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第六話 盗人の手と触れられる黄金
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「ひょっとしてきみは、対象の転生者についてなにか知っているのか?」
シスター・パトゥから話を聞き終え。教会を出てすぐ、建物の陰に入りながらヨシュアは同行者の後輩に問いかけた。
「う……察し、いいですね、先輩。しかもド直球に訊いてくるし」
「回りくどい駆け引きだとか、そういうのは要らないだろう。時間も無駄だ」
「だからドルヴォイ司教にコミュニケーションに難があるって言われるんです」
「俺にそのつもりはない」
「……先輩にそのつもりがあるかは問題ではなく、周囲がどう受け取るかな気はしますけれど……」
半ば直感的に、ヨシュアは今回の異世界転生者が普通ではないことを察していた。
アイラは転生者の人相を聞くとき、妙な反応を示していた。それは先ほどだけでなく、ラダムフォストでのブリーフィングでも同様だった。
「おそらく、ですけど。対象の転生者は……わたしの家族を殺したひと、だと思います」
平然としようと努めていることがすぐにわかる顔で、それでもこらえきれない感情を声ににじませながらアイラは言う。
「顎か」
「はい。頬から顎にかけての傷はたぶん、あの日、わたしを助けてくれたエクソシストの人がつけた傷だと思います。輝く剣のようなものを振るっていましたから」
「……手負いにしつつも、殺し損ねていたわけだ」
無意識に、ヨシュアはその線を省いて考えていた。なぜかと問われれば、やはりドルヴォイの言う通り、自身の境遇をアイラに重ねてしまっていたからかもしれない。
だがここにも相違点が存在した。
ヨシュアの家族と同じ村の人々を殺した異世界転生者は、彼もまたその場で殺されている。ドルヴォイの手によって首の骨をへし折られるのをこの目——右眼と、まだピクシスに移植する前の左眼——で見た。その後『停滞』の異能を持つ悪しき右腕も切断された。
しかしながらアイラの家族を……両親と弟を殺したその異世界転生者は、窮地を脱してしまっていたらしい。
あるいは、駆け付けたエクソシストはアイラの救出を優先したのかもしれない。現場を見ていない以上その判断を咎めることはできない。
ただ事実として、殺すべき神敵、ニホンから来た異世界転生者はその場を生き延びてしまった。あってはならないことだが、烙印祓いも人間であるからには、稀に起きてしまうのが現実だ。
(そして……あいつら転生者が、いつまでも大人しくし続けられるはずがない)
確信があった。経験が裏付けていた。
異世界転生者はおしなべて害悪であり駆逐すべき悪魔憑きだ。
アイラの家があったラダムフォストから、人の多いこの町に逃れてきて、三年の間潜伏していたと考えるのは難しくない。教会の前に姿を現したのは、次の犯行の前触れ。
「予定変更だ。パトゥさんの話では、転生者は東町の方へ消えたらしい。固まりながら、そっちを重点的に回ってみよう」
「ま、待ってください! 手分けして探すっていう話でした!」
「だから予定は変更だ。死線を一度くぐったぶん、危険度が増した。それにきみは件の転生者と鉢合わせた時、冷静でいられるのか?」
「……いられます」
一瞬の間について、追及するべきかヨシュアは迷った。
「だが、危険だ」
「そんなことは承知の上です! わたしは……! エクソシストになったんです!!」
「しかしだな。きみはまだ、ピクシスを十全には使えない。対象はエクソシストのことも当然よく調べているだろう、なにせ三年前に殺されかかった相手だ。通常の転生者よりずっと危ない」
「だからこそ、です。わたしたちが今、その姿を現した転生者をなんとかしないと……わたしみたいに被害に遭うひとが出るかもしれない。——間に合う保証は、ないはずです」
「——」
アイラの碧い左目がヨシュアを見据える。
間に合う保証はどこにもない。それは、その通りだ。
ヨシュアが常に感じる不安だ。同じものをこの少女も抱いている。
「……先輩!」
「——っ」
重ねる呼びかけに、ヨシュアは顔をしかめた。
迷っていた。
ヨシュアの主張は正論であり、しかしアイラの主張もまた正論だった。
(相手はワンクォーター級だ……聖都爆破のようなことにはならないはず……いや、バカか俺は! 烙印等級なんてアテにするなと言ったのは俺だろう!)
