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消えて現れてまた消えた娘(解決編)
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まず両国の見世物小屋に行って、女軽業師がどこにいるかと聞くと、
「ああ、菊風は今日は休みだよ。本当に迷惑なこった。」
と小屋のおやじは、不機嫌そうにぷいと横を向いてしまったので、いくらかの銭を渡して菊風の家を教えてもらいました。
菊風の家にたどり着くと、まずお松が声をかけました。
「あいすみません。善次郎さんの使いで参ったのですが。」
戸が開き、ひ弱そうな男がぼやっと立っていました。
「善次郎の?」
と声を上げたのは、ひ弱そうな男の奥で、布団に寝ている女です。女は、右足首を濡れた布で冷やしておりました。
「お松さん、ぬかるなよ!」
と掛け声をかけて、ワン七はさっと部屋に上がり込んで、押し入れの戸をガラっと開けました。
「何すんだよ!」
と菊風は、押し入れを開けさせまいともがきましたが、足首の痛みが酷く、ろくに動くことができませんでした。
押し入れの中には、両手両足を縛られ、猿轡をかまされたお藤がぐったりしておりました。
ワン七が猿轡を取ってやると、お藤は「ああ。」と声を出しました。
「しめた、まだ大丈夫だ。」
お松は男を土間に押し倒して、片腕を捻じ曲げて動けなくさせていました。男には、抵抗する気は全く失せていました。
ワン七がお藤の縄をほどくと、お藤はやっと体を動かし押し入れから這い出しました。
お藤は、粗末な着物に着替えさせられていました。
壁にはお藤が着ていた、桃色の着物が掛けてありました。
「畜生、足さえ痛めてなければ、おまえなんかに、おまえなんかに!」
菊風はたいそう悔しがって、負け惜しみを言い続けました。
「おまえなんかに?その様子だと菊風姉さんは、俺のことを知ってるな。そうさ、俺はワン七だ。世の中が変わって、俺はもう十手持ちじゃねえ。だけど聞きたいことがある。おまえさんは若番頭の善次郎と良い仲になっていた。ところがいつもの茶屋で、善次郎が出てくるのを見かけた。あれ、と思って見ていると、しばらく後からお藤さんが出てきた。癇癪を起こしたおまえさんは、お藤さんに『おかみさんが大けがをした』とか何とかうまくだまして、まんまと籠に乗せてここに連れてきて家の中に閉じ込めた。」
「ああ、そうだよ。」
と菊風は、ぶっきらぼうに答えました。
「おまえさんはお藤さんから、店の間取りや、お金が奥の間のたんすにしまってあることや、庭に石灯籠が立っていることなど、色々細かく聞き出した。それでお藤さんに成りすまして、店の金を奪おうと企んだ。おかみさんを当身で倒して、自慢の軽業で石灯籠を踏み台にして塀を飛び越えようとしたが、忍び返しにつまづいて塀から下りるときに足を挫いてしまった。用意していた雪駄に履き替えて何とか戻ってきたが、足の腫れがだんだんひどくなっていき、それきり寝っ転がっているというわけだ。」
「だいたいその通りだが、金が欲しかったんじゃない。あの浮気野郎に一泡ふかせたかったんだ。」
「けっ、罪作りな色男だな。本当はひっぱたいてやりたいくらいだ。ところで、その着物と盗んだ金は返してもらうよ。」
菊風はすっかり神妙になって、俯いておりました。
「ところでな、今回のことを誰にも他言しないことを約束してくれれば、菊風姉さんをお上に突き出さなくしてやってもいいんだぜ。」
とワン七が、菊風を横目で見ながら言いました。
「お金かい?あの男に貢んじまったから、金なんてねえよ。」
「いや、そうじゃねえ。店の信用というやつよ。お上にあれこれ調べられると、暖簾に傷がつくからな。」
「本当かい、本当に牢屋に入らなくてもいいのかい。」
「本当だ。ただし、絶対に他言しないというのが約束だ。もし破ったら、俺はすぐにおまえを牢屋にぶち込む。」
「分かった。約束する。」
こうして事件は収まりました。
ところで、菊風の顔をよく見ると、もう三十歳くらいの年齢だなと、ワン七もお松も思いました。
お藤より、十以上も年上です。善次郎は二十三歳くらいでしょう。
ひ弱そうな男は、菊風の弟でした。菊風は、弟の面倒も見てやっているのでした。
菊風も、色々苦労してきたのでしょう。
お虎の家では、お藤の帰りを手放しで喜びましたが、
「ずるい男に、二度と騙されるんじゃないよ。」
とお虎は一言、お藤に釘を刺しました。
さて、善次郎は物置から引っ張り出されて、主のお嬢さんに手を出した科で、即刻暇を出されたわけですが、どういうわけか善次郎の顔は変形するほどひどく腫れあがり、前歯が欠けておりました。
色男も台無しです。
