それくらいで作物を無駄にできるかと思うだろうが、敵対している闇の種族が虫の息なのだ、さぞかし心に余裕があることだろう。
その余裕こそがヒトを殺す毒にもなるのだが、この世界の人達は知らないだろう。
なにせ、彼らはそこまで追い詰められたことがないのだから。
僕のいた世界のように……[倫理観]という鎖があってなお、ヒトがヒトを滅ぼそうとする世界ではないのだから。
そんなわけで、スケイブ達にはこの命令を各地に届けてもらうことにした。
とはいえ、どれだけ時間が掛かるかも分からないので僕も色々な場所に《遍在》を出して手伝うことにする。
そして、もう一つの重要な仕事をこなすことにしよう。
スケイブ達に頼み、いくつかの植物を集めてもらった。
彼らの知能は予想よりも高く、僕が指定したものをものの数時間で集めてきてくれた。
僕はスケイブが旅人を襲って手に入れた道具を使い、ブランチマンから教えてもらった通りに花や草をすり潰す。
ドロドロになったそれを水の入った小瓶に入れてさらに混ぜ合わせて完成。
いくつか同じものを作り、近くにある人間の村に向かう。
今度はいきなり襲われないようにスケイブから譲ってもらった旅人の装備一式を身に付けているので大丈夫なはずだ。
問題は、現代もやしっ子である僕にはかなりの重量なので村に到着した時には肩で息をしているほど疲れきってしまったことだろう。
そんな僕の前に、村人だと思われる頭髪の無い老人が話しかけてきた。
「おや、一人旅の方とは珍しい……よく無事だったのう」
『実は家を追い出されましてね。いやぁ、旅なんて初めてだから失敗ばかりでしたよ』
「よくスケイブ共に教われなかったな、奴らは弱い者を食い物にする恐ろしい闇の生き物じゃよ」
人間にとって、闇の種族は完全に別の生き物として見ているようだ。
そら滅ぼすまで殺そうとしてもおかしくないよ、だって同じ生き物じゃないならどれだけ殺しても心は痛まないんだもの。
『実は薬を売りにきたんですけど、お一つどうですか?』
「ほぉ、その若さで薬を作れるとは凄い。どのようなものじゃ?」
『あ~……元気の出る薬?』
ここで僕が漫画で出てくるような悪役なら毒を飲ませておじいさんを殺し、他の村人も毒殺するのだろうが、そういう直接的な手段は短期的にしか効果がない。
だから僕が売ろうとしているこの薬も、おおむね薬としての効果がある。
『これを飲むと元気が沸いて来るんですよ。ちょっと試しに一口どうですか?』
「いやぁ、わしは薬が苦手でなぁ……」
うん、いきなり見ず知らずの奴から薬を渡されて飲む人はいないよね。
だけどこの村でも長く生きている、つまりそれだけ信用を積み重ねたアナタにこそこれを飲んでもらいたいんですよ。
『それじゃあ僕が一口……うん、花の蜜を入れてるおかげでちょっと甘いですね。一口だけでもどうですか?』
僕が飲んだことで少なくともそこまでの危険はないと思ったのか、それとも好奇心に負けたのか、おじいさんは僕の言った通りに一口だけ薬を飲む。
「おぉ、確かに苦くもない。これなら飲むのも楽じゃのう」
『そうでしょう、そうでしょう。飲みやすいし元気が出る、僕の自慢の薬なんですよ』
「しかも、なんだか酒を飲んだかのように体が軽くなった気がする。おかげで気分も上向いてきたぞ」
そりゃそうだ、頭の中の快楽を刺激するようなモノが入ってるんだから。
『これの凄いところはですね、痛みとかも和らげてくれるんですよ』
「ほぅ……なんとなくわしの膝の調子がよくなったと思ったら、そういう効能まであるのか」
ただし、痛みを和らげているのであって治癒しているわけではない。
だから、結局のところ自分で自分の痛みの原因と向き合わないといけないのだが、自ら望んで痛みをどうこうしようという人はそうそういないだろう。
