もしも剣と魔法の世界に日本の神社が出現したら

先山芝太郎

文字の大きさ
66 / 80
5巻

5-2

しおりを挟む
 顔を上げる。審問のには、裁かれる異端者を囲うように、陪審員の席が設けられていた。そこには八人の枢機卿すうききょうが座っていた。そして正面、始祖ラーネイヤを描いたステンドグラスの目前には――
 教皇コンスタンツェ三世が、静かにこちらを見下ろしていた。
 そこには悲哀も憐憫れんびんもなく。ただ、無だけがある。
 傀儡かいらい
 思うことを、感じる心を奪われた、無惨むざんなヒトの、成れの果て。
 メリッサは思わず祈りの常套句クリシェを口にしていた。

「あなたに審判者の祝福があらんことを」

 数多あまたの悲鳴を吸ってきたであろう壁が、虚しくメリッサの祈りも吸っていく。

「そなたはまず、その死の安らかであることを祈るべきであろう――チェレスティアノ」

 コンスタンツェはメリッサの真意を図りかね、一瞬まゆをひそめたが、あっさり疑念を切り捨て、隣に座す枢機卿すうききょう、チェレスティアノに声をかける。

「なんなりと」

 教皇に名を呼ばれた若き枢機卿すうききょう、チェレスティアノはゆるく笑みをつくる。

「審問はそなたに任せよう」

 コンスタンツェは視線だけを向け、そう命じた。

「心得ました。――係官!」

 チェレスティアノは微笑ほほえみを浮かべたまま一礼すると、眼下にひかえる係官に厳しい声を投げかける。係官は素早く火のついた松明たいまつを手にする。これを今から、たっぷりと炭の載った火台にくべていくのだろう。
 異端審問というのは、要するに拷問ごうもんであり、とびきり残酷な処刑であった。色々な手法があったが、ここ最近用いられているのは主に火刑である。
 異端のをかけられた者を鉄のおりに閉じ込め、燃料をたっぷり載せた火台で囲む。陪審員の代表と異端者の間で質疑応答が行われる。問いが一つ行われるごとに、火が一つくべられる。火とけむりに巻かれて異端者が死んだら、それは普通の異端者、全ての問いが終わってもなお生き残っていたら《悪魔ディアボラきの異端者。そう認定される。
 これほど理不尽な法廷というのもそうそうないだろう。枢機卿すうききょうの中に苦い顔をしている者がいるのも、なんら不思議なことではない。

「ではシスター・メリッサ。異端審問を始めましょう」
「はい」

 メリッサは静かにうなずいた。つばみ込もうとして、できなかった。口の中がからからだった。これから身の上に起こることを、理解し、覚悟していたつもりでも、自分は想像していた以上に恐れていたらしい。

「あなたは、審判者の存在を信じますか」
「はい」
「あなたは、始祖ラーネイヤを尊い存在と感じますか」
「はい」
「あなたは、レサトの大河の向こう側にある、もう一つの世界を信じますか」
「はい」
「《迷い子ストランジェ》は教会の手によって丁重に保護されるべきと思いますか」

 ボッ。四つ目の火がくべられる。暑い。メリッサのあごの先から汗がしたたった。

「そうは思いません。《迷い子ストランジェ》の来訪は、審判者の尊いおぼし召し。その在りようは、彼らの意思にゆだねられるべきです。王都アル=ナスルを襲った三度にわたる危難、エルフの里の異変、エルナト北西部へのドラゴンの襲撃――いずれも、あなたがたのを逃れた《迷い子ストランジェ》の手によって解決されたもの。これらの事実を踏まえた上でなお、《迷い子ストランジェ》に対して保護という名目の拉致監禁らちかんきんを行おうというおつもりなのであれば、異端者はあなたたちの方でしょう」

 きっぱりと言い切ったメリッサに、枢機卿すうききょうたちが息をむ。
 別に口をつぐんだところで罪が減じられるわけではない。言ったもの勝ちだろう。

「ははは、それを言われるとつらいところですな」

 だがチェレスティアノは、メリッサの言葉を笑って受け流した。

「しかしながら、法術、政治、経済――教会の権威はあまりに大きすぎますのでね。もしそれが崩れるようなことがあれば、アルレシャ大陸全土の情勢にどんな影響が出るか」

 チェレスティアノは首をすくめ、両の手の平を上に向けた。

「想像するだに恐ろしい。我々としても心苦しいところですが、現実と折り合いをつけねば、ね」

 子供に言い聞かせるような口調だった。一つの国で起きた多少の変事を持ち出されたところで、広いアルレシャの大地においては些事さじにすぎない――ということなのだろう。

「次の問いに移りましょう、シスター・メリッサ」

 火が、新たにくべられる。灰色のけむりが徐々におりのあたりまで満ちてきた。

「あなたは、ご自身が教皇聖下の実姉であると吹聴ふいちょうしておられたと。そのような情報が我々の耳に入っておりますが、これは事実ですか?」

 チェレスティアノのこの問いこそが核心であった。
 傀儡かいらいとはいえ、アルレシャ大陸においてもっとも大きな権力を持つ教皇に血縁がいる。枢機卿すうききょうたちは、彼らが教会の内部政治に干渉かんしょうすることを大いに恐れた。だからこそ、コンスタンツェを俗世から完全に切り離すべく、彼女の故郷を焼き払い、そこに住まう人々を根絶やしにした。
 メリッサの存在を知ったとき、しかも彼女が聖職者であると知ったとき、枢機卿すうききょうたちは震えあがったことだろう。彼らはこう思ったはずだ。復讐の芽をつぶさねば。教皇の姉を殺さねば。今度は自分が殺される。
 立ちのぼる熱いけむりに巻かれながら、メリッサはわらった。

吹聴ふいちょう? ごほっ、わたくしが? それがあなたがたのお耳に入ったと?」

 けむりが気管を焼き、メリッサは激しくせき込む。

「ふふふ、ごほっ、これはこれは! 語るに落ちるとは、ごほっ、このことではありませんか!」

 それでも若い女司祭は、ふてぶてしく胸を張った。

「確かにわたくしには、ごほっ、教皇聖下と同じ年頃の妹がおります。それがどこの誰なのかも、マザー・クレアに一度告白いたしました。っ、ごほっ、ですがそのことは、そのマザー・クレアに口外を禁じられているのです。ひゅっ、ええ、言えるはずがありません! あちらにおわす教皇聖下が、わたくしの妹だなんて!」

 メリッサは両手を伸ばして、コンスタンツェを、無表情に自分を見下ろす教皇の顔をあおぎ見た。

「仮に血の繋がりがあったとしても! ごほっ、教皇聖下はもはや俗世と無縁の尊きお方! そのお方を妹だなんて吹聴ふいちょうしてまわる、そんな恐ろしいことがどうしてできましょう!」

 メリッサとコンスタンツェ。
 ジョゼットとアレクシア。
 互いに名を偽った姉妹は、その真意を語ることなく、まっすぐに視線をかわす。
 しばしのち。
 メリッサはそっと目を伏せたかと思えばすぐにあげ、ぐるりと枢機卿すうききょうたちの顔へと視線を巡らせた。

「それよりも! 枢機卿すうききょうのお歴々、あなた方はどうして、わたくしとマザー・クレアしか知らぬはずのことを知っておられるのでしょう?」
「ひ、火だ! 火をくべろ! その女をそれ以上しゃべらせるな!」

 唖然あぜんと見守っていた枢機卿すうききょうの一人が、あわてて係官に指示をくだす。これ以上余計なことを話されて、教皇に心変わりなどされては困る。
 係官が一斉に松明たいまつをくべる。

「あっ」

 メリッサは目を見開いた。

「火っ、火が」

 炎が、大きく燃え上がり、おどるようにぜた火の手は。

「あああああああああっ!」

 メリッサのまとっていた襤褸ぼろ布に移り、彼女の身をがしはじめる。
 それでもなお。

「ええっ! ええっ! 知っていて当然でしょうとも!」

 彼女は語るのをやめない。いや、死を目前にしたればこその狂気が、彼女をそうさせているのだろう。

「ああっ! 教皇聖下とわたくしの故郷の村を焼き払ったのは、他ならぬあなた方の手になるもの! ああ! されどあた、わたく、あたしが生きていた! 土の下でとうに骨になっているはずの小娘が! ごほっ! それを知ったとき、あなたがたの恐怖がいかほどであったか! ひゅっ、想像するに心が痛みます! ざまあみやがれっ! あは、あははっ、あははは!」

 熱傷の痛みに身をよじらせながら、メリッサは腹を抱えて笑った。狂気と正気の狭間はざまで、空気を求める淡水魚のように、彼女は言葉を発し続ける。

「わたくしは、異端者として生きたまま灰になるんでしょうね! ああっ、熱い、痛いっ、苦しい! ねえ! なんでよ! なんで誰も助けてくれないの!? くそっ、なんであたしが! 俗世の権力におぼれた薄汚い保守派のブタどもめ! ごほっ! ごほっ! ぜえ、お前たちのたましいは死後レサトの大河を渡ることなく、ひゅう、審判者の業火ごうかに焼かれることになるわ!」

 彼女の言葉にはもはや脈絡などなかった。それでも彼女は、わずかに残された理性を振りしぼって妹に語りかける。伝えるべきことを伝えるために。

「ご覧なさい、教皇聖下! そして、ふう、知りなさい! うう、熱い、あなたはあまりにも無垢むくだわ! わたくしは、ひゅう、一人の聖職者として、ぐう、姉として、ごほっ、あなたのあやまちを正さねばなりません!」

 ぎり、と歯を食いしばり、メリッサはコンスタンツェをにらみつける。

「あなたは知らねばならない!」

 メリッサがえると、それに応じるかのように、炎がより強く燃え盛る。

「ああっ! なんでっ! どうしてあたしが! あんたたちがのうのうと、ごほっ、ぬくぬくと暮らしているのに! あたしたちばかりがっ、ごほっ、ごほっ、こんな目にっ、ごほっ、ひゅう、こんな目にわなければならないの!」

 メリッサはどうにか逃れようと、かせめられた手で鉄のおりを握る。だが、おりは熱く焼けていて、じゅう、と彼女の手の平を焼いた。

「あああああああっ!」

 メリッサは悲鳴を上げた。

「呪ってやる! この身が灰になっても、ひゅう、たましいが星にかえっても、たとえ、ひゅう、審判者が、ひゅう、アルティスが、あたしをいさめてもっ!」

 それでも彼女はおりを掴み、揺さぶるのをやめなかった。この炎の中に、やつらも引きずり込んでやる。怒りとにくしみが、彼女を突き動かしていた。

「おまえたちが地獄の業火ごうかに、ぜえ、焼かれて、許しをうても、ひゅう、あたしは絶対に、お前たちを、ひゅう、絶対にゆるさない!」

 ガタン。一人の枢機卿すうききょうが、腰を抜かして椅子いすからすべり落ちた。
 彼らは、他の異端者の死に立ち会ったことがないのだろうか。まさか今さら、メリッサごときの振る舞いを恐れているとでもいうのだろうか。とんだお笑い草だ。
 それでも。この光景を前にしてなお、コンスタンツェの表情は動かなかった。

「見なさい!」

 メリッサはすっかりしわがれた声を張り上げる。

「はあ……はあ、見なさい。この焼けただれた皮膚ひふを」

 メリッサは炎に巻かれながら、焼けただれたみにくい手の平を教皇に向けてかざす。

「ぜえ、感じなさい、髪のげるにおいを。ひゅう、聴きなさい、今わのきわ醜悪しゅうあくわめきを!」

 これを見てもなお、コンスタンツェが物言わぬ人形であり続けられるというのなら、それもまた一つの強さだろう。妹がその道を選ぶのなら、メリッサがあえて何か言うこともあるまい。

「これが、ひゅう、現実よ! あなたの、ぜえ、あたしたちの、はあ、教会の《罪》よ!」

 メリッサは胸を張り、背筋を伸ばし、まっすぐに妹の目を見て言った。


「人が死ぬっていうのはねえ! こんなにむごいことなのよ!」


         * * *


 ――ここはどこだろう。あれからどれくらい経ったのだろう。あのまわしい炎は? 妹は? 
 いや、そうだ。自分は死んだのだ。炎に焼かれ、けむりに巻かれ、苦しみもだえながら死んだのだ。
 死はすべての終わりではない。彼女はそう教わってきた。

(嘘だ)

