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第302話 姉弟

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翌日、俺はアルゴス帝国の王都に向かい奴隷を大量に買い入れる事にした。勿論買うのはグリトニルと同じ様に女の奴隷ばかりだ。男が混じると万が一間違いが起きないとも限らないので、リスクは最小限に抑えたい。

大通りを外れて治安の悪い方面に足を踏み入れると、ガラの悪い連中がこちらを値踏みするようにジロジロと見てくるが、俺のレベルを確認した途端化け物にでも遭遇したかのように一目散に逃げて行った。こちらが弱ければ金でも奪うつもりだったのかも知れない。

そうやってしばらく進んで行くと、ようやく目的の建物が視界の端に見えてきた。と思ったその時、何やら奴隷を閉じ込めている檻の前で一人の男と奴隷商が大声で言い争いをしているのが見えた。揉め事らしい。

「だから、金が足りなければ売る事は出来ないと言っているだろう!」
「取りあえず手付けは払う!残りは必ず持ってくるから姉さんを引き取らせてくれ!」
「駄目に決まっているだろう!いい加減にしないと叩き出すぞ!」

盗み聞いた話の内容からして、男は金が足りないにも関わらず奴隷を身請けさせろと騒いでいるようだ。流石にそれは無理だろうと思ったが、直接関係が無いので口を挟まずに受付に向かう事にした。扉をくぐった先にある受付には暇そうにしている受付嬢が居たが、客が来たと見るや瞬時に姿勢よく座り直し営業スマイルを向けてくる。

「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「女の奴隷を大量に買いたい。犯罪奴隷ではなく借金奴隷でだ。そしてある程度戦える者が欲しい。何人ぐらい居る?」
「少々お待ちくださいませ!」

いきなりの大口取引とあって受付嬢は慌てて店の奥に引っ込んでいった。そして次に戻って来たと思ったら横には責任者らしき恰幅の良い男がついていて、男は脂ぎった顔で愛想笑いを浮かべていた。

「大変お待たせいたしました。私はこの店を預かるコナーと申します。お客様は大量の奴隷をお望みとか。良ければ詳しいお話をお聞かせいただいてもよろしゅうございますか?」

コナーと言う男、商売とは言え随分とへりくだった態度を取る奴だなとは思ったが、そんな事は気にせずに希望の条件を伝える事にした。

「実は新たに領地を得たんだが…」

クロノワールから領地を与えられて新たに貴族の一員となり、自分の手足となる家臣も居ないので奴隷集めから始めていると説明していくうちに、コナーの表情がどんどん変わっていく。

「では貴方様があの勇者エスト様で!?お目にかかれて光栄です!なるほど、それなら納得しました。普通の冒険者や貴族が奴隷の大量買いなどしませんからな。それにしても噂に名高い勇者様がこれほどお若い方だとは思いませんでした。是非握手してください!」

興奮した様子のコナーが分厚い皮下脂肪に守られた短い手を差し出してくる。男と握手するのはなるべく回避したいのだが、ここでへそを曲げられたら価格交渉の時に大損する場合があるので愛想笑いをしながら嫌々手を差し出すと、コナーはひったくるようにこちらの手を取りぶんぶんと上下に忙しく振った。やかましい男だなまったく。

すぐに奴隷を集めると言うコナーに接待されながら待つ事一時間ほど、俺の出した基準にある奴隷達を集め終わったとの事なので、コナーは揉み手をしながら丁重に俺を表へと連れ出した。するとそこには二十人ほどの様々な奴隷達が襤褸を纏った格好で立っている。言わずとも全員女性で人種はまばらだ。端から順番にレベルを確認してみたが平均して20ぐらいだろうか。一番高い者でレベル35とあった。

「どうですエスト様。これならご希望に叶うと思うのですが」
「そうだな。これなら…」
「待ってくれ!その取引ちょっと待ってくれないか!?」

俺が答えかけたその時、一人の男が俺とコナーの間に割って入ってきた。誰かと思えば先ほど入口で揉めていた男だ。男はつまみ出そうとする用心棒達に羽交い絞めにされながらも、必死になって俺に訴えかけてくる。

「あの中には俺の姉さんが居るんだ!今は足りないが金なら稼いでくる!だから買わないでくれ!」
「いい加減にしろ鬱陶しい!お前達!何をグズグズしてるんだ、さっさと連れていけ!」
「まあまあ、ちょっと待って」

引きずられていく男を慌てて止める。これだけ必死に頼んでいるんだ、話ぐらい聞いてやっても罰は当たらないだろう。それにこのまま無視して奴隷を買い入れるのも夢見が悪い。男だけなら迷わず放っておくが、姉が居るなら力を貸してやるのもいいだろう。解放されて喉を撫でる男に水袋を差し出しすと、男は礼を言いながら受け取って喉を潤す。

「何か事情があるんだろ。聞いてやるから言ってみろ」
「あんたが今買おうとしている奴隷の中に、俺の姉さんが居るんだ。買われないうちに自分で買い取ろうと必死で金を稼いできたんだが全然足りなくて…。なあ、金なら何とかして稼いでくるから、今回は諦めてくれないか?頼むよ!」
「お前の都合なんざ…!」

必至に頭を下げる男に何か言いかけたコナーを手で制す。奴隷達に目を向けると、一人の奴隷が心配そうにこちらの様子を見ていた。あれがこの男の姉なのだろう。次に正面の男を改めて観察してみる。見た目からして冒険者だ。腰に一振りの剣を持ち、背中には弓と矢筒が装備してある。どうやらどちらの武器もそれなりに使えるようだ。レベルは20とギリギリでシルバーランクに届くか届かないかといった感じで、姉の方も似たようなレベルだった。ふむ、なら考えがある。

「悪いが、お前の姉を買うのを止めるつもりは無い」
「!」

男の顔が絶望に染まり、コナーが安心した様に胸をなでおろした。奴隷として買われた者の末路など悲惨の一言に尽きる。男の場合は死ぬまで重労働にこき使われ、女の場合は慰み者にされてしまう。自分の姉にもそんな未来が訪れるのかと、男はこの世の終わりのような顔をしていた。しかし、次に発した俺の言葉で男の表情が一変する事になる。

「だがお前の事情も理解できた。お前さえ良ければ俺について来ると良い。姉と一緒に俺の領地で働かせてやる。自分で言うのもなんだが俺の領地は待遇が良いぞ。それに将来的には奴隷からも解放しよう。どうする?」

突然の提案で呆気にとられた男はポカンと口を開けたまま俺を凝視する。そしてこちらのレベルに気がついたのか、その顔が驚愕に歪んだ。

「あ、あんたは一体…何者なんだ?」
「俺か?…俺はエスト。勇者と呼ばれる事もあるな」

男は今度こそ絶句した。
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