労働集約型労働者になっちゃだめだ

kudamonokozou

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入院中に遭遇したこと

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これからの話は、入院中のことである。

私は脳出血で入院したのだが、自分が脳出血だと知ったのは、入院してからひと月近く経ってからのことだった。
それまで医者は、私の病状について、何も告げなかったのである。

医者は毎朝、私の傷口の様子を見に来たが、それは、後輩の医者か医者の卵のような人を十人くらいぞろぞろ引き連れて、時間にするとほんの数十秒くらいの短いものであった。
傷口の糸はホッチキスの針のように太く、大げさに言うと、私の頭は怪物フランケンシュタインを連想させるほど見苦しいものであった。

私はこれから先、仕事に復帰できるかどうかを心配していたので、毎日リハビリのトレーニングをしてくれているリハビリ師の人に、「どうなりますかね。」と聞いてみた。
前述したように、私の予定年金額は思ったより少なく(「ねんきんネット」で調べてみた)、預金もたいして持ってなかったので、仕事を続けないと暮らしていけないと思ったからだ。

リハビリ師の人の返事は、「毎朝来ている医者に聞くべきです」ということだった。

さもありなんだが、毎朝の医者のチェックは数十秒くらいの非常に短いものだったので、うっかりしていると聞きそびれてしまう。
それでも思い切って二日続けて医者に聞いてみると、五、六日ほど経ったある日の夕方、医者が来て話をしてくれた。

これはリハビリ師の人だけでなく、私の病状を気にしてくれた看護師さんが口添えしてくれたらしかった。

手術前と後のCTスキャンの写真を見せられて、頭内に溜まっていた血がすっかりなくなっているし、手術は成功しているという説明をうけた。

それで結局、私が仕事を再開できるかどうかは、今後のリハビリの結果次第だという。
病状の回復は、順調に進んでいるということだ。

この時入院していた病院は、東京駅の近くにある大病院で、病室は個室であった。
どうやらほとんど(あるいは全部)の病室が個室のようだった。

手術後、ひと月ほどその病院に入院したのち、地元の大阪のリハビリ専門病院に転院することになった。

そして退院時に会計をしてびっくりしたのだが、差額ベッド代というのが、一日三万三千円かかるとのことであった。

差額ベッド代だけで月に約百万円かかったことになる。

『差額ベッド代』っていったい何だ?と、私はずいぶん疑問を感じたものである。
病室のグレードを下げて、差額ベッド代の無い病室に変えてほしかったと今更になって思った。
この大病院は、ほとんどの病室が、差額ベッド代のかかるハイグレードだったのであった。

「お金のことは心配しなくていいから。」
と、うそぶいていた女房であったが、実際はずいぶん預金残高は危ない状態であった。

保険金が下りるのは後になるので、病院での支払いは、今持っている口座からお金をかき集めて支払うことになった。

タクシーと新幹線を乗り継いで、無事帰阪してリハビリ専門病院に入院できた。
そこは一部屋四人の部屋で、隣はカーテンで仕切られているだけであった。

随分プライバシーがなくなったが、差額ベッド代が無いので、金銭的には落ち着ける状態になった。

他の患者は各自の空間の中で過ごしていて、比較的静かな病室であった。

しかし隣の患者が退院し、新しい患者が入ってきたことで、様相はがらりと変わってしまった。

新しい患者は、怒鳴り声とともに病室に入ってきた。
その患者は、自力ではベッドに上がれないのか、介護士さんが三人がかりで持ち上げてベッドに乗せてやっている。

その度ごとに大騒ぎになるのだが、一番うるさいのは、その患者の口だ。

自力では何もできないほど筋力はないくせに、口だけは良く動く。
しかもその汚い口から発せられる言葉は、罵声であった。

介護士さんたちはたいしたもので、その迷惑老人の罵声を聞かされても、
「はい、じゃあ持ち上げますからね。」
とか、優しい言葉で対応している。

この迷惑老人は、いったい誰に対して罵声を浴びせているのだろうか?

介護士さんたちがいなくなった後も、迷惑老人はぐだぐだと誰かの悪口を言い続けている。

こんな輩は相手にしないのが一番なのであるが、カーテンしか仕切りが無いので、どうしてもこの老人の汚い罵声が聞こえてくる。
こうなると私が最大の被害者である。
不愉快この上ない。

私はトイレに行くときに、カーテンの隙間からちらりと覗いてみたが、ぱっと見たところ、髪も髭もぼうぼうで、八十歳は優に超えていそうなやせ細ったみすぼらしい老人である。
本当に口以外は満足に動かせないようだ。

今までどうやって生きてきたのか、頗る不思議である。
どこかの支援団体が、生活保護の申請をしてやって、延命させて来たのだろうか。

今どきは、老人も皆携帯電話を持っていて、時々家族か誰かと通話をしているのをこの病院でも見かけるが、この迷惑老人にはそんな行動は全く見られなかった。
そもそも携帯電話を持っているとは思えない。
おそらく何の身寄りもないのであろう。

この迷惑老人は、体力がないせいか寝ている時間が多い。
それでも時々起きてくるので、その時は訳の分からない罵声をわめき散らすので、隣にいる私は甚だ閉口した。

この老人に生きている価値があるのだろうか。
罵声を聞かされるたびに、そういう思いが湧き上がってくる。

向かいのベッドにいる患者は、
「可哀そうになあ。あれじゃあ...」
と、迷惑老人を憐れに思って何か言っていた。私は残酷なようだが、ちっとも憐みの情を抱かなかった。

