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踊りの師匠とアオダイショウ(展開編)
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「最初に見つけたのは、住み込みで働いているこの女中さんだ。」
と斎藤新八は女中のお年をワン七に引き合わせました。まだ十五歳くらいの若い女でした。
「ですから朝起きたら、おかみさんがその部屋で寝転がっていたので、起こそうとしたらもう動かなくなっていたんですよ。私、きゃっ、と悲鳴を上げたんですが、その時あの蛇が部屋から庭へ這い出ていくのを見たんです。」
とお年は、自分からべらべらしゃべりました。
「昨夜のことは何も見ていないのかい。」
とワン七は尋ねました。
「あたしは、毎日こき使われて泥のように寝てしまうので、昨夜のことは何も知りません。」
とお年は、つんとして答えました。
「昨夜のことじゃなくても、お師匠さんはアオダイショウを家の中に入れたことはなかったかい。」
とワン七が尋ねました。
「そうなんですよ。おかみさんは時々蛇を台所に入れて、ネズミを捕らせてました。この間なんて畳の上にまで上げて、気持ち悪いったらありゃしない。」
「ほう、蛇を。蛇以外に部屋に上げたものは誰がいるかい。」
「そりゃあ、旦那さん方ですよ。」
「旦那は何人くらいいた。どんなやつがいたのかい。」
とここで、お年は小声になって上官を指さして言いました。
「例えば、あの人ですよ。あの人は元々は商人で、金で今の役職を買ったという評判ですからね。」
これには、ワン七も斎藤新八も苦笑いしました。
他の旦那衆は、皆大店の主人など、地位の高い老人ばかりなので、人殺しをするようには思えません。
「他にはいねえのかい。博打を打つようなやつとか。」
「おかみさんは、金をたくさん持っている男にしか興味が無いんですよ。踊りのお弟子さんたちも、たまに部屋に上げますよ。お弟子さんたちは、大店の若旦那ばかりですからね。でもお目当ては、歌女美師匠ですよ。」
「え、他にもお師匠さんがいるのかい。」とワン七は少し驚きました。
「もっぱら稽古をつけるのは、歌女美師匠ですよ。歌女美師匠はとても筋がいいんです。それに若くてとても美人だから、お弟子さんがいっぱい付いています。歌女美師匠はおかみさんの姪なんですけど、何年か前におかみさんは強引に娘分にしちゃって、こき使っているんです。でも体が弱くて、近頃は奥の間で寝ています。」
「おいおい、そんな話は初めて聞いたぞ。」
と斎藤新八が驚いたように言いましたが、お年は、
「あの偉そうにしてる人が、『犯人はアオダイショウに間違いない』と言って、話を打ち切ってしまいましたので話せなかったんですよ。」
と答えました。斎藤新八はいまいましそうに舌打ちをしました。
「で、おかみさんは今までに、若旦那とどんな話をしていたのか知ってるかい。」
「ところどころしか聞こえなかったんですけど、『自分の娘をどうしようがあんたの知ったことじゃない』とか、『小商人の道楽息子が何のぼせ上ってんだい』とか、『娘は大藩の偉い方に囲われるんだ』とか、ずいぶん揉めていました。」
「で、若旦那は何と言った。」
「『歌女美師匠はこのままでは倒れてしまう。頼むから養生に出させてくれ』とか、『歌女美師匠は囲い者なんかにされたら死んでしまうと嘆いている。考え直してくれ。』とか、おかみさんに泣きついていました。」
「うーむ、でそんなことを言いに来た若旦那は何人いた?」
「そうですねえ、三人、四人、いや五人かな。」
「斎藤さん、とにかく歌女美師匠の様子を見に行きましょう。」
「ほんとうに、とんだ手抜かりだ。面目ない。」
二人はお年さんに案内されて、奥の間に入りました。
部屋では、歌女美師匠が布団の中でじっとしていました。
「あれ、すみません。こんな格好で。」
と歌女美師匠は起き上がることも難しく、声も弱々しいものでした。
「こんな時にこういっちゃあ何だが、もう心配することは無い。囲い者の話はもう無いだろう。精々元気になることだ。」
とワン七は歌女美師匠を励ましました。
二人は部屋を後にして、今後の捜査について相談しました。
