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第11話 いわくつき外デート・その1
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午後一時。
朝からどこかへ出掛けて戻って来た先生に「ドライブに行くぞ」と言われた時、俺は気絶するかと思うほど驚いてしまった。
先生とドライブ──。
休日でも全く外に出ないし車も持っていないのに。あの夜城先生が、車の免許という大人の男の代名詞ともいえるシロモノを持っていただなんて。
「中古だが車も買ったぞ。黎人、ドライブに連れてってやる」
「う、うわ……うわあぁ、めちゃくちゃ嬉しいです! 先生とドライブなんて! 先生の愛車の助手席に、俺が一番に乗れるなんて!」
「中古だから一番じゃねえが、まあそんなに喜ばれると悪い気はしねえな。支度して来い」
「はいっ!」
*
黒のセダンという先生らしい車は、中古とは思えないほど綺麗でカッコ良かった。
そしてその運転席でハンドルを握る先生もカッコ良かった。ペーパードライバーだったので若干不安ではあるが、例え事故ったとしても先生と一緒ならもうそれでいい。
「先生、何か音楽かけますか? 俺のスマホ繋げられるかな?」
「音楽とかラジオはかけない方がいいと言われてな。雑音みたいな声が混じるそうだ」
「そ、そうですか……」
別に音楽がなくても先生との会話があれば問題ない。
ダッシュボードの下に伸びる先生の長い脚。力強くアクセルを踏む男らしさ。先生が日本の交通ルールを理解しているということにすら感動してしまい、俺はニマニマしながら運転する先生の横顔を見つめ続けた。
「どこに行くんですか? 一応聞きますけど、心霊スポットじゃないですよね?」
「いい所だ。夜景が綺麗で、カップルにお勧めだと雑誌に書いてあった」
「先生がそういう雑誌読んでるのも驚きです。……でも先生、カーナビ付いてるのに使わなくていいんですか?」
「変な男の呻き声が入るそうだ。ナビも途中から機能しなくなって、男が自殺した森に誘導されるらしい」
「そ、そうなんですか……」
なかなかの逸品を購入したらしい。相当安かったんじゃないだろうか。
「何か感じるか、黎人?」
「うーん……。今は、特には……ていうかドライブの嬉しさの方が強くて、全然霊感働いてませんでした」
「お祓いってヤツもしたそうだし、黎人を巻き込んだら承知しねえとは言ってあるから、事故は起きねえと思うが」
……本当に大丈夫だろうか。
「ま、まあ俺も何かあったら話してみます。今はドライブを楽しみましょう!」
そうなのだ、今日は記念すべき初めてのドライブデート。しかも夜景スポットに連れて行ってくれるという、トキメキしかない夜が約束されている。
先生との大事な時間を邪魔されては敵わない。とはいえ霊を怒らせるのはデメリットしかないので、なるべく優しく、優しく……
──お願いしますから、今日は無事に過ごさせて下さいね。何か訴えたいことがあれば後日聞きますから。
一言そう念じて、俺は再び先生の横顔に目を向けた。
*
先生が連れて来てくれた「丘の上の星空公園」は、平日でも人で賑わっていた。
展望台。空が見えるレストラン。お土産売り場に、映え映えの写真スポット多数。
「……女の子が多いですね。あと、男女カップル」
「お呼びでねえって感じだな、俺達は……」
「──いや、いいんです! 今日は俺と先生の初めてのドライブ&夜景デートなんですから!」
気合いを入れて、俺は先生と腕を組もうとして──やめた。危ない危ない、つい家デートの癖で先生にくっついてしまいそうだった。
俺はどんなに好奇の目で見られても構わないけど、先生が後ろ指をさされるのは嫌だ。外だということを自覚して、節度を持って行動しないと。
「腹減ったな。昼飯にしては遅いが、晩飯には早いから迷うな」
「空が近いレストランですから、夕陽を見ながらの食事も良さそうですね」
「そんじゃ飯の時間までに、何か軽いモンだけ食っとくか」
「揚げたてドーナツのお店がありますよ、先生!」
「それだ」
家で過ごすのも大好きだけど、やっぱりこうしてどこかへ出掛けるのも最高だ。
ココアドーナツを食べて、コーラを飲んで、展望台で最高の景色を見て。
それからお土産売り場で、先生がペアのマグカップを買ってくれた。青空の柄になっていて、温かい飲み物を入れると星空に絵柄が変わるというお洒落な物だ。
夕陽が沈み始めたら、空のレストランで少し早めのディナー。先生は牛丼が食いてえと言っていたけれど、俺はガラスの壁の向こうに見える最高の夕陽と「渡り蟹のトマトクリームパスタ」に大満足だった。
「先生、俺凄く幸せです。先生と二人でこんな綺麗な夕陽が見れて……生きてて良かった」
「大袈裟だな、家の窓から見える夕陽と同じじゃねえか?」
「……うーん、先生のそういうとこも嫌いじゃないです」