この迷惑老人は、寝てるか、罵声を撒き散らしているか、飯を食っているかだった。
それか用を足しているかだ。用を足す時にも、いちいち介護士さんをボタンで呼びつけて、ベッドから抱き上げてもらって車椅子に乗せてもらうのだった。
『こいつは自分で自分のケツをふけるのだろうか。』
私はおぞましい空想をしてしまい、気分が悪くなった。

介護士さんも大変だ。どれだけ余計な労力を払わされることか。
動く気力のない人間を持ち上げるのは重労働である。死体はものすごく重いとよく言われる。
『この男は何のために生きているのだろうか。』
正直、そう思った。

ところで、同じ病室の人の名前などあまり気にしていなかったのだが、ある時何気なく、入り口に掲げられている患者の氏名をじっくりと見てみた。
なんと、Fと同姓同名の患者がいた。ベッドの配置から見て、それはあの迷惑老人に違いなかった。
『へえー、そういうこともあるのだな。』
と、私は偶然の一致に少し気を動かしただけで、Fのことを思い起こしたわけではなかった。
もう、四十年以上音信不通なのだから、ほとんどFのことは忘れてしまっていた。

私はある日、あまりにも迷惑老人がやかましいので、
「静かにしろ!」
と、小声でカーテン越しに、声は小さいがどすの効いた調子で怒鳴って見た。
すると罵声が止んだ。
効果があったのかなと思って、やれやれと横になっていると、間もなくまた罵声が始まった。

『こいつはだめだ。』
私は介護士さんにお願いして、別の病室に変えてもらうことにした。
新しい病室においても、自前のコーヒーメーカーを持ち込んで、夜中にごそごそ起き出してコーヒーを淹れたり、介護士さんを時々怒鳴りつける身勝手な者がいたが、あの迷惑老人に比べたらずっとましなので、『馬鹿はほっとくべきだ。』と、我慢していた。

どうしても、勝手な人間はいくらかいるものだ。そういうのは職場にも必ずいた。

病室を変えてもらったおかげで、私はあの迷惑老人に悩まされることからは解放された。

やがて、この迷惑老人もリハビリ訓練を受けるようになったようで、時々リハビリフロアで見かけるようになった。
でも、まともな動きはできず、手足をぶらぶらさせているだけだった。

ある日のこと、私が言語のリハビリ訓練を受けているとき、迷惑老人も隣の部屋で言語の訓練を受けており、その罵声がこちらの部屋まで大きく響いてきて、私は思わず隣の部屋の壁をしばらく睨んでしまっていた。
リハビリ師が、
「あ、気にしないでください。気にしないでください。」
と言うので、正面に向き直ってリハビリ師の話に集中するようにしたが、内心腹立たしく思っていた。

また別の日のこと、運動のリハビリ訓練を受けていると、廊下の向こう側から、リハビリ師に支えられて歩行器で歩いてくる迷惑老人に出くわした。

『こんな奴の訓練なんてやっても無駄なのに。』
と私は、苦々しく迷惑老人の様子を横目で見ていた。

そして、ちらりと迷惑老人の顔を見たとき、私は激しい衝撃を受けて、一瞬その場に立ちすくんでしまった。
その迷惑老人の目は、まさしくFの目であったのだ。

『まさか、そんな馬鹿な。』
私は、人違いであると思いたかったが、Fの姓名は非常に珍しく、そうそう同姓同名の人がいるとは思えない。
そしてあの目が証拠だ。あの目だけはどうしても、この迷惑老人がF本人であることを物語っていた。

しかしそれにしても、Fはどうやってこの地に流れ着いたのだろうか。
東京にいるものだと思っていた。小説家になるのなら、東京が便利だろう。

それにしても老けすぎている。若く見積もっても八十歳過ぎの老人にしか見えない。それにあの筋力のなさは異常だ。あれではまともな生活はできない。よく今まで生きてきたものだと思う。
どれだけ不摂生を重ねたのだろうかと、呆れてしまうほど情けない身体だ。

『人は何のために生きるのか。それを考えようとしない奴は屍と同じだよ。』
Fの言葉が私の脳裏に蘇った。

『お前が、まさに屍ではないか。』
私は心の中で、Fに対してそう叫んだ。

私は、Fに話しかけることはしなかった。話をしても、まともな会話はできそうにない状態だ。おそらく私のことも分からないであろう。

そして私は、退院して家に戻った。

幸いなことに、女房の両親が相次いで亡くなり、その遺産が思ったよりあったみたいで、女房も私に働くことを強いなかった。特にお義母さんの遺産が多かったようだ。お義母さんは八十歳過ぎまで、公園の掃除の仕事をしており、自分は何の贅沢もせず、娘のためにお金を残してくれたのだった。母は強しである。
お義母さんは非常に元気だったのだが、あるワクチンを接種したとたんに具合が悪くなり、まもなく亡くなってしまった。

私の両親は既に亡くなっており、その遺産は意外にずいぶん少なかった。

私は、旅行は無論、外食もほとんど行かず、肉や魚などスーパーの割引品を目ざとく見つけて、自炊をする日々を送っている。買い物以外、めったに出かけない。

開頭手術を受けた影響だろうが、今でも歩いているとき、突然ふらつく。
でもお陰様で、私は杖をつかずに歩けている。
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