東京ナイトピーチ

狗嵜ネムリ

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careful

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 この先も多かれ少なかれ、同じようなことが起きるかもしれない。思っているよりも人は傷付きやすく壊れやすく、また簡単に人を傷付け、壊すことが出来る。
 その時俺は、大切な存在を守れるのか。あの涙に濡れた笑顔を、今度は直視することが出来るのか。
 答えが出ないうちは誰も愛せない。お前を守ると口にするのは誰にでも出来ることなのだ。その癖にそれが守られなかった時のことなど、言った本人は考えていない──。


「雀夜。何かボーッとしてる」
「ああ、……悪い。何でもねえ」
「ぼんやりしてる雀夜もカッコイイけど、体調悪かったりしたらちゃんと言えよ」
 得意げに言うその顔が妙に生意気で、俺は軽く隣を睨んだ。
「男としての雀夜は完璧だけど、人間としての雀夜は完璧じゃないんだからさ。たまには俺にも頼ってくれよ」
「うるせえな」
「ムカつく。心配してやったのに!」
「たった一発打っただけで意識飛ばす奴に心配されてもな」
「ち、違うよ! あれは雀夜がわざと……! お、俺の弱点突いてきたからっ……」
 言い合う俺と桃陽の背後で、ドライヤーを手に持った浩司が笑う。
「仲良いんだか悪いんだか、本当によく分かんないね君達は」
「仲良いんだよ!」
「良かねえよ」
 同時に言ってしまい、更に笑われた。
「雀夜、頭終わったら来てくれ」
「ん」
 まだ髪は乾き切っていないが、椅子から腰を上げて幸城の元へ向かう。
「悪いな」
 幸城の無表情は昔から変わらない。二つ年上の幸城とは俺が高校一年の時に転校前の学校で交流があっただけなのだが、妙にウマが合った俺達は今もこの仕事を通じて交流を続けている。
 俺の理解者。兄貴的存在である幸城は、俺が考えていることなど何でも分かるのだ。
「嫌なら嫌だと言ってくれ。無理な撮影はしたくない」
「誰が何を嫌がってるって?」
「桃陽が他の男にヤられるのを、お前は不快に感じてる」
 ストレートに言われて咄嗟に言葉が返せず、俺は振り出した煙草を咥えて火を点けた。
「仕事に一切私情を持ち込まないスタンスは嫌いじゃないが、出来ねえことを我慢するというのはまた別の話だ。仕事のために感情を犠牲にする必要はねえ」
「何が言いてえんだよ、結局」
 幸城は変わらない白い顔で、離れた場所で鏡の前に座っている桃陽を一瞥し、言った。
「お前が桃陽に惚れるのは自由だし、惚れてねえって言うならそれでも良い。──ただ俺は、お前に、自分の感情には素直になってもらいてえんだよ」
「………」
「俺はお前を撮りてえんだ。俺の我儘に付き合ってるお前は、俺に対して意思表示する権利がある」
 鼓動する左胸を、ガウンの上から軽く拳で押される。
「桃陽が来てから色々変わったのは自分でも分かってんだろ。簡単なことだ、たまには力抜いて素直になれ」
「俺は、……」
 何かを言う間もなく幸城が踵を返し、行ってしまった。
「………」
 乱されたと思った心が、少しずつ柔らかな熱を持ち始める。

「なあ、松岡さんの話何だったの? もっと桃陽に合わせたセックスしろって?」
「阿呆か」
 こいつに警官の制服は全く似合っていない。ネクタイの結び方も知らない子供にこの俺が惚れていると、幸城は本気で思っているのだろうか。
「雀夜も早くスーツ着なよ。写真撮影からするんだろ」
「分かってる、指図すんな」
「天邪鬼。逮捕するぞお前」
 腰に引っ掛けていた玩具の手錠を取り、桃陽が得意げに笑う。
「そうかよ」
 右腕を差し出し、俺もまた小さく笑った。
「それならしっかり捕まえとけ。俺が根負けするまで、全力で繋いどけよ」
「え、……」
 目を見開いて動揺する桃陽と、その横で両手を口にあてて直立不動する浩司。作業の手を止めて俺達を見ている周囲のスタッフ、腕組みをして「それはどうなんだ」の顔をしている幸城。
 赤くなっているのは俺だけだった。
「さ、雀夜──痛いっ! いた、いでぇってば!」
 抱き着いてきた桃陽の顔面にアイアンクローをして、さっさと着替えに向かう。口元が弛んでしまうのは、少しだけ前に踏み出せたと自分で思えたからだ。
「雀夜のバカチンコ! アホ! トンチンカン!」
「………」

 週末、篤人に会いに行こう。
 今は別の幸せの中にいる篤人なら、きっと俺の不器用な恋を笑い飛ばしてくれるはずだ。




 終
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