それに、仮にこの町全体が危ぶまれないとしても——
だからと言って、数人の犠牲を看過するというのか。
この己が。家族ひとつ、たかだか数名の犠牲だと、見過ごすというのか。
「……交戦は、するな。絶対だ」
懊悩の末、ヨシュアは言葉を喉から絞り出した。
「せん、ぱい……」
「発見しても単独での交戦は避け、可能であれば尾行して住処を確認。ただしくれぐれも気づかれないことが大前提だ」
「……はい! ありがとうございますっ」
「礼はいい。そうと決まれば始めるぞ」
引き結んでいた唇をほころばせ、笑顔を浮かべるアイラ。
彼女はまだ一人前ではない。聖寵もなく、第二視野にも不慣れなアイラのことを、ヨシュアはまだ十分な訓練が済んでいるとは思えない。
しかし、半人前でも。ならば半分だけは——彼女の気概くらいは、信じてもいいと思えた。
「俺たちは、烙印祓いだ」
*
担当する区域を大まかに決め、アイラと別れたヨシュアは、とりあえず手近な建物の屋根に上った。
ああは言ったが、やはりアイラと異世界転生者が接触するのは芳しくない。
ヨシュアが発見し、烙印の起動を許さぬまま不意打ちで殺すことができれば、それがベストだ。ドルヴォイの話ではこの任務で新米のアイラに経験を積ませようと本部は考えているようだが、そんなのはヨシュアにとってはどうでもいいことだ。
相手はただの転生者ではない。三年間潜伏した、右腕狩りからの生存者だ。潜んでいた間、狡猾の爪を研いでいないはずもなかった。
百聞は一見に如かず——なるほど一度の実戦経験は、百度の訓練に勝るのかもしれない。
だが、ならば二百回でも三百回でも訓練を重ねればいい。安全なところで。
時間はかかるだろうが、未熟な状態で現場に挑んで無為に死ぬよりは億倍いい。それがヨシュアの考えだった。
(とはいえアイラ君も、交戦を避けることは呑んでくれた。あのぶんならアイラ君が先に対象を見つけても大丈夫のはずだ……)
アイラとて未熟でも、祓魔師養成施設の試験には受かっている。だが相手は家族を殺した男だ。復讐心に駆られ、つい先走ってしまわないか——
それが懸念だった。
しかし、ヨシュアは自身の盲点に気づかない。
ヨシュアが先に転生者を発見する、もしくはアイラが先に転生者を発見する。……可能性はこのふたつだけではない。
そう、転生者がヨシュア、ないしアイラを先に発見し、襲う可能性がある。そのことを常に狩る側だったヨシュアは迂闊にも失念していた。
「さあ、どこだ……!? 人ごみにいたって烙印透視があればすぐに気づけるぞ」
焦燥が手足を急かす。ヨシュアの顔は前方、屋根と水平の方向にのみ向けられている。屋根から屋根へと飛び移り、町の上を駆けるためだ。いかな彼でも前方不注意でそんな真似をすればたちまち滑落する。
とはいえ視界は別方向にも向いていた。
屋根の上から、眼下の街並みへと向けられるヨシュアの左手。そこには移植眼球、ピスティスを埋め込まれたピクシスがある。
前方を見据えながらも、ヨシュアは第二視野で街を行く人々をも視界に捉えていた。
そしてピスティスから得られる視野は、烙印透視が常に働く。服の下に右腕の螺旋模様を隠していようが、エクソシストの移植眼球からは逃れられない。
しかし——
(見つからない……。潜伏しているなら、人気のない場所か?)
