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3巻
3-1
しおりを挟むジャック・ジャック・フォックシー
ジャック・ジャック・フォックシー
森の中では気をつけて
一緒にあそぼと言われても
こっちへおいでと呼ばれても
ついていってはいけないよ
ついていってはいけないよ
ついていったらもう最後
二度とおうちに帰れない
ジャック・ジャック・フォックシー
ジャック・ジャック・フォックシー
ジャックは悪魔 嫌われ悪魔
二度とおうちに帰れない
二度とおうちに帰れない
――エルナト王国中西部に伝わる民謡
序章 ジャック・フォックシー
大体、王様が住むようなお城というやつには、秘密の隠し通路があるものと昔から相場が決まっている。
アル=ナスル王城もそのご多分に漏れない。ごく一部の者にしか知らされていないが、建国王ミッシェルがここを王都にすると決めたとき、王族が逃げるための地下通路を作らせている。
数百年前のことだった。当時、建国王ミッシェルは『もし私の子孫がこれを必要とするのなら、それはこの国が滅びるときであろう』と皮肉めいた言葉を残している。
ただ、彼は城や都市の建築、整備についてはあまり熱心でなく、家臣に任せていた部分が大きかったのではないか、というのが歴史家の見解である。
そんなこともあってか、その出来映えは王族の命を守るための隠し通路であるにもかかわらず、十にもならない子供に見つけられるようなお粗末なものだった。あえて口にしないだけで、王城で働く者たちの一部も入り口の存在に気付いている
とはいえ、建築当時はともかく、今となっては増改築を繰り返した古い城なのだから、仕方のないことかもしれない。
それはさておき、秘密の通路は、子供――特に男の子の好奇心や冒険心をくすぐってやまないものだ。
このとき九歳だったエルナト王国第二王子、スタンリー・エル・アーマントゥルードも例外ではなく、近寄るなと言われるほど、興味を強くした。
とても賢いのだが、好奇心旺盛で落ち着きがない上に、悪戯好きで、馬が合わない兄アルバートのベッドに生きたカエルを放り込んだこともある。少年らしいといえばその通りだが、世話をする者たちにとっては困った気質である。
王族の暮らしは、そんなスタンリーの気質に合わなかった。少年はいつも退屈していて、刺激を求めていた。だから、意味ありげな扉を見つけたら、開けたくなるのも当然ではないか。
その日の深夜、侍女たちの目を盗んで寝室を抜け出したスタンリーは、重い石の回転扉を押す。幸か不幸か、全体重をかければ扉はギギ、ズズ、と大仰な音を立てて開いた。誰かに気付かれていやしないかと後ろを見直すが、その拍子にバランスを崩して、前につんのめる。転びそうになるのをどうにか踏みとどまった。視界が黒に染まる。月の光一つ射さない闇。
人間は本能で闇を恐れる。一瞬パニックになりかけたスタンリーは、深呼吸した。黴臭い埃が気管に入り、咳き込んだ。
「《霊験なる幻よ、我が手に光を》」
でもお陰で冷静になれた。こんな真っ暗闇の中では動くに動けない。スタンリーは手を広げ、覚えたての《神聖語》を唱える。《幻光》。《夢》属性の初級法術で、幻覚を操って明かりを造り出す。手の平に丸い光の球体が出現した。《灯》属性の《照明》には随分劣るけれど、ないよりはマシだ。
うっすらと、辺りが照らし出される。足元を確認。雨も、風も、きっと入り込んでは来ない場所なのだろう。ところどころ黴が生えてはいるが、足元を舗装する石の状態は随分綺麗だった。
ムカデがカサカサと横切っていく。悪ガキは躊躇なくそいつをつまみあげると、腰に下げていた革袋の中に放り込んだ。今度兄のベッドにでも放り込んでやろう。
スタンリーはにんまりと微笑んだ。秘密の通路。城から出る方法を『開拓』しておけば、こっそり抜け出して城下街――外の世界を自由に見て回ることだって容易くなる。
それは、子供らしい浅はかな考えだった。
