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17.そのあとの執務室
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ーーー自分の目の前で起きたことであるのに。
現実を認めたくないと思っていると、どこか夢のように感じてしまうものらしい。
いや、認めたくないとか、そんなことではないはずだ。ダリシアに聞かれたからと言って、慌てることではないのだ。そう、元々決まっていたこと。自分は振られる予定の当て馬なのだから、何ら困る事のない予定調和だ。
……ただ、こんな聞き方をしてしまったら、ダリシアが傷つかないかだけは心配だ。……それだけ、だ。
声をかけるつもりだった。
けれど、ダリシアのあんな表情を無くしたような顔を見たのは初めてで。その顔を見た瞬間に何も言えなくなってしまった。
「すまないね、二人共。特にルーエン君には迷惑をかけた」
ダリシアが去った後の少しの沈黙を破り、沈痛な面持ちのモレス様が口を開いた。その言葉で我に返る。
「い、いえ!自分は」
「こちらこそ申し訳ございません。勝手に話をしました。ルーエンも、悪かったな」
「いや、あんな聞かれ方をしたら、言わない方が無理だよ、エトル。かえって嫌な役を済まなかったね」
上司二人に謝られる。居心地が悪い。
「あの、本当に自分は……」
「でも本当に良かったのか?何も言わなくて」
言い訳しようとする俺の言葉に、エトル様が被せてくる。真っ直ぐに見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。そんなことを言われても、俺が何を言える?騙していたのには違いないのだから。
「……俺が、何か言える立場では……」
言いかけた所で、またノックもなしに部屋の扉が開く。
一瞬、ダリシアが戻って来たのかと期待した自分に気付き、心の中で苦笑する。
「これはどういうことだ!」
入って来たのはアンドレイ様だった。お付きの侍女に聞いたのだろう。彼女は二人が小さい頃から見守って来た一人であったのを覚えている。
「殿下。それは……」
「それは私が説明しよう」
驚きながらもモレス様が説明しようと口を開いたところで、陛下が入って来られた。
「陛下!わざわざ……」
「父上……」
「今回の事、言い出したのは私だからね。……ダリシアが急遽帰ったと聞いた。悪いことをしてしまった」
陛下が珍しく表情を崩して話される。さすがにダリシアが心配なのだろう。
「……アンドレイ。勝手な親心で済まなかった。全部、私が言い出した事だ」
陛下は殿下に全てを話した。最初は陛下の謝罪に驚いた殿下も、最後の方は呆れた顔を隠そうともしなかった。
「……何を、勝手なことを……」
「それは確かに悪かったが。お前にも問題ありだ、アンドレイ」
「は?」
「ダリシアのことだ。周りの勝手な評価に安心して、結果から逃げていただろう?」
「!!」
「困るのはダリシアだとは考えなかったか?正式に婚約もしていないのに、周りはお前の婚約者扱いだ。……まあ、ダリシアの個性もあるにしても、いつまでもこの状態ではと、モレスが心配するのも無理もなかろうが」
「あ……」
陛下の言葉で気づいたらしい。殿下が少し青ざめる。
そうなのだ、全てがアンドレイ様のせいではないにしても、王太子である彼の行動は影響力があるのは否めない。
「……すまなかった、モレス殿……」
アンドレイ様がモレス様に頭を下げる。
「そんな、私に頭など下げないでください。我が娘も、その……いろいろとご迷惑をお掛けしておりますし」
「まあなあ、ちょっと鈍感過ぎるよなあ、ダリシアも」
「エトル様!」
うちの上司がしれっとゆるっと参加するので、思わず諫める。
「本当のことだから構わないよ、ルーエン君」
「しかし、」
「いや……でも、殿下はもちろんだが、君にも多大な迷惑をかけた。本当に申し訳なかった」
「そんな…………、っそれでも、引き受けたのは自分ですので」
「……結局、ルーエンはダリシアの事は何とも思ってないと言うことか?」
再度モレス様から謝罪を受けてしまっている所で、アンドレイ様が確認のように入ってくる。
