続・美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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171話 桃樹(とうじゅ)

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 森に入った芽依は、今日もニアの可愛さに天使最強……とうっとりしていた。
 いつもそばにいる家族の天使達は別行動だからと、すぐ隣にいる愛おしい天使にニマニマと笑っているのだが、急に襲われる不快感に顔を歪ませた。

「…………お姉さん? どうしたの?」

 握る手に力が入ったのだろう、ニアが見上げて首を傾げる。

「……なんか、変な感じがしたの」

「大丈夫ですか?」

 全員の視線を集めて、困ったように首を右に傾けた。

「ごめんなさい、たいしたことないんです」

 何か焦燥感にも似た感覚で、困惑しながらも首を横に振って、にこやかに笑った。
 そして張り切って採掘しようと、やる気を奮い立たせる。



 
 そのまま森に入っていくと甘い香りが漂ってきて、芽依は鼻をヒクつかせた。
 甘ったるいとすら感じるほとの臭気に足を止める。

「……桃?」

 芽依の声を聞く前に、全員の表情が変わった。
 呑気に首を傾げる芽依の周りは剣呑としてる。
 ピリッとした雰囲気なのだが、何故か誘われるままに奥へと行きたい気持ちにさせられた。

「……メイさんといると面白いことがよく起こりますね」

 仲間達の警戒心がじわじわと上がっていくのが分かる。
 森林の爽やかな香りが侵蝕されるように桃の甘く蕩けるような香りに塗り替えられていく。むせ返るような桃の果汁を多量に絞っているような。
 食べていないのに口いっぱいに桃を頬張っているような感覚にさせられた。
 そっとオルフェーヴルが芽依の前に出る。

「この匂いは普通じゃないない感じですか?」

「そうだな、メイ……」

「はい」

「追い払うから少し待っていろ。その間、何か聞かれても返事はするなよ。話しかけたりも駄目だ」

「返事……」

 むむ……と考える。 今回は一体どのような人外者なのだろうか。

「今日一日で色々あるなぁ」

 小さく呟いた芽依を、ニアがそっと見上げた。
 眼差しだけで疲れた? と聞いてくる可愛い天使にだらしなく笑う芽依をチラリと見たシャルドネは意識がニアに行っていることを確認してオルフェーヴルに目配せした。
 

 このむせ返る様な桃の香りを放つのは、桃樹と呼ばれる呪いだった。
 ある高位妖精があまりに桃が好きで、桃園の桃を全て食べ尽くしてしまったのだ。
 それは一箇所、二箇所なんて可愛いものではない。
 順番に端から端まで渡き、世界中の桃を根こそぎ食べ歩いていたのだ。
 端から食べたら一周する頃に、また実っているだろうと、自分勝手な理由で。

 それに怒った桃園を運営する人達の恨みが集まり、桃樹という新しい呪いを生んだ。

 樹木が多い場所に現れる桃樹と、そこにいる妖精。
 美しく人の目を奪い、その体は桃のように甘やかな香りを放っている。
 男性体のその妖精は、自らを餌にして人や人外者を絡め取り生気を食らう呪いから生まれた妖精だった。

 桃の香りに誘われて、その身を滅ぼす人は数知れず。
 現れる時期も場所も分からない妖精は、甘やかに笑って人を誘う。


 少し進んだ先、不自然な程に木々が無くなり砂地の広場が出来ていた。
 その中心にある立派な巨木。

 それをニアと手を繋いでいる芽依が口を開けて見上げた。

「…………きれい」

 季節外れにも沢山の桃の花を咲かせたその巨木は、風に揺れて一斉に囀るように音を奏でる。
 それに耳をすませていると、揺らめいて現れる男性の姿の妖精。
 地に付くほどに長い薄ピンク色の髪が風に揺れる。
 沢山の淡い色合いの薄い衣を重ねたその服は、中国の民族衣装のように軽やかに風に吹かれてひるがえる。
 後ろ姿だというのに、その美しさは全員に知らしめていた。
 
「……あれが桃樹とうじゅだ」

 樹木の名前であり、呪いの名前であり、妖精の名前。
 それに目を奪われるのは他にもいた。
 香りに誘われていつの間にか人が集まっている。
 目の色を変えてじっと見ている人達は6人。
 その中には移民の民もいた。
 ぼんやりと、まるで何かに頭が侵蝕されるように、甘やかな香りが、思考を鈍らせる。
 そうやって、捉えて離さないのが桃樹なのだ。


 ふわりと吹く風が長い髪を揺らす。
 ゆっくりと振り向いたトウジュは、複数いる人たちに目を丸くしてから周りを見た。
 そして、困ったように悲しそうに視線を下に下げる。

 美しさに心を奪われている人たちがそばに行こうと足を1歩前に出した時、芽依は思わず声を出す。


「……なんで寂しそうなの? 寂しいっていうか……苦しい、かなぁ」

 ポツリと零れた声は思っていた以上に響いてトウジュの元に届けられた。
 ゆるりと顔を上げて見つめるトウジュは、さわっ……と揺れる葉の音と共にゆっくりと歩き出す。

「メイ!!」

「…………え?!」

 気付けば目の前にいて、両手を伸ばしていた。
 ニアが間に入った瞬間、動きが止まりダランと腕を落とす。
 悲しそうな困ったような笑みは、大事な家族がかつて命を諦めた時に浮かべた笑みに良く似ていた。
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