そしてお虎は、善次郎を無一文にして「二度と顔を見せるんじゃないよ!」と脅して、勝手口から放り出しました。
『恐ろしい人だな。』とワン七は、心底感じました。
「ああ、菊風は今日は休みだよ。本当に迷惑なこった。」
と小屋のおやじは、不機嫌そうにぷいと横を向いてしまったので、いくらかの銭を渡して菊風の家を教えてもらいました。
菊風の家にたどり着くと、まずお松が声をかけました。
「あいすみません。善次郎さんの使いで参ったのですが。」
戸が開き、ひ弱そうな男がぼやっと立っていました。
「善次郎の?」
と声を上げたのは、ひ弱そうな男の奥で、布団に寝ている女です。女は、右足首を濡れた布で冷やしておりました。
「お松さん、ぬかるなよ!」
と掛け声をかけて、ワン七はさっと部屋に上がり込んで、押し入れの戸をガラっと開けました。
「何すんだよ!」
と菊風は、押し入れを開けさせまいともがきましたが、足首の痛みが酷く、ろくに動くことができませんでした。
押し入れの中には、両手両足を縛られ、猿轡をかまされたお藤がぐったりしておりました。
ワン七が猿轡を取ってやると、お藤は「ああ。」と声を出しました。
「しめた、まだ大丈夫だ。」
お松は男を土間に押し倒して、片腕を捻じ曲げて動けなくさせていました。男には、抵抗する気は全く失せていました。
ワン七がお藤の縄をほどくと、お藤はやっと体を動かし押し入れから這い出しました。
お藤は、粗末な着物に着替えさせられていました。
壁にはお藤が着ていた、桃色の着物が掛けてありました。
「畜生、足さえ痛めてなければ、おまえなんかに、おまえなんかに!」
菊風はたいそう悔しがって、負け惜しみを言い続けました。
「おまえなんかに?その様子だと菊風姉さんは、俺のことを知ってるな。そうさ、俺はワン七だ。世の中が変わって、俺はもう十手持ちじゃねえ。だけど聞きたいことがある。おまえさんは若番頭の善次郎と良い仲になっていた。ところがいつもの茶屋で、善次郎が出てくるのを見かけた。あれ、と思って見ていると、しばらく後からお藤さんが出てきた。癇癪を起こしたおまえさんは、お藤さんに『おかみさんが大けがをした』とか何とかうまくだまして、まんまと籠に乗せてここに連れてきて家の中に閉じ込めた。」
「ああ、そうだよ。」
と菊風は、ぶっきらぼうに答えました。
「おまえさんはお藤さんから、店の間取りや、お金が奥の間のたんすにしまってあることや、庭に石灯籠が立っていることなど、色々細かく聞き出した。それでお藤さんに成りすまして、店の金を奪おうと企んだ。おかみさんを当身で倒して、自慢の軽業で石灯籠を踏み台にして塀を飛び越えようとしたが、忍び返しにつまづいて塀から下りるときに足を挫いてしまった。用意していた雪駄に履き替えて何とか戻ってきたが、足の腫れがだんだんひどくなっていき、それきり寝っ転がっているというわけだ。」
「だいたいその通りだが、金が欲しかったんじゃない。あの浮気野郎に一泡ふかせたかったんだ。」
「けっ、罪作りな色男だな。本当はひっぱたいてやりたいくらいだ。ところで、その着物と盗んだ金は返してもらうよ。」
菊風はすっかり神妙になって、俯いておりました。
「ところでな、今回のことを誰にも他言しないことを約束してくれれば、菊風姉さんをお上に突き出さなくしてやってもいいんだぜ。」
とワン七が、菊風を横目で見ながら言いました。
「お金かい?あの男に貢んじまったから、金なんてねえよ。」
「いや、そうじゃねえ。店の信用というやつよ。お上にあれこれ調べられると、暖簾に傷がつくからな。」
「本当かい、本当に牢屋に入らなくてもいいのかい。」
「本当だ。ただし、絶対に他言しないというのが約束だ。もし破ったら、俺はすぐにおまえを牢屋にぶち込む。」
「分かった。約束する。」
こうして事件は収まりました。
ところで、菊風の顔をよく見ると、もう三十歳くらいの年齢だなと、ワン七もお松も思いました。
お藤より、十以上も年上です。善次郎は二十三歳くらいでしょう。
ひ弱そうな男は、菊風の弟でした。菊風は、弟の面倒も見てやっているのでした。
菊風も、色々苦労してきたのでしょう。
お虎の家では、お藤の帰りを手放しで喜びましたが、
「ずるい男に、二度と騙されるんじゃないよ。」
とお虎は一言、お藤に釘を刺しました。
さて、善次郎は物置から引っ張り出されて、主のお嬢さんに手を出した科で、即刻暇を出されたわけですが、どういうわけか善次郎の顔は変形するほどひどく腫れあがり、前歯が欠けておりました。
色男も台無しです。
そしてお虎は、善次郎を無一文にして「二度と顔を見せるんじゃないよ!」と脅して、勝手口から放り出しました。
『恐ろしい人だな。』とワン七は、心底感じました。
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