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18話:超越種大乱闘バトルロイヤル
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開かれた瞳は無機質に僕らの姿を映していた。
竜とて生命体…もっと生きているという感想が出てくるかと思ったけれども、その瞳にはその意思がまったく見受けられなかった。
「―――余を呼ぶはなにものか」
低く、けれどもあまりにも重い声が僕らの身体に圧し掛かる。
負けじとなんとか姿勢を保とうとしているが、正直なところかなりキツかった。
必死に踏ん張っている僕らが見えていないのか、重みを増した声がさらに加えられた。
「答えよ」
先ほどよりも重圧が掛かり、本格的に倒れそうになったところで、クレオがその声に応えた。
「畏れ多くも申し上げます! 古き叡智、いと高き御名、オグマ・ドグマ様! どうか我らキリークをお救いください!」
その言葉が届いたのか、竜は大きく呼吸する。
たったそれだけの動作であるというのに、僕らの身体に大きく響いた。
「……ソール・アルテミスの被造物か。たしか汝らを利用した事があったな」
そうなのか?
僕はタラーク側…男側での視点でしか戦争を経験していないから、この事は初耳だ。
「遥か前、この空と大地は竜のものであった。我らの言葉で世界は満たされ、我らのモノで溢れていた」
竜の時代といったところか。
宿神を封印した後、人類は神という庇護者を失った。
そうなれば新たな脅威が台頭するのは至極当然の話だろう。
「そう…静寂を好しとする余にとってあまりにも耳障りであった。故に、汝らアルテミスの被造物を囮にし、余が全て屠った。そうしてこの黒き帳で昏々と刻と過ごしていたのだ」
つまり、眠れる竜を起こしてしまったという事だ。
タラーク側で戦ってた身からすれば竜が出てきた時に反則だという感想だったのだが、こうしてキリーク側の立場で考えてみると、それだけタラークが脅威だったという事だろう。
「―――その余を前にして、何を囀る?」
威圧はされていない…けれども、強大なその存在階位そのものが僕らを潰そうとしている。
こんなのとマトモに相対するだなんて、どうかしている!
「我らキリークの聖地を唯一の竜、及ばぬ理知を持ちえしあなた様の、新たな室にして頂きたく…ッ!」
それでもクレオは負けじと言葉を投げかける。
今のところ、失言などは出ていない。
ここでもしも「ご不満かもしれませんが」とか言っていたら「余の何を理解している?」となってゲームオーバーになってたかもしれない。
ただ…それでも、厳しい綱渡りである事なのは違いない。
「汝らには困難であろうが、それでも正しき言葉を意味を紡げ。余の庇護を欲している…そうであろう?」
その言葉を聞き、クレオの身体が震えた。
もしかしたら怒りを買ったのかもしれないと怯えたものの、あちらはあまり気にしていない様子だった。
「汝らの愚かさはよく知っておる。そして、この程度の年月で変わるはずがないという事もだ」
失望ではなく諦観……人間の事をよく理解しているからこそといったところだろう。
「汝に問う。足元にあるその石ころに、何の価値がある?」
いったいどういった理由でそんな事を聞いてきたのか、もしかしてその石ころが人間だという比喩だと言いたいのだろうか…?