足元に一応気をつけながら、スタンリーは軽い足取りで歩いていく。ところが、どれだけ進んでも出口が見えない。十分経っても二十分経っても同じ通路が続くのだ。だんだん怖くなってきた彼は、景気付けに歌でも唄ってみることにした。
「ジャック・ジャック・フォックシー、ジャック・ジャック・フォックシー……」
調子っぱずれのボーイソプラノだけが、虚しく響く。
「こっちへおいでと言われても」
『こっちへおいで――こっちへ――』
スタンリーの足が、ぴたり、と止まる。気のせいだ。今のは気のせい。
「一緒に遊ぼと言われても」
『一緒に遊ぼ――一緒に――』
今度は完全に足が止まった。なんてことだ。恐怖心を振り払うための歌で、かえって怖くなってしまった。
この歌は母のジャスティナに教えてもらったものだ。
ジャック・フォックシー。森の中で旅人を誘う狐火。
母の故郷であるサラン男爵領をはじめ、エルナト王国各地に伝わる民話である。強欲で散々悪さを働いた男が、神の罰を受けてこの世を彷徨う狐火に変えられてしまう。男は、いつの日か赦しを得られることを夢見て道に迷った旅人を導いているとも、そうなってもなお欲は尽きずに、誘い出した相手の身ぐるみを剥いだり、人買いに売り飛ばしたりするのだとも――地方によって様々に言われている。
ジャスティナがスタンリーに話したのは『悪いジャック・フォックシー』の方だった。
「あまり悪戯が過ぎると、ジャック・フォックシーがあなたを連れ去りに来ますよ」
もっと小さい頃、スタンリーは母にそう脅されたものだったが……
「ふん! ちっとも怖くないね!」
そうだ。ちっとも怖くない。狐火なんて、手も足もないのに、どうやって子供を人買いに売るのだ。
スタンリーはふんと鼻を鳴らすと、胸を反らしてずんずん進む。今度はもっと高らかに唄う。ジャック・フォックシー。お前なんて、ちっとも怖くないぞと言わんばかりに。
「ついていってはいけないよ、ついていってはいけないよ」
『ついていっては――ついて――』
「二度とおうちに帰れない」
『二度とおうちに――二度と――』
「ジャックは悪魔、嫌われ悪魔」
『ジャックは――悪魔――』
「二度とおうちに帰れない」
『二度とおうちに――二度と――』
「二度と――」
そこまで唄って、スタンリーは急に不安になってきた。後ろを振り返ると、真っ暗な闇だけがそこに広がっている。
「おうちに、帰れない」
このまま引き返して、ちゃんと元の場所に戻れるだろうか。
ジャック・フォックシーに攫われた子供は、二度と帰ることができないという。
では――。そこでスタンリーは思った。自分にとって帰る場所とはどこだろう。
彼は悪ガキであったが、知恵の回る子供でもあった。自分の置かれた立場をよく理解している。王位を継ぐのは、兄アルバート。自分は王のスペアとして飼い殺しにされる立場だ。だからといって自由の身ではない。万が一アルバートに何かあったときのために、スタンリーは『いないと困る』存在なのだ。
有形無形のしがらみに束縛され続けるくらいなら、このまま外に飛び出して、行くあてもなく彷徨う方がまだマシとさえ思う。けれど、全てを捨てて野に飛び出すことができるほど強くないのも分かっていた。
自由も欲しい、家族も欲しい。自分はなんと強欲なのだろう――
ボッ。
スタンリーの大人びた思考を断ち切ったのは、突如眼前に現れた、中空に浮かぶかがり火だった。
「わっ!!」
スタンリーはその場に尻もちをついた。意味もなく頭を振っておそるおそる見上げると、かがり火は相変わらずそこでゆらゆらと熱のない光を放っている。
「ジャック、フォックシー……」
その名を呟くと、スタンリーの頭の中に、低いとも高いとも言えない声が響く。
『我が名はマモン。《強欲》の罪を贖う《大使徒》ケーンの使者。強欲なる少年よ、お前の望みはなんだ?』
第一章 嵐の前の、
アル=ナスル王城の回廊を肩で風を切って歩くのは、やたら大柄な中年女と童顔の青年だった。大陸史上でも珍しい女将軍アダレードと、弓兵隊長のウィリアムである。弓兵隊長というとなんだか塩っ辛い役職に聞こえるが、王国軍においてはかなりの重役だ。
