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第276話 偽勇者

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一般的に、レベル50前後の冒険者と言う存在の戦闘能力は化け物と同義であり、普通の人や駆け出しの冒険者からすれば雲の上の存在である。だが現実はどうだろうか。勇者の仲間を自称する高レベルの冒険者は、いきなり乱入して来た本物の勇者を名乗る存在に横っ面を殴りつけられ、そのまま吹っ飛んで壁をぶち破ると、通りの反対側の店の壁に激突して動かなくなった。

「お前のどこがシャリーだ!!ふざけた事言ってるとぶん殴るぞ!」

ぶっ飛ばされた獣人の女はピクリとも動かない。高レベルの冒険者だから死にはしないだろうが、大怪我ぐらいしているだろう。たったの一撃で偽シャリーを戦闘不能に追い込んだ俺は、呆気に取られて固まっている店員達をかき分けて階段を昇っていく。前世と同様、こう言った高級な宿は大体最上階にスイートルームがあるはずなので、取りあえず上に向かっていれば間違いないはずだ。もし違っていても、上から順にしらみつぶしに探せばいずれは見つかる。

二階に到達する頃、俄かに上階の方が騒がしくなってきた。上階に数人残っていた店員は、鬼の形相で歩みを進めてくる俺の顔を見ると悲鳴を上げながらその場を逃げ出していく。彼等を無視して進み三階まで上がって見れば、半裸の女達が慌てたように扉の中から飛び出して来た。全員それなりの美形だ。何だこいつ等は?

「地震なの!?」
「何なのよ今のは!」

どうやら今の揺れを地震と勘違いして驚いて出て来たようだ。だが彼女達が何者なのかは解らない。見た目からして冒険者ではないようだが…。するとそんな彼女達を追いかける様に彼女達が出て来た部屋から一人のダークエルフが姿を現した。男だ。まさかと思うが、ひょっとして…

「おいおい!せっかくお楽しみの最中なのに逃げる奴があるか!土の精霊が騒いでないのに地震なんか起きてないって。さっさと部屋に戻って楽しもう……なんだお前?」

無言で男のステータスを確認すると、俺の予想とは外れてディアベルの名前は表示されていなかった。てっきりディアベルの偽者かと思ったんで一安心だ。取りあえず偽勇者が同じ階に居るかどうか聞こうと近寄って行く途中、男は予想外の言葉を口に出した。

「おいおい少年。お前も勇者様に会いたいって奴か?だが駄目だぞ。今あの方はお楽しみ中だからな。このディアベル様のサインで満足しておけ」
「…ディアベル?ステータスの名前は違うみたいだけど?」
「あだ名だよあだ名!愛称みたいなもんだ。勇者様は男女関係なく女の名前で呼ぶ悪い癖があってな。俺のディアベルって名前もそれが理由さ」
「へぇ~、そうなんだ~!」

なるほど、そんな言い訳を考えていたのか。確かに都合よく同姓同名ばかり集まってくる訳じゃないだろうから、方便としてはありかも知れない。変な所で知恵が回るなと感心しつつ俺は偽ディアベルの下へと歩みを進める。笑顔のまま近寄ってくる俺に言い知れぬ恐怖を感じた男が咄嗟にその場から逃げ出そうとしたが、その時にはもう懐に飛び込んだ俺が男の顎を下から打ち上げていた。

「がっ!」

男は魔法を使う暇も無く肩まで天井に突き刺さり動かなくなる。シュールな光景で笑いを誘うものの、そんな事で俺の気は晴れたりしない。まだ本命が残っているのだから。

「お前にディアベルのような気真面目さがあるとは思えんな。ついでに魔法の腕前も」

俺はそのまま四階に上がり、正面にある一際大きい扉を目指す。マップスキルの反応では部屋の中に数人の人間が居るようだ。他の部屋に反応が無い事から考えて、ここに偽勇者が居るのは間違いない。野郎、どうしてくれようか…おれはふつふつと沸き上がる怒りを抑えながら歩く速度を速め小走りになると、正面にある扉を勢いよく蹴破った。

「な、なんだ!」
「きゃああ!誰よあんた!」
「出てってよ!」

部屋の中に踏み入ってみれば、さっきのダークエルフの時と同じように半裸の男女が部屋の中でくつろいでいた。おやおや、随分とお楽しみだったようだ。

「なんだ小僧!誰の部屋に入ってきている!俺を誰だと思っているんだ!」
「狼藉者め!勇者エスト様に無礼を働いて無事で済むと思うなよ!」

乱入して来た俺に威勢よく啖呵を切った人物は二人居た。一人は40歳前後の人間の男で、口ひげなどを生やしている。その傍らには茶髪を肩のあたりで切り揃えた猫族の女が立っていた。こちらも男と同じ年頃だろうか。…信じたくはないんだが、どうやらこいつ等が俺とクレアの偽者らしい。

