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第十話 もしかして夢じゃない?
しおりを挟む「あ、ごめんなさい!」失言したとばかりに口元を押さえて教室へと駆け戻ろうとするエミリを、ちょっと待って!と私は慌てて引き止めた。今なんて言った?
そこへタイミング悪くなったチャイムに、思わず舌打ちしそうになりながらも、私は放課後に時間をくれとエミリに半ば強引に約束を取り付けると、イチカと共に教室へ戻ってきたシドーを眺めながら渋々席についたのだった。
そして、今、隣にはとても不満そうなエミリがいる。あのあとすれ違う生徒にご機嫌よう、とにこやかに挨拶をしながら、隙あらば逃げようとする彼女の腕を取りほとんど強引に車へと連れてきた。王女相手に本気で抵抗する気もなかったのか、自分への迎えに帰るよう促すと、エミリは大人しく隣へと収まってくれたのだった。王室行き、ご同行一名様だ。アランは何も言わずに別のシートへと腰掛けてくれていた。
「シドーって、私の幼馴染みなの?」
「……本当に忘れているんですね。私もそこまで彼と親しいわけではありませんが」
そう言ってエミリが話すのは、私が知らなかったことばかりだった。
幼稚舎で親しくなったエミリが王宮へ遊びにくるようになる頃には、すでにレアのそばにはシドーがいたこと。当時から寡黙で、でもレアは彼をとても慕ってていつも一緒に遊んでいたこと。
「中等科に上がる頃には、私含め周りの友人たちもレア様には敬語を使うよう変わっていったのですが、レア様は、シドーには敬語なんて使わないでってせがんでらして…」
そう言って目を伏せるエミリに、もしかして、とひらめいた。
「…妬いてる?」
「は?」
「シドーだけ敬語やめてって言ったから寂しかった?やだ~エミリも敬語なんていらないよ~」
そういえば、さっき一瞬だけど敬語が崩れていたそれは昔の名残だったんだ。
ほのかに顔を赤くするエミリに可愛いなと顔が緩む。そっか、私たちもそんな昔からの付き合いだったんだ。そんな友達に敬語で話されるなんてつらいよね、このまま昔みたいに戻れたらいいのに。
「シドーの家は、代々この国の騎士団長を務めているんです。今は、シドーのお父様がそうですわ。それで小さい頃からレア様の護衛のような形でそばにいて…」
「護衛…って私の?シドーはイチカの護衛じゃないの?」
「はい。今はそうですが、イチカさんの護衛になる前は実質レア様の専属騎士のようでしたわ」
少なくとも、高等科に上がられてからもおそばにおりましたし。
その言葉に目を見開く。シドーが、イチカの前はレアの護衛だった?チラリ、とアランを見ると静かにこちらを見守っていた彼と目があった。
「そうなの?」
「はい、私がレア様の護衛を務めるようになったのは最近です。シドー様がイチカ様の騎士として就任されまして」
なるほど、レアがイチカを嫌っていたのはこれも原因なのかもしれない。それにしてもゲームをしているときには知らなかった情報だ。シドーは初めからイチカの騎士で、レアとの関わりなんて一切なかった。
そこまでで何か引っかかるような気がして、私は首を捻った。
ゲームではレアとシドーとのやり取りなんて殆どない。嫌がらせで水をかけられそうになったところを庇ってもらったり、さきほどの『イベント』のときのように睨んではいたけれど会話のシーンなんてあっただろうか。そこで、私はふと思い出す。
嫌がらせをいつもの如く止められて、逆に、レアが泥をかぶってしまうシーンがあった。文字通り、顔や服を泥で汚したのだ。取り巻きが慌てて落とそうとしてくれる中、シドーはそれを見て「無様だな」と吐き捨てた。それに顔を真っ赤にさせたレアは、怒ってその場を後にするーーー。主人公側からすれば胸のすくシーンだが、いつものレアからすればそんな発言があれば怒って退学にさせたり上に言いつけたり、果ては打ち首ですらありえる。実際、レアを怒らせた者が一族ごと処分された、そんな話だってあったのだ。
それでもレアはあのとき少女のように顔を赤らめて去っていただけだった。もしもその背景に、幼馴染みであり護衛であった人に言われた一言であったのなら。あなただけは敬語を使わないでなんて、もしかすると好意すら寄せていた相手であったのかもーーー。
そう思うと、なんとも思わず過ぎ去っただけのワンシーンの裏がこれでもかと整合する。でも、ゲームの設定に二人がそんな関係であったなどと一切書かれていない。ならなぜ、死ぬ間際の夢としてこの世界を見ているだけかもしれない私にそんなことが分かる?
ガバッと、私は二人の存在なんか忘れて頭をかきむしった。今朝、綺麗にといてもらった髪がぐしゃぐしゃになる。
もしかして、これ夢じゃない?
最悪の想像が頭をよぎって、そこから私は二人にどんなに声をかけられても顔を上げられなかったのだった。
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