「歌女美師匠に人を殺すことはとうてい無理ですね。お年さんも口は軽いが正直者なので、外していいでしょう。」
「そうすると、若旦那の誰かの仕業か。」
「斎藤さん、お弟子さんたちを全員集めてくれませんか。首実検をしましょう。」
「首実検!誰が鑑定するんだ?あ、もしかしてアオダイショウの居場所を知ってるのか。」
そう話しながら二人は庭に出ました。庭では巡査たちが、アオダイショウがいないかと草むらや穴の中を懸命に探しています。
そんな巡査たちを後目に、
「あそこです。」
と言って、ワン七は高い木の上を指さしました。
「何、木の上?俺にはさっぱり見えないがなあ。」
「あっしには、においで分かるんです。斎藤さん、あっしを負ぶってこの木をのぼってもらえませんか。」
『なるほど、ワン七の鼻は特殊だった。』
と斎藤新八は感心しながら、ワン七を負ぶってするすると木の上にのぼっていきました。
剣豪は、木登りも上手いのです。
登ってみて分かりました。木の枝にアオダイショウがうまい具合に絡みついて、枝の一部みたいに見えるのです。
「なあるほど、うまく化けたもんだ。」
と斎藤新八は感心しました。
「あらあら、私を捕まえに来たのかい。私はこの家の守り神ですよ。守り神が家の主を絞め殺すわけないじゃありませんか。私は朝まで主の弔いをしていたのです。」
アオダイショウは身の潔白を言い張りました。
ワン七は率直に問いかけました。
「ちげえねえ。確かにあんたはこの家の守り神だ。その守り神に聞くが、昨夜この家の主を絞め殺した奴の顔を見たかい?」
「ええ、見ましたよ。」
とアオダイショウがはっきり言ったので、ワン七と斎藤新八は顔を見合わせました。
「そいつの顔をもう一度見たら分かるかい。」
「ええ、分かりますよ。夜更けに若い町人風の男が二人来ましたよ。あっという間におかみさんの首を締めあげて、それから悔しいじゃありませんか。どうやって手に入れたのか、私の脱ぎ捨てた皮を持って来ていて、おかみさんの首にぐいぐい押し付けたんです。私に濡れ衣を着せようとしたんですよ。」
「アオダイショウの姉さん、最近脱皮をなさったんですか。」
「そうよ、どう、綺麗になったでしょ。」
とアオダイショウは、ポーズを取りました。
アオダイショウに見せれば犯人が分かりますので、斎藤新八は踊りの弟子の若旦那たちを全員庭に集めました。
と斎藤新八は女中のお年をワン七に引き合わせました。まだ十五歳くらいの若い女でした。
「ですから朝起きたら、おかみさんがその部屋で寝転がっていたので、起こそうとしたらもう動かなくなっていたんですよ。私、きゃっ、と悲鳴を上げたんですが、その時あの蛇が部屋から庭へ這い出ていくのを見たんです。」
とお年は、自分からべらべらしゃべりました。
「昨夜のことは何も見ていないのかい。」
とワン七は尋ねました。
「あたしは、毎日こき使われて泥のように寝てしまうので、昨夜のことは何も知りません。」
とお年は、つんとして答えました。
「昨夜のことじゃなくても、お師匠さんはアオダイショウを家の中に入れたことはなかったかい。」
とワン七が尋ねました。
「そうなんですよ。おかみさんは時々蛇を台所に入れて、ネズミを捕らせてました。この間なんて畳の上にまで上げて、気持ち悪いったらありゃしない。」
「ほう、蛇を。蛇以外に部屋に上げたものは誰がいるかい。」
「そりゃあ、旦那さん方ですよ。」
「旦那は何人くらいいた。どんなやつがいたのかい。」
とここで、お年は小声になって上官を指さして言いました。
「例えば、あの人ですよ。あの人は元々は商人で、金で今の役職を買ったという評判ですからね。」
これには、ワン七も斎藤新八も苦笑いしました。
他の旦那衆は、皆大店の主人など、地位の高い老人ばかりなので、人殺しをするようには思えません。
「他にはいねえのかい。博打を打つようなやつとか。」
「おかみさんは、金をたくさん持っている男にしか興味が無いんですよ。踊りのお弟子さんたちも、たまに部屋に上げますよ。お弟子さんたちは、大店の若旦那ばかりですからね。でもお目当ては、歌女美師匠ですよ。」
「え、他にもお師匠さんがいるのかい。」とワン七は少し驚きました。
