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番外編
春、う・ら・ら? その8
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「お待たせしました!」
ミルが約束の時間の5分前に馬車停めに着くと、既にエトルが待っていた。
「待ってないよ。俺も今来たところ。じゃ、さっそく行こうか。どうぞ」
「ありがとうございます」
エトルがさらっとミルをエスコートし、馬車に乗り込む。
「出して」
エトルの指示で、馬車が出発する。
「あれ?揺れがほとんどないですね?さすが侯爵家?」
「おっ、気づいた?実は魔法の膜を張って衝撃を減らしているんだ。これもいずれ実用化したいよね。ダリシアにでもまた相談するかな」
「すごい!いいと思います!その際はまたマーシル商会にもご相談ください!」
「抜かりなくていいね~、さすがミル嬢」
「ありがとうございます」
端から聞けば、それは誉め言葉か?という言葉だが、商人魂全開のミルにとっては、それは嬉しい言葉だったりする。エトルは少し苦笑いだけど、それでも楽しそうだ。
そして、30分ほど走った所で馬車が止まった。
「着いたようだね。どうぞ、ミル嬢」
エトルのエスコートで馬車を降りると、目の前にはいい感じの小ぢんまりした居酒屋があった。店構えからも温かみを感じる。
「ご家族でやってるお店なんだ。いわゆる家庭料理なんだけど、ほっとする味でね」
「わあ、楽しみです!」
ミルの言葉にエトルはこっそり安堵して、店のドアを開けて店内に入る。
「いらっしゃいませ!おお、エトルじゃないか!久しぶりだな!仕事忙しいのかと心配してたとこだよ」
「おやじさん、こんばんは。うん、ちょっと立て込んでたんだ。今日は連れがいるんだけど、奥の席空いてる?」
「はい、こちらへどうぞ!お嬢様もようこそ」
「ありがとうございます」
おやじさんと呼ばれるだけあって、エトルの親御さん位の歳の店主だ。お隣に並んで案内してくれているのは、店主の奥さん。二人とも優しそうな人だ。息子さんも一緒らしいが、馴染みの店に出前を届けに行っているそう。
奥さんに席に案内され、エトルが慣れた感じで注文をする。ミルも好みを聞かれたが、初めてのお店だし好き嫌いはないし、エトルの馴染みの店なので、彼に全部お任せした。
すぐに乾杯のビールと、お通しが運ばれる。
「ミル嬢もビールいけるんだね」
「お米に引き続き、エマ様の大発見ですよね!エールよりしっかり苦くておいしいです!」
そう、聖女のくせにエマは張り切ってアルコール開発もしていた。だってこれだけ農産物が揃ってきたら、アラフォー魂が疼くでしょ!とは、本人のみぞ知る話。
女神様は国が栄えれば、酒も何も禁じない。ありがたや。そんな訳で、グリーク王国は数年前からビールブームだ。今や、それぞれの領地の特色を生かしたものまで出始めた。
ともかく。
「では早速」
「はい!」
「輸出規制案可決を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
コツンとグラスを合わせて、二人でゴクゴクと飲む。
「ぷはあ、美味しい!!」
「飲みっぷりいいねぇ、ミル嬢」
「あっ、つい。はしたなくてすみません」
「いや、そっちの方がいいよ。俺も飲むし」
「じゃ、遠慮なく!」
エトルの言葉に、心置きなくビールを楽しむミル。
「しつこいですけど、本当にありがとうございました、エトル様」
「うん、何度も言うけど、お礼はいいって。お互いの国の為だし、何より久しぶりに楽しかったよ」
「お待たせ致しました。若鳥の香草焼きです」
何度目かのお礼ループに入りそうな時、奥さんがオーダーを運んできてくれた。
「お!今日も美味しそうだ」
エトルの言う通り、カリカリに焼けた鶏肉の香ばしい香りと、香草の爽やかな香りが食欲をそそる。
「美味しいわよ!でも良かった、しばらく来ないから本当に心配してたのよ」
「心配かけました。仕事が立て込んでて」
「まあ、魔法省長官様ですもんね」
「!!それ!」
二人の会話に、思わず口を挟んでしまうミル。そう、ミルも認識しているのに少し忘れかけていたが、エトルは魔法省長官なのだ。侯爵家のご嫡男なのだ。
「と、申し訳ありません、えっと、皆さん仲がよろしいのですね?今さら、驚きまして」
「……なにも聞かないなあと思ってたら、本当に今さら?」