クレオが恐る恐るとその石を見つめ、考え込む。
「何かを砕く事もあれば、何かを削る事もできるでしょう。その用途はまさに手にした者に委ね―――」
「それは機能だ、価値ではない」
見事なまでにクレオが考えた意見は一蹴された。
「答え難いか? ならば余が答えよう。……無価値だ、そんな石ころには何の価値も宿っておらん」
そうだ…石ころに価値なんてあるはずがないのだ。
それはつまり、僕らが石ころであればこの竜にとっても無価値であるという事だ。
「その石に意味があれば、そこから価値が生まれよう。汝らが求める煌びやかな原石に対するように、生き永らえる為に摂取する食物に対するように」
クレオが苦悶に満ちた顔をしている。
何とかしようと僕も反論がないか頭を捻らせるのだが、何も思いつかない。
そもそも僕が口を挟む事すら許されているかが分からない状況だ。
「余が汝らの聖地とやらに赴いたとしよう。汝らにはその意味があり、価値がある。だが余にはそれがない、そこに在るべき価値がない」
そう…キリークにとって竜の庇護というのは喉から手が出るほどほしいものだが、竜にとってはそうではない。
クレオは生贄が必要だったという原作知識だけを頼りに来ており、それが求められてないのであれば何もできないのだ。
「古き時代の竜であれば、富と財宝を蒐集していたであろう。そしてその手足として汝らを働かせる事もあっただろう。だが余には―――」
そこで竜の言葉が止まった。
何か異変があったとかではなく、まるで考え込むかのような沈黙だった。
「余の同族は財宝を蒐集し、そしてその物質的な美しさに囚われていた。確かに金銀などは見る事も触れる事もできる、故にその意味と価値も証明が容易い。だが…だからこそ、余は目に見えぬモノにも意味と価値がないか興味があった」
目に見えないモノ…それはたとえば友情、愛情、そういったモノの事だろうか。
「目に見えぬモノの価値を差し出せ。余の庇護を受けるだけの意味があるのだと証明せよ」
「……我がキリークは貴方様の信奉者となります! 貴方様を崇め、そして殉じる覚悟がある事をここに宣言いたします!」
「信仰心か、なるほど。だが今のままではただの言葉でしかない、何の意味も価値も生まれておらぬ」
クレオが勇気を出した言葉も、歯牙にもかけられずに打ち捨てられる。
口で言うことならいくらでも出すことはできる…けれども、そこに意味と価値を持たせて竜を説得するなんて至難の業だ。
「オレの…我が命をここで捧げましょう! 人にとって自らの命は比類なき価値を持ちます! それを捧げる事こそが、意味と価値を証明するでしょう!!」
もう限界だ!
僕はクレオの手を引いて逃げようとするが、まるで根っこが生えたかのようにビクともしなかった。
どうしたのかとクレオの顔を見ようにも、前を見据えているせいで僕から見ることができない。
だけど……クレオは覚悟を決めている顔をしている事だろう。
「得る事ではなく、失う事で証明する意味と価値か……」
竜は再び沈黙する。
僕はクレオが出した決死の提案を受け入れてほしいと思う反面、断ってほしいという願望もある。
この提案が受け入れられればキリークには竜による平穏が訪れる、だけどその中にクレオがいない。
この提案が断られればキリークは戦争に負ける、だけどクレオが死ぬかどうかは分からないのだ。
数秒か、それとも数分か……沈黙は竜によって破られた。
「意味と価値は生まれるであろう…だが、足りんな」
「そ、そんな…っ!」
「まぁ待て。ならば価値を高めればよい」
クレオは竜が提案を受け入れてくれる素振りを見せたせいか、嬉しそうな顔をしている。
自分の命を捨ててまで大事なモノを守ろうとするクレオを尊敬する一方で、とても寂しい気持ちが沸いてくる。
「たとえば、この世界に二つしかない至宝があったとする。この至宝の価値を高めるにはどうすればいい?……そう、一方を壊せばいい。さすれば唯一の至宝となるのだ」
だが、僕らの浅はかな考えはいとも容易く砕かれてしまった。
大地が大きく振動して瓦礫が落ちてくるが、それに気にする余裕すらなかった。
「汝らの聖地を滅ぼそう、さすれば残った汝の意味と価値は比類なきモノとなる。―――案ずるな、余が汝の価値を高めてやろう」
「ま、待って! どうかそれだけは…ッ!」
我慢の限界だった。
やはり竜と相容れるなんて到底不可能な話だったのだ。
僕は懐に手を入れてアズラエルの肋骨を取り出し、竜に向けようとした。
「≪平伏≫」
そして、竜が呟いたそれだけの言葉で僕らは地面に縫い付けられてしまい、アズラエルの肋骨を落としてしまった。
いや…そんなものじゃない、地面の染みになるんじゃないかと思うくらいの力で押さえつけられている。
竜言語というものは短時間ではあるものの、この世界に法則を捻り込むような魔法である。
≪沸騰≫と唱えれば範囲内の液体全てが沸き立ち、≪灰塵≫と唱えれば全てが灰になる。
まるでゲームで使われるチートコードである。
僕は何とかしてアズラエルの肋骨に手を伸ばすも、身体は微動だにしなかった。
クレオはただこの世界での生まれ故郷を守ろうとしただけだ。
だというのに、どうしてこんな結果になってしまったんだ!?
……僕か、僕のせいか。
僕がいなければクレオは無茶をする事は無かったはずだ。
僕がいなければレックスだって死ななかったはずだ。
僕が生きて、何ができた?
