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第404話 挨拶

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いよいよ結婚式当日になった。新しい王の誕生とその妃を見る為、国内外から多くの人が俺の国に訪れていた。各国の王族とそれに随伴する人員、祝いの品を満載した馬車などが何台も連なり、グラン・ソラスの街は中に入るだけでも一苦労する状態になっている。

訪れた王族は安全のために結婚式まで城の中に待機する事になっていた。そして俺と花嫁であるクレア、ディアベルはそれぞれの部屋で彼等に対して挨拶を受ける段取りだ。堅苦しくて面倒な事だが、国王ともなると嫌とも言っていられない。少し緊張しながら客人を待っていると、最初の一人が来訪した事を知らされた。まず最初に到着したのはグリトニル聖王国を代表してやって来たリムリック王子だ。彼とは魔王討伐の報告以来会っていないが、相変わらず元気そうだった。

「やあエスト……いや、もうエスト陛下とお呼びするべきですね。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。リムリック王子もお変わりなく」

差し出された右手をがっちりと握り固い握手を交わす。彼とスフィリ王女との婚姻話も本格的に進んでいるようで、そう遠くない未来に今度は俺が彼の結婚式に出る事になりそうだ。ちなみに、グリトニル国王は病で臥せっているので不参加となっている。魔族との戦いで大きな傷を負ったグリトニルは現在復興で忙しく、彼もあまり休めていないのだろう。どこかやつれた印象を受けた。

「ようエスト! 来てやったぞ。頼まれていた物もちゃんと持って来てある」
「エスト陛下、お久しぶりです」
「リギン王! ようこそおいで下さいました。スフィリ王女も。王女の作ってくれた指輪のおかげで、妻達は結婚を受け入れてくれましたよ」

次に姿を現したのはバックス王リギンとその娘スフィリだ。リギンは厳重に鍵の掛けられた豪華な箱から光り輝く冠を取り出し、自ら俺の頭の上にかぶせてくれた。ズシリとした重みが頭と肩にのしかかる。その重さは、これからこの国に住むすべての人々の命を負わされたような錯覚さえ起こさせた。

「結構重いですね」
「出来る限り派手に作ったからな。預けられた金を全て使い切って装飾を施したぞ」
「お似合いですよ。エスト陛下の黒い御髪に装飾の金と銀がよく映えます」

鏡で見ると、スフィリの言う通り派手さはあるものの俺の黒い髪とよく合っている。流石は匠の国の王が手掛けた逸品だけあって、金銀財宝を散りばめているのに不思議と下品さを感じさせないデザインだった。先に来ていたリムリック王子と話もあると言う事なので退室した二人を見送り、次に現れたのはフォルティス公爵だった。シーティオ国内も以前に比べて随分持ち直し、生まれたばかりのダンジョンの効果もあって徐々に冒険者やそれを目当ての商人達が増えて来ているらしい。

「お久しぶりですエスト陛下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ようこそおいで下さいましたフォルティス公爵。歓迎いたします」

思い返せばシーティオでは色々あったな。リーリエに出会えたり傭兵団と揉めたり、敵の城に潜入して一人で戦った事もあった。それほど年月は経っていないと言いうのに、ずいぶん昔の事の様に感じられる。笑顔で話すフォルティス公爵が退出した後、次に訪れたのがミレーニアの女王デゼルだ。国王はデゼルの政変以降事実上軟禁状態にある為、現在ミレーニアを収めているのは女王に即位した彼女だ。そのデゼルは砂漠の民特有の艶やかではあるが動きやすい服装で、この結婚式に参加してくれるようだ。

「エスト陛下、お元気そうで何よりです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「遠路はるばるようこそお越しくださいましたデゼル王女。ミレーニアの新しい領地の様子はどうですか?」
「おかげさまで順調に開発が進んでいます。入植者も徐々に増えていますし、いずれは遷都する事になるでしょうね」

国土のほとんどが砂漠と岩山で構成されているエレーミアにとって、新たに得た肥沃な大地は随分彼等の助けになっているようだ。あの土地を支配する悪魔と死闘を演じたのも今ではいい思い出だ。時間が空いた時に観光がてら立ち寄ってみるのも良いかも知れない。そして彼女が去った後、次に現れたのはヴルカーノのグルーンと国王ボルカンだった。

「エスト殿、久しぶりだな」
「ご無沙汰している」
「グルーン殿、ボルカン殿、ようこそお越しくださいました」

ヴルカーノはクラーケンの襲撃を撃退した後、王城や王都の周りにある岩山を少しずつ切り崩して人が住める領域を増やしているようだ。それもこれもリムリック王子が土産として持たせてくれた土モグラのおかげらしく、彼等はしきりに感謝していた。以前ボルカンとは色々あったが、今の彼からは以前のような刺々しさを感じない。このまま国土が広がっていけばヴルカーノ滅亡が回避されるので、心に余裕が出来たのだろう。ヴルカーノの恩人であるリーベと話すために二人が退室した後、新たな人物が俺の部屋を訪れた。