王国軍は将軍の下が大きく三つに分かれており、それぞれを隊長である三人の男たち――ゴードン、クインシー、ウィリアムが率いている。
まずはゴードン率いる歩兵隊。最も兵数の多い王国軍の主戦力であり、街道や砦、城の警備、魔物や野盗の撃退など、その役割は多岐にわたる。町人や農民の出が多いこの隊の長であるゴードンは、当然平民寄りの第二王子スタンリーを支持している。
次いでクインシー率いる騎兵隊。軍馬の育成・維持の難しさから、数では歩兵隊に劣るが、有事の際には最も活躍の期待されるエリート集団でもある。貴族の次男三男が多く、また他にもプライドの高い保守的な連中が多いからなのか、クインシーは貴族寄りの第一王子アルバートを支持していた。
最後にウィリアム率いる弓兵隊であるが、隊長はともかく、この部隊そのものの地位は、廃止が考慮されるほど低い。というのも、飛び道具なら法術で事足りてしまうのに加え、弓は矢玉に金がかかる。さらに、いっぱしになるまで子供が大人になるくらいの時間がかかるため、官民を問わず軽視されているのだ。
とはいえ弓兵を志す者には“目”に秀でた者も多く、アダレードやスタンリー、そして存外兵法には造詣の深いアルバートのように、弓兵隊に目をかけている者もいる。ただしその現状は、ウィリアムが二人の王子の間で板挟みになっているとも言える。そして、ウィリアム自身も態度を明らかにしていない。
しかし、どっち付かずの態度は、一匹の兵としては極めて正しい。ウィリアムは戦士だ。弓手だ。影に潜む敵を看破し、心の臓を、喉笛を撃ち抜くのが、本来の役割である。部下を守り、取りまとめることはあっても、お上のあれやこれに絡むのは、分不相応ではあるまいか。
だからアダレードは、ウィリアムをことさら重用するのだった。ウィリアムは小柄だから剣術でも馬術でも槍術でもなく弓を志したのだが、非力というわけでもないし、小剣の扱いはそこらの暗殺者に引けを取らない。その上、ゴードンのようにだらしなくもなく、クインシーのように横柄でもない。柔和で目端の利く優男で、しかも窓際部隊の長なので仕事がさほど多くない。副官として連れ回すには最適であった。
「国王陛下からの呼び出しなんて全く珍しいことだね。あの王様は、あたしの名前なんて忘れてるもんだとばかり思ってたよ」
「いや、そんなことはないでしょう。閣下を任命されたのは、他ならぬ国王エドワード陛下ご自身です。閣下のお名前をお忘れになるはずがありません」
将軍からすればただの軽口だが、生真面目なウィリアムは聞き流したりはしない。
「だといいがねえ」
アダレードはなんとも気のない様子でぼやくと、視線を天井に走らせる。上質な漆喰やタペストリーで誤魔化してはいるけれど、黴に浸食された石のタイルがこの城の生々しい歴史を雄弁に物語っている。
こんな古いものは捨てて新しい宮殿をという意見が出るのもごもっともだし、辛い戦乱の歴史を忘れるべきではないというお題目も実に高尚である、と女将軍は考える。つまりどうでも良いのだ。使えていれば大変結構、それより王国軍の戦力拡充の方が急務である。
傭兵も含めれば、王国にいる兵は相当な数に上るが、“王国軍”の兵士はそう多くもない。国の兵の大半が各領主に直接仕える私兵で、それぞれの領地の警護にあたっている。
これまでは国王エドワードのもと、各地の領主たる貴族たちは表向き一つにまとまっていたが、国王の後継者問題もあって、ここのところ彼らの小競り合いがどうにも目立ってきた。そこへ来てランシード伯爵領での《七大悪魔》レヴィアタンの出現、自警団の機能停止、王都における蝿の群れ――ベルゼブブの発生、城内での暗殺騒ぎだ。とてもじゃないが、王国軍だけでは手が回らない。
しかも貴族どころか、教会でさえ内輪揉めでアテになりやしない。
平和な時間が長すぎたのだ。当初は封建国家として、威信を保つべく多く割かれてきた軍事費は年々縮小している。それを今すぐに拡充することなどできようはずもなく――
アダレードは意味もなくウィリアムの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。その手の平はなまじっかな男よりずっと大きくて分厚い。身の丈は百八十センチメートルを優に超えるので、やや小柄なウィリアムを見下ろすような恰好になる。
