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第392話 降臨

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「勇者の相手は後にするとして…まずはトート、お前から始末してやる。その不愉快な面はこれ以上見ていたくないんでな」

武器を構える俺達から視線を逸らし、トートを睨みつけたネメシスは飛び掛かるために腰を落とした。トートは慌てて剣を抜くがもう遅い。一瞬でトートの目の前まで移動したネメシスが剣を振りかざし、トートを両断しようとする。

「死ね!」

凄まじい勢いで振り下ろされた剣だったが、それはトートを両断する事無く軌道を変え、ネメシスの後ろに向かって振り抜かれる。ガキンッ!と固い物同士がぶつかる音が響き、俺とネメシスの剣が鍔ぜり合う。ネメシスは忌々しそうに顔を歪め、殺気の籠った双眸で俺を睨みつけてくる。

「ちっ!気がついたか!」
「何のつもりだ勇者よ!まさかトートを助けるつもりか?」
「そんな奴知った事か!お前が隙を見せたから斬りかかっただけだ!」
「……話に聞いていた以上に油断のならない男だな。良いだろう!それなら貴様等から始末してやる!」

トートに背を向け俺に向き直るネメシスの両手に力がこもる。奴の武器は両手剣。片手で剣を扱う俺は力で押し切られそうになるが、咄嗟に奴の腹を蹴りつけて体勢を崩すと、盾を使って殴りつけた。だがそれは読まれていたのか、ネメシスは横に跳んで躱し、横薙ぎの一撃を加えてくる。それを盾でがっちりと受け止め、お返しとばかりに奴の顔を狙って剣を突き出す。少し頭をずらしただけで避けられた俺の攻撃は奴の髪を数本斬り飛ばしただけだった。俺とネメシスはその場で足を止めて激しく打ち合う。一撃の威力はネメシスの方が上だが手数は俺が勝っている。

俺は正直言って驚きを隠せない。こいつ、ここまでレベルの上がった俺と互角に戦えるとか、化け物か?流石は魔王と名乗るだけはある。だがそう思っているのは奴も同様らしく、自分と互角に戦う存在に戸惑いを隠せないでいる。こいつの強さには素直に感嘆するが、それだけじゃ俺達には勝てない。なぜなら俺はこいつと違って仲間の存在があるからだ。

「やあああっ!」
「む!」

剣を抜いたシャリーがネメシスの背後から斬りかかった。すぐに対処したいんだろうが正面からは俺が攻撃を続けているため、そっちまで手が回らないだろう。だが咄嗟に武器を片手持ちに切り替えたネメシスは空いた左手をシャリーの方に向け、魔力で生み出した光球を叩きつける。だが寸前で躱したシャリーは横っ飛びに回避し、光球は地面を抉るだけにとどまった。

「隙だらけだぞ!」

意識が少しでも他に向かえばこっちの物だ。俺は剣で攻めると同時に放射状の火炎魔法をネメシスに放った。一瞬にして全身を炎に飲まれるネメシス。

「ぐわああぁ!」

奴は炎に身を包まれ苦痛に顔を歪めながら大きく後ろに跳び俺達と距離をとった。ネメシスは体全体の皮膚が焼けただれ、所々血が滲んでいる。魔法の光が全身を包みみるみる傷が回復していくが、それを見逃してやるほど俺達は甘くない。未だ回復途中のネメシスの頭上からクレアの放った無数の矢が降りそそぐと同時に、正面からはレヴィアの操る水竜が迫る。その真横にはディアベルの召喚したフェンリルが走り、獲物に牙を突き立てようとしていた。いくら奴が強くても、これだけの波状攻撃を喰らってはひとたまりもない。後は無残に引き裂かれて終わりだろうと思った次の瞬間、奴の身体から今まで以上に魔力が膨れ上がり、ネメシスを中心に周囲に向けて衝撃波が放たれた。

「はあああぁ!!」

それは頭上から降る矢の雨を弾き返し、目前に迫る水竜とフェンリルの姿を一瞬でかき消したかと思えば、俺達全員にも襲い掛かってきた。俺は慌てて一番前に出ていたシャリーの腕を掴んで後方に投げた後、盾に魔力を注ぎ込んで光の障壁を展開する。

「なんだこりゃ!?」

ネメシスの放った衝撃波は地面を抉りながら迫ってくる。トートの仲間は巻き込まれた瞬間凄まじい勢いで弾き飛ばされて壁に激突し、全身から血を溢れさせて絶命した。衝撃波は盾の障壁と接触するとバチバチと火花を散らしながらそれを避けるように通過してそのまま消え去った。

「魔王のとっておきって訳か……?確かにまともに喰らえば危ない技だったな」

周囲の惨状を見ながら思わず冷や汗を流してしまう。だが今ので魔力の大部分を使ったのか、ネメシスは肩で息をしているし、傷の回復速度も明らかに落ちてきていた。こいつが倒れるのも時間の問題だ。改めて武器を構え直した俺達と対峙するネメシスは苦しそうな表情を隠そうともしない。もう表情を取り繕う余裕もないのだろう。これは勝ったな!と思ったその時、俺達とネメシスのちょうど中間地点にあった台座から、何者かの叫びが聞こえてきた。