何をロマンチックと思うかは人それぞれなので、先生が俺と同じ気持ちでなくても構わない。
それに、お楽しみは夕陽ではなく夜景なのだ。
「よし、行くぞ黎人」
レストランを出た時には、空はもう暗くなっていた。いよいよ百万ドルの夜景タイム──公園のベンチに先生と寄り添って座り、お金では買えない最高のひと時を共有するのだ。
「……って、あれ? 先生、どこ行くんですか? 夜景スポットは丘の公園の方ですよ」
駐車場に向かおうとする先生に慌てて言うと、
「いや、そっちはカップルが多すぎるだろ」
サラッとした答えが返ってきた。
一体、どこに行くんだろう。
*
例の車に乗って、丘の上より更に上へ上へと登って行く。気付けば辺りは鬱蒼とした森のようになっていて、だいぶ山の中まで来てしまったのだということが分かった。
「先生、何だか不穏な空気が漂ってきてます……」
「マジのやつか?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど……迷子になりません? こんな山奥まで来ちゃって大丈夫ですか?」
「一本道だから平気だ。もう少し我慢しろ」
とは言うものの、この車のいわくもあって少し怖くなってきた。もしかして昼間言っていた「男が自殺した現場に誘導される」的なものが発動しているのでは……。
更に十分ほど走ったところで、ようやく先生が車を停めた。
「着いたぞ、見てみろ」
どこに着いたのだろう。恐る恐る車の窓に顔を向けると、そこには──
「あっ……」
信じられない光景が広がっていた。
百万ドルの夜景。そして見上げれば、満天の星空。ダイヤモンドの欠片達が、上にも下にも散りばめられている。
開けた場所に停めた車。車内から見る絶景の夜。先生と二人きり……
「すごい……」
「あの公園からだと星空までは曇って見えねえからな。どうだ、俺を信じて良かったろ」
「先生……!」
感極まった俺は慌ててシートベルトを外し、運転席の先生に抱きついた。
「先生、大好きです……本当に嬉しい、ありがとうございます……!」
「このために車買ったんだ。喜んでもらえて安心したぞ」
ああ、俺は愛されている。
ちょっと変わってるし普段はナマケモノの如くダラダラしているけれど、夜城先生は俺の、最高の恋人だ。
「先生、……」
「夜景見なくていいのか?」
「……見ながらしたいです」
ふっと笑いを零して、先生が俺の背中を優しく叩いた。
「後部座席の方が良さそうだな、移動するぞ」
続く!
第11話・終
朝からどこかへ出掛けて戻って来た先生に「ドライブに行くぞ」と言われた時、俺は気絶するかと思うほど驚いてしまった。
先生とドライブ──。
休日でも全く外に出ないし車も持っていないのに。あの夜城先生が、車の免許という大人の男の代名詞ともいえるシロモノを持っていただなんて。
「中古だが車も買ったぞ。黎人、ドライブに連れてってやる」
「う、うわ……うわあぁ、めちゃくちゃ嬉しいです! 先生とドライブなんて! 先生の愛車の助手席に、俺が一番に乗れるなんて!」
「中古だから一番じゃねえが、まあそんなに喜ばれると悪い気はしねえな。支度して来い」
「はいっ!」
*
黒のセダンという先生らしい車は、中古とは思えないほど綺麗でカッコ良かった。
そしてその運転席でハンドルを握る先生もカッコ良かった。ペーパードライバーだったので若干不安ではあるが、例え事故ったとしても先生と一緒ならもうそれでいい。
「先生、何か音楽かけますか? 俺のスマホ繋げられるかな?」
「音楽とかラジオはかけない方がいいと言われてな。雑音みたいな声が混じるそうだ」
「そ、そうですか……」
別に音楽がなくても先生との会話があれば問題ない。
ダッシュボードの下に伸びる先生の長い脚。力強くアクセルを踏む男らしさ。先生が日本の交通ルールを理解しているということにすら感動してしまい、俺はニマニマしながら運転する先生の横顔を見つめ続けた。
「どこに行くんですか? 一応聞きますけど、心霊スポットじゃないですよね?」
「いい所だ。夜景が綺麗で、カップルにお勧めだと雑誌に書いてあった」
「先生がそういう雑誌読んでるのも驚きです。……でも先生、カーナビ付いてるのに使わなくていいんですか?」
「変な男の呻き声が入るそうだ。ナビも途中から機能しなくなって、男が自殺した森に誘導されるらしい」
「そ、そうなんですか……」
なかなかの逸品を購入したらしい。相当安かったんじゃないだろうか。
「何か感じるか、黎人?」
「うーん……。今は、特には……ていうかドライブの嬉しさの方が強くて、全然霊感働いてませんでした」
「お祓いってヤツもしたそうだし、黎人を巻き込んだら承知しねえとは言ってあるから、事故は起きねえと思うが」
……本当に大丈夫だろうか。
「ま、まあ俺も何かあったら話してみます。今はドライブを楽しみましょう!」
