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焦り
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……突然、フロア内にアナウンスが流れ始めた。
〈皆様、大変お待たせ致しました。これより本日のメインイベントを行なうにあたり、我が柳田グループの次期会長、柳田悠吾氏より皆様へのご挨拶をさせて頂きます〉
それまで談笑していた面々がそれぞれの席につき、フロア正面のステージに注目した。
拍手が巻き起こる中、スポットに照らされたステージの中央へ柳田悠吾が進み出る。理人はフロアの後方に立ち、壁に背を付けながらその顔をじっと見つめていた。
「──人間というものは素晴らしい。私は毎日、毎時間、人間が持つ美しさに驚かされている」
人を満たすことができるのは人の力だけだと、悠吾は壇上で熱く語っている。人の心を揺さぶる映画などの物語は人の頭脳から生み出され、人の腹を満たす料理は人の手から作られている。人は人との関わりを魂で感じることにより、日々癒され、満たされ、生きている。
理人は心の中で舌打ちし、尤もらしいことを言っている悠吾を睨みつけた。この話の着地点が見えたからだ。
「私や皆様を含め、この世に生きる全ての人間の欲望というものは尽きることがない。しかし、ほんのひと時の欲望を満たすことが出来れば、それは既に人のために生きるという役割を果たしていることになる」
「………」
「今宵は皆様のひと時の欲望を満たしてくれる、特別な彼らをご紹介致しましょう。どうぞ最後まで、ごゆっくりお楽しみ下さい」
拍手と共に壇上を去る悠吾の元へ、グループの黒服が小走りで駆け寄る。耳元に何かを耳打ちした瞬間、悠吾の表情が険しくなったのを理人は見逃さなかった。
〈それでは只今より、今夜のメインイベントに選ばれた特別ゲストをご紹介致します〉
ステージの上に引きずり出されたのは、詰襟の学生服を着た小柄な少年だった。それが演出であることは分かっているが、少年の首には太い首輪が嵌められていた。首輪から伸びた太い鎖は、屈強な黒服が握っている。
スピーカーから無機質なアナウンスの声がゆっくりと響いた。
〈記念すべき一人目のゲストです。ハヤト、十八歳。Aクラス。未通天然物、……〉
身長体重や視力、血液型、出身地、家族構成や趣味特技など、普通に聞いていればどうでもいいようなことまでを事細かに説明している。が、壇上の彼にこの後訪れる運命を思えばその説明さえもおぞましく、理人は眉間に皺を寄せた。
──悪趣味なクソ共が。
学生服を脱がされ下着一枚となった少年は、鎖を引かれて歩かされながら最後の抵抗とばかりに客席を睨み付けている。その姿は痛々しく、とても見ていられるものではない。理人の隣では龍司と尚政も顔を顰めていた。
数々の好奇と愉悦の視線に晒されながら、ハヤトがステージの中央へと立たされた。
〈それでは、ハヤトをご希望のお客様はご入札のコールをお願い致します〉
「二百」
「三百」
「三百五十」
フロアのあちこちから次々と声があがる。開いたタブレットにハヤトの情報と入札額をメモしている者もいる。理人の目の前に座っていた二人の男は、「今回はネタが安価なのは良いですね」「でもちょっと子供すぎるなぁ」と笑っていた。聞けば他の席でも手を叩いたり、笑い声があがっている。
……異質だった。生身の人間の売り買いに関する話を笑いながらしている彼らは、もはや人の目をしていないように思えた。
その時だ。
「七百五十」
フロアの端で申し訳なさそうに手を挙げた白髪の男が最高額をコールした。「七百八十」初めに入札した男がすぐさまそれを上書きする。
「八百です」
おお、と周囲から低い歓声が沸いた。白髪の男は照れたように頭をかいている。
〈松原様より八百万のコールを頂きました。飯塚様、如何なされますか〉
初めに入札した男──飯塚仁志が、むくれたように首を横へ振る。
〈おめでとうございます。松原様、八百万円にてハヤトの落札が決定致しました〉
ハヤトの支配権を手に入れた松原物産の取締役が、周囲の拍手を受け照れたように禿頭をかいて赤面している。
理人は腕組みをしてステージを睨み付けたまま、内心では小さく安堵の息を吐いていた。
〈それでは二人目のゲストをご紹介致します〉
絶望の表情でステージの袖へと戻って行くハヤトと入れ替わるようにして、別の青年がステージ中央へ進み出た。客席から「おお!」と声があがる。その青年は始めから何も身に着けておらず、首輪もされていない。文字通り一糸まとわぬ姿で現れたのだ。
〈アキラ二十一歳、Bクラス、開発済みではありますが従順に仕上がっておりますので、初めての方には非常にお勧めでございます〉
アキラという名の青年は頬を赤く染め、熱っぽい視線で観客にアピールしている。黒服が後から用意した椅子に座ると、客席に向けて脚を開いて見せ、その場で自身のそれを握り自慰を始めた。