 こんな気持ちで虚無をたゆたっている。
 これが終わりでなくて、なんだというのか。

「そんないだ気持ちであなた、このまま『向こう側』へ行ってしまうつもり?」

 メリッサにかけられたその声は、どこからだろうか。遠くから? 近くから? 上から? 下から? 分からない。もはやどうでもよかった。

「まだやり残したことがあるんじゃないかしら」
「あなたは――」

 メリッサはもう存在しないはずの目を開ける。
 長い黒髪。優しげな眼差まなざし。
 会ったことがないはずなのに、どこかで見覚えのある――

「始祖、ラーネイヤ、様?」
「あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね」

 女性はそう言うと、優しく微笑ほほえんだ。

「わたしは全にして一、一にして全なる存在、世界そのもの。それは全てを内包し、ヒトの認識し得る外にある。だからあなたたちにとってもっとも『それらしい』姿をとって現れるだけ――ううん、前にもこんな話をした覚えがあるわね――まあが、違う誰かに違うどこかでそういう話をしたんでしょう。どうでもいいことね」
「では、あなたは――審判者、アルティスなのですか……」
「あなたたちはそう呼んでるわね。でも審判者という属性もわたしの一つの側面に過ぎないわ。それより、チェレスティアノがずいぶんと迷惑をかけているみたいね」
「あの男をご存じなのですか?」
「ご存じも何も、まな弟子だもの。わたしの十二人の弟子。最後の弟子。アルティス聖教会の基盤を作った男。あなたには理解しにくいかもしれないけれど、わたしが生きていた頃、人の《魂の質量エーテル》は今よりずっと強かったの。それこそ死したのち、神になり得る程度にはね」
「人が、神に――」
「ええ。あの頃はさしてめずらしいことでもなかった。言ってみれば、今はナタリと名乗っているのだったかしら? あの娼婦しょうふもわたしと同じ時代を生きた人だからね。でも結局あの子チェレスティアノは永すぎる時の中で、堕落だらくしていく人々の姿に狂ってしまった。昔からすぐ調子づく子だったけれど、まさかあんな風に育つとはねえ。長生きなんてするもんじゃないわ」
「あの――ラーネイヤ様。なぜ、わたくしの前に?」
「さあ、知らないわ。そもそもわたしって本当に存在してるの? あなたの見ている幻とかじゃなくて?」
「そ、そんなことを言われましても――」
「考えてもしかたのないことなのよ。大事なのはわたしが今ここにいて、あなたに語りかけているという、この事実だけ。分かった?」
「は、はい」
「あなたはあの子の《傲慢ごうまん》を見習うべきね。あの子は少し増長しすぎた。確かに人類の滅亡はわたしの望むところ……ああ、誤解しないでね? の望みではないわよ?」
「世界の意思ではあれど、始祖ラーネイヤ個人の意思ではないということですか?」
「そういうことね。まあ、始祖ラーネイヤ――わたしは本来、とうに存在しない人物だから、そんなものそもそもあり得ないんだけど。あなたが考える始祖ラーネイヤは人類の滅亡など望まない、という表現が適切かしら」
「そういうものですか」
「そういうものよ。とにかくわたしはあの子を『代行者』にした覚えなんてないわ。あれはそう思い込んでいるようだけど――《傲慢ごうまん》の《傲慢ごうまん》たる所以ゆえんよね。それにわたし――世界の意思も、人類の滅亡は『やむを得ない』と考えているのであって、必ずしも本意ではない。救えるものなら救いたいと考えてはいるのよ?」
「あの。先ほどから、話が見えないのですが――」
「ふふふ、大丈夫、すべてを教えてあげるわ、シスター・メリッサ。いいえ、ジョゼット。あなたに審判者の祝福があらんことを――」


         * * *


 それからメリッサの意識は、膨大ぼうだいな情報の奔流ほんりゅうみ込まれていった。
 始祖ラーネイヤの、アルティスの意思が、《魂の質量エーテル》が流れ込んでくる。
 法術の恩恵を得るべく生み出された洗礼の儀。
使徒アンジュール》を得るたびに分かたれるたましい
 その都度つど薄れていく《魂の質量エーテル》。
 巡るたましいは軽くなり、世界はよどみはじめる。
“あちら側”の世界では人があふれ、神秘の力が失われた。
 灰色の街並み。何かにき立てられるかのように、足早に歩く人々。
 世界は病み、崩れ、ゆるやかに、しかし確実に滅びへと向かっていく。
 世界に生きる生命は、なにも人類だけではない。
 だから世界は、その意思を決定した。はかりにかけて選んだ。
 滅ぶべきは人類だと。