「……すみません、エトル様が長官であることはもちろん認識しているのですが、このひと月で慣れてしまった?ようで?」
ミルが首を傾げながら困ったように話すので、またエトルのツボに入ってしまう。
「あはははは、やっぱりミル嬢面白いわー」
「!い、いつもはこんなに抜けてないんですっっ!」
「うん、わ、分かって……くくっ」
ミルはむうっ、とする。確かに自分が抜けているのだが、エトルといるのが妙に自然になってしまっていたのだ。仕事中はまだ仕事の意識があるから違うのだが、何だかこう、油断したと言うか何と言うか。飄々としているエトルも悪い!と逆恨みをしている。
「お嬢様、よろしければ切り分け致しましょうか?」
ちょっとふて腐れているミルを置いて笑いが止まらないエトルを見兼ねたのか、奥さんがそう申し出てくれた。
「ありがとうございます、お願いします。あと、私のこともミルと。エトル様と同様に扱って下さい」
ミルはありがたく申し出を受け、自分に対しても気を使わないように告げる。
「承知しましたわ。では、ミルさんと呼ばせていただくわね。私のこともハンナと呼んでくれたら嬉しいわ」
そう言って、奥さん改めハンナが、綺麗に鶏肉を切り分けてくれた。
「ミルさん、どうぞ。こんな失礼な人は置いておいて、お召し上がりください」
「はい、いただきます!……!!お、美味しい……!違う、普通の香草焼きじゃない……!」
鶏肉の香ばしさと、香草の香り高さが半端ない。お肉も柔らかいのは当たり前、この甘さは何だろう。
「旨いだろ?それに惚れ込んで通ってるんだ。侯爵家にもスカウトしたいんだけどさ」
「それは申し訳なく」
「いっつもフラれてんだよね」
復活したエトルも話に参加してきた。
「でも、エトル様の気持ちも分かります!いつから通われてるのですか?」
ミルの無邪気な問いに、一瞬、空気が固まった気がしたが、すぐにエトルは笑顔で答えた。
「もう20年近くになるかな。学園在学中に発見してね。それから通ってる。おやじさんと奥さんは、俺の第二の父母のようなもん」
「そんな前から!不良……!」
「違う!この店は昼もやってるの!ランチね!」
とか言いながら、振り返るとあながち不良と言われても……と黒歴史が頭をもたげるエトルだったが、そこはまあ、置いておいて。
「そこまで言っていただいて、冥利に尽きます。長居して失礼しました。どうぞごゆっくり」
珍しくジタバタするエトルを微笑ましく見て、ハンナは部屋から下がって行く。思えば。
「あんなに楽しそうなエトル、初めて見たかもしれないわ」と、厨房に戻りながら一人言る。
初めて会った日。
彼は、開店時間前のこの店の前で倒れていた。夫婦は貴族学園の制服の彼に戸惑いはしたが、見捨てることも出来ずに店で介抱することにした。
聞くとどうも研究で魔法を使いすぎたらしく、目的地前で力尽きたらしかった。それは危険でしょうと宥める主人に、何かを取り返そうと躍起になっていた彼は礼を言いつつも、聞く耳を持たなかった。それに主人がキレた。
「何があったかは知らない!けれど、何かを後悔しているなら、こんな迷惑な死に方をするな!!」
と、一喝。ハンナは貴族相手に青くなったけれど、まだ学生の子どもが思い詰めているのが不憫で、主人の言葉を否定せず、優しく諭した。
エトルは不敬だと騒ぐこともせずに、ハッとした顔をして泣き出した。よほど追い詰められていたのだろう、暫く泣き止めずにいた。
「それから店で何とか食べさせて、落ち着いてからポツポツ話してくれたっけ……」
そう、今となっては噂にもならない話。確かに自業自得だったけれど、ハンナはその初めて見た姿が忘れられなくて。慕って通ってくれているエトルがずっと心配だった。一人で頑張り過ぎやしないかと。
まだどうなるか分からないけれど。
ハンナはエトルの笑顔が続くように祈った。
一方、二人の宴会も恙無く過ぎ。
その後も、主に仕事の話が多くなりつつも、いろいろな話をして盛り上がっていた。
「……エトル様って、モテますよね?」
そしてふと、自然な感想がミルから零れる。
今まで仕事中にも思ったけれど、プライベートになるとますます感じたのだ。
何と言うか、聞き上手。話題も次々に自然と供給されて、気づいたらいろいろ自分が話している感じ。そして、それが嫌なものではない。
「そんなことないけど。何、急に」
本人は飄々と笑っているけれど。それがまた余裕で癪というか。