例えそれが何の解決にならなくとも、薬を飲めば痛みを忘れられるのなら「取りあえずは薬で誤魔化してあとで何とかしよう」と思い、悪化するまでそのままにしてしまうものだ。
それでいい、それが人間だ。
『旅費のためにもこの薬をさばきたいんですけど、どこに行けばいいですか?』
「そうじゃのう……狭い村で薬屋はないから、雑貨屋に持っていけばいいと思うぞ」
僕はおじいさんにお礼を言って、雑貨屋に向かう。
そしておじいさんの時と同じように僕自身が薬を飲み、相手にも飲ませることで効果を実感させる。
そうすると店主さんはおじいさんの時のように絶賛し、かなり食い気味にいくらで譲ってくれるかと迫ってきた。
そこで、薬はそれで最後だが、作り方を教えるのでそれで金が貰えないかと尋ねる。
わざわざお金になる薬の製造法を教えるなどなんてありえないのだろうが、相手からすれば一人旅をしてるバカなのだ、それくらいバカでもおかしくないと勝手に納得することだろう。
ちなみに、店主が提示した値段に難色を示すように悩むフリをして値上げしていき、適当なところで製造法を教えた。
本当はタダでもいいのだが、それでは何か裏があると言うようなものだ。
価値あるものを納得できる値段で手に入れてこそ、そういう疑いが晴れるというものだ。
あとはこれと同じことをいくつかの村と街でやれば、この薬は市場に蔓延することになるだろう。
果たして、人は今まで手にしていた物の危険性を認知した時に、その利便性を知ってなおそれを捨てる選択肢がとれるのだろうか。
その結果は、あちらの世界の歴史を知る僕だけが知っていることだろう。
「人間側の動きを察知いたしました。各地から数千の兵が集まり、約二万の軍勢が一本目の《復活の根》を破壊するための作戦を進行しているとのことです」
それ、確かな情報なのかな?
いくらドッペルゲンガーでも、軍の上層部に食い込めるかは怪しいところなんだけど。
「人間の王による演説がされたようです。二十日以内に、これまでにないほどの大金星を飾るとかなんとか」
これまでの戦いで連戦連勝しておいて、それは誇るに値もしない勝利って意味かな。
まぁこれまではいくら勝っていてもその実感が薄かったけど、闇の種族のシンボルにもなっている《復活の根》が破壊されたら、大衆にも分かりやすい勝利の喧伝になるだろうからね。
実際、《復活の根》がへし折れる度に闇の種族の士気もガタ落ちするからバカにできない。
逆に言えば、闇の種族にとって今回の戦いに勝てば一気に士気が高まることになるだろう。
まぁ、あとは落ちるだけなのだが。
「いかがいたしましょうか、魔王様……」
いかがも何も、戦争についてはアーマーンとゴートンに任せてあるからあの二人に任せるしかないよ。
ただ、このまま黙って指を咥えているわけにもいかないから何かしら手は打ちたいかな。
「手を打つ、というと?」
まぁ少しでも戦場に辿り着く兵士を減らしたり、大きな負担をかけさせるって感じかな。
本当はもっと違うタイミングで使いたかった作戦ではあるんだけど、頑張って戦ってくれる二人のためにも魔王としての務めを果たさないとね。
「私にも何か手伝えることはありますでしょうか?」
今の所は無いかな……だけど、移動手段を用意してくれると嬉しいかも。
「失礼ですが、魔王様には《偏在》がございますから必要ないように思えるのですが」
いや、これ結構疲れるよ?
それに死んだら持ってた道具をまた手に入れなおさないといけないから、僕の《遍在》が消えた後にそれを回収する人員がいると嬉しいなって。
「かしこまりました。それでは数日中にこちらで用意させていただきます」
頼んだよ、シュラウ。
この戦いの結果は、キミにかかっていると言っても過言じゃないかもしれない!
