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沢野家の長男たち

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 基本的に俺が家事全般を任されているが、それでも料理というものは本人のセンスが影響するためか、いつまで経ってもなかなか上達できない。タブレットを傍らに置いて手順通りにきっちり作業を進めても、微妙な分量や加減というものが分からずに結局思っていたものと別のものができてしまうのだ。
「でもおれ、つばさの作るケーキは好き。また誕生日に作ってくれる? チョコのやつ」
「チョコのもいいけど、苺のも作れるぞ。それか、チョコレートショートケーキとか」
「チョコレートショート……」
 武虎がうっとりした表情で宙を見つめ、俺も釣られて目を細めた。武虎の七歳の誕生日はまだ先のことだが、それよりも早くやってくるクリスマスに作っても良いかもしれない。
「ケーキより、アジの煮付けとか肉じゃがをマスターしてくれ」
 苦笑する父さんが、少し焦げたウィンナーを口に運んだ。
 男三人、それなりに温かで会話の多い食卓。どこにでもある家族の、夕飯の光景。
 父さんから見れば息子と孫。俺から見れば父親と甥。武虎から見れば祖父と叔父。そんな家族構成で成り立っている沢野家に、女はいない。

 幼くして母親を病気で亡くした俺と姉貴は、父さんと、今は亡き祖母によって育てられた。成績も並で、学校での友達もちゃんといた。近所の人達からも「沢野さんちの姉弟は、二人共とっても良い子」だと褒められていた。健気で哀れな姉弟は、大人しいというだけで良い子扱いされていた。
 多分姉貴は、そんな周りからの良い子扱いに耐えられなくなったのだ。武虎を身籠った時、姉貴はまだ十六歳だった。相手は自分でも分からないと言っていたが、本当は分かっていたのかもしれない。自分を騙した男を庇ったのか、愛した男に騙されたと認めたくなかったのか。その辺りの事情は姉貴にしか分からない。
 ともあれ俺達は姉貴の変化に気付かなかった。その頃には祖母は既に亡く、学校に行きながら家事をしてくれていた姉貴自身も、自分の腹に命が宿っていることを知らなかった。元々生理不順だったし、つわりも酷くなく、腹も全く出ていなかったからだ。何より、知識がなさ過ぎたせいもある。気付いた時、既に胎児は中絶できないところまで育ってしまっていた。
 未婚の母なんて珍しくないし、子供に罪はない。もしも産みたいなら俺達は全面的に協力する──。
 あの時の父さんは、一体どれほどのことを堪えて姉貴にそう言っただろう。自分の娘を弄んだ男の子供を孫として育てることへの不安や葛藤は、俺には到底想像もできない。
 そうして産まれた赤ん坊は、姉貴によく似た可愛い男の子だった。どこの誰かも分からない男の面影などどこにもなく、奇跡的に沢野家の血だけを受け継いでくれたかと思うほどの赤ん坊だった。
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