「何とも、と、申しますか、久しぶりに再会しまして懐かしく昔を思い出し……可愛い大事な妹のようには思っております」
「妹、ね……」
アンドレイ様が含みを持たせた言い方で重ねてくる。
「何かいけませんか?」
「まさか!寧ろそなたがそう思ってくれているのは有難いことだ。先刻会った時にはずいぶんと威嚇されたと受け取ったが、勘違いだったようだ。ダリシアと俺を、見守ってくれていると言うことだろう?」
有無を言わせぬような笑顔で言われる。そう、その通りだ。威嚇なんてしてないし、これからも二人を見守るのだ。はい、と答えればいい。
……なのに、言葉が出ないのは何故だ。
俺の脳裏には、彼女と過ごした日々が次々と思い出されて来て。久しぶりに会った時の驚いた顔。研究を誉めた時の、はにかんだ嬉しそうな顔。研究中の真剣な顔、諦めない前向きさ。初めてデートらしいことをしたときの、恥ずかしそうな顔。綻んだ笑顔。少しつついた時の、むうっとした顔さえ、可愛くて。
可愛くて……。いつの間にか、隣にいるのが当たり前のようにさえ感じて。
先刻、殿下と二人でいるのを見た時、何故だと一瞬思った。よく考えれば、そっちが当たり前で、皆が願ったことなのに。口からは素直に喜んだ言葉が出せなくて。
何故って、簡単だ。俺がダリシアに惹かれているからだ。任務だ仕事だとか、そんなことを忘れてしまうくらい楽しいと、一緒にいたいと思ってしまったからだ。
笑顔で祝福出来ないくらいに、弟のように可愛がっていた殿下にも譲れないくらいに。
「申し訳ありません。……それは出来そうにありません」
そう、アンドレイ様の目を見て話す。
アンドレイ様は一瞬眉を上げ驚いた顔をしたが、すぐに「そうか」と穏やかに微笑んだ。
「……それで?それは何故?」
「私が、ダリシア嬢に惹かれているからです。……皆様には申し訳ございません」
頭を下げる。認めてしまった自分はの心にはもう、嘘は吐けない。
「そうか。分かったよ、ルーエン。顔を上げてよ」
想定もしていなかった先程からのアンドレイ様の穏やかな声に、不思議に思いながら顔を上げると。
泣きそうな笑顔のアンドレイ様と、……モレス様と。やれやれ顔の陛下とエトル様とがいた。
現実を認めたくないと思っていると、どこか夢のように感じてしまうものらしい。
いや、認めたくないとか、そんなことではないはずだ。ダリシアに聞かれたからと言って、慌てることではないのだ。そう、元々決まっていたこと。自分は振られる予定の当て馬なのだから、何ら困る事のない予定調和だ。
……ただ、こんな聞き方をしてしまったら、ダリシアが傷つかないかだけは心配だ。……それだけ、だ。
声をかけるつもりだった。
けれど、ダリシアのあんな表情を無くしたような顔を見たのは初めてで。その顔を見た瞬間に何も言えなくなってしまった。
「すまないね、二人共。特にルーエン君には迷惑をかけた」
ダリシアが去った後の少しの沈黙を破り、沈痛な面持ちのモレス様が口を開いた。その言葉で我に返る。
「い、いえ!自分は」
「こちらこそ申し訳ございません。勝手に話をしました。ルーエンも、悪かったな」
「いや、あんな聞かれ方をしたら、言わない方が無理だよ、エトル。かえって嫌な役を済まなかったね」
上司二人に謝られる。居心地が悪い。
「あの、本当に自分は……」
「でも本当に良かったのか?何も言わなくて」
言い訳しようとする俺の言葉に、エトル様が被せてくる。真っ直ぐに見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。そんなことを言われても、俺が何を言える?騙していたのには違いないのだから。
「……俺が、何か言える立場では……」
言いかけた所で、またノックもなしに部屋の扉が開く。
一瞬、ダリシアが戻って来たのかと期待した自分に気付き、心の中で苦笑する。
「これはどういうことだ!」
入って来たのはアンドレイ様だった。お付きの侍女に聞いたのだろう。彼女は二人が小さい頃から見守って来た一人であったのを覚えている。
「殿下。それは……」
「それは私が説明しよう」
驚きながらもモレス様が説明しようと口を開いたところで、陛下が入って来られた。
「陛下!わざわざ……」
