The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第三章:中央銀行前・悪魔遭遇事件録

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 洗礼を終えた翌日、体が軽くなったセラフィエルは本日も休みである。
 いつも通りに起床し、身支度を整えてから腕に着けている時計に触れる。
 視覚障害者用の時計はバディを組んで現場の仕事を何度も繰り返し、資格習得と修正請願を終わらせたあと、祝いだとジェイクがプレゼントしてくれた物だ。
 
 見ることの出来ない円盤部分は晴れ渡るような青空が描かれ、全体的に薄水色に輝く蓋が付いている。
 その蓋を開けると青空の円盤に黒の針はあり、指で触れると時間が分かるのだ。
 黒の革ベルトは取替がきくが、馴染む肌感覚にセラフィエルは一度も変えなかった。
 
 ショートという高級時計店の物で保証もされている一級品である。
 ジェイクもここのを好んで使っていて、以前はスケルトンタイプを使っていたが、セラフィエルの時計購入に合わせて、色違いのものををオーダーメイドしていた。
 視覚障害者用しか無かったからだ。

 このショートの時計はそもそも高品質で価格が高いため、大事な人へのプレゼントや、子供の成人祝い、自分へのご褒美等特別な場合に購入することが多い。


 そんな高級品をポンと渡したジェイクに、セラフィエルは困惑しながらも受けとった。

「こんな高いものを……」

「高給取りだぞ、こっちは」

 普通だったら嫌味にしか聞こえない言葉を、ニヤリと笑いながら言って、手ずから腕に付けるジェイクに、呆れを含んだ笑みを浮かべたのを、セラフィエルは今でも覚えている。


「行きましょうか」

 毎日仕事で走り回っているセラフィエルは、普段の食事は完全に外食か、簡単に食べられる物を自宅に保存して食べるかのどちらかである。
 その非常食とも言える食材が数日前から無くなっていたので購入しに街に出たところだった。

 白杖をカツカツと鳴らし、大通りを歩く。
 向かい風がセラフィエルのコートに空気をはらみ、バサリとはためかせた。

 以前のゴミや糞尿で汚れていた街並みは、少しずつ清潔に保たれるようになってきた。まだまだ馬車や馬車トラムが普及している為美しい街並みとは言えないが、歩行も断然しやすくなっている。
 場所によってはアスファルトで固められた地面は水はけがよく、セラフィエルの歩行の安全面を跳ね上げてくれるのだ。
 歩く度に白杖はカツカツとアスファルトを小気味よく叩き、セラフィエルの耳に道標として伝えてくれる。

 ガシャガシャ……と唐突に聞こえた音。
 この場所はガス灯がある場所ですね……と少しだけ見上げる。何かの修理だろうか。

 奥では、新聞売りの少年が声を張り上げているのが聞こえるし、紳士淑女の楽しげな話し声も聞こえる。

 視覚からの情報は全く貰えないが、聴覚は人一倍良い。 セラフィエルには十分すぎる程の情報が毎日貰える。
 それはとても素晴らしいことだと、セラフィエルは現状に満足していた。 たとえ、今新しく交換しているガス灯のデザインを見ることが出来なくても。

 
 通路の傍にある大きな時計がボーンと音を鳴らす。
 それを聞いて、セラフィエルは自分の腕にある時計に触れた。
 直雨でゆっくりしすぎた事もあり、時間は昼を指している。
 そのまま昼食も食べようか……と思案しながら、銀行付近にまで足を進めた。

 自宅の契約をした時、とにかく動きやすい立地にしたかった。
 職場である祓霊庁が近いのはもちろん、普段よく使う店などが集まった場所に近い場所を選んだのは、一人暮らしのセラフィエルがより過ごしやすい環境作りをしたかったからである。

 そんなセラフィエルの考えも、現在は仕事の忙しさと心配性のバディが24時間セコムのようにセラフィエルを守ろうとするから、ひとりで行動する時間が少なくなっている。

「今日は自宅の食材と雑貨……お金を先に下ろしましょうか」

 行先を変えて、今歩いている場所を考えながら方向を少しだけ変える。
 大通りの反対側に行くために、足を止めた。
 この大通りは歩行者用の道幅が狭く、車道が広い。
 白線で場所を区切っているが、もちろんセラフィエルには分からない。
 アーケードに向かう道であるから、祓霊庁に行く道よりも広く人口密度も多い。
 必要に駆られて来るが、最近は仕事の為にあまり足を運んでいなかった。

 鼻の良いセラフィエルはこの場所が苦手だ。
 人の行き交う場所では、石鹸や香水の香りが風に乗ってそこかしこで香っている。
 ここロンドンではジメジメとした雨の日や、霧深い日が多く、地面から上がる独特の香りや、馬などの獣臭などもある。
 入り交じった香りが充満するその場所に長時間居たいとは到底思えず、なるべく短時間で済ませたいと願っている。

 とはいえ、馬車や寄り合い馬車、馬車トラムや電車トラムが横行しているこの場所は、ただでさえ事故発生率が高い。
 闇雲に早歩きで歩くものなら、あっという間に轢かれてしまうだろう。

 ふぅ、と息を吐き出し、耳をそばだたせた。

 白線で区切られた車道を渡るには、行き交う音を聞き分け、馬車やトラムが途切れた時を狙って足を進めるしかない。
 
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