何もできない、生きている人に寄りかかるだけで、何もできないロクデナシ…。
そうか…僕は寄生―――。
頭の上から大きな瓦礫が落ちてくる。
大人よりもその大きな死神は狙い済ましたかのように僕の方へと吸い込まれ……そして砕け散った。
「………え?」
火口の近くとは思えないほどの冷気が吹き込む。
僕は、この冷たさを知っている…。
「おぉ、おぉ……我が舌だというのに、なんとみっともない」
地面に潰されそうになりながら視線をあげると、そこには死を具現化させた姿であるアズラエルがそこにいた。
「しかも、おぬし…まさか竜の死を我輩に食わせようとしたのか? こんな土気まみれのものを差し出そうとは、余程死にたいらしい」
もしかしたら助けに来てくれたのかと期待した僕が馬鹿だった。
人間を超える超常存在にそんなものあるわけがない。
まぁいいか……ここで死んだ方がまだ世の為、人の為になりそうだ。
「も…申し訳ありません、アズラエル様……貴方様の舌として、あまりにも恥ずかしい働きぶりでした」
「よい、よい。元々そこまで期待しておらんかったからなぁ」
そうしてアズラエルの死を与える指先が僕に触れようとし―――。
「ただ、一つ訂正を…僕は死の権化である貴方様の肋骨を見せれば竜が怯えると思っていたのですが、そうではなかった様子……竜にとって、貴方様は恐るるに足らない存在のようで」
その一瞬で、周囲の空気が凍結したかのような錯覚に陥り、呼吸ができなくなった。
死を与えるはずのその指先は僕の額に刺さり、流血によって染められた。
「いえ、いえ! アズラエル様にはなんの責任もございません! アズラエル様のお力を見せればどのような存在だろうとも、かしずくだろうと思い込んでいた僕の落ち度です!」
僕の額に突きつけられている指先が震えているような気がする。
そりゃあそうだろう、この世界で一番だと思っていたら、まったく意識されていない存在がいるとか、尊大な自意識を持つ超越した存在が我慢できるわけがない。
「カ、カ、カ、カ……それもそうだろう。なにせこのようなトカゲ畜生に死を理解できると思うてか? 不可能だ、理解に及ぶあろうはずがない!」
アズラエルが笑いながら大きな声をあげる。
そして、それはもちろん竜にだって届く。
「竜にとって死とは終わりではなく始まりにすぎん。これまで幾多の死を乗り越えてきたのだ、眠りから覚めるのと代わろうはずがあるまい」
その場に沈黙が訪れた。
僕とクレオは相変わらず地面に磔となっているが、超越した存在であるこの二種は別だ。
互いに向き合い、そしてその圧をぶつけ合っている……というか連鎖爆発してる。
「土くれの中で眠りすぎて、もはや当たり前の摂理すら考えに及ばぬか、醜悪なトカゲ」
「まるで己を世界の王であるかのように思っているが、余の叡智にすらお前の住まう場所はなかった。自らの矮小さを知れ、ボロ布よ」
場の空気がさらに冷たくなった気がする。
それどころか身体の血液すら凍結してるんじゃないかと思えてしまう。
「≪沈黙≫」
竜が再び竜言語を使う、恐らくこれでアズラエルの言葉を完全に封じたのだろう。
「≪刑死≫」
だがそれをものともせず、アズラエルは自分自身にかけられた言語の影響に死を与え、竜に向けて死を放つ。
竜の瞳は死を受け入れて生気を失くすも、すぐにまた命を取り戻した。
「試さずとも分かることを試す事は、己が無知であると喧伝するものだ」
「死を知らぬモノが死を語るとは滑稽であるなぁ!」
僕は≪平伏≫の竜言語が解けた事を確認すると、大急ぎでクレオを抱えてその場から全力疾走で逃げ出した。
「お、おい! どうすんだよ!?」
「どうもこうもないよ! とにかくここから逃げないと!!」
僕達が逃げたことが試合開始のゴングだったのか、後方から物凄い爆音と風圧が叩きつけられた。
あまりの衝撃だったせいで、そのまま外まで放り出されてしまう。
「ムコノ! 急いで逃げるぞ、ムコノ!!」
だがいくら叫ぼうとも、あのトカゲは現れなかった。
あの野郎、危険を察知して逃げやがったな!
まぁ僕も同じ立場だったら逃げるけどさ!!
とにかくこの世界でもっとも戦いたくない相手ベストファイブに入る奴らの戦いだ、その余波だけで死ねる。
僕は必死に祈りながら≪変質≫で岩の地面を柔らかくして≪放出≫で掘って≪生成≫と≪変質≫で簡易シェルターを作った。
願わくば、どちらも死んでくれる事を…!
