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第一章:ローズ街工場地区の事件録
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しおりを挟む熱風が吹き荒れ、髪や服が吹き上げられる。
目を細めて周りの気配を感じ取るように集中するが、まだ悪魔の気配を明確には捕まえられない。
工場内に異変がないか、細かく観察するように周りを見るニール。
その様子をヴィクターが見ているとのに気付かないニールは変化の無い状態に首を傾げた。
「…………」
セラフィエルは、足音の反響するこの工場内の音に耳をすませて聞いていた。
耳に髪を掛けて、集中するように目を伏せていると、視線を感じる。
何も無いと感じたニールがじっと見ていたのだ。
コクリ……と喉を鳴らして、ニールは初めての指示をする。
「セラさん、場の清浄をおねがいするっす」
「わかりました」
緊張気味に言うニールがいるであろう方向に顔を向けて、セラフィエルは微笑み頷いた。
持っていた白杖を指先で優しく撫でる。
そして、床をトンと鳴らすと、ゆっくりと下から形が変わり出す。
クニャリと歪みながら杖が伸び、クリスタルがキラリと内側から光る。
その周りをなぞるように、1周、銀の小鈴が縁った。
少し長い紐の先についた小鈴がセラフィエルを中心に緩く吹き出した風に揺れ音を鳴らす。
澄み渡る少し高い鈴の音は波紋のように広がった。
「……わ、あれ……神具だったんすか」
呆然とニールが見るのは、セラフィエルが両手で持つ白杖が変形した杖。そこに有るだけで場を清めてくれる。
セラフィエルの神具、光導杖を地面を叩く度に鈴がシャン!シャン! と音を鳴らした。
これからするのは、悪魔祓いをする最初の儀式。
悪魔によって汚染された場を清め、祓い師達に有利な聖域という場を作る、始まりの祈り。
「主よ、我らの盾と救い主、汝の聖なる御手を我らの上に掲げ給え。
汚れたる闇よ、汝の前にひれ伏し、聖なる光の炎に焼き尽くされんことを。
我らの魂を清め、我らの道を照らし給え。
汝の御名にて悪しきものを祓いたまえ」
俯き、伏せ目がちの瞳を開いて、両の手を一度打つとパァァァン!! と響く清めの響音が鳴った。
その瞬間、ふわりと浮いている光導杖から甲高く鈴の音が重なり合い大きく響かせると、セラフィエルを中心に風が工場内に吹き荒れた。
服や髪がぶわりと舞い、濁った空気が一気に晴れる。
工場内に溢れていた熱風や、焼け焦げた様な臭いも一掃された。
「………………な、なんだ、これは」
辺りを見渡し、まるで先程とは別の場所に居るかのような感じがする。
工場内の色彩がワントーン上がったような錯覚すらした。
驚き周りを見るマシュー。 この現象を作り出したセラフィエルを思い出したように見るが、まだ静かに周りを観察している様子に、ゴク……と喉を鳴らす。
終始フワフワした様子を見せていたセラフィエルの変化に、自ずと恐怖したのだ。
「………………これは、『祈り』です」
「……祈り?」
ヴィクターがセラフィエルを見ながら伝える。
「どの祓い師も、神に願い力を借りて、様々な現象を起こすんです。その祈りが、祓い師の源」
「じゃあ、さっきの風も……?」
「あれは、『浄化の祈り』によって起きる現象。セラじゃなくても誰がやっても、あの風は起きる」
腕を組んで、まだ小さく床を叩くセラフィエルを見つめながら言うジェイク。
トントン……と叩く振動が、全員の足から伝わってくる。
普通ならならないだろう、あれ程度で体に感じる程の振動は。
だが、セラフィエルは口に出さずに常に祈りを捧げていた。
この工場内全域に広がる祈りは、悪魔が広げる魔の空間を正常化させていく。
そして、魔の影を炙り出すのだ。
光導杖に付いているクリスタルがじんわりと濁り、小鈴の音が高く強くなる。
「………………すごい」
神聖な場へと変わった工場内、セラフィエルの吐息ですら、神の息吹に変わりだとマシューは見つめる。
悪魔祓いや祓い師を一切認めず、信じていなかったマシューを、『祈り』1つで認識を無理やり変えさせた。
それは、圧倒的なまでの存在感と清廉さ、場の空気にのまれたのだ。
静かな声だった。
『祈り』によって正常化された場は音も鳴り止み、静かに発せられたセラフィエルの声が反響する。
白い衣が揺れて映らない目が宙を彷徨う。
それが、また、マシューの体を震わせた。
「ジェイク」
「……あぁ」
何を求められているのか分かっているジェイクだが、指示がない。
普段だったら、ルーティンのように動くジェイクもすぐには動かなかった。
ジェイクが動くには、試験を受けているニールの指示が必要なのだ。
自分達とは違うバディを客観的に見て、ニールは自分との違いに喉を鳴らした。
「……ジェイクさん、結界をお願いします」
セラフィエルに飲まれながらも指示を出すニールを何を思っているかわからない無表情でちらりと見てから、ジェイクはゆっくりと歩き出した。
カツカツ、と革靴をならして歩くジェイクは、セラフィエルの斜め後ろで止まる。
音や感じる空気感にセラフィエルがふわりと笑うと、ジェイクは揺れる相棒の背中を優しく叩いた。
ゆっくりとした動作で唇に薄く煙草を乗せて、古めかしいリボルバーの形をしたライターを出す。
両手で支え、伏せ目がちに火を灯すと火花が小さく散って、パチッと爆ぜる。
煙草を挟んでいた唇がかすかに動き、祈りを込めながら煙草に火をつけた。
─────────カチン
ライターから爆ぜた音がする。
ゆっくりと吸う煙草の香りがセラフィエルの鼻腔を擽ると、細く吐き出された煙が空気に溶けた。
セラフィエルにとって、このライターの爆ぜる音と神具である 特製祈祷煙草
から香る薬草を思わせる香りが戦いの合図になる。
意識が、戦場へと向く。
「天地を隔てし御力よ、我が声に応えよ。
光と影の狭間を閉ざし、悪しきものの通い路を断て。
この地を囲い、この地を浄め、この地を守れ。
我らが歩む場は汝の御手の中にあり、
我らが立つ場は御翼の影にある。
いま、境を定め、悪魔を逃さず、無垢を汚させず。
これより内は聖域、これより外は虚無。
結べ、結べ、御名によりて結び固めよ。」
低く静かなジェイクの声が、心地よく周囲に響く。
祈りと共に指先で 特製祈祷煙草
を弾き空中に投げると、煙が広がり風に乗って建物全体に広がっていく。
ヴェールが広がるように、カーテンが揺れるようにふわりと薬草の香りをさせながら建物の端まで届くと、パキン! と音を奏でた。
セラフィエルが整えた聖地の上から広範囲結界を広げて工場内を聖域に変えたのだ。
これで、祓い師の得意な聖地の場が出来上がった。
「…………すげぇ」
静かなマシューの声が、驚きを彩り工場内に響いた。
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