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第267話 理想の相手

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俺の心のこもった説得のおかげで、バックス王リギンは要塞線の構築に賛成してくれた。彼等の申し出はそれだけでなく、バックスでようやく普及し始めた大型の連弩の技術提供もまで申し出てくれたのだ。試しに試射させてもらったが思いの外威力が強く、安物の鎧程度なら軽く貫通する威力があった。それに弾となる矢も小さく取り回ししやすいので、実戦では大いに役立ってくれるだろう。

そして提供された技術はもう一つある。普通の投石機に見えるその兵器は、大軍相手に威力を発揮する新型なのだとか。確かに他国に普及している従来の物と比べて一回りは大きい。しかし大きいものの、ただそれだけに見えた。しかし真に新しいのは投石器自体より撃ちだされる弾の方だった。まん丸の玉は発射前に火をつけられ、燃え上がりながら敵陣に着弾する。すると衝撃で中にあった油が外に溢れ出し、辺り一面を火の海にするのだ。

「なるほど…大きな火炎瓶みたいなものか」

そう、原理的には火炎瓶を人の手では届かない程遠距離に飛ばし、火炎瓶とは比較にならない程の火災を起こす。単純だが強力な兵器と言えるだろう。

「どうだエストよ?我が国の技術力は?」
「素晴らしいですね。これなら魔族達もそう易々と侵攻できなくなるでしょう」

大広間での騒動以降俺はリギンに随分と気に入られたようで、城の中を彼自らが案内してくれている。今立ち寄った武器庫も彼が先頭に立って案内してくれたのだ。顔を合わせるドワーフ達は俺との戦いなど気にも留めていないのか、皆笑顔で対応してくれる。どうやら彼等は全員脳筋のようで、直接拳を交えた事が理由で良い方向に進んだのかも知れない。

「父上、見ていただきたい物があるのですが」

リギンと俺の後をずっとついて来ているスフィリが突然口を開いた。見せたい物となると…例の鎧だろう。三日も徹夜につき合わされた甲斐もあり、スフィリは随分と立派な鎧を完成させていたのだ。

「なんだスフィリ?今はエストに城を案内しているところだろう。後にせんか」
「あ、何だろう、気になるなぁ~。俺も見てみたいな~」

若干棒読みだった気もするが、早く彼女の成果を見てもらいたいと言う気持ちもある。スフィリはこの三日、ほとんど飲まず食わずで槌を振るい続けていた。男のドワーフに比べて小柄な彼女にとって、作業は過酷の一言だ。全身汗と煤で汚れ、たまに火傷を負いながら一振りごとに全身全霊を籠める彼女の姿には鬼気迫るものがあった。そしてようやく鎧が完成したのが昨日の夜だ。サイズの調整をしながら細かいパーツを組み上げて、実際に装着する俺の体に合わせていく。その調整だけで深夜にまで及んだが、満足いく物が出来上がった。

「ふむ、解った。ならば案内しろ」
「鍛冶場に置いてあります。さあ、こちらへ!」

リギンが同意してくれた事が余程嬉しかったのか、スフィリは先頭に立つと喜々として歩き始めた。アレを見たリギンがどんな感想を持つのか、今から楽しみだ。

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この数日寝泊まりした鍛冶場は相変わらず蒸し暑く、部屋に居るだけで汗が噴き出てくる。リギンがやって来た事で部屋に居たドワーフ達の手が一瞬止まるものの、彼等は何事も無く作業を再開する。どうやら彼等ドワーフにとって、国王へ敬意を払うより自分の作品の方が重要度が高いらしい。そんな彼等の横をすり抜けたスフィリは、鍛冶場の隅にある完成品置き場にやってきた。そこには鎧掛けに掛けられた一つの鎧があり、その上から姿を隠す様に布が掛けられている。

「父上、これが私の作った鎧です。どうぞご覧になって下さい!」

そう言うとスフィリは掛けられていた布を取り去った。そこから現れた鎧、それは一見真っ白な普通のプレートメイルに見えるが細部がまるで違う。胸当ての部分こそ一枚の部品で作られているが、肩や腕、腰や足など関節以外の部分には複数枚の装甲板によって覆われている。元日本人の俺なら解るが、スフィリの作った鎧は西洋甲冑と日本の甲冑を融合させたような作りになっていた。関節の部分に装甲が無いのが心配になるが、そこは限界まで細くした魔石による鎖帷子になっているので、防御の面で他の部分に劣る事は無い。今までの鎧とは一線を画したその奇抜なデザインに、リギンは驚いて声も無いようだった。