「いやいやいや。いろいろ上手ですもん。学生時代もさぞやモテて……あ。」
……やらかした。
ミルが約束の時間の5分前に馬車停めに着くと、既にエトルが待っていた。
「待ってないよ。俺も今来たところ。じゃ、さっそく行こうか。どうぞ」
「ありがとうございます」
エトルがさらっとミルをエスコートし、馬車に乗り込む。
「出して」
エトルの指示で、馬車が出発する。
「あれ?揺れがほとんどないですね?さすが侯爵家?」
「おっ、気づいた?実は魔法の膜を張って衝撃を減らしているんだ。これもいずれ実用化したいよね。ダリシアにでもまた相談するかな」
「すごい!いいと思います!その際はまたマーシル商会にもご相談ください!」
「抜かりなくていいね~、さすがミル嬢」
「ありがとうございます」
端から聞けば、それは誉め言葉か?という言葉だが、商人魂全開のミルにとっては、それは嬉しい言葉だったりする。エトルは少し苦笑いだけど、それでも楽しそうだ。
そして、30分ほど走った所で馬車が止まった。
「着いたようだね。どうぞ、ミル嬢」
エトルのエスコートで馬車を降りると、目の前にはいい感じの小ぢんまりした居酒屋があった。店構えからも温かみを感じる。
「ご家族でやってるお店なんだ。いわゆる家庭料理なんだけど、ほっとする味でね」
「わあ、楽しみです!」
ミルの言葉にエトルはこっそり安堵して、店のドアを開けて店内に入る。
「いらっしゃいませ!おお、エトルじゃないか!久しぶりだな!仕事忙しいのかと心配してたとこだよ」
「おやじさん、こんばんは。うん、ちょっと立て込んでたんだ。今日は連れがいるんだけど、奥の席空いてる?」
「はい、こちらへどうぞ!お嬢様もようこそ」
「ありがとうございます」
おやじさんと呼ばれるだけあって、エトルの親御さん位の歳の店主だ。お隣に並んで案内してくれているのは、店主の奥さん。二人とも優しそうな人だ。息子さんも一緒らしいが、馴染みの店に出前を届けに行っているそう。
奥さんに席に案内され、エトルが慣れた感じで注文をする。ミルも好みを聞かれたが、初めてのお店だし好き嫌いはないし、エトルの馴染みの店なので、彼に全部お任せした。
すぐに乾杯のビールと、お通しが運ばれる。
「ミル嬢もビールいけるんだね」
「お米に引き続き、エマ様の大発見ですよね!エールよりしっかり苦くておいしいです!」
そう、聖女のくせにエマは張り切ってアルコール開発もしていた。だってこれだけ農産物が揃ってきたら、アラフォー魂が疼くでしょ!とは、本人のみぞ知る話。
女神様は国が栄えれば、酒も何も禁じない。ありがたや。そんな訳で、グリーク王国は数年前からビールブームだ。今や、それぞれの領地の特色を生かしたものまで出始めた。
ともかく。
「では早速」
「はい!」
「輸出規制案可決を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
コツンとグラスを合わせて、二人でゴクゴクと飲む。
「ぷはあ、美味しい!!」
「飲みっぷりいいねぇ、ミル嬢」
「あっ、つい。はしたなくてすみません」
「いや、そっちの方がいいよ。俺も飲むし」
「じゃ、遠慮なく!」
エトルの言葉に、心置きなくビールを楽しむミル。
「しつこいですけど、本当にありがとうございました、エトル様」
「うん、何度も言うけど、お礼はいいって。お互いの国の為だし、何より久しぶりに楽しかったよ」
「お待たせ致しました。若鳥の香草焼きです」
何度目かのお礼ループに入りそうな時、奥さんがオーダーを運んできてくれた。
「お!今日も美味しそうだ」
エトルの言う通り、カリカリに焼けた鶏肉の香ばしい香りと、香草の爽やかな香りが食欲をそそる。
「美味しいわよ!でも良かった、しばらく来ないから本当に心配してたのよ」
「心配かけました。仕事が立て込んでて」
「まあ、魔法省長官様ですもんね」
「!!それ!」
二人の会話に、思わず口を挟んでしまうミル。そう、ミルも認識しているのに少し忘れかけていたが、エトルは魔法省長官なのだ。侯爵家のご嫡男なのだ。
「と、申し訳ありません、えっと、皆さん仲がよろしいのですね?今さら、驚きまして」
「……なにも聞かないなあと思ってたら、本当に今さら?」
「……すみません、エトル様が長官であることはもちろん認識しているのですが、このひと月で慣れてしまった?ようで?」
ミルが首を傾げながら困ったように話すので、またエトルのツボに入ってしまう。