そうなのだ、今日は記念すべき初めてのドライブデート。しかも夜景スポットに連れて行ってくれるという、トキメキしかない夜が約束されている。
先生との大事な時間を邪魔されては敵わない。とはいえ霊を怒らせるのはデメリットしかないので、なるべく優しく、優しく……
──お願いしますから、今日は無事に過ごさせて下さいね。何か訴えたいことがあれば後日聞きますから。
一言そう念じて、俺は再び先生の横顔に目を向けた。
*
先生が連れて来てくれた「丘の上の星空公園」は、平日でも人で賑わっていた。
展望台。空が見えるレストラン。お土産売り場に、映え映えの写真スポット多数。
「……女の子が多いですね。あと、男女カップル」
「お呼びでねえって感じだな、俺達は……」
「──いや、いいんです! 今日は俺と先生の初めてのドライブ&夜景デートなんですから!」
気合いを入れて、俺は先生と腕を組もうとして──やめた。危ない危ない、つい家デートの癖で先生にくっついてしまいそうだった。
俺はどんなに好奇の目で見られても構わないけど、先生が後ろ指をさされるのは嫌だ。外だということを自覚して、節度を持って行動しないと。
「腹減ったな。昼飯にしては遅いが、晩飯には早いから迷うな」
「空が近いレストランですから、夕陽を見ながらの食事も良さそうですね」
「そんじゃ飯の時間までに、何か軽いモンだけ食っとくか」
「揚げたてドーナツのお店がありますよ、先生!」
「それだ」
家で過ごすのも大好きだけど、やっぱりこうしてどこかへ出掛けるのも最高だ。
ココアドーナツを食べて、コーラを飲んで、展望台で最高の景色を見て。
それからお土産売り場で、先生がペアのマグカップを買ってくれた。青空の柄になっていて、温かい飲み物を入れると星空に絵柄が変わるというお洒落な物だ。
夕陽が沈み始めたら、空のレストランで少し早めのディナー。先生は牛丼が食いてえと言っていたけれど、俺はガラスの壁の向こうに見える最高の夕陽と「渡り蟹のトマトクリームパスタ」に大満足だった。
「先生、俺凄く幸せです。先生と二人でこんな綺麗な夕陽が見れて……生きてて良かった」
「大袈裟だな、家の窓から見える夕陽と同じじゃねえか?」
「……うーん、先生のそういうとこも嫌いじゃないです」
何をロマンチックと思うかは人それぞれなので、先生が俺と同じ気持ちでなくても構わない。
それに、お楽しみは夕陽ではなく夜景なのだ。
「よし、行くぞ黎人」
レストランを出た時には、空はもう暗くなっていた。いよいよ百万ドルの夜景タイム──公園のベンチに先生と寄り添って座り、お金では買えない最高のひと時を共有するのだ。
「……って、あれ? 先生、どこ行くんですか? 夜景スポットは丘の公園の方ですよ」
駐車場に向かおうとする先生に慌てて言うと、
「いや、そっちはカップルが多すぎるだろ」
サラッとした答えが返ってきた。
一体、どこに行くんだろう。
*
例の車に乗って、丘の上より更に上へ上へと登って行く。気付けば辺りは鬱蒼とした森のようになっていて、だいぶ山の中まで来てしまったのだということが分かった。
「先生、何だか不穏な空気が漂ってきてます……」
「マジのやつか?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど……迷子になりません? こんな山奥まで来ちゃって大丈夫ですか?」
「一本道だから平気だ。もう少し我慢しろ」
とは言うものの、この車のいわくもあって少し怖くなってきた。もしかして昼間言っていた「男が自殺した現場に誘導される」的なものが発動しているのでは……。
更に十分ほど走ったところで、ようやく先生が車を停めた。
「着いたぞ、見てみろ」
どこに着いたのだろう。恐る恐る車の窓に顔を向けると、そこには──
「あっ……」
信じられない光景が広がっていた。
百万ドルの夜景。そして見上げれば、満天の星空。ダイヤモンドの欠片達が、上にも下にも散りばめられている。
開けた場所に停めた車。車内から見る絶景の夜。先生と二人きり……
「すごい……」
「あの公園からだと星空までは曇って見えねえからな。どうだ、俺を信じて良かったろ」
「先生……!」
感極まった俺は慌ててシートベルトを外し、運転席の先生に抱きついた。
「先生、大好きです……本当に嬉しい、ありがとうございます……!」
「このために車買ったんだ。喜んでもらえて安心したぞ」
ああ、俺は愛されている。
ちょっと変わってるし普段はナマケモノの如くダラダラしているけれど、夜城先生は俺の、最高の恋人だ。
「先生、……」
「夜景見なくていいのか?」
「……見ながらしたいです」
ふっと笑いを零して、先生が俺の背中を優しく叩いた。
「後部座席の方が良さそうだな、移動するぞ」
続く!
第11話・終
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