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第353話 蠢動

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エスト達人間側が防壁の建設に精を出している頃、魔族達も来るべき大侵攻への準備に追われていた。先頭に立って魔族の兵を鍛えているのは四天王の一角であるブレイドだ。彼の部隊は先日の戦いでエストに敗れたアルクの兵を吸収していたため、落ちた練度を戻すために連日激しい訓練を続けていた。

「そこ!手を抜くな!…お前!今のは良い動きだ。その感覚を忘れるな!」

魔族は他の種族に比べて体力も魔力も優れている。鍛え上げれば強力な戦士や魔法使いになりえるが、彼等には致命的な弱点があるのだ。それは繁殖力の弱さ…つまり種族全体の数の少なさだった。戦いと言うのは基本的に数の多い方が勝つのが世の常だ。戦術や戦略で不利な状況をひっくり返せることはあるが、大体は数を多くそろえた方が勝つ。子供の喧嘩から国同士の戦争まで、これだけはどこの世界でも同じだった。

だが彼等もそれは十分承知している。数の差を埋めるために連日厳しい訓練を施し、魔物を捕獲しては使役出来るように強制の呪いをかけていた。

「ブレイド、訓練は順調のようだな」
「フューリか。魔物どもの様子はどうだ?」
「順調だよ。指輪の影響で我等の力が日に日に増しているおかげだな。呪いをかけるのが随分楽になってきている」

ブレイドに話しかけたのは同じく四天王の一角、精霊使いのフューリだ。彼女とその部下達は、人間との戦争で主力となる魔物達の捕獲や調教に従事している。魔族と魔物は親和性が高く、お互いに争う事は滅多に無い。しかし魔族の命令に魔物が大人しく従うかと言えば否であり、言う事を聞かせるためには洗脳や呪いでの束縛以外方法が無かった。

「今の時点でかなりの数を支配下に置いている。人間共の国の一つぐらいなら滅ぼす事が出来るはずだ」
「…甘く見るなよ。奴等も我等の侵攻に対して備えをしていると報告が上がっている。なんでも、勇者の発案で光竜連峰に巨大な防壁を築いているとか…事実だとすれば大きな障害になるはずだ」

彼等魔族も日ごと増していく自分達の力の上に胡坐をかいている訳では無い。人間の領域にスパイを放ち、その動向には常に目を光らせている。当然要塞線の事も耳に入っており、その対策に頭を悩ませていた。

「魔王様はなんと?」
「放っておけとのお達しだったが…シャヴォールの奴が無理に頼み込んで出撃が決まったらしい。お前の手なずけた魔物を連れて行くという話だが…聞いてないのか?」
「聞いてないぞそんな話は!あの小僧、人の苦労を何だと思ってるんだ…」

悔しそうに歯噛みするフューリをブレイドが気の毒そうに見る。だが魔王が下した命令なら彼女に拒否権など無く、せっかく手なずけた魔物をシャヴォールに貸し出すしかなかった。

「これはこれはフューリ様、お勤めご苦労様です」
「…シャヴォール…よくも私の前に顔を出せたものだな」

背後からかけられた声に彼女達が振り向くと、そこには今話題にしたばかりのシャヴォールの姿があった。彼はフューリの手柄をかすめ取る形になっていると言うのに悪びれる様子もなく、睨み付けるフューリに対して笑顔すら浮かべている。自分では二枚目のつもりのシャヴォールだったが女性達からの反応はすこぶる悪く、トートに言わせれば「品性の悪さがにじみ出ている笑顔だ」との評価だ。

「お怒りはごもっともですが、命令を下されたのは魔王様ですよ?まさかフューリ様は魔王様のご命令に背くおつもりですか?」
「命令には従うさ。だがお前の顔を見て不快な顔をするなと言う命令までは受けていない。用が無いならさっさと消えろ」

取り付く島もないとはこの事で、フューリは彼の存在なども最初から無かったように訓練を続ける兵達に向き直った。その態度に歯噛みしたシャヴォールだったがすぐに気を取り直し、優雅に礼をしてこの場を去ろうとする。その背に向かってブレイドが声をかける。

「シャヴォール。貴様の任務、いつからだ?」
「これからですよ。フューリ様に集めていただいた魔物を使い、人間共を大混乱に陥れてやりましょう。ついでに勇者達の首でも取ってくれば、晴れて私も四天王の一人だ。期待しててください」

浮かれたセリフを吐いてこの場を去るシャヴォールを、ブレイド達は冷めた目で見送るばかりだ。ブレイドにしろフューリにしろ、シャヴォールが勇者の首を取れるなど絶対に無いと確信している。

「おめでたい男だ。もし勇者エストと鉢合わせになったら、あの男では五秒と生き長らえずに首を取られるだろうよ」
「今回の作戦で実績を上げて四天王入りを目指すか…ま、失敗した時にどんな言い訳をするか、今から楽しみにするとしよう」

彼等にとって興味のない作戦であったとしても、既にシャヴォール率いる多くの魔物は行動を開始した。シャヴォールの目的地は要塞線の構築されていないリオグランド国境付近。エスト達の居ないその場所に、魔物達の牙が突き立てられようとしていた。
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