「大袈裟ですよ、魔王様」
なんか前より明るい声のせいか、かわいい感じだね。
今度からシュラウちゃんって呼んでいい?
「断固拒否いたします、私はそんなに子供ではありません」
残念……まぁこれから色々な経験をしていって大人になったら、むしろちゃん付けで呼んでくれって言いたくなるはずだよ。
それじゃあ、ちょっと魔王のお仕事やってくるね。
【スケイブの森】
地図を指差して《遍在》を使った場所は森の中であった。
人間の街にほどよく近く、スケイブ達が住んでいる場所だ。
シュラウちゃんからスケイブの巣穴の見つけ方を習っているので、それの通りに探す。
彼らは普段地下に生息しており、近くを通る者を選別しているらしい。
地下で足音などの音を察知したら巣穴から出てきてその音を出した奴を探し出すのだが、あまりも数が多かったり鎧などで重い足音の場合はそれが通り過ぎるまで息を殺して潜む。
もしも足音が少なかったりした場合は巣穴から出てきてその音を出した奴を探し出し、襲うという流れだ。
なので、森や山の中を歩く時は大きい音を立てて歩けば近寄ってこないというのが人間側の常識なのだが、スケイブ達も音の種類を学習して本当に危ない得物なのかどうかを判別したりする。
まぁ逆に細工された音でスケイブ達をおびき出して人間が討伐するという手法もあり、彼らの騙しあいはまだまだ続きそうである。
というわけで、軽く鼻歌を歌いながら森の中を軽やかに歩いていく。
彼らは子供くらいの大きさなので簡単に巣穴を見つけられると思っていたのが、木やら茂みやらが多く障害物ばかりなので全然見つけられる気がしなかった。
しばらく歩いていると、何かを啜るような音が聞こえたのでそちらに向かう。
スケイブ達は言葉を喋ることができないので鳴き声や動きで意思疎通を行うそうなので、この音は鼻を鳴らしている音だと思ったのだ。
なお、実際には違う生き物であった。
吸血犬と呼ばれるこの生物は犬のような体をしているのだが、顔がタコのようにいくつもの触手のような歯がついており、それを突き刺してエサとなる生物の体液を吸い取るのだ。
先ほどまで彼はスケイブの死体を啜っていたようで、たったいま食事を終えた。
ちなみに人間側からすると彼も闇の種族と言われているのだが、実際はただの野生生物である。
自分達にとって脅威となるものは全て闇の種族として扱うことで、こちらにヘイトを集めて戦意を高めているのだろう。
本当にゲームの魔王になった気分だよ、そして今はエサの気分も味わえそうである。
そんなことを考えて現実逃避しているうちに、あちらさんはこちらに向き直っている。
熊に出会った時はゆっくり背中を見せずに逃げろという言葉を思い出したが、異世界でもそれが通用するとは限らないので全力で走って逃げる。
僕が一生懸命に走ってもこちらを捕食しよう近づいてくる音がした。
このまま走っても追いつかれるので、大きな木にしがみついて上まで登る。
流石の異世界産のモンスターでも木には登れないようだが、僕も木から降りられなくなった。
別に《遍在》で出している体だから襲われても死ぬのではなく意識が戻るだけなのだが、それはそれとして殺されるのは嫌だと思うのはおかしいだろうか。
あれだ、痛くないからといってサンドバッグにされてもいいとは思わないのと同じだ。
どうしたものかと考えていると、吸血犬が周囲を見渡し始めて威嚇するような唸り声を出し始めた。
周囲の茂みからガサガサと音が鳴ったので何かが来ているのだろう。
だが、乱入者は予想外の方向から襲ってきた。
吸血犬の足元から突如、手のようなものが出てきてその足を掴む。そして、周囲から一斉にスケイブ達が武器をもって襲い掛かったのだ。
吸血犬も反撃しようとしたものの、スケイブ達が持つ武器の方が長いため、なすすべもなく叩き殺されてしまった。