数十分間、人々の頭上を走り、街路を見回っても二つ目の視野に標的の螺旋は浮かび上がらなかった。
広大な町から人間ひとり見つけるというのは簡単ではなかった。
多くの転生者は、転生してすぐ騒ぎを起こす。そうして間を置かず烙印祓いに殺される。
それだけに、一度修羅場を潜り抜け、立ち回り方を覚えた転生者は厄介だった。中々尻尾を出してはくれない。
それでも後手に回れば被害が出るのは避けられない。
エクソシストに泣き言を言う暇などなかった。ヨシュアはもう一度、今度は別の区画を捜索しようと屋根の上で踵を返す。
既に西の空からは燃えるような夕焼けが迫ってきていた。このままだと完全に日が暮れ、夜になってしまう。
無論、夜になろうがヨシュアは捜索を続ける気でいる。だがもたもたしていては被害が出る。そもそも転生者の目的はなんだ?
多くの転生者は、そうした本能でも植え付けられているかのように人を殺そうとする。そこに熟慮はなく、無軌道な暴力だけが右腕の螺旋とともにある。
けれども今追っている対象は、一度右腕狩りから生き延びた特殊なケースだ。その当初は無軌道だったかもしれない暴力衝動には、今や狡猾さのレールがしっかりと添えられていると見るべきだった。
……シスター・パトゥの前に姿を現したのは偶然だったのだろうか。炯眼使いの第三眼球に視られた以上、教会に連絡が行くことを、異世界転生者と言えど三年この国で生きた者が知らぬとも思えない。ならば油断から犯した単なる失態と見るべきか。それとも——
「……っ!?」
ヨシュアの思考は、突如視界に走るノイズによって断ち切られた。
音もなく、白と黒の砂嵐じみたものが目に映る景色の一部を覆ったのだ。それはわずかの間のことではあったが、ヨシュアを動転させるには十分だった。
走り出そうとしていた足を止め、空いた手で思わず右目を抑える。
しかし直後、その無意味さに気づいた。ノイズが走ったのは右目の視界ではない。左手の箱に埋め込まれた、黄金の眼が有する第二視野だけだ。
(移植眼球に干渉した? こんなことができるのは……)
既に視界は元の明白さを取り戻し、視点の異なる二つの視覚情報が同時に脳に注がれる。
異常はごく一瞬。それでもたった今、身に起きたことを忘れるはずもない。
「聖寵か……そうでなければ、異能。アイラ君が危ない……!」
ヨシュアは再度体の向きを変え、アイラが捜索を担当していた方面へと駆け出した。
シスター・パトゥから話を聞き終え。教会を出てすぐ、建物の陰に入りながらヨシュアは同行者の後輩に問いかけた。
「う……察し、いいですね、先輩。しかもド直球に訊いてくるし」
「回りくどい駆け引きだとか、そういうのは要らないだろう。時間も無駄だ」
「だからドルヴォイ司教にコミュニケーションに難があるって言われるんです」
「俺にそのつもりはない」
「……先輩にそのつもりがあるかは問題ではなく、周囲がどう受け取るかな気はしますけれど……」
半ば直感的に、ヨシュアは今回の異世界転生者が普通ではないことを察していた。
アイラは転生者の人相を聞くとき、妙な反応を示していた。それは先ほどだけでなく、ラダムフォストでのブリーフィングでも同様だった。
「おそらく、ですけど。対象の転生者は……わたしの家族を殺したひと、だと思います」
平然としようと努めていることがすぐにわかる顔で、それでもこらえきれない感情を声ににじませながらアイラは言う。
「顎か」
「はい。頬から顎にかけての傷はたぶん、あの日、わたしを助けてくれたエクソシストの人がつけた傷だと思います。輝く剣のようなものを振るっていましたから」
「……手負いにしつつも、殺し損ねていたわけだ」
無意識に、ヨシュアはその線を省いて考えていた。なぜかと問われれば、やはりドルヴォイの言う通り、自身の境遇をアイラに重ねてしまっていたからかもしれない。
だがここにも相違点が存在した。
ヨシュアの家族と同じ村の人々を殺した異世界転生者は、彼もまたその場で殺されている。ドルヴォイの手によって首の骨をへし折られるのをこの目——右眼と、まだピクシスに移植する前の左眼——で見た。その後『停滞』の異能を持つ悪しき右腕も切断された。