生まれつきの淫乱、放っておくと勝手に自慰をする、どんな命令にも忠実に従う、身体的な快楽を何よりも欲している──スピーカーからそんな説明が流れる中、アキラは見せつけるように大股を開いて屹立したペニスとアヌスを同時に慰めている。観客達は皆静まり返り、その目は彼に釘付けとなっていた。理人は舌打ちしたが、隣に立った尚政はゴクリと唾を飲んでいる。
アキラがそんな真似をしているのは、恐らく自分を守るためだ。従順であることをアピールし、決して歯向かわない、手のかからない「良い子」だと思わせるためだ。そうすれば異常な嗜好の持ち主からは「つまらない、躾け甲斐が無い」と思われるし、始めから「良い子」を求めている者ならばきっと自分を気に入って大事に扱ってもらえる。これはきっとアキラの賭けだ。──理人の胸が、締め付けられるように苦しくなる。
アキラの競りが始まった瞬間、男達の汗と熱気が勢いよくフロア中に広がって行った。ぐんぐんと伸びて行く金額。あっという間に一千万を越え、これにはステージ上のアキラも困惑している様子だった。
〈一千五百──一千七百!〉
ハヤトの落札額の倍の値に手が届きそうになったところで、壁際中央のテーブルについていた初老の男が「一千九百」と手を挙げた。数秒の沈黙。終了のアナウンスが流れ、アキラは一晩、この男の物となった。
その後も目を覆いたくなるような衣装の青年や、猿轡をされた青年などがステージに立たされ、理人にとって吐き気を催すほどの悪趣味な宴が続いた。次々と落札されて行く青年達。最終的な落札額も徐々に高くなり、始めに悠吾から説明を受けた相場などもはやスタートの金額にもなっていない。
ここに煌夜がいなくて良かったと、理人は心底から思っていた。今の時間、煌夜は車の手配をしに國安とクラブの外で合流しているはずだ。
今の所この「余興」は、理人にとって全てが計画通りに進んでいた。それぞれの青年を落札した男達は、既に理人の仲間、いや、手下なのだ。SM店のダリアから紹介された一人の客を皮切りに、次々と芋づる式に引き抜いてやった。飴金と鞭脅しを使い分け、馴染みの情報屋から入手したリストで対象の弱みを握り、ついでに國安の強面な弟分達を借りて、どうにか自分達側へと引き込んだのだ。
何が何でも競り落とせ。お前は一人目、お前は二人目を、……というふうに、だ。ステージ上では多少の無理をさせてしまったが、結果、これまで落札された青年達は全員、この後の身の安全が約束されている。
〈皆様、大変お待たせ致しました。これより本日のメインイベントを行なうにあたり、我が柳田グループの次期会長、柳田悠吾氏より皆様へのご挨拶をさせて頂きます〉
それまで談笑していた面々がそれぞれの席につき、フロア正面のステージに注目した。
拍手が巻き起こる中、スポットに照らされたステージの中央へ柳田悠吾が進み出る。理人はフロアの後方に立ち、壁に背を付けながらその顔をじっと見つめていた。
「──人間というものは素晴らしい。私は毎日、毎時間、人間が持つ美しさに驚かされている」
人を満たすことができるのは人の力だけだと、悠吾は壇上で熱く語っている。人の心を揺さぶる映画などの物語は人の頭脳から生み出され、人の腹を満たす料理は人の手から作られている。人は人との関わりを魂で感じることにより、日々癒され、満たされ、生きている。
理人は心の中で舌打ちし、尤もらしいことを言っている悠吾を睨みつけた。この話の着地点が見えたからだ。
「私や皆様を含め、この世に生きる全ての人間の欲望というものは尽きることがない。しかし、ほんのひと時の欲望を満たすことが出来れば、それは既に人のために生きるという役割を果たしていることになる」
「………」
「今宵は皆様のひと時の欲望を満たしてくれる、特別な彼らをご紹介致しましょう。どうぞ最後まで、ごゆっくりお楽しみ下さい」
拍手と共に壇上を去る悠吾の元へ、グループの黒服が小走りで駆け寄る。耳元に何かを耳打ちした瞬間、悠吾の表情が険しくなったのを理人は見逃さなかった。
〈それでは只今より、今夜のメインイベントに選ばれた特別ゲストをご紹介致します〉
ステージの上に引きずり出されたのは、詰襟の学生服を着た小柄な少年だった。それが演出であることは分かっているが、少年の首には太い首輪が嵌められていた。首輪から伸びた太い鎖は、屈強な黒服が握っている。
スピーカーから無機質なアナウンスの声がゆっくりと響いた。
〈記念すべき一人目のゲストです。ハヤト、十八歳。Aクラス。未通天然物、……〉
身長体重や視力、血液型、出身地、家族構成や趣味特技など、普通に聞いていればどうでもいいようなことまでを事細かに説明している。が、壇上の彼にこの後訪れる運命を思えばその説明さえもおぞましく、理人は眉間に皺を寄せた。
──悪趣味なクソ共が。