木の上でそれを見ていると彼らと目があってしまう。
どうも、魔王です。
念のために《権能》の力で僕へ友好的に接するようにイメージして軽く挨拶したものの、一部のスケイブは僕を無視して吸血犬とエサとなった同胞の死体を巣穴の中に突っ込んでいた。
まぁそれでも一部はこちらに注目しているので、意思の疎通が可能かどうかを実験してみることにした。
先ず、僕の言葉はしっかりと通じているようで、僕の指示するとその通りに手をあげたり動いたりしてくれる。
次に相手の鳴き声から意思を聞き取れるかを確認すると、カタコトではあるが理解できることが分かった。
最後にスケイブの生態について色々と聞いてみた。僕は村社会のようなものだと思っていたのだが、意外にも全体主義だったので驚いた。
彼らはこの大陸に散らばって生息しているのだが、その理由が集団を維持する最大数を超えないようにするためではなく、今いる場所が住めなくなった場合に次の場所へと移るためなのだ。
つまり、北のスケイブの巣穴を潰しても生き残りがいれば南の巣穴に集まってその情報が全体に共有されるというものだ。
この生存能力は僕の予想以上のもので、彼らにこそこなしてもらいたい仕事があった。
僕は彼らに人間の住む村を襲うようにと指示を出す。
もちろん真昼間から堂々と攻め滅ぼすといったものではなく、夜中にこっそり嫌がらせをするといったものだ。
人間側はあれだけの人口があるのだ、その食料の生産には力を入れていることだろう。
なので、人間の胃袋を支えている畑に細工をしてもらう。
スケイブは穴を掘るのが得意なので、村から少し離れた場所から穴を掘って畑の近くに出れば安全に仕事をこなせることだろう。
嫌がらせの方法としては畑をダメにするために塩害を引き起こすつもりなのだが、塩を撒けばいいのだろうか?
まぁ岩塩は貴重だろうけど、スケイブ達は使わないから見つけ次第塩にして畑にどっちゃり撒いてもらうことにしよう。
岩塩がない場合は人の死体でもいい。
塩っけがあるし、バラバラになった人間の死体が撒かれた畑から採れた作物を食べる勇気があるのか気になるところだ
人間が追い詰められているのであれば、それくらいで作物を無駄にできるかと思うだろうが、敵対している闇の種族が虫の息なのだ、さぞかし心に余裕があることだろう。
その余裕こそがヒトを殺す毒にもなるのだが、この世界の人達は知らないだろう。
なにせ、彼らはそこまで追い詰められたことがないのだから。
僕のいた世界のように……[倫理観]という鎖があってなお、ヒトがヒトを滅ぼそうとする世界ではないのだから。
そんなわけで、スケイブ達にはこの命令を各地に届けてもらうことにした。
とはいえ、どれだけ時間が掛かるかも分からないので僕も色々な場所に《遍在》を出して手伝うことにする。
そして、もう一つの重要な仕事をこなすことにしよう。
スケイブ達に頼み、いくつかの植物を集めてもらった。
彼らの知能は予想よりも高く、僕が指定したものをものの数時間で集めてきてくれた。
僕はスケイブが旅人を襲って手に入れた道具を使い、ブランチマンから教えてもらった通りに花や草をすり潰す。
ドロドロになったそれを水の入った小瓶に入れてさらに混ぜ合わせて完成。
いくつか同じものを作り、近くにある人間の村に向かう。
今度はいきなり襲われないようにスケイブから譲ってもらった旅人の装備一式を身に付けているので大丈夫なはずだ。
問題は、現代もやしっ子である僕にはかなりの重量なので村に到着した時には肩で息をしているほど疲れきってしまったことだろう。
そんな僕の前に、村人だと思われる頭髪の無い老人が話しかけてきた。
「おや、一人旅の方とは珍しい……よく無事だったのう」
『実は家を追い出されましてね。いやぁ、旅なんて初めてだから失敗ばかりでしたよ』
「よくスケイブ共に教われなかったな、奴らは弱い者を食い物にする恐ろしい闇の生き物じゃよ」
