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第三章:中央銀行前・悪魔遭遇事件録
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しおりを挟む静かに目を閉じて様子を感じる。
まだレールを通る車輪の音や、大きなものを引く馬の蹄の音。そしていななきが比較的近くに聞こえ、危険だと足を止めたままでいる。
他にも通行を待つ人は多く、男性が女性をエスコートしている様子が見られている。
安全面から男性がエスコートをするのは常識的な行為である。
道路状態の悪化や、石で仕切ったレールの道に足をかけたり、洋服の裾を汚さないように。
そして、雨や霧といった視界不良でも、安心して通れるようにである。
整備はされているが、まだそこかしこに馬糞もあり、その誘導も含まれる。
あいにくと、鼻の良いセラフィエルがそれに白杖や革靴を汚すことは無い。
「あの、手を貸しましょうか」
控えめな女性の声が聞こえ、優しく腕を叩かれた。
困っているのかと思われたのだろうセラフィエルは、穏やかに笑って頷いた。
「よろしいですか? 手をお借りして」
「はい、もちろん」
柔らかな小さな手だった。
いつもは煙草の香りに包まれるジェイクの固く大きな手に気遣わしくも無遠慮に、セラフィエルを支える手とは似ても似つかない。
思わず手のある位置に顔を向けると、女性は首を稼げた。
「どうしました?」
「いえ、あまり女性の手に触れないもので、不躾に申しわけありません」
不思議そうにしていた女性は、そうなんですね!とほがらかに笑った。
「どちらまで行くんですか?」
「銀行までです」
「……銀行、あ、あそこですね!じゃあ、一緒に行きますよ」
ちょうど交通が途切れ、女性は歩き出した。
セラフィエルは、急に歩き出した女性にたたらを踏みながらも着いて行く。
そして、やんわりとお断りをした。
「ご迷惑をおかけする訳にはいきませんから」
「大丈夫です、すぐそこだし。それに、私も迷子で」
えへ、と笑う女性について行くと、風に乗って淀んだ香りがした。
それは女性からしているのだが、これは嗅ぎ慣れた侵蝕痕の……と口を閉じた瞬間、ロンドン市内に悲鳴が響き渡った。
___
どんよりと雲が厚く、ロンドンは雨が降りやすい。
今も空からいつ雨粒が落ちてきてもおかしくない天気の中、セラフィエルは一緒に歩いていた女性に庇われて建物の壁に寄りかかり座り込んでいた。すぐ目の前には銀行で、壁を破って現れたのは実体化している悪魔だった。
人型というよりは、猿が混ざったような外見をしている。2メートルは軽く超えているだろう巨体を揺らしながら建物に掴まっていて、女性の髪をつかみ、引き摺っていた。
悪魔の恐怖と痛みに涙を流しているが、必死に口を抑えて声を出さないようにしている。
刺激しないようにと震えているが、足が変な方向に曲がっていて激痛がしているだろう。
それでも、女性は必死に声を上げまいとしている。
「ッ悪魔」
小さく声を上げたのは女性だった。
壁によりかかっているのはセラフィエルだけじゃなく、他にも紳士淑女、幼い子供と15人ほどがいる。
悪魔は壁を破壊しながら唸り声を上げて女性を振りました。女性は我慢していたのもつかの間、辺りを切り裂く様な悲鳴を響かせた。
振り回された女性は壁に腹部をぶつけて一瞬意識を失う。
周囲から、悲鳴が上がった。その声は言葉にならず、何を訴えているのかわからない。
「……随分と衝動的、目的がないのでしょうか」
情報が欲しいセラフィエルは、耳に集中した。
悪魔はただ叫び周辺を破壊しているようだ。電気トラムがひしゃげて中にいる乗客が悲痛の悲鳴を上げている。
普段仕事中によく聞く嘲け笑う様子とも、堕落に導く声とも違う。ただ苦痛に悲鳴を上げている様に聞こえた。
セラフィエルは白杖を握りなおす。勤務時間外のセラフィエルに出来ることは限られているが、出来る限りは立ち回ろうと、働き始めて初めて、休日に遭遇する悪魔の存在に息を吐き出したのだった。
じんわりと気持ちも悪い湿気がまとわりつく。
少しの雨音が聞こえてきたから、本格的に雨が降るのかもしれない。
馬車やドラムの走行中の音は一切聞こえないから、もう走ってはいないようだけど、鉄の焼けた匂いと先程何かが横転した音が鳴っていたから、辻馬車か何かが衝撃で吹き飛んだのかもしれない、とセラフィエルは周囲の音を拾っていった。
「悪魔……祓霊庁に……」
「間に合わないだろう! エクソシストの方が」
「連絡……しないと……」
鞄から、小型の通信機器『リンクウォッチ』を取り出した男性。
リンクウォッチとは、こういった緊急時にホットラインで直接祓い師の出動要請が出来るもの。
形は様々あるが、懐中時計に似た手のひらサイズで針が付いているタイプが最も多い。
ただ、まだこのリンクウォッチは高額で普及率が低く、連絡先が選べないのだ。自動的に、一番近い場所に発信される。
そのため、街中の至る所に設置型緊急連絡機『ベルフォン』がある。
BOX型で、連絡先が書いてある数字を押してレバーを引けば、その場所に緊急連絡が発信されるのだ。
このセラフィエル達がいる場所も、目と鼻の先にベルフォンがある。
誰かが駆け込んだのか、扉が開く音がした。
押しているボタンの数を数える。三回押してからレバーが下がった。
実際に番号を見ていないが、ここは祓霊庁にも比較的近い。
応援要請は祓霊庁にも行ったかもしれないとため息をつく。
普段は依頼を受けて仕事をする祓霊庁ではあるが、こういった緊急時も人員が居れば対応している。
本日は、セラフィエルは休みの為ジェイクはフリーだし、新人が来るという話した。
もしかしたら、ジェイクが来るかもしれない。
「……休日にやめて欲しいです」
思わず出てしまった不満は、騒がしく騒ぐ声や音にかき消された。
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