「てめえら!俺を無視して勝手に盛り上がってんじゃねえぞ!」

そのいかにもモブですと言ったセリフにチラリと視線を向けると、台座の上でトートが仁王立ちしていた。奴め、悪の大魔王気取りなのか肩に小型のドラゴンを乗せ、手には黒い臭気が漏れる指輪をつけて、見せびらかす様に腕を掲げていた。そう言えば戦いに夢中になってこいつが居た事をすっかり忘れていた。だが今更トートが参加したところで俺達とネメシスの戦いに割って入れるとも思えない。黙って隠れていればいいものを、何でわざわざ出てきたんだコイツは。

「トート……今更お前が出て来て何が出来る?邪魔だから引っ込んでろ」
「そうだぞトート。魔王の言う通りお前は邪魔だ。大人しく観客やってろよ」

俺とネメシス双方から侮辱された事でトートは茹蛸の様に顔を真っ赤にしている。興奮しすぎて小鹿の様にプルプルと震えている様は、どこか哀れですらあった。

「………舐めやがって……絶対後悔させてやる!指輪よ!俺に力を寄越せ!」

トートの言葉に反応し指輪から洩れる瘴気が増幅する。それと同時に奴が身に纏っていた鎧が弾け飛び、その内側から盛り上がった筋肉が顔を見せた。呆気にとられる俺達の見守る中、トートの変化はさらに大きくなっていく。自身の変化が嬉しいのか、トートは喜々としてそれを楽しんでいるようだった。

「おお……!おおお……!見ろ!この変化を!この全身にみなぎる力を!この力をもってすれば、貴様らなどまとめて捻り潰せるぞ!」

奴の言う通り、トートから感じる力はさっきまでと比べ物にならなくなっている。だが……あいつ、自分がどんな状態かわかってないのか?肥大し続け体を変化させたトートは、今や人の形ですらなくなっているのだ。奴の肩に止まっていた小型のドラゴンはその変化に驚いているのか、ギャアギャアと鳴き声を上げながら奴の頭上を旋回していた。

「おお、ラガン。お前も俺の力に驚いているのか?さあ、もっとこっちに来て祝ってくれ」

そう言ってトートが何気なく伸ばした腕は、突如盛り上がったかと思うと空中に居たドラゴンを捕まえ、全身の骨をバキバキと砕きながらその内側に取り込んでしまった。

「な!?ど、どう言う事だ!?ラガン!お、俺の体は……なんだこの腕?なんなんだこの体は!?何がどうなってるんだ!あ、あああああああー!」

今頃になって自身の変化に気がついたのだろう。トートは醜い肉塊となり果てた己の体を見て悲痛な叫びを上げていた。そんな様子を見ていたネメシスは、心底軽蔑しきったような口調で話し始めた。

「……馬鹿め。あの指輪を直接身に着ければそうなるのが当たり前だ。この一年近くの時間をかけて、その指輪は今や邪神そのものと言っていいほど濃い瘴気を内に秘めた存在になっているのだ。そんな物を装備して無事でいられる魔族など居るものか。この世に降臨しようとする邪神の依代に使われるのがオチよ」
「ちょっと待て、今聞き捨てならない事を言ったぞ。邪神が降臨?つまり、トートの馬鹿な行動のせいで、本物の邪神がこの世に現れるって事なのか?」
「貴様に答えてやる義理は無いが……まあ良い、教えてやる。お前の予想通り、今トートの体を依代に邪神が復活しようとしているのさ。本来なら何十年と時間をかけて行わなければならない儀式を即席でやったために、ただ邪神の力を撒き散らす醜悪な怪物が出来上がるだけだがな……。まったく、本当に救いようのない愚か者だ。これでこいつが外に出れば、魔族も人族も関係なく全て滅ぼされてしまうぞ」

邪神の力だけ撒き散らす化け物?魔族も人族も関係ない?あまりの事態に頭がクラクラしてきた。今やトートだった化け物はどんどん肥大し、その大きさは十メートル近くにもなっている。醜い肉塊の表面に呆けた様なトートの顔だけが張り付き、その不気味さを増していた。クレア達もその異様な光景に怯えているのか、さっきから一言も口を開こうとしない。これはまずい状況かもな……。俺はチラリとネメシスに目を向けて、武器を構える対象をトートに切り替えた。

「おい魔王!一時休戦して俺達に協力しろ!こんな奴を放っておけば、俺達人間にとっても、お前達魔族にとっても害にしかならないはずだろ?決着をつけるのはコイツが死んだ後にするってのはどうだ!?」

思わぬ申し出に一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたネメシスは、拒絶しようと口を開きかけたところでトートを見る。そして今は意地を張っている時ではないと判断したのだろう、不承不承頷くと、俺の提案に同意してきた。

「気に入らんが仕方ない。力を貸してやる。だがそれもコイツを倒すまでだ!倒した瞬間、貴様の首を刎ね飛ばしてやろう!」
「………上等だ。じゃあちょっとの間、頼むぞ魔王!」
「勇者の力、とくと拝見しようではないか!」

敵に回すと恐ろしいが、味方につけるとこれほど頼りになる奴もいないだろう。俺もネメシスも同じ事を考えているのか、それぞれが不敵な笑みを浮かべ、俺達はトート目がけて駆け出した。
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