しかしながらアイラの家族を……両親と弟を殺したその異世界転生者は、窮地を脱してしまっていたらしい。
あるいは、駆け付けたエクソシストはアイラの救出を優先したのかもしれない。現場を見ていない以上その判断を咎めることはできない。
ただ事実として、殺すべき神敵、ニホンから来た異世界転生者はその場を生き延びてしまった。あってはならないことだが、烙印祓いも人間であるからには、稀に起きてしまうのが現実だ。
(そして……あいつら転生者が、いつまでも大人しくし続けられるはずがない)
確信があった。経験が裏付けていた。
異世界転生者はおしなべて害悪であり駆逐すべき悪魔憑きだ。
アイラの家があったラダムフォストから、人の多いこの町に逃れてきて、三年の間潜伏していたと考えるのは難しくない。教会の前に姿を現したのは、次の犯行の前触れ。
「予定変更だ。パトゥさんの話では、転生者は東町の方へ消えたらしい。固まりながら、そっちを重点的に回ってみよう」
「ま、待ってください! 手分けして探すっていう話でした!」
「だから予定は変更だ。死線を一度くぐったぶん、危険度が増した。それにきみは件の転生者と鉢合わせた時、冷静でいられるのか?」
「……いられます」
一瞬の間について、追及するべきかヨシュアは迷った。
「だが、危険だ」
「そんなことは承知の上です! わたしは……! エクソシストになったんです!!」
「しかしだな。きみはまだ、ピクシスを十全には使えない。対象はエクソシストのことも当然よく調べているだろう、なにせ三年前に殺されかかった相手だ。通常の転生者よりずっと危ない」
「だからこそ、です。わたしたちが今、その姿を現した転生者をなんとかしないと……わたしみたいに被害に遭うひとが出るかもしれない。——間に合う保証は、ないはずです」
「——」
アイラの碧い左目がヨシュアを見据える。
間に合う保証はどこにもない。それは、その通りだ。
ヨシュアが常に感じる不安だ。同じものをこの少女も抱いている。
「……先輩!」
「——っ」
重ねる呼びかけに、ヨシュアは顔をしかめた。
迷っていた。
ヨシュアの主張は正論であり、しかしアイラの主張もまた正論だった。
(相手はワンクォーター級だ……聖都爆破のようなことにはならないはず……いや、バカか俺は! 烙印等級なんてアテにするなと言ったのは俺だろう!)
それに、仮にこの町全体が危ぶまれないとしても——
だからと言って、数人の犠牲を看過するというのか。
この己が。家族ひとつ、たかだか数名の犠牲だと、見過ごすというのか。
「……交戦は、するな。絶対だ」
懊悩の末、ヨシュアは言葉を喉から絞り出した。
「せん、ぱい……」
「発見しても単独での交戦は避け、可能であれば尾行して住処を確認。ただしくれぐれも気づかれないことが大前提だ」
「……はい! ありがとうございますっ」
「礼はいい。そうと決まれば始めるぞ」
引き結んでいた唇をほころばせ、笑顔を浮かべるアイラ。
彼女はまだ一人前ではない。聖寵もなく、第二視野にも不慣れなアイラのことを、ヨシュアはまだ十分な訓練が済んでいるとは思えない。
しかし、半人前でも。ならば半分だけは——彼女の気概くらいは、信じてもいいと思えた。
「俺たちは、烙印祓いだ」
*
担当する区域を大まかに決め、アイラと別れたヨシュアは、とりあえず手近な建物の屋根に上った。
ああは言ったが、やはりアイラと異世界転生者が接触するのは芳しくない。
ヨシュアが発見し、烙印の起動を許さぬまま不意打ちで殺すことができれば、それがベストだ。ドルヴォイの話ではこの任務で新米のアイラに経験を積ませようと本部は考えているようだが、そんなのはヨシュアにとってはどうでもいいことだ。
相手はただの転生者ではない。三年間潜伏した、右腕狩りからの生存者だ。潜んでいた間、狡猾の爪を研いでいないはずもなかった。
百聞は一見に如かず——なるほど一度の実戦経験は、百度の訓練に勝るのかもしれない。
だが、ならば二百回でも三百回でも訓練を重ねればいい。安全なところで。
