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115話 静かな寝床
しおりを挟む今、ハストゥーレは青白い顔をしながら芽依の膝に頭を乗せて眠っている。
ついさっきまで、今までの経緯を話していたハストゥーレは一気に脱力して倒れるように眠ったのだ。
ソファから落ちている足をオルフェーヴルが乗せてくれるのを見ながら、芽依は優しくハストゥーレの頭を撫でる。
「…………そっか、そんなのがあるんだね。脅迫概念かぁ」
奴隷が他人に渡る事へのリスクなど考えた事も無かった芽依。
しっかり躾られた奴隷は、契約を離れてもご主人様の命令を恐怖で叶えようとする場合があり、今回のハストゥーレは、まさしくそれなのだそうだ。
他者の手に移り、内側から壊すためにわざと譲渡する場合もあるのだとか。
その際、奴隷は契約に縛られている為、現ご主人様に不利益や危険を与えた場合、タダでは済まない。
でも、奴隷だからと簡単に切り捨てられる存在なのだ。
白の奴隷は従順で、命令には絶対に遂行する。
だからこそこういった場合は効果を発揮しやすいだろうが、高価な白の奴隷は易々と手放すことは無いだろう。
偶然とは言え、ハストゥーレは悪い方の効果を発揮したという事になる。
「メイちゃんは怒ってる?」
「なにを?」
「鶏肉」
フェンネルがワインをグラスに注ぎながら聞いてくる。
それに笑みを浮かべて首を振った。
「怒ってないよ。不可抗力でしょ? そんなの。ただ……これからも続く可能性があるなら考えないと。私たちじゃなくてハス君のために」
涙の跡を優しく撫でる。
目元の柔らかく薄い皮膚が赤く腫れ上がっていて痛々しいのだ。
可哀想に……と呟く芽依をオルフェーヴルが見る。
開いた胸の穴が塞がることはないが弥生とは違う移民の民の優しさに触れて、少しだけ暖かな気持ちになる。
自分には向けられなかった愛情は、今はハストゥーレへと向けられていて少しだけ羨ましく思った。
「……そうだな、奴隷契約を更新してみるって手はあるぞ」
「更新ですか?」
「ああ、君や家族、庭への不利益となる他者からの願いは聞き入れない……とか。色々追加できるから考えてみたらどうだ?」
「…………なるほど。それでハス君の心ごと守れるならありですね。その分ハス君にまた枷を付けることになっちゃうけど……」
命令するのは好きじゃない。
人は対等であり、芽依は必要の無いものだ。
そこには現実世界で過ごしてきた芽依の意地でもある。
縦社会ですごし、ブラック企業に務めてきた芽依は上司からの命令は常にあり、時には罵倒されていた。
上司だからって、必要以上に心をねじ伏せる必要があるのか。そんな権利などないではないか。
そんな経験があるからこそ、大切な家族に芽依は理不尽な命令などで相手を支配したくないし、心を傷つけるような事はしたくない。
世間一般的にはハストゥーレは奴隷で芽依は従える主人だとしても。
「新たな制約……制約かぁ」
『深く考える必要はねぇだろ。ハストゥーレにとって何が1番いいか。それはメイが常日頃から気にかけている事を言葉にすればいいだけだ。な?』
顎をすくいあげられ、真っ黒な瞳を見返す。
言葉は呪いとなって相手を縛り付ける場合もあるけれど、守らりために発せられる時もある。
願わくば、今後も笑顔が溢れる幸せな生活を送れるように。
「…………そうだね。ハス君には幸せになって貰うために……私達以外から発せられるハス君を身体的にも精神的にも縛るような言葉や命令を受け付けない、という制約を追加する」
「それは、ハス君が自ら選んだ場合は受け付けるって事になるよ」
「ハス君の考えを狭めたり決定する意志を阻害したくないから逃げ道を作る。ただし、そこに私達への不利益が生じる場合は該当しない」
最初に契約を結んでから数年がたち、ハストゥーレはかなり変わった。
言葉を発っすることにすら許可を求めていたハストゥーレは自ら考え動く事を覚えた。
ハストゥーレが変わったのならより良い生活をするために契約内容も確認変更が必要なのだ。
それに気付かせてくれたオルフェーヴルに礼を言いながら、最近のハストゥーレの言動を見ていた家族たちの真意を聞いて、芽依はやっぱりまだまだ考えが浅いなぁ……と反省する。
知らなかったとはいえ、家族の変化に気付いていて対応しなかったのは芽依のミスだ。
それにすら頭が回らなかった芽依は、傷付きやすい優しい妖精を撫でなから、明日の予定を立てるのだった。
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