人間にとって、闇の種族は完全に別の生き物として見ているようだ。
そら滅ぼすまで殺そうとしてもおかしくないよ、だって同じ生き物じゃないならどれだけ殺しても心は痛まないんだもの。
『実は薬を売りにきたんですけど、お一つどうですか?』
「ほぉ、その若さで薬を作れるとは凄い。どのようなものじゃ?」
『あ~……元気の出る薬?』
ここで僕が漫画で出てくるような悪役なら毒を飲ませておじいさんを殺し、他の村人も毒殺するのだろうが、そういう直接的な手段は短期的にしか効果がない。
だから僕が売ろうとしているこの薬も、おおむね薬としての効果がある。
『これを飲むと元気が沸いて来るんですよ。ちょっと試しに一口どうですか?』
「いやぁ、わしは薬が苦手でなぁ……」
うん、いきなり見ず知らずの奴から薬を渡されて飲む人はいないよね。
だけどこの村でも長く生きている、つまりそれだけ信用を積み重ねたアナタにこそこれを飲んでもらいたいんですよ。
『それじゃあ僕が一口……うん、花の蜜を入れてるおかげでちょっと甘いですね。一口だけでもどうですか?』
僕が飲んだことで少なくともそこまでの危険はないと思ったのか、それとも好奇心に負けたのか、おじいさんは僕の言った通りに一口だけ薬を飲む。
「おぉ、確かに苦くもない。これなら飲むのも楽じゃのう」
『そうでしょう、そうでしょう。飲みやすいし元気が出る、僕の自慢の薬なんですよ』
「しかも、なんだか酒を飲んだかのように体が軽くなった気がする。おかげで気分も上向いてきたぞ」
そりゃそうだ、頭の中の快楽を刺激するようなモノが入ってるんだから。
『これの凄いところはですね、痛みとかも和らげてくれるんですよ』
「ほぅ……なんとなくわしの膝の調子がよくなったと思ったら、そういう効能まであるのか」
ただし、痛みを和らげているのであって治癒しているわけではない。
だから、結局のところ自分で自分の痛みの原因と向き合わないといけないのだが、自ら望んで痛みをどうこうしようという人はそうそういないだろう。
例えそれが何の解決にならなくとも、薬を飲めば痛みを忘れられるのなら「取りあえずは薬で誤魔化してあとで何とかしよう」と思い、悪化するまでそのままにしてしまうものだ。
それでいい、それが人間だ。
『旅費のためにもこの薬をさばきたいんですけど、どこに行けばいいですか?』
「そうじゃのう……狭い村で薬屋はないから、雑貨屋に持っていけばいいと思うぞ」
僕はおじいさんにお礼を言って、雑貨屋に向かう。
そしておじいさんの時と同じように僕自身が薬を飲み、相手にも飲ませることで効果を実感させる。
そうすると店主さんはおじいさんの時のように絶賛し、かなり食い気味にいくらで譲ってくれるかと迫ってきた。
そこで、薬はそれで最後だが、作り方を教えるのでそれで金が貰えないかと尋ねる。
わざわざお金になる薬の製造法を教えるなどなんてありえないのだろうが、相手からすれば一人旅をしてるバカなのだ、それくらいバカでもおかしくないと勝手に納得することだろう。
ちなみに、店主が提示した値段に難色を示すように悩むフリをして値上げしていき、適当なところで製造法を教えた。
本当はタダでもいいのだが、それでは何か裏があると言うようなものだ。
価値あるものを納得できる値段で手に入れてこそ、そういう疑いが晴れるというものだ。
あとはこれと同じことをいくつかの村と街でやれば、この薬は市場に蔓延することになるだろう。
果たして、人は今まで手にしていた物の危険性を認知した時に、その利便性を知ってなおそれを捨てる選択肢がとれるのだろうか。
その結果は、あちらの世界の歴史を知る僕だけが知っていることだろう。
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