竜とて生命体…もっと生きているという感想が出てくるかと思ったけれども、その瞳にはその意思がまったく見受けられなかった。
「―――余を呼ぶはなにものか」
低く、けれどもあまりにも重い声が僕らの身体に圧し掛かる。
負けじとなんとか姿勢を保とうとしているが、正直なところかなりキツかった。
必死に踏ん張っている僕らが見えていないのか、重みを増した声がさらに加えられた。
「答えよ」
先ほどよりも重圧が掛かり、本格的に倒れそうになったところで、クレオがその声に応えた。
「畏れ多くも申し上げます! 古き叡智、いと高き御名、オグマ・ドグマ様! どうか我らキリークをお救いください!」
その言葉が届いたのか、竜は大きく呼吸する。
たったそれだけの動作であるというのに、僕らの身体に大きく響いた。
「……ソール・アルテミスの被造物か。たしか汝らを利用した事があったな」
そうなのか?
僕はタラーク側…男側での視点でしか戦争を経験していないから、この事は初耳だ。
「遥か前、この空と大地は竜のものであった。我らの言葉で世界は満たされ、我らのモノで溢れていた」
竜の時代といったところか。
宿神を封印した後、人類は神という庇護者を失った。
そうなれば新たな脅威が台頭するのは至極当然の話だろう。
「そう…静寂を好しとする余にとってあまりにも耳障りであった。故に、汝らアルテミスの被造物を囮にし、余が全て屠った。そうしてこの黒き帳で昏々と刻と過ごしていたのだ」
つまり、眠れる竜を起こしてしまったという事だ。
タラーク側で戦ってた身からすれば竜が出てきた時に反則だという感想だったのだが、こうしてキリーク側の立場で考えてみると、それだけタラークが脅威だったという事だろう。
「―――その余を前にして、何を囀る?」
威圧はされていない…けれども、強大なその存在階位そのものが僕らを潰そうとしている。
こんなのとマトモに相対するだなんて、どうかしている!
「我らキリークの聖地を唯一の竜、及ばぬ理知を持ちえしあなた様の、新たな室にして頂きたく…ッ!」
それでもクレオは負けじと言葉を投げかける。
今のところ、失言などは出ていない。
ここでもしも「ご不満かもしれませんが」とか言っていたら「余の何を理解している?」となってゲームオーバーになってたかもしれない。
ただ…それでも、厳しい綱渡りである事なのは違いない。
「汝らには困難であろうが、それでも正しき言葉を意味を紡げ。余の庇護を欲している…そうであろう?」
その言葉を聞き、クレオの身体が震えた。
もしかしたら怒りを買ったのかもしれないと怯えたものの、あちらはあまり気にしていない様子だった。
「汝らの愚かさはよく知っておる。そして、この程度の年月で変わるはずがないという事もだ」
失望ではなく諦観……人間の事をよく理解しているからこそといったところだろう。
「汝に問う。足元にあるその石ころに、何の価値がある?」
いったいどういった理由でそんな事を聞いてきたのか、もしかしてその石ころが人間だという比喩だと言いたいのだろうか…?