時間はかかるだろうが、未熟な状態で現場に挑んで無為に死ぬよりは億倍いい。それがヨシュアの考えだった。
(とはいえアイラ君も、交戦を避けることは呑んでくれた。あのぶんならアイラ君が先に対象を見つけても大丈夫のはずだ……)
アイラとて未熟でも、祓魔師養成施設の試験には受かっている。だが相手は家族を殺した男だ。復讐心に駆られ、つい先走ってしまわないか——
それが懸念だった。
しかし、ヨシュアは自身の盲点に気づかない。
ヨシュアが先に転生者を発見する、もしくはアイラが先に転生者を発見する。……可能性はこのふたつだけではない。
そう、転生者がヨシュア、ないしアイラを先に発見し、襲う可能性がある。そのことを常に狩る側だったヨシュアは迂闊にも失念していた。
「さあ、どこだ……!? 人ごみにいたって烙印透視があればすぐに気づけるぞ」
焦燥が手足を急かす。ヨシュアの顔は前方、屋根と水平の方向にのみ向けられている。屋根から屋根へと飛び移り、町の上を駆けるためだ。いかな彼でも前方不注意でそんな真似をすればたちまち滑落する。
とはいえ視界は別方向にも向いていた。
屋根の上から、眼下の街並みへと向けられるヨシュアの左手。そこには移植眼球、ピスティスを埋め込まれたピクシスがある。
前方を見据えながらも、ヨシュアは第二視野で街を行く人々をも視界に捉えていた。
そしてピスティスから得られる視野は、烙印透視が常に働く。服の下に右腕の螺旋模様を隠していようが、エクソシストの移植眼球からは逃れられない。
しかし——
(見つからない……。潜伏しているなら、人気のない場所か?)
数十分間、人々の頭上を走り、街路を見回っても二つ目の視野に標的の螺旋は浮かび上がらなかった。
広大な町から人間ひとり見つけるというのは簡単ではなかった。
多くの転生者は、転生してすぐ騒ぎを起こす。そうして間を置かず烙印祓いに殺される。
それだけに、一度修羅場を潜り抜け、立ち回り方を覚えた転生者は厄介だった。中々尻尾を出してはくれない。
それでも後手に回れば被害が出るのは避けられない。
エクソシストに泣き言を言う暇などなかった。ヨシュアはもう一度、今度は別の区画を捜索しようと屋根の上で踵を返す。
既に西の空からは燃えるような夕焼けが迫ってきていた。このままだと完全に日が暮れ、夜になってしまう。
無論、夜になろうがヨシュアは捜索を続ける気でいる。だがもたもたしていては被害が出る。そもそも転生者の目的はなんだ?
多くの転生者は、そうした本能でも植え付けられているかのように人を殺そうとする。そこに熟慮はなく、無軌道な暴力だけが右腕の螺旋とともにある。
けれども今追っている対象は、一度右腕狩りから生き延びた特殊なケースだ。その当初は無軌道だったかもしれない暴力衝動には、今や狡猾さのレールがしっかりと添えられていると見るべきだった。
……シスター・パトゥの前に姿を現したのは偶然だったのだろうか。炯眼使いの第三眼球に視られた以上、教会に連絡が行くことを、異世界転生者と言えど三年この国で生きた者が知らぬとも思えない。ならば油断から犯した単なる失態と見るべきか。それとも——
「……っ!?」
ヨシュアの思考は、突如視界に走るノイズによって断ち切られた。
音もなく、白と黒の砂嵐じみたものが目に映る景色の一部を覆ったのだ。それはわずかの間のことではあったが、ヨシュアを動転させるには十分だった。
走り出そうとしていた足を止め、空いた手で思わず右目を抑える。
しかし直後、その無意味さに気づいた。ノイズが走ったのは右目の視界ではない。左手の箱に埋め込まれた、黄金の眼が有する第二視野だけだ。
(移植眼球に干渉した? こんなことができるのは……)
既に視界は元の明白さを取り戻し、視点の異なる二つの視覚情報が同時に脳に注がれる。
異常はごく一瞬。それでもたった今、身に起きたことを忘れるはずもない。
「聖寵か……そうでなければ、異能。アイラ君が危ない……!」
ヨシュアは再度体の向きを変え、アイラが捜索を担当していた方面へと駆け出した。
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