レヴィアタンとベルゼブブを追い払った自称《退魔士》はさらに小柄な少年だという。彼が本当に教会の人間なのだとは信じていないが、どちらにせよ、みすみす手柄をよそ者に持っていかれてしまったのは実に不甲斐ない話だ。
そんな思考を中断させたのは、ウィリアムの囁くような声だった。
「――閣下。ゼアディール公です」
言いながら、ウィリアムは胸に拳を当てる敬礼の姿勢を取る。
アダレードが前方に目を向けると、整えられた髭の美丈夫が侍従を伴って歩いてきていた。エルナト王国でも並ぶもののない大貴族ゼアディール公爵家の当主。側妃エヴァンジェリンの父であり、第一王子アルバートの祖父でもある。
「これはこれはゼアディール公爵閣下。ご機嫌うるわしゅう」
アダレードは慇懃に一礼して見せる。当てつけのようにマントの裾をつまみ、軍人らしからぬ淑女の作法に則った礼であった。ゼアディール公の口髭がピクリと動くが、この程度で動じるような人物ではない。
「そちらも相変わらずのようだな。王都の騒ぎを嗅ぎつけて軍備増強の好機と見たか。戦好きの気持ちは分からんよ」
「出し抜けにご挨拶だね。そっちこそ大きい方の王子に何か入れ知恵かい?」
大きい方の王子とは、もちろんアルバートのことである。ゼアディール公は第一王子アルバートを次の王にと推している。自分の孫なのだから、当然と言えば当然だ。
挨拶代わりの皮肉を交わしたアダレードとゼアディール公はどちらともなく、ふん、と鼻を鳴らす。
ウィリアムも、公爵に従ってきた侍従も、何も言わず彫像と化している。
「国王陛下のお加減はやはり芳しくないのか」
「あんたこそ、娘から何も聞いてないのかい?」
「あれは陛下が言うなと言ったら何も言わんよ」
「ふむ。実際のところどうなんだろうねえ。《迷い子》にちょっかいをかける元気はあったようだけど」
アダレードは自称『教会の退魔士』、藤重爽悟の名前を思い浮かべながら言った。
審判者アルティスが定めし境界線の向こう側からやって来た《迷い子》の存在を、教会は表向き隠している。だが、ある程度以上の地位にある者たちにとって、彼ら異世界人――彼岸からの《迷い子》は公然の秘密とも言える存在だ。
それに、爽悟の活躍はこれ以上ないほどド派手であり、扱う武術も、不思議な力も、この世界には存在しないものばかり。何より此度の《迷い子》は『神社』なる建物ごと、このアルレシャ大陸に迷い込んできたのだ。むしろ知らずにいることの方が難しいだろう。
「どこの馬の骨とも知れぬ《迷い子》に、王家と対等の立場を保証するとは。陛下は何を考えておられるのか。それとも、彼の者らに特別な何かがあったのか」
公爵の呟きを「さあね」と、アダレードは肩を竦めて聞き流す。
「それより、このタイミングであんたとあたしが呼ばれるってのは、陛下も腹を括ったってことなのかねえ?」
「であろうな」
将軍も公爵も、立場は違えど相応の影響力と、国王からの信頼を持つ重鎮である。公爵はほんの数秒瞑目し、吟じるように言う。
「たとえどのような結果になったとしても、ゼアディール一門の繁栄はエルナト王家あってのこと」
アダレードは、今朝の天気を伝えるかのように公爵の言葉を引き取る。
「――王家への忠誠は変わらない。あたしも同じさ」
二人はそれきり互いに視線を逸らすと、それぞれの従者を引き連れて歩き出した。
* * *
従者を控えさせて国王の居室に入ったアダレードと公爵は、跪き、首を垂れながら、国王エドワードの言葉を待っていた。傍らには、近衛隊長グスタヴと密偵であるアイヴァンが控えている。二人とも国王の幼馴染であるが、同時に平民でもある。その辺り、かつてエドワードがやんちゃであったことが窺える。
「――このような恰好ですまぬな」
しわがれた声でそう言うエドワードの姿は、二人の記憶の中にあるものよりも随分やせ細っているように思える。アダレードも公爵も、寝室まで立ち入りを許されたのはこれが初めてだった。余人に聞かれたくない内容なのか、閨から起き上がることさえままならぬほどエドワードが衰えているのか。それは二人にも分からない。