「もっぱら稽古をつけるのは、歌女美師匠ですよ。歌女美師匠はとても筋がいいんです。それに若くてとても美人だから、お弟子さんがいっぱい付いています。歌女美師匠はおかみさんの姪なんですけど、何年か前におかみさんは強引に娘分にしちゃって、こき使っているんです。でも体が弱くて、近頃は奥の間で寝ています。」
「おいおい、そんな話は初めて聞いたぞ。」
と斎藤新八が驚いたように言いましたが、お年は、
「あの偉そうにしてる人が、『犯人はアオダイショウに間違いない』と言って、話を打ち切ってしまいましたので話せなかったんですよ。」
と答えました。斎藤新八はいまいましそうに舌打ちをしました。
「で、おかみさんは今までに、若旦那とどんな話をしていたのか知ってるかい。」
「ところどころしか聞こえなかったんですけど、『自分の娘をどうしようがあんたの知ったことじゃない』とか、『小商人の道楽息子が何のぼせ上ってんだい』とか、『娘は大藩の偉い方に囲われるんだ』とか、ずいぶん揉めていました。」
「で、若旦那は何と言った。」
「『歌女美師匠はこのままでは倒れてしまう。頼むから養生に出させてくれ』とか、『歌女美師匠は囲い者なんかにされたら死んでしまうと嘆いている。考え直してくれ。』とか、おかみさんに泣きついていました。」
「うーむ、でそんなことを言いに来た若旦那は何人いた?」
「そうですねえ、三人、四人、いや五人かな。」
「斎藤さん、とにかく歌女美師匠の様子を見に行きましょう。」
「ほんとうに、とんだ手抜かりだ。面目ない。」
二人はお年さんに案内されて、奥の間に入りました。
部屋では、歌女美師匠が布団の中でじっとしていました。
「あれ、すみません。こんな格好で。」
と歌女美師匠は起き上がることも難しく、声も弱々しいものでした。
「こんな時にこういっちゃあ何だが、もう心配することは無い。囲い者の話はもう無いだろう。精々元気になることだ。」
とワン七は歌女美師匠を励ましました。
二人は部屋を後にして、今後の捜査について相談しました。
「歌女美師匠に人を殺すことはとうてい無理ですね。お年さんも口は軽いが正直者なので、外していいでしょう。」
「そうすると、若旦那の誰かの仕業か。」
「斎藤さん、お弟子さんたちを全員集めてくれませんか。首実検をしましょう。」
「首実検!誰が鑑定するんだ?あ、もしかしてアオダイショウの居場所を知ってるのか。」
そう話しながら二人は庭に出ました。庭では巡査たちが、アオダイショウがいないかと草むらや穴の中を懸命に探しています。
そんな巡査たちを後目に、
「あそこです。」
と言って、ワン七は高い木の上を指さしました。
「何、木の上?俺にはさっぱり見えないがなあ。」
「あっしには、においで分かるんです。斎藤さん、あっしを負ぶってこの木をのぼってもらえませんか。」
『なるほど、ワン七の鼻は特殊だった。』
と斎藤新八は感心しながら、ワン七を負ぶってするすると木の上にのぼっていきました。
剣豪は、木登りも上手いのです。
登ってみて分かりました。木の枝にアオダイショウがうまい具合に絡みついて、枝の一部みたいに見えるのです。
「なあるほど、うまく化けたもんだ。」
と斎藤新八は感心しました。
「あらあら、私を捕まえに来たのかい。私はこの家の守り神ですよ。守り神が家の主を絞め殺すわけないじゃありませんか。私は朝まで主の弔いをしていたのです。」
アオダイショウは身の潔白を言い張りました。
ワン七は率直に問いかけました。
「ちげえねえ。確かにあんたはこの家の守り神だ。その守り神に聞くが、昨夜この家の主を絞め殺した奴の顔を見たかい?」
「ええ、見ましたよ。」
とアオダイショウがはっきり言ったので、ワン七と斎藤新八は顔を見合わせました。
「そいつの顔をもう一度見たら分かるかい。」
「ええ、分かりますよ。夜更けに若い町人風の男が二人来ましたよ。あっという間におかみさんの首を締めあげて、それから悔しいじゃありませんか。どうやって手に入れたのか、私の脱ぎ捨てた皮を持って来ていて、おかみさんの首にぐいぐい押し付けたんです。私に濡れ衣を着せようとしたんですよ。」
「アオダイショウの姉さん、最近脱皮をなさったんですか。」
「そうよ、どう、綺麗になったでしょ。」
とアオダイショウは、ポーズを取りました。
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