不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2部1章 躍る大王たち

第84話 『天恵は誰のために』

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 それはあまりに唐突で、無慈悲で、悪夢的な始まりだった。
 前兆なく現れた怪物は、『人類を殺せ』とプログラムされているかのように、的確に人間のみを付け狙った。外界を闊歩し、目に映る者の首を締め上げ、はらわたを食い破り、対象が見つからなければ屋内へ押し入り、隠れている者を探し当てては爪で切り裂き牙で噛みちぎる。女子供さえお構いなしに、どんな人間よりも冷酷に、どんな兵器よりも的確に、人間だけを刈り取っていく。

 なにより最悪なのは、その生物——と定義してよいのかさえ曖昧なそれ——には、人類がその知恵を振り絞って作り上げてきた兵器類が一切通じなかったことだ。
 いくら弾丸を打ち込んでも、アンゴルモアどもの体表には傷ひとつ付けられなかった。
 ガスも効かない。そもそも呼吸をしていない。体表に変化も見られない。
 燃やしても死なない。熱も光も音波も放射能も無駄。だというのに、人間もろともアンゴルモアを一掃すべく無意味に核を撃ち込まれて焦土と化した国もあった。

「64年……昔と言えば昔、ですけど」
「ああ。百年足らずで、あれだけの文明が衰退するんだな……」

 旧オフィス街、廃墟同然の有様で、植物に侵食されていたあそこを思い出す。
 建築技術だけで、その文明がイドラのいた世界より格段に優れていたことは読み取れる。しかし、そんな街もたったの六十数年でああして放棄され、寂れてしまうのだから、アンゴルモアと名付けられた怪物がいかに脅威だったのかを物語っている。

「当時の儂は幼子で、記憶にある情景は既に、あの黒鉄の怪物に社会が蝕まれてしばらくしたものであるが……それでも、人の築いた文明は素晴らしかった。かけがえなかった。洗練され、研鑽されていた」
「きっと、僕たちには想像もできないものがたくさんあったんだろうな」
「そうとも。ああ、目を閉じれば思い出す、あの雑踏と情報に溢れた街並みを——」

 ヤナギは思い出に浸るように、一瞬だけ目を閉じる。
 まぶたを開いた時、その黒い瞳には憤怒の炎が燃えていた。

「そうした人々が築いた歴史そのものを、あやつらは仮借なく踏みにじった。赤子が積み木を崩すように。地球を支配していた人類は、やつらのせいで一気に滅亡の危機にまで追いやられたのだ」

 なまじ人類の最盛期を知っているからこそ、ヤナギの怒りは強かった。
 感情を圧し殺した声から、なおも感情が漏れている。彼は間違いなくアンゴルモアを憎んでいた。

「しかし、ほとんどなすすべなく蹂躙される人類だったが、反撃の手段がないわけではなかった。救いの糸と言うべきか、時期を同じくして異世界の存在が確認されたのだ」
「それが……わたしたちのいた世界」
「いかにも。実体を持たないそれは、天国であるだとか、地底王国アガルタの実証であるだとか……ともかく荒唐無稽なものも含めて様々な議論を招いたが、地底世界アンダーワールドと名付けられた。なんでも座標的には地下に近いそうだが」

 ヤナギも地底世界の専門家ではない。詳しいことは、と首を振る。
 だが実際、イドラたちは雲の上へと昇ってこの世界へやってきたのだ。ならばこの世界から見れば、あちら側は地の底にあると言っていい。そう的外れでもない、とイドラは思った。

「実体を持たない……? って、どういうことなんでしょう」
「これを今、この場で確かに存在する君たちに話すのは妙な気分だが。アンダーワールドは実在しない、言わば仮想的な場だと考えられている。情報のみで構成された、数値で表せる世界だ」
「実在しないと言われても、僕たちはあっちで生きて、今ここにいるんだが」
「その通り、それは疑いようもない。しかし、こちらではそう考えられているのだ。そして機械を用いて、実在しないアンダーワールドの情報を垣間見る。これが数値観測であり、ギフトの情報を抜き出すことで、我々はアンゴルモアという脅威に対向するすべを得た」
「いまいち想像の難しい話だ。その、僕らの世界から情報を抜き出して造るのがコピーギフトとやらか?」