学生服を脱がされ下着一枚となった少年は、鎖を引かれて歩かされながら最後の抵抗とばかりに客席を睨み付けている。その姿は痛々しく、とても見ていられるものではない。理人の隣では龍司と尚政も顔を顰めていた。
数々の好奇と愉悦の視線に晒されながら、ハヤトがステージの中央へと立たされた。
〈それでは、ハヤトをご希望のお客様はご入札のコールをお願い致します〉
「二百」
「三百」
「三百五十」
フロアのあちこちから次々と声があがる。開いたタブレットにハヤトの情報と入札額をメモしている者もいる。理人の目の前に座っていた二人の男は、「今回はネタが安価なのは良いですね」「でもちょっと子供すぎるなぁ」と笑っていた。聞けば他の席でも手を叩いたり、笑い声があがっている。
……異質だった。生身の人間の売り買いに関する話を笑いながらしている彼らは、もはや人の目をしていないように思えた。
その時だ。
「七百五十」
フロアの端で申し訳なさそうに手を挙げた白髪の男が最高額をコールした。「七百八十」初めに入札した男がすぐさまそれを上書きする。
「八百です」
おお、と周囲から低い歓声が沸いた。白髪の男は照れたように頭をかいている。
〈松原様より八百万のコールを頂きました。飯塚様、如何なされますか〉
初めに入札した男──飯塚仁志が、むくれたように首を横へ振る。
〈おめでとうございます。松原様、八百万円にてハヤトの落札が決定致しました〉
ハヤトの支配権を手に入れた松原物産の取締役が、周囲の拍手を受け照れたように禿頭をかいて赤面している。
理人は腕組みをしてステージを睨み付けたまま、内心では小さく安堵の息を吐いていた。
〈それでは二人目のゲストをご紹介致します〉
絶望の表情でステージの袖へと戻って行くハヤトと入れ替わるようにして、別の青年がステージ中央へ進み出た。客席から「おお!」と声があがる。その青年は始めから何も身に着けておらず、首輪もされていない。文字通り一糸まとわぬ姿で現れたのだ。
〈アキラ二十一歳、Bクラス、開発済みではありますが従順に仕上がっておりますので、初めての方には非常にお勧めでございます〉
アキラという名の青年は頬を赤く染め、熱っぽい視線で観客にアピールしている。黒服が後から用意した椅子に座ると、客席に向けて脚を開いて見せ、その場で自身のそれを握り自慰を始めた。
生まれつきの淫乱、放っておくと勝手に自慰をする、どんな命令にも忠実に従う、身体的な快楽を何よりも欲している──スピーカーからそんな説明が流れる中、アキラは見せつけるように大股を開いて屹立したペニスとアヌスを同時に慰めている。観客達は皆静まり返り、その目は彼に釘付けとなっていた。理人は舌打ちしたが、隣に立った尚政はゴクリと唾を飲んでいる。
アキラがそんな真似をしているのは、恐らく自分を守るためだ。従順であることをアピールし、決して歯向かわない、手のかからない「良い子」だと思わせるためだ。そうすれば異常な嗜好の持ち主からは「つまらない、躾け甲斐が無い」と思われるし、始めから「良い子」を求めている者ならばきっと自分を気に入って大事に扱ってもらえる。これはきっとアキラの賭けだ。──理人の胸が、締め付けられるように苦しくなる。
アキラの競りが始まった瞬間、男達の汗と熱気が勢いよくフロア中に広がって行った。ぐんぐんと伸びて行く金額。あっという間に一千万を越え、これにはステージ上のアキラも困惑している様子だった。
〈一千五百──一千七百!〉
ハヤトの落札額の倍の値に手が届きそうになったところで、壁際中央のテーブルについていた初老の男が「一千九百」と手を挙げた。数秒の沈黙。終了のアナウンスが流れ、アキラは一晩、この男の物となった。
その後も目を覆いたくなるような衣装の青年や、猿轡をされた青年などがステージに立たされ、理人にとって吐き気を催すほどの悪趣味な宴が続いた。次々と落札されて行く青年達。最終的な落札額も徐々に高くなり、始めに悠吾から説明を受けた相場などもはやスタートの金額にもなっていない。
ここに煌夜がいなくて良かったと、理人は心底から思っていた。今の時間、煌夜は車の手配をしに國安とクラブの外で合流しているはずだ。
今の所この「余興」は、理人にとって全てが計画通りに進んでいた。それぞれの青年を落札した男達は、既に理人の仲間、いや、手下なのだ。SM店のダリアから紹介された一人の客を皮切りに、次々と芋づる式に引き抜いてやった。飴金と鞭脅しを使い分け、馴染みの情報屋から入手したリストで対象の弱みを握り、ついでに國安の強面な弟分達を借りて、どうにか自分達側へと引き込んだのだ。
何が何でも競り落とせ。お前は一人目、お前は二人目を、……というふうに、だ。ステージ上では多少の無理をさせてしまったが、結果、これまで落札された青年達は全員、この後の身の安全が約束されている。
応援ありがとうございます!
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