流星のリトス

NEW李壱

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第一章 美丈夫には気をつけろ

リラの町

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 時は少し前にさかのぼる。



 からりと晴れた空の下、石畳の通りのいたるところから威勢のいい声が飛び交う。

 とある人は大きな敷物を敷き、カゴいっぱいの野菜や果物がどれだけ新鮮で美味であるかを叫んでいたり、また別の場所では陽よけの布を張り、自分が仕入れた骨董品がいかにお値打ちであるかをヒゲを撫でるほかの行商人へ、とくとくと語っていたりする。



 ここ、リラの町は国の中でも辺境といわれる西部にあり、地域のちょうど中央部に位置している。

 西部のなかでは随一の人口数を誇り、西部へ向かう旅人や行商人は必ずといっていいほどこの町を経由していく。

 そのなかには行商人に雇われた傭兵だったり、冒険者だったり武装したパーティも見られる。

 彼らがこの町を経由するのも、ここを過ぎると農村や小さな集落しかないのであるから当然とも言えるだろう。



 だがなぜそんな辺境に旅人たちが来るのか。

 それは、やはり西部各地にある珍しい素材が目当てなのだろう。

 西部でしか採取のできない植物、生息しない生物、モンスターたち。

 その希少性から、一攫千金を狙った人が絶えず訪れるものだから、市が開かれる日には行商人や旅人相手の商売が繁盛するし、逆にほかの地域の品物をこの町へ売り付ける絶好の機会でもある。



 そこまで需要があるのなら、西部にもうひとつふたつくらいリラのような大規模な町があってもいいようなものだが、事実、これほどの規模と人口を有しているのは、西部ではリラのみであった。



 そんな事情を知ってか知らずか……いや知らないであろうロウは、町の入り口近くまで歩いてきたものの、目の前の光景に足を止め、口を半開きにしながら目を丸くする。

 門前ですくんだように立ち止まった彼を、邪魔そうに避けていく人々。

 周囲の反応など頭に入ってこないロウは、締まりの悪くなっていた口をきゅ、と結んだ。



 この町に近づくにつれ、人の往来が多くなっていたこともあり、「人が多いのはいやだなぁ」などとぼんやり考えていたロウ。

 想像を絶する光景を突きつけられ、往来で立ち尽くすしかできない。



 たしかに、森を抜けて、山を降りて、平地を東に進めば、この辺りで一番大きな町があるのだと、ずいぶん昔に父親が話していたことをぼんやりとを思い出したが、ただ、目の前の状況はロウの想像の域を軽く上回っていた。



 それは、彼がくだんの西部の果て、そびえ立つ山の森深い集落の生まれであるためだ。

 ロウは溢れんばかりに人がいるのを見たこともなければ、彼らがなぜそんなに大声を挙げているのかもまったく理解できなかった。

 鼓膜に響く怒声とも取れそうなほどの喧騒に、ただただ立ち尽くす。



 知らないということは未知との遭遇。

 未知というものは好奇心という感情を与える一方で、恐怖を与えるものだ。

 田舎者のロウにとって人混みとは未知であり、お家がいちばんなインドア派でもある彼にとって、未知は好奇心ではなく恐怖を植え付けるものであったようだ。



 ロウの色を失った頬を、汗が流れ落ちる。

 理解できない状況に震えながらも、彼は軽くなった革カバンにそっと触れた。



 そんな引きこもりのロウがなぜリラに足を踏み入れんとしているのか。

 その理由を知るには、さらに数日前まで戻ることとなる。

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