クレオが恐る恐るとその石を見つめ、考え込む。
「何かを砕く事もあれば、何かを削る事もできるでしょう。その用途はまさに手にした者に委ね―――」
「それは機能だ、価値ではない」
見事なまでにクレオが考えた意見は一蹴された。
「答え難いか? ならば余が答えよう。……無価値だ、そんな石ころには何の価値も宿っておらん」
そうだ…石ころに価値なんてあるはずがないのだ。
それはつまり、僕らが石ころであればこの竜にとっても無価値であるという事だ。
「その石に意味があれば、そこから価値が生まれよう。汝らが求める煌びやかな原石に対するように、生き永らえる為に摂取する食物に対するように」
クレオが苦悶に満ちた顔をしている。
何とかしようと僕も反論がないか頭を捻らせるのだが、何も思いつかない。
そもそも僕が口を挟む事すら許されているかが分からない状況だ。
「余が汝らの聖地とやらに赴いたとしよう。汝らにはその意味があり、価値がある。だが余にはそれがない、そこに在るべき価値がない」
そう…キリークにとって竜の庇護というのは喉から手が出るほどほしいものだが、竜にとってはそうではない。
クレオは生贄が必要だったという原作知識だけを頼りに来ており、それが求められてないのであれば何もできないのだ。
「古き時代の竜であれば、富と財宝を蒐集していたであろう。そしてその手足として汝らを働かせる事もあっただろう。だが余には―――」
そこで竜の言葉が止まった。
何か異変があったとかではなく、まるで考え込むかのような沈黙だった。
「余の同族は財宝を蒐集し、そしてその物質的な美しさに囚われていた。確かに金銀などは見る事も触れる事もできる、故にその意味と価値も証明が容易い。だが…だからこそ、余は目に見えぬモノにも意味と価値がないか興味があった」
目に見えないモノ…それはたとえば友情、愛情、そういったモノの事だろうか。
「目に見えぬモノの価値を差し出せ。余の庇護を受けるだけの意味があるのだと証明せよ」
「……我がキリークは貴方様の信奉者となります! 貴方様を崇め、そして殉じる覚悟がある事をここに宣言いたします!」
「信仰心か、なるほど。だが今のままではただの言葉でしかない、何の意味も価値も生まれておらぬ」
クレオが勇気を出した言葉も、歯牙にもかけられずに打ち捨てられる。
口で言うことならいくらでも出すことはできる…けれども、そこに意味と価値を持たせて竜を説得するなんて至難の業だ。
「オレの…我が命をここで捧げましょう! 人にとって自らの命は比類なき価値を持ちます! それを捧げる事こそが、意味と価値を証明するでしょう!!」
もう限界だ!
僕はクレオの手を引いて逃げようとするが、まるで根っこが生えたかのようにビクともしなかった。
どうしたのかとクレオの顔を見ようにも、前を見据えているせいで僕から見ることができない。
だけど……クレオは覚悟を決めている顔をしている事だろう。
「得る事ではなく、失う事で証明する意味と価値か……」
竜は再び沈黙する。
僕はクレオが出した決死の提案を受け入れてほしいと思う反面、断ってほしいという願望もある。
この提案が受け入れられればキリークには竜による平穏が訪れる、だけどその中にクレオがいない。
この提案が断られればキリークは戦争に負ける、だけどクレオが死ぬかどうかは分からないのだ。
数秒か、それとも数分か……沈黙は竜によって破られた。
「意味と価値は生まれるであろう…だが、足りんな」
「そ、そんな…っ!」
「まぁ待て。ならば価値を高めればよい」
クレオは竜が提案を受け入れてくれる素振りを見せたせいか、嬉しそうな顔をしている。
自分の命を捨ててまで大事なモノを守ろうとするクレオを尊敬する一方で、とても寂しい気持ちが沸いてくる。
「たとえば、この世界に二つしかない至宝があったとする。この至宝の価値を高めるにはどうすればいい?……そう、一方を壊せばいい。さすれば唯一の至宝となるのだ」
だが、僕らの浅はかな考えはいとも容易く砕かれてしまった。
大地が大きく振動して瓦礫が落ちてくるが、それに気にする余裕すらなかった。
「汝らの聖地を滅ぼそう、さすれば残った汝の意味と価値は比類なきモノとなる。―――案ずるな、余が汝の価値を高めてやろう」
「ま、待って! どうかそれだけは…ッ!」
我慢の限界だった。
やはり竜と相容れるなんて到底不可能な話だったのだ。
僕は懐に手を入れてアズラエルの肋骨を取り出し、竜に向けようとした。
「≪平伏≫」
そして、竜が呟いたそれだけの言葉で僕らは地面に縫い付けられてしまい、アズラエルの肋骨を落としてしまった。
いや…そんなものじゃない、地面の染みになるんじゃないかと思うくらいの力で押さえつけられている。
竜言語というものは短時間ではあるものの、この世界に法則を捻り込むような魔法である。
≪沸騰≫と唱えれば範囲内の液体全てが沸き立ち、≪灰塵≫と唱えれば全てが灰になる。
まるでゲームで使われるチートコードである。
僕は何とかしてアズラエルの肋骨に手を伸ばすも、身体は微動だにしなかった。
クレオはただこの世界での生まれ故郷を守ろうとしただけだ。
だというのに、どうしてこんな結果になってしまったんだ!?
……僕か、僕のせいか。
僕がいなければクレオは無茶をする事は無かったはずだ。
僕がいなければレックスだって死ななかったはずだ。
僕が生きて、何ができた?