「もう少しばかり時間があると思っていたのだがな――ままならぬものよ。将軍、公爵。近くへ」
エドワードは声を張る体力もないらしい。二人は立ち上がり目礼すると、その言葉に従う。
「王たる者の資質とは、なんであろうな。何が最良の選択であるか、長らく迷い続けてきた。私の不断故、そなたらには随分と苦労をかけた。詫びの言葉もない」
老いた国王は、アダレードと公爵の顔を、順に見て言った。
「もったいなきお言葉です。女の身でありながら私が将軍たりえるのも、陛下のお力あってのこと。御身をお支えすることに喜びこそあれ、苦労などあろうはずがありませぬ」
アダレードが常の粗暴さのかけらもない丁寧な言葉で言うと、ゼアディール公爵もそれに続く。
「エルナト王家の庇護がなければ、我がゼアディール家も、戦乱の世において泡沫のごとく滅びていたことでしょう。陛下のご逡巡も国の行く末を思ってのことなれば、お詫びなどなさる必要はございません」
二人の言葉に、エドワードはわずかに頬を緩めた。
「そなたらの心遣い、嬉しく思う」
そう言うと、深い咳をした。気道に激しい亀裂が走るかのような音に、アダレードが腰を浮かせるが、エドワードはそれを視線で制する。
「私の決断は、そなたらにとっては納得のいかぬものかもしれぬ。それでも私は――ヴィクトリアを王とするのが最良であると、そう考えた」
将軍がひゅっと息を吸い込む。公爵は口髭を弄って動揺を隠しながらも、国王に尋ねる。
「女の王とあらば、諸侯の反発は免れますまい。故を伺っても、よろしいでしょうか」
エドワードは頷き、枯れた声で答える。
「――アルバートにはゼアディール家の庇護があるが、どうにも自尊心が強すぎる。スタンリーには先見の明と優れた知恵があるが、いささか意地が悪い。ヴィクトリアには優れた容姿と慈愛があるが、王族としての自覚に欠ける。あちらを立てればこちらが立たず。あげくにアルバートとスタンリー、どちらを王とするかで、貴族も聖職者も勝手に揉めはじめる。ならば間を取るのが何より穏便であろう? ああ、無論それだけではないぞ?」
エドワードは悪戯っぽく微笑んだ。
「ベルゼブブの件はそなたらも把握しておろう? あの一件で、ヴィクトリアは王族が王族たる意味を考えはじめたようだ。民がどのような暮らしをしておるか知るべきだと、今も城下に降りておるわ」
半分は《迷い子》への興味もあるようではあるが、と付け加えて、エドワードは続ける。
「すぐにうまくいくとは限らぬ。だが、それはどの王であっても同じこと。ヴィクトリアならこれから大陸に訪れるであろう争乱を乗り越え、新しい時代を築けるのではないか。私はそう思うのだ」
エドワードの言葉に、ゼアディール公爵が、ふむ、と興味深げな声を出す。
「新しい時代、とはどのようなものですかな」
「かつて……あれは王位を継いで間もない頃であったか――この城で《迷い子》の少女を匿っていたことがある。元はサラン男爵家の娘が保護し、当時側妃の打診を受けていたエヴァンジェリンの伝手を使って、マグダレーナのもとに連れてきたのだ。ジャスティナが嫁いできたのはその縁だよ。ジャスティナと、エヴァンジェリン、マグダレーナ……そして私は、その娘、サツキ・ハナフサに彼岸の話を聞いた。サツキがおらねば、ジャスティナやエヴァンジェリンを娶ることもなかったであろうし、ヴィクトリアが生まれることもなかったであろう。恩義があるのだ。そしてその娘は」
エドワードは将軍と公爵、二人の重鎮の反応を楽しむかのようにたっぷりと間を置いて、言葉を繋いだ。
「ソーゴ・フジシゲ。ここ最近巷を騒がせている異端の《退魔士》の母親だよ」
彼らを王族と対等の客分としたのは、そういうことだと、エドワードは口元を押さえて咳をする。彼は自らの負担など構わず、話を続ける。
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