私は仕事がしたいのです!

渡 幸美

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48.映画のような

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「……マ嬢、エマ嬢。寮に着いたよ?」

う……ん、寮に…?ふわふわ、気持ち良く寝て…って、

「きゃ、そ、その、で、殿下!すみません!」

慌てて起きる。

私ってば、帰りの馬車ですっかり寝入ってしまったらしい。しっかり、殿下の肩にもたれて。

「気にしないで。役得だったから。それよりごめんね?そのままだと倒れそうだったから、隣に移動したんだ」

うう…恥ずかしい。

「だ、大丈夫です。お手数を……」

「エマ嬢の可愛い寝顔を見れて、ラッキーだったよ」

ボッと顔が赤くなるのが分かる。ヨダレとか垂らさなかったかしら…心配。

「と、まだ話したいけど、降りよう。御者に悪いからね」

そうでした。


馬車を降りると、そこはいつもの女子寮前だった。すぐそこがもう、エントランスだ。

近いのに、ちゃんとエスコートしてくれる。

「エマ嬢、帰りはいつもこう、寝ちゃうの?」

「いえ、全く……今日は、やっぱり本調子ではなかったようです。ご迷惑をおかけしました」

私は素直に頭を下げる。

「そうか。ならいいけど。……毎回これじゃ、気が気じゃないしな」

後半部分は聞こえなかったけど、納得はしてくれたようだ。

「私のわがままにお付き合いいただいて、ありがとうございました。殿下がいて下さって、良かったです。今日はもう、しっかり早寝して、明日に備えます」

「……っつ、そうだね。そうして。でも俺も行って良かった。いろいろ気付けたよ。だから、そこは気にしないで?」

「ありがとう、ございます」

「うん」


何となく、二人でいつもよりゆっくりと歩く。でもすぐにエントランスに着いてしまう。

つ、着いてしまうって!思っ……思ってしまうのだから、仕方ない。

「……じゃあ、ここで。少し早いけど、おやすみ、エマ嬢。……で…あ、の、さ。また、朝……迎えに来ても、いい、かな?」

う、うわっ、その、何、その顔!もうっ、もうっ!

「は、はい……その、よろしく、お願い、します…」

恥ずかしくて、俯いてしまう。

「良かった。…エマ嬢、顔を上げて?」

私は恐る恐る顔を上げると、ラインハルト様の蕩けるような笑顔が目に映る。心臓が、これでもかというくらい騒ぐ。

「うん、可愛い顔を見れて良かった」

ラインハルト様はそう言って、私の額にさらっとキスをする。

「~~~~~!!」

私は額を押さえて、パクパクするしかない。

「本当に可愛い。ごめんね?また明日」

ごめんと言いながら、嬉しそうに去っていくラインハルト様。

もう、もう!!また寝不足になっちゃうでしょーがー!!


と、しどろもどろな心を抱えながら、靴を室内用のスリッパに履き替えてごそごそしていると。

「あら、エマ。お帰りなさい」

ちょうどローズが通りがかり、声をかけてくれた。

「ローズ。ただいま……」

「?元気ないわね?体調おかしい?ちょっと、顔も赤いわ。もしかして、熱があるんじゃない?」

「ち、違うの!大丈夫なの!」

「本当に?」

「うん。……それでね。夜、ちょっとだけ、ローズの部屋にお邪魔してもいい、かな?」

私は伺うようにローズを見る。

「……もちろんよ」

優しい笑顔で答えてくれる。

「ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。何時頃にする?」

「うんと、課題とか終わらせてだと……」

この学園が、全員寮生活で良かったな。


◇◇◇


トントンと、ローズの部屋のドアをノックする。

「ローズ。エマでーす」

「はーい、ちょっと待ってね」

カチャリと鍵を外し、ドアが開けられる。

「どうぞ」

「お邪魔します」

広さは皆と同じだが、上品な家具が揃っている。

「お茶、淹れるわね。そこに座って」

「ありがとう」

勧められるまま、ソファーに座る。前には小さなテーブル。かわいらしい。


「どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

お茶を一口いただく。ローズのお茶も、変わらず美味しい。私はほっと息をつく。

……何から話そう。ローズに話を聞いてほしくてお邪魔しておきながら、なかなか言葉が出てこない。

「あのね、ローズ」

「うん」

「あの……」

「うん」

「………………」

何してるんだ、私。前世を合わせたらいい歳だろうに、情けない。

「…ハルトの事かな?」

顔が赤くなるのが分かる。つい、俯いてしまう。

「ふふ。当たりね?それにしても、ハルトったら好きな子ができたらあんなに動くだなんて。ちょっとびっくりよ。それで?エマは困っちゃってるの?」

ローズが本当のお姉さんのように笑う。

「ち、違うの……あの、ローズの言うように、ラインハルト様は……私を、す、好き、なのかな?」

「え?」

怪訝な顔をするローズ。

「だ、だって、気に入ったとか、口説くとか、婚約者とか、か、可愛いとか言ってくれるけど、す、き、は言われて……ないもの……」

「は…………?そうなの……?」

「う、うん。だ、だからね、本気で婚約者に…って思ってくれてるのは分かるんだけど……聖女としてなのかな、とか、ただ面白いだけだからなのかな、とか……。
前世でいい大人だったのに、情けないよね……」

と、ローズを見ると、正しく苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ブツブツ一人言っている。聞こえないけど、ちょっと怖い。

「何あいつ、あれだけ勝手に動いて、外堀をガシガシ埋めて、周りを威嚇して、肝心なところがヘタレなの……?きっと無意識に避けてるのね……」


「ろ、ローズ?」

「ああ、ごめんなさい。でもエマ。前世は関係ないでしょう?自分でもエマはエマとして、って言ってたじゃない」

「そう、なんだけど」

「……前世って、映画みたいな感じじゃない?」

「…映画」

「うん。まあ前世だから、自分だった認識はあるものの、何て言うの?他人の人生を観て、なるほどなあって知識みたいのはあるけど、今の自分が実際に経験すると、やっぱり観ただけと経験は違うな、みたいな?」

「あ……何か、分かるかも」

「ね!!時間が経つと、そんな感じになるよね?」

「……確かに」

忘れた訳ではないのだ。自分だったとも理解している。でもどこかで、他人になるような感覚。

「映画、か。ローズ、上手いこと言うなあ」

「ふふ~、そうでしょう?」

得意げに、えっへん、とする。可愛すぎる。


「……だから、エマは初恋に戸惑っているのよね?」

「う……!!」

また、さらっと爆弾を落とされる。そしてきっとまた、私は顔が赤い。

……でもローズは、いつも私に気付きをくれる。

「ローズ、本当にお姉ちゃんみたい」

「あら?私はもう、そのつもりだけど?」

「!違っ、そうじゃなくて!」

「ふふ、分かってるわよ。でも、エマはハルトのことが好きなのよね?」

「っっっ!……うん、そう、みたい……」

いたたまれずに、下を向いてぼそっと認めると、ローズに力いっぱい抱き締められる。

「~~~!もう、エマ、可愛い!可愛すぎる!!私が貰いたい!」

相思相愛で嬉しいです。


「あとは、あのヘタレか」


ローズの怖い一人言は、顔をぎゅうぎゅうされている私には聞こえなかった。
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