 第二章 ギャウサルの戦い


 エルナト王国北西部、ギャウサル山の近辺は、端的に『ギャウサル地方』もしくは『ギャウサル平原』と呼ばれている。これは『竜』に関連する言葉であったとされるが、本来の語源は定かではない。
 そのギャウサルに、エルナト王国軍はここしばらく駐屯ちゅうとんしていた。元々の目的は、付近に出没するドラゴンの撃退であったが、藤重爽悟によりそれがなされた今、撤収しないのは今後予想される教会からの襲撃に備えてである。
 アルティス聖教会の権限は共通貨幣かへいの生産、洗礼名簿の管理など、法術の教授以外にも多岐たきに及ぶが、教皇の直轄領ちょっかつりょうは飛び地が点在する程度で驚くほど少ない。トゥレイス教皇庁は四方を山に隔離された場所にあり、そこから他国に進入する経路はごく限られている。
 エルナト王国に関して言えば、必ずギャウサルを経由する必要があった。
 加えて、ドラゴンの出現により空白地帯となったギャウサルには、教会の嫌悪けんおするジプシャンを居住させると内々に決まっており、先日それが公表されている。
 教皇庁におうかがいを立てず、女であるヴィクトリアが王位を継承したエルナト王国に反感を覚えていたアルティス聖教会が、これを黙って見ているはずもない。
 王家と懇意こんいにしていたメリッサを異端の嫌疑で引っ立てたくらいなのだ。難癖なんくせをつけて攻め入ってくるくらいのことはするだろう。それに備えておく必要はあった。
 ただ一方で、教会の勢力は修道院をはじめ王国の各地に存在するし、粛清しゅくせい済みとはいえヴィクトリア政権に対する不満分子もいまだ存在する。彼らが教皇庁の動きに呼応しないはずがない。その動きへの対応を考えれば、各領地の貴族に派兵を命じることなどできないし、王国軍も戦力の全てを動員することはできなかった。
 集めることができた戦力は、歩兵隊が千。騎兵隊が五百。弓兵隊が三百。これに移住予定だったジプシャン、現地に暮らしていたドワーフの有志をあわせて、どうにか二千に届くか、といったところだ。
 教会のようする軍事組織、聖騎士団はそれ以上の兵力を用意してくるはずだ。苦しい戦いをいられることは間違いない。指揮官である第一王子アルバートは、部隊の首脳陣を自分の天幕に集め、軍議を開いていた。
 集まったのは歩兵隊長ゴードン、弓兵隊長ウィリアム、騎兵隊長クインシー、ジプシャンの若きまじない師ユリアン、聖騎士として唯一王国に味方しているアンリエッタ、アルバートの侍女役としてかたわらにひかえているミリー。最後に――

「ギチギチギチッ」

 名前もよく分からないし、襤褸ぼろ布で体を覆っているため外見もよく分からないが、とりあえずドワーフで、彼らの代表者らしいということだけははっきりしている。意思の疎通は困難を極めたが、彼らも教会の侵攻に危機感を覚えているらしく、王国軍に協力したい、らしい。ミリーの“翻訳”によるとそういうことのようだ。根拠はない。
 そんなドワーフが時々妙な鳴き声をあげる以外には、今この軍議の場は静寂せいじゃくに満ちていた。というのも、呪い師ユリアンがじっと目を閉じて瞑想めいそうしているからだ。
 彼は今、物見の術によって聖騎士団の様子を探っている。長距離・広範囲の物見の術は、相応の集中力を要する。本来ならもっと落ち着いた場所で香でもいて行うべきものだが、今はいつ火急の事態におちいるか分からない状況だ。
 そのユリアンがゆっくりと目を開けた。

「聖騎士団、こちらに進軍しています。数、ううん、ざっと五千ってとこっすかね。敵の先鋒せんぽうは――あれはホーマー聖騎士長だ」
「総大将は?」

 ユリアンの告げた結果に、アルバートが問いを重ねる。ユリアンは返答にきゅうして腕を組んで首をひねった。見たものを伝えることはできても、彼には軍学の知識がないし、密偵をやっていたとはいえ教会の内情にそこまで通じているわけでもない。

「ううん、俺っちにはよく区別がつかねえんすけど、やたら立派なローブを着たおっさんがいたからそいつじゃねっすかね。四十絡みのおっさんでしたよ。かなり高位の聖職者だと思うんすけどね」

 ユリアンは分からないなりに、自分の見た詳細を説明した。その内容を聞いたアンリエッタには思い当たる相手がいたようで、思わず声をあげる。

「――チェレスティアノ枢機卿すうききょうか! あの男っ、メリッサを異端審問にかけただけではき足らず、エルナトまで踏み荒らす気なのか!」

 椅子いすを蹴って立ち上がり、怒りをあらわにした彼女を、ゴードンがなだめる。

「まあまあ、落ち着きなさいな、アンリエッタ卿。美人が台無しよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。