「エスト殿、ご無沙汰している。本日はお招き感謝する」
「エストさん……いえ、エスト陛下。ご無沙汰しています」
「レベリオ殿、それにアデルフィアさんも。ようこそグラン・ソラスへ。歓迎します」

現れたのはファータの代表を務めるレベリオと、ディアベルの妹であるアデルフィアだ。姉の晴れ舞台である結婚式に妹である彼女を呼ばない訳にはいかない。それにこれからは俺の義妹にもなるんだしな。最近のファータはシーティオの軍人を奴隷として売り払った代金が入り始めたらしく、好景気に沸いていると聞く。あれだけ国土を荒らされたファータが復活するのは、関わった身としても嬉しい事だ。花嫁であるディアベルにも挨拶すると言う事で退室した彼等の後、次に現れたのはガルシア国王アルフォンソだ。

「久しいな。元気そうで何よりじゃエスト殿」
「お久しぶりですエスト陛下」
「お久しぶりですお二人とも。歓迎いたしますよ」

アルフォンソの横には彼の孫であるアルトゥリアスの姿があった。個性的な祖父や父親に比べて影は薄いが、温厚で思慮深く、将来が楽しみな少年だ。彼は一時期このグラン・ソラスにある冒険者学校に留学していた事もあり、今でも親しくさせて貰っている。

そして彼等が退室した後、勢いよく入って来たのはリオグランドの王子フォルザとその妹のティグレだ。普段軽装な二人だったが、流石に結婚式ともなるとちゃんとした身なりをしている。ティグレはともかく、顔が虎のフォルザが正装している姿はどこか愛嬌すら感じさせた。

「お久しぶりですなエスト陛下」
「お久しぶりです。陛下」
「お二人ともお久しぶりです。他に誰も居ない時は普通に話してくれていいですよ」
「お、そうか?実はさっきから窮屈でな……着慣れないものを着ると肩がこる」
「立派になったねエスト君。初めて会った時は一国の王になるなんて予想もしてなかったよ」

リオグランドの人々は全体的に大らかで礼儀にうるさくない。そんな彼等にとって他人の結婚式に出席すると言うのは退屈な時間だろう。出来れば普段通りに過ごさせてやりたいが他国の王族が揃っている場ではそうもいかない。ならせめて、この場所でぐらいリラックスしてもらわなければ。お茶を一杯飲む程度の時間を過ごした後退出した彼等の後、最後に入って来たのはアルゴス帝国皇女クロノワールだ。やはり長い歴史を持つ国の皇女である彼女は礼服など着慣れているのか、普段と変わらない様子で笑顔を浮かべながら部屋に入って来た。

戦後領地に帰還した俺には、早速各国から祝いの言葉を述べる使者がひっきりなしにやって来たのだが、その中でも最も動きの速かったのがこのクロノワール皇女の居るアルゴス帝国だ。彼女の遣わして来た使者は通り一遍の祝いの言葉の後、俺に対していくつかの縁談を持ち掛けた来た事がある。まだ俺をアルゴスに取り込む事を諦めてないのかと、その執念には呆れと言うより恐れを感じたものだ。しかし流石にクレア達との結婚を発表してからは縁談の話はパタリと無くなった。ようやく彼女も諦めてくれたのだろう。

「エスト陛下、本日はお招きいただき大変感謝しております。世界を救った陛下の雄姿、末席にて拝見させていただきます」
「ようこそお越しくださいましたクロノワール皇女。今日は田舎者なりに頑張るつもりですよ」

クロノワールは笑顔のままだが、俺は彼女から言い知れぬプレッシャーを感じていた。美人で親しみやすそうな笑顔なのに腹の底で何を考えているのかわからないところが苦手なのだ。油断していると取って食われそうだし、彼女と話す時は少しも油断がならない。挨拶も済ませたので彼女は一礼して去ろうとしたがピタリと足を止め、足早に俺に近づくと耳元で囁くようにこう言った。

「……我が国にお越しの際は、是非私に声をかけてください。陛下にお似合いの美姫を用意させておきますので」
「はは……御冗談を……」

結婚式当日の花婿に対して浮気をそそのかすとか、何を考えているんだこの人は。今の話に乗ったら後々面倒になるのが目に見えている。自称俺の子供を名乗る人物が後から後から湧いて出て、俺の小さな国などあっと言う間に地図上から姿を消すだろう。まったく、本当に油断のならない人だ。ようやく姿を消したクロノワールを見送った俺は、深いため息をつきながらソファーに座り込んだ。

「なんか一気に疲れたな……」

やはり俺にこう言った式典など向いてないなと実感する。だがこれも王としての務めだ。気合を入れて乗り切ってやろうじゃないか。
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