「…ウヒッ、ウヒヒヒヒヒッ!」
「な、なんだ?」
「なんなのこのガキ、気持ち悪い笑い方して…」

駄目だ。あまりに頭にきて変な声がもれてしまった。こんなオッサンとオバサン二人がまだ十代の俺達二人になりきっていたかと思うと、怒るのを通り越して笑いが込み上げてきた。いくら何でも無理があるだろう。笑った事で少し気分が良くなった俺は、戸惑う二人にビシリと指を突きつけて謝罪の機会を与えてやることにした。

「おいお前等、今すぐ俺の名を騙って詐欺行為を働いた事を這いつくばって謝れ。そうすれば半殺しぐらいで勘弁してやろう。拒否するなら半殺しにしてから謝らせてやる」
「な、何を言ってるんだお前は!頭おかしいんじゃないのか!?」
「そうよ!それだとどっちにしろ半殺しにするって言ってるのと同じでしょ!」

あれ?確かにそうなるのか。どうも気持ちが先走り過ぎて言葉のチョイスがおかしくなっていたようだ。

「大体お前はなんだ!断りも無くこの部屋に入って来て…」
「俺はエストだよ。本物のエストだ。俺の名を騙って豪遊している輩が居るようなんでな、懲らしめに来てやったと言う訳だ」

瞬間、戸惑っていた男女の顔色が変わり躊躇なく俺に飛び掛かってきた。男が放つ体ごとぶつけてくるような正拳を頭を少し反らせて躱し、回し蹴りを放って来た女の足を掴んでそのまま床に叩きつけた。女は激しくバウンドして床の上を転がって行き、壁に激突して動かなくなる。

「きゃああ!」
「いやああ!」

一瞬の出来事に、部屋に居た女達が悲鳴を上げながら逃げていく。あっさり相棒を倒された男は冷や汗を垂らしながら俺と対峙し、じりじりと距離を取ろうとしている。

「まさか本物が噂通りの小僧とはな…しかも俺の相棒を一撃かよ。どんな鍛え方してるんだ…」

男の問いかけには一切答えず、俺は無造作に距離を詰める。どちらも素手なら負ける気がしない。

「それで、どうするんだ?大人しく捕まるか?それとも半殺しがお好みか?」
「…どっちも…お断りだ!」

叫んだ男はズボンのポケットから取り出した何かをこちらに向かって投げつけてきた。それは地面に激突した瞬間猛烈な勢いで煙を吐き出し始める。どうやらお手製のスモークグレネードのようだ。それと同時に男は俺の脇をすり抜けて部屋の外に逃げ出すと、飛び降りるような勢いで階段を降り始めた。

「あ、あんな化け物とやりあってられるか!他の奴には悪いが、俺だけは逃げて…!」

出口が視界に入り、もう少しで逃げられる!そう確信した男の歓喜の表情は、すぐに絶望に塗り替えられる事になった。何故なら出口の前には笑顔を浮かべて立っている俺の姿があったからだ。

「な、なんでここに!俺の方が速かったはずだろ!?」
「知らないのか?本物の勇者様は転移って言う便利な能力を持ってるんだよ。最初からお前に逃げ場は無いの」
「くっ、ちっくしょおおおっ!!」

ヤケになった男が渾身の力を籠めて拳を打ちだしてくる。今度は俺も避ける気はない。正面から叩き潰してやる。

「おらあっ!」

気合の雄たけびを上げ拳を繰り出し、男の拳に正面からぶつける。すると拳同士がぶつかった衝撃で男の腕は肘のあたりから折れ曲がり、ぶつけた拳は骨が皮膚を突き破って酷い状態になっていた。

「あっぎゃあああ!」

突然襲って来た激痛に奇妙な悲鳴を上げる男に構わず、俺はもう一度拳を振り上げ男の顔面に拳を叩き込んだ。男は悲鳴も上げずに吹っ飛んで行き、さっき偽シャリーが空けた穴から外に飛び出していった。吹っ飛んだ男はご丁寧にも倒れたまま遠巻きに見物されていた偽シャリーの上に折り重なるように倒れ込み、更に通行人達の注目を集める事になった。

「ふう…これで悪は滅んだか」

一息ついて周囲を観察してみると、宿は酷い状態になっていた。壁や天井に大きな穴が開き、豪華な調度品もいくつか破壊されている。店員達は恐怖を顔に張り付けて遠巻きにこちらを見るばかりで近寄ろうともしてこない。

何やら外が騒がしくなってきたけど、今回の事は俺に原因がある訳じゃないから問題ないはずだ。例え裁判になってもそう主張して見せる。近づいて来る警備兵の一団を見ながら俺は密かに心に誓った。
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