6 / 69
第一章:ローズ街工場地区の事件録
1-6
しおりを挟む広く複雑な工場地帯は、工場だけがあるわけではない。事務所、危険物貯蔵施設などもあり、その種類は多岐にわたる。
また、一定規模以下の店舗や、工場に付随する診療所や保育所なども建てられていて、さまざまな職種の人たちが、この工場地帯で働いていた。
だが、その中でも初めて見る──と視線を集めるのがセラフィエルたち祓い師。
白と黒、2種類のロングコートを着ている祓い師たちは、この姿と祓霊庁を表す十字架と25の数字が書かれた丸い形のブローチで存在感を表す。
これらは祓霊庁に所属している祓い師であるという証拠だった。
とはいえ、必ず着用しなくてはいけないのがコートとブローチのみで、それ以外は比較的自由だったりする。
実際に女性だったら可愛らしいワンピースを着ていたり、男性だったらおしゃれなスーツだったりと、自分の好みに合わせた服装を楽しんでいるのだ。
厳格に見えて、彼らも普通の人間の感性を持っている。
セラフィエルは白のコート。ジェイクは黒のコートを着ていて、足元に絡まる裾をさばきながら先に進む。
入り組んでいるため距離があるのは仕方がないのだが、随分と暑いな……とジェイクは眉をひそめていた。
まだ春先で肌寒いのに、この場所はひどく暑い。
セラフィエルも暑さを感じていて、詰襟のコートに指先をかける。
脱ぎたいとは思っても、それは難しいのだ。
このコートには、対悪魔へのさまざまな防御が組み込まれているから。
「…………随分と暑いな」
「熱に強い悪魔なんすかね」
「どうだろうなぁ」
三人が話をしているのを静かに聞いていると、わずかにある段差。
ジェイクですら気づかなかったそれに足を取られた。
「わっ……」
「セラ」
すぐ隣から伸びてくる腕が腰に回り、倒れそうになる体がぴたりと止まる。
「悪い、段差があったか」
支えられながら、すりすりと足の底で地面をなでる。
「……ごくわずかな段差ですね」
それが無数にあるこの工場地帯、セラフィエルには足場が悪いと感じてしまう微かな差。
「…………見えないって不便っすね。こんな気にならないくらいなのに」
ニールの言葉には悪気はない。
ただ、思ったままを言葉に乗せる配慮のなさが、人を時に傷つける。
ヴィクターは慌てて後ろから頭を叩き、セラフィエルに謝るのだが、セラフィエルはくすくすと笑っていた。
「いえ、気にしないでください」
セラフィエルにとっては日常なのだが、周りからは視覚障害者として憐れまれる。
言葉を濁し、ちらりと向けられる奇異の目。
だが、ニールは純粋に「不思議っすねー」と首を傾げるのだ。
それはセラフィエルにとっては心地よいほどに。
さらりと、頭を撫でられる感触があった。
細く長い、いつも触れる手が無言で「良かったな」と伝えてきて、小さく笑った。
──────
「失礼します。祓霊庁から来ました祓い師です。詳しい内容をお聞かせ願えますか」
工場地帯を統括する統括監(General Superintendent)アンジェリカ・ロウ。
引っ詰めた髪の女性は、入ってきた四人に吊り上がり気味の目を向けた。
パンツスーツを着こなしたその女性は、手に持っていた二冊のファイルを机に置いて向きを変える。
「よく来てくれました、迅速な行動に感謝するわ」
冷ややかな声が部屋に響く。
アンジェリカの性格なのか、随分と堅苦しい。
無表情で淡々としているアンジェリカに、外ヅラを張りつけたニールが小さく頭を下げた。
今回の祓い師の責任者はニール。昇進試験が頭にちらつきながらも、真っすぐにアンジェリカを見た。
「詳しい話をするわ。こっちに座って」
部屋の端にあるソファを指さしてから、紅茶の準備をするアンジェリカは、四人を見たがセラフィエルに視線を留めることはなかった。
ソファに座る四人に、自ら準備した紅茶を出したアンジェリカはそのまま椅子に座る。
すぐ近くにテーブルがある場合は自分で取れるが、距離感が測れない場所にある紅茶には手を伸ばせないセラフィエル。
それを分かっているジェイクは紅茶を取り、セラフィエルの手に持たせる。
それを見てアンジェリカが口を開いた。
「…………少しぬるくしてるけど、大丈夫かしら」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
両手で持つカップの温度は熱すぎず、口にした紅茶も程よい熱を保っていた。
目が見えないセラフィエルは、事前に指先で温度を確認するのだが、熱すぎるのに気づかず指先を火傷することがある。
お節介な気質があるジェイクがいる場合は、先にセラフィエルの腕を掴み注意されることの一つ。
そんなジェイクが渡したのだ。火傷の危険はない。
ニールがそんな二人の様子をキラキラした目で見ていると、ヴィクターが脇腹を肘で押した。
ハッ!としたニールは、咳払いをしながらアンジェリカを見る。
「じゃ、じゃあ。詳しい話をお願いします」
それを聞いたアンジェリカは、隣にある資料をばさっと開いて四人に見せはじめた。
54
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす
河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。
悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
お腹いっぱい、召し上がれ
砂ねずみ
BL
料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。
そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。
さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。
【完結】異世界はなんでも美味しい!
鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ
異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。
頭は良くない。
完結しました!ありがとうございますーーーーー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる