The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第一章:ローズ街工場地区の事件録

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「連絡を受けたのは今から九日前。稼働していた工場のひとつから真っ黒な煙を出すようになったと報告が入ったわ。最初は故障かと思って修理点検をしていたけれど、全く直る気配がなかった」

 工場地帯全域の地図を広げて、アンジェリカは一点を指さす。「ここよ」と記された場所は、中心からやや南側に位置する大きな工場で、巨大な煙突が階段状に複数設置されていた。
 ご丁寧に、その工場だけの写真や内部の図面まで用意されている。
 ジェイクが感心したように「……へぇ」と声を出し、じっくりと眺めた。
 ジェイクが自分の膝を指先でトントンと叩く様子をアンジェリカが見ていると、ソワソワしているニールが地図を見るジェイクをチラッと見た。

 初めての責任者。リーダーとして立ち回ると鼻息を荒くしていたが、いざとなるとやはり不安になる。
 さらに、一緒にいるのは現場に出る祓い師の中でも最高峰の等級を持つ一人。頼りたくなるのも無理はなかった。

 だが、アプレンティス級(Apprentice)に昇格するための試験は、いつでも受けられるわけではない。
 ノービス(Novice)からイニシエイト級(Initiate)まではまだ指示を受けての行動が基本だが、アプレンティス級になると一人前の祓い師と認められ、国家資格を得る。
 さらに給料も跳ね上がる。頑張らないわけにはいかない。

 チラリとニールはセラフィエルのブローチを見た。
 エンジ色の下地に黒の十字架と25の数字。さらに銀の刺繍のような華やかな模様と共に、“Operative(オペラティブ)”と刻まれている。
 全ての階級ごとに色分けされ文字が刻まれているそれを、羨ましそうに見てから気を引き締めた。

 同じアプレンティス級でも、“Operative”と“Initiate”では力の差がありすぎる。
 少しでも技術を盗もうと、今回の試験には殊更に力を込めていた。

「……なるほど、特に煙が出る工場か」

「あ、あの! 誰か中に入って見たりとかはしてないっすか?」

「してないわ。異変が起きてから立ち入り禁止にしているから。それについてはマシューに一任しているわ。詳しくは彼に聞いて」

「………………マシュー?」

「特別防衛監(Special Defense Commissioner)のマシュー・クロフォードよ。現場の監督、特に危険物や緊急時の最高責任者。もう少ししたらこちらに来るわ」

「な、なるほど……。貴方が見た感想なんかは……」

 冷たい言い方に少し尻ごみしながらニールが聞くと、アンジェリカは彼に顔を向けて淡々と答えた。

「見ていないわ。私は全体の指揮を執る立場だけれど、全部を見て回れるほどこの場所は狭くない。だから、それぞれに責任者がいるの」

「………………あ、はい」

 ははは……と作り笑いをして返事を返すと、なんとも微妙な空気になった。
 どうしようー! とニールが焦っていると、セラフィエルがピクリと反応して扉の方を見る。
 ジェイクがそれに気付き、セラフィエルの手から紅茶のカップを抜き取り、半身を出して背中にセラフィエルを隠した。

 約一分後、部屋にノック音が響く。
 音の乱れもないため、ソファの背中に体重を預けると、ジェイクも座り直した。
 気配に聡いセラフィエルは、些細な音の変化で相手の感情すら読み取ろうとする。
 もちろん正確ではないが、その精度は高い。

「すまん、遅れた」

「マシュー、客人の前よ」

「ん? ……あぁ、悪い」

 ちらりと四人を見て謝罪はするが、態度は改めないようだった。軽く片腕を上げて挨拶をするマシューに、ニールも慌てて頭を下げる。
 それに頷くだけの年嵩の男は、「案内と説明だな?」と簡単にアンジェリカに確認していた。

 そしてアンジェリカに挨拶をしてから、四人はマシューに続いて部屋を出ていった。
 アンジェリカは窓から大きな工場を眺める。
 悪魔騒ぎが起きた工場は今も黒い煙を吐き出し、静かに佇んでいた。

「……悪魔、ね」

 はぁ……と漏れたため息は、誰にも聞かれることなく部屋に溶けた。


────

 ローブをはためかせて、下から吹き上げる風を浴びる。
 鉄で出来た細長い通路は網目状になっており、下からの風をダイレクトに受ける。
 そんな場所を、マシューを先頭に一列になって歩いていた。

 工場は個別に建てられており、行き来は一度外に出てからの移動になる。
 だが、緊急時や急ぎの移動が必要な時など、アンジェリカやマシューが持っている専用の鍵を使って通路を解放することも出来た。
 正面から入って目立つ行動をせず、裏から件の工場に侵入するマシュー。まだ工場地帯には多くの人が勤務しているからだ。

 マシューはちらりと後ろを見た。

「すっげー! 高い!! 落ちたら死ぬっすね!」と騒がしい自称リーダーに、腹部を抑える頼りなさそうな男。
 そして、ふんわりとした印象の盲目の優男と、その男を支える見た目の鋭い男。

 マシューは、祓い師自体への評価が低い。
 そもそも祓い師に良いイメージを持っていなかったのだ。
 誰でも要請できるが、高額な金品を対価に提示されると噂になっている。

 悪魔は日常に溶け込み、いつどこに現れてもおかしくない。
 だからこそ祓い師の需要は高い。
 ──必要だから。仕方がないから。

 そう言って呼び出される祓い師の“程度”を、マシューは疑っていた。
 だからこそ、四人に向ける眼差しは嫌にキツかった。

 
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