The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第三章:中央銀行前・悪魔遭遇事件録

3-5

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 セラフィエルは、騒音が響く銀行前で足止めをされていた。
 周囲で逃げ惑っている人達が集まり、混乱している状態では不用意に動けなかった。せめて、セラフィエルの声を聴いて動いてくれる人物がいたならもう少しやりようがあるのだが。
 
 悪魔に引きずられ重体の女性は体中が傷だらけで、既に意識が無い。
 だが、誰も助けに行けるはずもなく、このままでは死んでしまうのでは……と見ている人たちが震えていると、咆哮を上げた悪魔が力いっぱい女性を投げ飛ばし壁に叩きつけた。
 壁に質量のあるものが叩きつけられた音を聞いてそちらに顔を向けると、1拍置いて悲鳴が響く。
 血臭が一際強くなり、鉄臭い土の匂いと混じって何人かが吐き気を催ている。これによって何が起きたのか見なくてもわかり、セラフィエルは下唇を噛んだ。今のセラフィエルは、周りの雑多な音が邪魔して正確な情報を感じ取れないでいる。ここに誰か祓い師が一人でもいたなら、協力をすることもできただろうに。
 
 通常の悪魔祓いの時ではこんな状態になる前に対処が出来るのにと悔しそうに顔を歪める。
 落ち着きのないこの場所では、悪魔がどこにいて何をしているのか、把握する前に次の行動に進んでしまい後手に回ってしまう。
 リードしてくれるジェイクがいないだけで、セラフィエルの行動が制御されてしまうのだ。

「…………ねぇ、貴方名前は?」

 隣にいる女性が、悪魔から目を離さず唐突に聞いてきた。
 周囲を感じ取っていたセラフィエルは、意識を女性に向ける。

「…………セラフィエルと申します」

「私はニコ。ホットラインを出しているみたいだから、少ししたら祓い師かエクソシストが来るわ。それまでは何とか逃げ切りましょうね。大丈夫よ、見捨てたりしないから」

 ギュ……とセラフィエルは腕を握られた。
 その手は白杖を握っている方の手で、セラフィエルは、緊急時に動くことを封じられてしまった。

「あの、離して貰えますか」

「ダメよ、避難の時にはぐれてしまうもの……初出勤時に悪魔と遭遇しちゃうなんて」

 後半は小さな声で漏らされたが、それを正確に聞いたセラフィエルは、初出勤と何か関係があるのかな? と首を傾げた。
 まさか今日付けで祓霊庁はつれいちょうに祓い師見習として出勤するセラフィエル達の後輩になるとはこの時夢にも思っていなかった。

「……大丈夫、私祓い師なの。だから、大丈夫だから」

 緊張を必死に隠して言うニコに、セラフィエルは小さく祓い師……ですか? と呟いた。
 だが、様子を見る限り現場に出たことのないのだろうとすぐに感づく。

「私の後ろにいて」

「いえ、あの……手を離してください」

 光導杖ルクス・カデュケウスを持つ右手を掴まれて動けないと困惑していると、セラフィエル達が居る少し隣の上空に何かが吹き飛ばされゴシャ……と重量のある物が潰れた音がした。

 状況がいまいち分からない。だが、祓い師の感が言っている。この場所は危険だと。
 セラは腕を払いのけると、うるさいくらいになる鈴の音を聞きながら一瞬で光導杖ルクス・カデュケウスの姿を変える。

 「見えぬゆえに、我は恐れず。
 されど我らを包み守る御手を、ここに。
 触れ得ぬ盾となり、悪しきものを退け給え。」

 光導杖ルクス・カデュケウスを上に掲げて祈りを込めると、薄い結界のようなものが展開されて、飛ばされるトラムの残骸から市民を守った。
 周囲を確認しながら誰もいないであろう場所に避けるように飛ばすと、全員の視線がセラフィエルに向けらる。