何もできない、生きている人に寄りかかるだけで、何もできないロクデナシ…。
そうか…僕は寄生―――。
頭の上から大きな瓦礫が落ちてくる。
大人よりもその大きな死神は狙い済ましたかのように僕の方へと吸い込まれ……そして砕け散った。
「………え?」
火口の近くとは思えないほどの冷気が吹き込む。
僕は、この冷たさを知っている…。
「おぉ、おぉ……我が舌だというのに、なんとみっともない」
地面に潰されそうになりながら視線をあげると、そこには死を具現化させた姿であるアズラエルがそこにいた。
「しかも、おぬし…まさか竜の死を我輩に食わせようとしたのか? こんな土気まみれのものを差し出そうとは、余程死にたいらしい」
もしかしたら助けに来てくれたのかと期待した僕が馬鹿だった。
人間を超える超常存在にそんなものあるわけがない。
まぁいいか……ここで死んだ方がまだ世の為、人の為になりそうだ。
「も…申し訳ありません、アズラエル様……貴方様の舌として、あまりにも恥ずかしい働きぶりでした」
「よい、よい。元々そこまで期待しておらんかったからなぁ」
そうしてアズラエルの死を与える指先が僕に触れようとし―――。
「ただ、一つ訂正を…僕は死の権化である貴方様の肋骨を見せれば竜が怯えると思っていたのですが、そうではなかった様子……竜にとって、貴方様は恐るるに足らない存在のようで」
その一瞬で、周囲の空気が凍結したかのような錯覚に陥り、呼吸ができなくなった。
死を与えるはずのその指先は僕の額に刺さり、流血によって染められた。
「いえ、いえ! アズラエル様にはなんの責任もございません! アズラエル様のお力を見せればどのような存在だろうとも、かしずくだろうと思い込んでいた僕の落ち度です!」
僕の額に突きつけられている指先が震えているような気がする。
そりゃあそうだろう、この世界で一番だと思っていたら、まったく意識されていない存在がいるとか、尊大な自意識を持つ超越した存在が我慢できるわけがない。
「カ、カ、カ、カ……それもそうだろう。なにせこのようなトカゲ畜生に死を理解できると思うてか? 不可能だ、理解に及ぶあろうはずがない!」
アズラエルが笑いながら大きな声をあげる。
そして、それはもちろん竜にだって届く。
「竜にとって死とは終わりではなく始まりにすぎん。これまで幾多の死を乗り越えてきたのだ、眠りから覚めるのと代わろうはずがあるまい」
その場に沈黙が訪れた。
僕とクレオは相変わらず地面に磔となっているが、超越した存在であるこの二種は別だ。
互いに向き合い、そしてその圧をぶつけ合っている……というか連鎖爆発してる。
「土くれの中で眠りすぎて、もはや当たり前の摂理すら考えに及ばぬか、醜悪なトカゲ」
「まるで己を世界の王であるかのように思っているが、余の叡智にすらお前の住まう場所はなかった。自らの矮小さを知れ、ボロ布よ」
場の空気がさらに冷たくなった気がする。
それどころか身体の血液すら凍結してるんじゃないかと思えてしまう。
「≪沈黙≫」
竜が再び竜言語を使う、恐らくこれでアズラエルの言葉を完全に封じたのだろう。
「≪刑死≫」
だがそれをものともせず、アズラエルは自分自身にかけられた言語の影響に死を与え、竜に向けて死を放つ。
竜の瞳は死を受け入れて生気を失くすも、すぐにまた命を取り戻した。
「試さずとも分かることを試す事は、己が無知であると喧伝するものだ」
「死を知らぬモノが死を語るとは滑稽であるなぁ!」
僕は≪平伏≫の竜言語が解けた事を確認すると、大急ぎでクレオを抱えてその場から全力疾走で逃げ出した。
「お、おい! どうすんだよ!?」
「どうもこうもないよ! とにかくここから逃げないと!!」
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あまりの衝撃だったせいで、そのまま外まで放り出されてしまう。
「ムコノ! 急いで逃げるぞ、ムコノ!!」
だがいくら叫ぼうとも、あのトカゲは現れなかった。
あの野郎、危険を察知して逃げやがったな!
まぁ僕も同じ立場だったら逃げるけどさ!!
とにかくこの世界でもっとも戦いたくない相手ベストファイブに入る奴らの戦いだ、その余波だけで死ねる。
僕は必死に祈りながら≪変質≫で岩の地面を柔らかくして≪放出≫で掘って≪生成≫と≪変質≫で簡易シェルターを作った。
願わくば、どちらも死んでくれる事を…!
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俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
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【一次選考通過作品】
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とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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