「むうう…これは何の素材を使っているのだ?鉄ではない。ドラゴンの鱗…違うな。今まで見た事も無い素材だ。この段になっている装甲板は…盾の代わりにもなるのか?今までにない発想だな。…いずれにしても、簡単に見えてよく作られている。これを本当にスフィリが作ったのか?」
「はい。アッシュとマシャドの手を借りましたが、最初から最後まで私がやりました。素材についてはエスト殿に協力を願って手に入れた物を使っています」
「うーむ…」

そう言ったきり、リギンは鎧を見ながら腕を組んで黙り込んでしまった。真似事に過ぎないと侮っていた娘の作った物が自分の想像以上だった事に対する驚きか、はたまた純粋に好奇心を満たそうとしているのか、それは解らない。だがこれを見た事で、リギンが娘の扱いを変えるのは確かだ。なにせスフィリは今までどんなドワーフでも作れなかった鎧を作りだしたのだから。

「うむ。スフィリよ。見事だ!まさかお前にこれほどの業物を作りだせる力があったとは思わなかった。この鎧の出来は間違いなく我が国一だろう。この鎧を見れば、皆がお前の腕前を認めるはずだ!」
「じゃあ…!」
「うむ!ワシが身を引いた後はお前が王位を継ぐがいい!」

その言葉にスフィリは跳び上がらんばかりに喜んだが、続くリギンの言葉で水を差される事になった。

「だが婿を取らせる方針は変わらん。王家の血を絶やす訳にはいかんからな。お前にはすぐにでも婿を取ってもらうぞ」
「何故ですか!父上のおっしゃる事は解りますが、それほど急ぐ必要は無いでしょう?」
「ワシもいつまで生きていられるか解らん。それに魔族の襲撃もあるし、子供は早いうちに作るべきだ。何よりワシが一刻も早く孫の顔を見たいのだ」

なんだこの爺さんは。結局娘の意思より自分の我が儘を優先させてるじゃないか。他人事ながらそのあまりに身勝手な意見に腹が立って来た。もう一回殴り倒してやろうか?俺が密かに拳を握りしめている間にも、激しい親子喧嘩は続いている。

「何がいつまで生きられるかですか!そんなにピンピンしている人が死ぬ訳ないでしょう!結婚相手ぐらい自分で選ばせてください!」
「お前は高望みし過ぎる!ワシが紹介してやった者共はどれもひとかどの人物であったのに、やれ髭が気持ち悪いだの体形が気に入らないだのと文句ばかり並べおって!他の種族ならともかく、ドワーフの外見などどれも大差ないじゃろうが!それとも好きな男でも出来たのか?」
「うぅ…それは…」

リギンの言う通り、俺にもドワーフの個体識別は難しい。だってあいつら全員同じ格好してるし。俺が口挟む事情でも無いので事の成り行きをボケーっと見ていると、返事に窮したスフィリがこちらをチラチラと見ている。…?なぜそんな目で俺を見る?なんかおかしな流れになってないか?スフィリの微妙な変化に感づいたのは俺だけでは無かったようで、リギンが急に騒ぎ始めた。

「その目!お前まさかエストに惚れたのか!そうなんだな!」
「違います!確かにエスト殿はこの大陸に並ぶ者の無い勇者ですが、私の趣味ではありません!」

………グサッときた。スフィリに対して特に好意を抱いていた訳では無いが、こうもキッパリと否定されると俺のガラスのハートは粉々になりそうだ。膝から崩れ落ちそうになるのを歯を食いしばって耐える。…悔しくなんかないぞ!

「ではどう言う男が好みなのだ?」
「そうですね…まずは背が高くて格好良くて、私より強くて頭が切れて、そして優しい人です。でもいざと言う時は頼りになって、私みたいな幼い外見でも愛してくれる。あ、もちろん経済力も必要ですね。貧乏は耐えられそうにないので。しいて言えば、そんな人が理想なんです」

このアマぶん殴ってやろうか。そんな絵に描いたような白馬の王子様が居るはずが…と、そこまで考えて打ってつけの人物が俺の脳裏に思い浮かんだ。居るじゃないか!スフィリが上げた条件にピッタリの人物が。彼なら現在独身だし、ロリコンの疑惑もあるし、お似合いではないだろうか?

「その人物に心当たりがありますよ」
「本当ですか!」
「まことか!」

物凄い勢いで食いついて来たな。彼等の勢いに若干引きながらも、俺はその人物の名を告げる。

「ええ、私の知り合いで今の条件に当てはまる人物が居ます。彼こそ本物の王子様。グリトニル聖王国のリムリック王子その人です」

俺が告げたその名前に、リギンとスフィリは驚愕の声を上げるのだった。
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