「あはははは、やっぱりミル嬢面白いわー」
「!い、いつもはこんなに抜けてないんですっっ!」
「うん、わ、分かって……くくっ」
ミルはむうっ、とする。確かに自分が抜けているのだが、エトルといるのが妙に自然になってしまっていたのだ。仕事中はまだ仕事の意識があるから違うのだが、何だかこう、油断したと言うか何と言うか。飄々としているエトルも悪い!と逆恨みをしている。
「お嬢様、よろしければ切り分け致しましょうか?」
ちょっとふて腐れているミルを置いて笑いが止まらないエトルを見兼ねたのか、奥さんがそう申し出てくれた。
「ありがとうございます、お願いします。あと、私のこともミルと。エトル様と同様に扱って下さい」
ミルはありがたく申し出を受け、自分に対しても気を使わないように告げる。
「承知しましたわ。では、ミルさんと呼ばせていただくわね。私のこともハンナと呼んでくれたら嬉しいわ」
そう言って、奥さん改めハンナが、綺麗に鶏肉を切り分けてくれた。
「ミルさん、どうぞ。こんな失礼な人は置いておいて、お召し上がりください」
「はい、いただきます!……!!お、美味しい……!違う、普通の香草焼きじゃない……!」
鶏肉の香ばしさと、香草の香り高さが半端ない。お肉も柔らかいのは当たり前、この甘さは何だろう。
「旨いだろ?それに惚れ込んで通ってるんだ。侯爵家にもスカウトしたいんだけどさ」
「それは申し訳なく」
「いっつもフラれてんだよね」
復活したエトルも話に参加してきた。
「でも、エトル様の気持ちも分かります!いつから通われてるのですか?」
ミルの無邪気な問いに、一瞬、空気が固まった気がしたが、すぐにエトルは笑顔で答えた。
「もう20年近くになるかな。学園在学中に発見してね。それから通ってる。おやじさんと奥さんは、俺の第二の父母のようなもん」
「そんな前から!不良……!」
「違う!この店は昼もやってるの!ランチね!」
とか言いながら、振り返るとあながち不良と言われても……と黒歴史が頭をもたげるエトルだったが、そこはまあ、置いておいて。
「そこまで言っていただいて、冥利に尽きます。長居して失礼しました。どうぞごゆっくり」
珍しくジタバタするエトルを微笑ましく見て、ハンナは部屋から下がって行く。思えば。
「あんなに楽しそうなエトル、初めて見たかもしれないわ」と、厨房に戻りながら一人言る。
初めて会った日。
彼は、開店時間前のこの店の前で倒れていた。夫婦は貴族学園の制服の彼に戸惑いはしたが、見捨てることも出来ずに店で介抱することにした。
聞くとどうも研究で魔法を使いすぎたらしく、目的地前で力尽きたらしかった。それは危険でしょうと宥める主人に、何かを取り返そうと躍起になっていた彼は礼を言いつつも、聞く耳を持たなかった。それに主人がキレた。
「何があったかは知らない!けれど、何かを後悔しているなら、こんな迷惑な死に方をするな!!」
と、一喝。ハンナは貴族相手に青くなったけれど、まだ学生の子どもが思い詰めているのが不憫で、主人の言葉を否定せず、優しく諭した。
エトルは不敬だと騒ぐこともせずに、ハッとした顔をして泣き出した。よほど追い詰められていたのだろう、暫く泣き止めずにいた。
「それから店で何とか食べさせて、落ち着いてからポツポツ話してくれたっけ……」
そう、今となっては噂にもならない話。確かに自業自得だったけれど、ハンナはその初めて見た姿が忘れられなくて。慕って通ってくれているエトルがずっと心配だった。一人で頑張り過ぎやしないかと。
まだどうなるか分からないけれど。
ハンナはエトルの笑顔が続くように祈った。
一方、二人の宴会も恙無く過ぎ。
その後も、主に仕事の話が多くなりつつも、いろいろな話をして盛り上がっていた。
「……エトル様って、モテますよね?」
そしてふと、自然な感想がミルから零れる。
今まで仕事中にも思ったけれど、プライベートになるとますます感じたのだ。
何と言うか、聞き上手。話題も次々に自然と供給されて、気づいたらいろいろ自分が話している感じ。そして、それが嫌なものではない。
「そんなことないけど。何、急に」
本人は飄々と笑っているけれど。それがまた余裕で癪というか。
「いやいやいや。いろいろ上手ですもん。学生時代もさぞやモテて……あ。」
……やらかした。
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