 ヤナギは首肯を返す。
 アンダーワールドは数値に運営される、実体を持たない地平の世界だ。だからこそ、不壊という性質を持つギフトも存在できる。地上は平面で、空は貼り付けただけのテクスチャであり、地面は動かない。実体のない場に物理法則のくびきはない。
 そんな世界から抜き出されたギフトは、異界の性質を帯びている。ゆえに地球のすべての物質に耐性を持つアンゴルモアも殺傷できる。
 とはいえコピーギフトは、複製天恵と言ってもデッドコピー。形だけ似せた模造品だ。時には形さえ変化する。

「我々にとってアンダーワールドは未知の世界。だが未知のままでよかった。ただ、コピーギフトを抜き出すことさえできれば。存在意義や成り立ちについて詳しく調べるような余力など、人類のどこにも残されてはいないのだからな」
「要らん補足だが……ことによると、アンダーワールドってのはそもそも、ギフトを生み出すための世界なんだって説もある。聞いた話じゃあ、そっちじゃギフトは各人間にひとつ与えられるそうじゃないか」
「それも数値観測とやらで導き出したのか?」
「だろうよ。おそらくアンダーワールドに存在するギフトの数と、総人口の相関から……いや、いいか。こういうのは観測班のやつらに喋らせりゃあいい。とにかく俺が言いてえのは、イドラ、ソニア。お前らのいた世界そのものが、この世界にギフトを観測させるための人間牧場だったんじゃねえかって話だ」

 あえて人間牧場などと冷酷な呼び方で、カナヒトは言った。
 あながち間違いでもない。地平世界にたまたまギフトがあるのではなく、ギフトのために地平世界があり、人間がいる。
 そういう考えだ。おそらくロトコル教のまっとうな信者が聞けば怒り狂うか、呆れ果てるかのどちらかだろう。
 極めて自己本位的。かつて地球こそが宇宙の中心なのだと信じた者たちと同じように、アンダーワールド自体がこの地球の人類のために存在するのだと主張する、傲岸な考え方だった。

「……事実、この世界はわたしたちの世界のギフトを観測して、コピーギフトを造ることでアンゴルモアを退けてるんですよね」
「地底世界のあまねく人間は、十歳になってギフトを与えられるための家畜……か。はは、面白いな。そんなの、向こうにいる時は考えたこともなかった」
「笑えやしねえだろ、当人としちゃあ」
「いや、笑うさ。だって僕にはどうしようもないし、どうだっていい」
「どうだっていい?」
「ああ。仮にそれが本当だとしても、向こうの人たちは精一杯に生きてるんだ。なら、前もって決められた意義なんて関係ないって、僕は思う」

 カナヒトはわずかに驚いたようにイドラを見つめた。イドラもまた、彼の顔を見つめ返す。戦場で研がれた、精悍な顔つきを。

「わたしも、なんのために生まれたかなんて気にしません。なにをして生きるか、だと思います。……それに、ギフトのために生まれたとしたら、ギフトをなくしちゃったわたしはドジみたいですし」

 ソニアのギフトは、不死憑きとして集落の人間に没収されてそのままだ。今ではすっかりワダツミを使う姿に見慣れているため、たまにイドラもそのことを忘れる。
 本人も深く気にしていない。人の価値とは、天恵によっては決まらない。

「そうか、くく。関係ない、気にしないときたか」
「カナヒトだって、『この世界はアンゴルモアに滅ぼされるためにありました』、なんて言われたって抗うことをやめたりはしないだろう?」
「そうだな。ああ、その通りだ! ははっ、こりゃあ一本取られたな」

 カナヒトは愉快そうに笑い、手のひらでバンバンと壁を叩く。眉間にしわを寄せたヤナギが咳払いをするまで、彼はそうしていた。

「悪かったな、試すようなこと言って。ただ隠すのはフェアじゃないと思ったんだ」
「……話の続きをしてもよろしいか」
「すみませんね、総裁どのも。腰を折ってしまって……あ、今のは別に総裁どのがご老人であることと掛けたわけでは」
「わかっておるわ……!」

 総裁といち戦闘員。関係における上下の隔たりは大きいはずだったが、どう見てもカナヒトは礼儀がなっていなかった。しかしそんなカナヒトの性格を知っているからか、ヤナギも無駄な叱責はしない。
 二人のやり取りを見て、ソニアがそっとイドラに耳打ちする。

「なんだか似てますね。イドラさんと、レツェリさんに」
「…………。どこが?」

 よくわからなかった。
 ついでに、あんなやつにさん付けをするなと言ってやりたかった。
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