 「聞いてもらっていいですか? 僕は目が見えません。ですから、悪魔の居場所を正確に把握するのが難しいのです。なので、出来るだけお静かに願います。僕の把握の方法は聴覚なんです」

 自分で耳が聞こえないことを伝えて唇に指をあてた。しー、と言いながら笑うセラフィエルに、ニコは驚いている。
 自分が守るべき相手だと思っていたのに、まさか祓い師だったなんてと。

 「ニコさん」
 
 「……あ、なんですか」

 「あなたはこれから祓い師になるのですか?」
 
 風を感じながら、セラフィエルは聞いた。湿った風が雨を運んでくる。
 すん……と鼻を鳴らして、大雨になる可能性を感じたセラフィエルは、出来るだけ早く終わらせたいと思っていた。

 「そ、うです」

 「祓霊庁はつれいちょうであっています?」

 「は、はい……」

 うなずいたのが雰囲気でわかった。それににこやかに笑ったセラフィエルは、では……と声をかける。

 「僕たち祓霊庁はつれいちょうの職員は、休日での個人的な悪魔祓いは原則禁止となっています。二人で行う悪魔祓いですので、危険な行為をしないための社訓となっています。ですが、こういった緊急時、ただ見ているだけというのは難しいので、防御などについては許可されているのですよ」

 ゆっくりと足を進めて前に出る。シャンと鈴の音が響き、不安がる人たちの心に響いていた。
 前から風が吹き、セラフィエルの髪や服をはためかせる姿が随分と幻想的に見える。

 「少しだけ、手を貸してくださいませんか? 僕の目になってください」

 振り向き笑うセラフィエルはどこまでも穏やかだった。この地獄のような現状の中で危機感など微塵もない様子が、かえって異様に映る。
 ニコは自分が守らないとと張りつめた気持ちが今にも爆発してしまいそうだった。
 震える指先はそのままだが、不安に押しつぶされそうだった感情が。ゆっくりと静まっていく。
 既に一人死亡者が出ている中で、周りの恐怖も感染するように広まり、何時誰が悲鳴を上げてもおかしくない状態だったのが、ほんの少しの心のゆとりが出来た瞬間だった。



 _____



 「ニコさんから見て、悪魔はどんな姿をしていますか?」

 光導杖ルクス・カデュケウスを悪魔に向けて聞いた。動いていないのが雰囲気でわかる。
 だが、警戒しているわけではなく、やはり何かに苦しんでいる様子だった。
 眉をしかめながら、セラフィエルは口を開いた。

 「全能なる御神よ、我ら、この場に臨むに際し、穏やかな光を注ぎ給え。
暗きものを退け、清き風を満たし、我らの歩む道を安らぎにて包み給え。
かくして御名の御許において、邪なる影は退き、清き光は満ちん。」

 悪魔祓い行う前の浄化の祈り。すでにこの広場は悪魔によって汚染されている。
 広範囲で結界すら敷いてない今、この場所は完全に悪魔優先の場になっていて、やろうと思えば25人の犠牲など簡単にできてしまいそうだ。
 その場を少し正常化して祈りが効きやすい場を作る。
 さらに、祈りを込めた。

「慈悲深き主よ、我らと共にある者を御手にて守り給え。
痛みも恐れも届かぬ穏やかな結界を編み、心と身を安らかに包み給え。
かくして御加護は我らと共にあり、悪しきものは近づかじ。」

 防御の祈りを全体にかけて、物理攻撃軽減と共に精神不安などの状態異常も軽減する祈りを行う。
 この状態で一番警戒したいのは集団で混乱や錯乱することだ。

 「猿みたいな……大きい悪魔です」

 「ぼやけていますか?」

 「いいえ!」

 「実体化しているのですね」

 しっかり見えるということは、実体化した後なのだろう。
 大きな体で、何か体をくねらせて建物に体当たりしているとニコが伝えると、なるほど……とうなずいた。
 

 

 
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