天獄パラドクス~夢魔と不良とギリギリライフ

狗嵜ネムリ

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#2 男子高校生のフラグ

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「天和。先輩が言った通りこれはちょっとした事故で……」
「てめぇが隙見せてっからだろうがァ……!」
「事故なら隙を見せた方が悪いってわけ?」
「当然だ!」
「そ、そうかよ!   そこまで言うなら……!」

 少しだけ背を伸ばし、天和の頭に軽く手を乗せる。

「っ……」
   そのままくしゃくしゃと髪を撫で、してやったりの顔で天和の目を覗き込んだ。
「隙だらけじゃん、天和だって」
「………」

 めちゃくちゃ恥ずかしいけど、これで大丈夫なはずだ。怒った恋人を宥めるには頭ナデナデが一番だって、昔読んだ漫画に書いてあった。

 ──まぁ、こいつは俺の恋人じゃないんだけど。

「………」
 茫然としている天和。ハテナマークを散りばめている彰良先輩。床にぴったりと伏せて見守っているマカロ。
 これで大丈夫……な、はず。

「か、か……」
 怒りなのか照れなのか分からないけれど、とにかく天和の顔は真っ赤だった。
「か、可愛い子ぶってんじゃねえぇッ!」
「ひえっ──!」

 そして逆効果。
 殴られると思って目をつぶった瞬間、痛みよりも先に息が止まった。

「んんっ……!」

 見開いた視界いっぱいに天和の顔がある。呼吸が出来なくなるほど強く唇を塞がれ、俺の体が廊下の壁に押し付けられた。
「んぐっ、ん、んうぅ……!」
 強引に天和の舌が入ってきて、口の中をかき回される。背後は壁、目の前には屈強な男の体──どう足掻いても逃げられないし、それよりもまず俺の体はカチコチに固まってしまっている。

 俺のファーストキスだったのに、まさかこんな形で奪われるとは──しかも彰良先輩の前で。

「……ぷはっ!」
 一分以上舌を吸われてようやく解放された俺は、壁に背を預けて小鹿のように震えながら天和を見上げた。
「……これで許してやる。次はねえからな」
 吐き捨てるように言って踵を返した天和は、耳まで真っ赤だった。途中までは確実に怒っていたけれど、……もしかして照れているんだろうか。

「ほ、炎樽くん!」
「先輩、……すみません、巻き込んでしまって……」
「大丈夫だよ。俺の方こそごめんね」
「そんな……」
「君と鬼堂が付き合っていたなんて、知らなかったから」
「え? お、俺達は別に、付き合ってなんか──」
「ふふ、でも少しホッとするな。あの鬼堂が君みたいにまともな子を選ぶなんて。これで少しは学園の治安も良くなるといいんだけど……」
「………」

 彰良先輩の穢れを知らない笑みに、何も言い返せなくなる。

「鬼堂のことよろしくね、炎樽くん」
「……は、はいっ! 任せてくださいっ!」

 咄嗟に返事をしてしまった瞬間、俺の中で別の俺が囁いた。これで彰良先輩とのフラグはバキバキに折れてしまったぞ、と。


 *


「炎樽、怒ってる?」
 上目で俺の顔色を伺いつつ、机に乗ったマカロが言った。寝たフリの体勢を取り、腕でマカロを隠しながら「怒ってないよ」と囁けば、マカロが体を揺らしながら唇を噛んだ。

 悪戯心で彰良先輩を不思議な力で転ばせ、焦る俺を見るだけで満足できたのに。偶然俺の様子を見ようとやってきた天和に目撃されて怒鳴られたことが、相当ショックだったみたいだ。
 俺の方は別に誰に怒鳴られようと気にしないタイプなのだが、極端に叱られることを恐れるマカロにとって天和の豹変はさぞ怖かったことだろう。

 彰良先輩を巻き込んだことに関しては一言注意したが、その顔を見ればこれ以上怒ることなんてできない。
 まあ天和の機嫌も直ったみたいだし、本人が反省してるなら別にいい。フラグは折れたといえど、彰良先輩に嫌われた訳でもないし。

「……お詫びに俺、炎樽に最強の夢魔グッズ使わせてやる」
「何だ、それ?」
「まだ授業まで時間あるか? どこか人が来ない所で説明するぞ!」




 念のためこの時間は人が来ないであろう同じ校舎の理科準備室へ行き、早速俺は元の大きさに戻ったマカロから小さなビンを受け取った。

 透明のミニボトルの中にはピンクの液体が入っていて、よく見ると液体の中でキラキラのラメが光っている。
「何だこれ? 香水みたいだけど……」
「夢魔印のオーデコロンだ。体に振ると、透明になれるんだぞ!」
「えっ、透明人間になれるってことか! 本当に?」
「ああ。透明なら男達に追われることもないし、今日こそ昼休みにゆっくり昼飯食べられるぞ!」
「凄いっ! マカ、最高っ!」

 透明人間。これぞ男の夢ってやつだ。ギャグ漫画ならこれで女子更衣室を覗きに行ったり銭湯の女湯に忍び込んだりと思春期男子達の代表的な行動を取るんだろうけれど、あいにくここは男子校だし、そもそも俺は女子に性的魅力を感じない。

 あくまでも俺の身を守るための透明化であり、至って健全な使い方だ。

「天和に守ってもらう必要ないじゃん! こんないい物持ってるなら早く言ってくれよ!」
 俺が興奮しているのに気を良くしたマカロが、実験用の机にあぐらをかいて鼻を高くさせている。

「ふふん。でもその香水は二十分しか効果が持たないから、使うタイミングを考えないとダメだぞ」
「二十分かぁ……。ステッカーは十時間って言ってたのに、結構モノによって差があるんだな」
「あのステッカーは薄利多売されてるから、CMでは長時間の効果を謳ってても『場合によっては』すぐに効き目が薄れることもあるんだ。実際、炎樽が使った時は周りの性欲に負けてすぐ剥がれ始めただろ」
「……効果には個人差があります、ってやつか。まあ売る側も商売だもんなぁ」

 とにかく二十分。これは時間配分を考えて使わないと。

「そういえば透明化した時って、相手に触ったり話しかけても気付かれないのか? 昔から漫画とか読んでて気になってたんだけど。飯とかも食えるの?」
「触れるし話しかけられるぞ。飯とかの物質は口の中に入れた瞬間に透明になる。ただ周りから見えなくなるってだけで、相手側からも炎樽に触れるからな」

 結構色々な縛りがあるというか、やりたい放題はできないってことか。まぁ確かに、エロいこと以外なら犯罪に使われてしまうだろうし。

「ありがとうな、マカ。大事に使わせてもらうよ」
「頑張れ炎樽!」
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