「父上……」
「今回の事、言い出したのは私だからね。……ダリシアが急遽帰ったと聞いた。悪いことをしてしまった」
陛下が珍しく表情を崩して話される。さすがにダリシアが心配なのだろう。
「……アンドレイ。勝手な親心で済まなかった。全部、私が言い出した事だ」
陛下は殿下に全てを話した。最初は陛下の謝罪に驚いた殿下も、最後の方は呆れた顔を隠そうともしなかった。
「……何を、勝手なことを……」
「それは確かに悪かったが。お前にも問題ありだ、アンドレイ」
「は?」
「ダリシアのことだ。周りの勝手な評価に安心して、結果から逃げていただろう?」
「!!」
「困るのはダリシアだとは考えなかったか?正式に婚約もしていないのに、周りはお前の婚約者扱いだ。……まあ、ダリシアの個性もあるにしても、いつまでもこの状態ではと、モレスが心配するのも無理もなかろうが」
「あ……」
陛下の言葉で気づいたらしい。殿下が少し青ざめる。
そうなのだ、全てがアンドレイ様のせいではないにしても、王太子である彼の行動は影響力があるのは否めない。
「……すまなかった、モレス殿……」
アンドレイ様がモレス様に頭を下げる。
「そんな、私に頭など下げないでください。我が娘も、その……いろいろとご迷惑をお掛けしておりますし」
「まあなあ、ちょっと鈍感過ぎるよなあ、ダリシアも」
「エトル様!」
うちの上司がしれっとゆるっと参加するので、思わず諫める。
「本当のことだから構わないよ、ルーエン君」
「しかし、」
「いや……でも、殿下はもちろんだが、君にも多大な迷惑をかけた。本当に申し訳なかった」
「そんな…………、っそれでも、引き受けたのは自分ですので」
「……結局、ルーエンはダリシアの事は何とも思ってないと言うことか?」
再度モレス様から謝罪を受けてしまっている所で、アンドレイ様が確認のように入ってくる。
「何とも、と、申しますか、久しぶりに再会しまして懐かしく昔を思い出し……可愛い大事な妹のようには思っております」
「妹、ね……」
アンドレイ様が含みを持たせた言い方で重ねてくる。
「何かいけませんか?」
「まさか!寧ろそなたがそう思ってくれているのは有難いことだ。先刻会った時にはずいぶんと威嚇されたと受け取ったが、勘違いだったようだ。ダリシアと俺を、見守ってくれていると言うことだろう?」
有無を言わせぬような笑顔で言われる。そう、その通りだ。威嚇なんてしてないし、これからも二人を見守るのだ。はい、と答えればいい。
……なのに、言葉が出ないのは何故だ。
俺の脳裏には、彼女と過ごした日々が次々と思い出されて来て。久しぶりに会った時の驚いた顔。研究を誉めた時の、はにかんだ嬉しそうな顔。研究中の真剣な顔、諦めない前向きさ。初めてデートらしいことをしたときの、恥ずかしそうな顔。綻んだ笑顔。少しつついた時の、むうっとした顔さえ、可愛くて。
可愛くて……。いつの間にか、隣にいるのが当たり前のようにさえ感じて。
先刻、殿下と二人でいるのを見た時、何故だと一瞬思った。よく考えれば、そっちが当たり前で、皆が願ったことなのに。口からは素直に喜んだ言葉が出せなくて。
何故って、簡単だ。俺がダリシアに惹かれているからだ。任務だ仕事だとか、そんなことを忘れてしまうくらい楽しいと、一緒にいたいと思ってしまったからだ。
笑顔で祝福出来ないくらいに、弟のように可愛がっていた殿下にも譲れないくらいに。
「申し訳ありません。……それは出来そうにありません」
そう、アンドレイ様の目を見て話す。
アンドレイ様は一瞬眉を上げ驚いた顔をしたが、すぐに「そうか」と穏やかに微笑んだ。
「……それで?それは何故?」
「私が、ダリシア嬢に惹かれているからです。……皆様には申し訳ございません」
頭を下げる。認めてしまった自分はの心にはもう、嘘は吐けない。
「そうか。分かったよ、ルーエン。顔を上げてよ」
想定もしていなかった先程からのアンドレイ様の穏やかな声に、不思議に思いながら顔を上げると。
泣きそうな笑顔のアンドレイ様と、……モレス様と。やれやれ顔の陛下とエトル様とがいた。
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