天獄パラドクス~夢魔と不良とギリギリライフ

狗嵜ネムリ

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#9 マカロのたいへんないちにち

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「俺がこれに出るっていうのか? 美少女って……俺は男だぞ」
 サバラがプリントを指で弾き、ソファに座って脚を組んだ。
「よく分かんないから炎樽に聞いたら、それって男が女の恰好をしてどれが一番綺麗か決めるイベントなんだって。サバラってサキュバスになれるんだっけ。サバラが出たら優勝するんじゃないかな?」
「勝負事に勝つのは好きだが、性別を変えるのは反則なんじゃないか?」
「えー、いい案だと思ったのに……」
「まさかお前、全校生徒の性欲を俺一人に任せようとしているつもりじゃ……」
「うっ」
 あっさりと俺の目論見がバレてしまい、サバラが呆れたように溜息をついた。
 美少女コンテスト……多分、盛り上がるはずなんだ。性欲旺盛な思春期の男子達が、美少女と出会えるこんな機会を逃すはずはない。

「しかし」
 サバラがテーブルに落ちたプリントをもう一度広い、少し笑って俺に言った。
「面白そうなイベントではあるな。お前がこれを俺に勧めるってことは、俺の色気に群がる生徒達を喰ってもいいってことなんだろう?」
「……再起不能にしない程度にな。誰でもって書いてあるから、多分先生やってるサバラも大丈夫だと思うんだけど……」
「俺が参加可能なら、お前も可能だな」
 言われて俺は床に座ったまま踏ん反り返り、「当然!」と鼻を高くさせた。サバラなら絶対そう言うと思って、既に手は打っておいたのだ。

「だから俺も、夢魔印の通販サイトでコスプレ衣装いっぱい見てたんだ。男をメロメロにさせる女王様のボンテージと、きゅんきゅんさせるメイドさんと、ムラムラして虐めたくなるセーラー服と、もうどうでもいいから貪りたくなるベビードールとか!」
「……それをお前が着るのか」
「わ、笑うなっ!」
 俺だって自慢じゃないけど肌は白いし綺麗な方だし、女装すればサキュバスに負けないくらいの色気が出るはずなんだ。

 サバラには敵わないかもしれないけど、俺だってそれなりにはなれる。夢魔としてのプライドを賭けて、当日は絶対に男達の性欲を全部こっちに向けさせてやると決めたのだ。
   言うならばこれは炎樽の天然フェロモンと、俺の盛り盛りてんこ盛りフェロモンの戦い。ちょっとハンデは貰うけど、これが上手くいけば炎樽と天和もお祭り気分の中でテンションマックスにイチャイチャできる。

「マカロ」
 呼ばれて顔を上げると、サバラがソファから身を乗り出して俺の真正面に顔を近付けてきた。
「コンテストとは勝負だからな。俺とお前のどちらかが勝ったら、負けた方が一つ言いなりになるっていうのはどうだ?」
「えっ?」
「俺が勝ったら、今度こそお前のバージンは貰うぞ」
「じゃ、じゃあ俺が勝ったら……!」
「どうせお菓子だろ」
「……ま、まだ考え中!」


 *


 翌日、俺は炎樽の母ちゃんに用意してもらった学ランを着て炎樽と一緒に学校へ行った。
「大丈夫かな? バレないかなぁ……」
 新品の学ラン、俺の体にぴったりでいい匂いがする。
「大丈夫だって。マカなら高校生でも通用するし、授業中はサバラの所で休んでればいいし。頭の色は目立つけど、それも三年の集団に比べたらまだ大人しい方だしさ」
 そう言って笑う炎樽の髪には寝癖が付いていた。いつもはあのふかふかな髪の中に隠れていたんだと思うと、俺も少しずつ人間の世界に馴染んできたなと感慨深くなる。

「翼と尻尾は隠せてるし、気持ちが乱れない限りは子供の姿にもならないだろ。学園祭当日はこの格好で一日紛れ込むんだから、今から練習しておかないと」
 サバラもやれていることなんだから、俺だってできる。慣れないことをするのは緊張するけれど、それと同じくらい楽しみでもあった。
 それに──今日の俺には目的があるのだ。
「ほら、正門のとこに天和いるぞ。晴れ姿見せて来いよ」
「あっ、ほんとだ! 天和ーっ!」
 思わず羽で飛びたくなったが、今日の俺は男子高校生。ちゃんと二本の足で歩いて走って、行きたい場所に行かなければならない。

 俺は人間の男子高校生。
 ただ美少女コンテストで優勝したいだけの男子高校生。

 *

「お。学ラン、似合ってるんじゃないのか」
「へへ、炎樽みたく第二ボタンまで開けたし、ちょっとセクシーだろ!」
 一時限目の授業が始まり、俺は早速保健室でお菓子を食べながらサバラにピカピカの学ランを自慢した。
「セクシーどころか、よりガキっぽくなったな」
「う、うるさいよ!」
「それより、準備は進んでるのか? 学園祭は三日後だぞ。コンテスト出場者は次々ポスターで張り出されるみたいだし、早めにエントリーしておいた方がいいんじゃないのか」
「そういえば、サバラの写真も張り出されてたな」

「出場者」の写真が貼ってある校内掲示板には、連日人だかりができているのだと炎樽が言っていた。自分の女装姿という恥ずかしい写真を早めに晒した分だけ、獲得できる投票数も増えるかもしれないということだ。
 サバラは金髪ロングヘアのウィッグを被り、超セクシーな黒のキャミソールの上に白衣を着ているだけというお色気路線の写真を撮っていた。保健室のおんな教師というAVっぽさが男子達に絶対受けると踏んでいるらしい。

「でも残念だったな。お前はこの学校の生徒でも関係者でもないから、エントリーは当日になるだろう。これで俺の勝ちだ。今からケツ洗っとけよ」
「ま、まだ分かんねえし! 俺だって今日中にエントリーすれば……」
「受け付けてるのはコンテストの顧問をしている体育教師だ。職員室へ行って江戸山という男を呼べば会えるだろう。お前にとっては大変なミッションだな」

 そのくらいできる。……多分だけど。
 両手を合わせてもじもじする俺を見て、サバラが悪戯スマイルを作りながら言った。
「だがこのままだとお前に不利過ぎるから、一つ情報を教えてやる」
「え?」
「その江戸山という教師は、若くてピチピチな男の体育着姿に興奮するそうだ。学ランなんかじゃなく、な」
「サバラ、その人のこと徹底的に調べたんだろ。夢の中で」
「戦いに情報は必要不可欠だからな。──そこでこんなこともあろうかと、お前のためにこの学校の体育着を調達しておいた」
「……わざとこんなことにしてるようにしか思えないんだけど」
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