The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第四章: 新人教育

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 祈祷室は相変わらずシンと静まりかえっている。
 こので冷たく研ぎ澄まされ、だが神聖さ溢れる祈祷室は、沢山の祓い師を排出してきた。

 セラフィエルはこの場所が好きなのだ。
 それこそ、許される時間がある限り、ここで祈りを続けていたいと思う程に。

 その理由は、セラフィエルの鋭すぎる感覚からだった。
 この耳は少しの音を、嗅覚が香りを拾う。
 空気が、感覚が、見えないセラフィエルに鮮明に情報を伝えて来る。
 自宅にいても、耳をすませば外の音を聞き分ける程の感覚過敏で、具合が悪くなることも数え切れないほどあった。
 この感覚、聴覚、嗅覚が発達した器官はセラフィエルの生活に欠かせないものなので、それに不満は無い。だが、この祈祷室は外の音を完全に遮ってくれる安息の場所でもあるのだ。

 常に音や香りに囲まれたこの世界の中で、唯一落ち着いて一人になれる場所だった。



「…………あれぇ、ここなら人いないと思ったんだけどなぁ」

 使用中なのに許可なく扉を開けて、無遠慮に入ってきたのは、また聞きなれない声だった。
 まだ若いだろう声にセラフィエルは眉をひそめた。
 この第七支部の関係者ではないだろう。
 ということは、研修に来たもう一人の新人だろうか。
 跪き、白いローブを広げて祈っていたセラフィエルは、気配はあるけれど匂いのない人ですね……を目を細めた。

「…………貴方は新人研修に来た方ですか?」

「そうそう! でも、面倒臭いからサボろうかなってウロウロしてここに来たら、まさか先客がいるんだもんなぁ」

 頭の後ろに手を組んで片足に体重を掛け、上半身をユラユラするサボろうとしていた男を、映らない揺れる瞳で見据えた。
 ティモフェイもだが、どうにも自由な人が多いですね……と、思わず口を覆って深く息を吐く。

「既に準備して待っていますよ」

「ん? なんでわかるの?」

「それは……」

 言いかけて口を閉じる。開いた扉の向こうから、足早に向かってくる聞きなれた足音を捉えたのだ。
 歩くスピードは変わらず、むしろ早くなっている。
 途中で曲がるための減速をする様子は無いので、まさか……と身構えた。
 こういった場合、怒りを身の内に飼った状態でジェイクは登場するのだ。

「……ジェイク」

「やぁぁぁっと、みつけたぁぁぁ」

 顔をこれでもかと歪め、乱れた髪を整えることなく扉に手を付き言うジェイク。
 地を這うような低い声に、目の前の男性の方が跳ねた。
 静かで厳かな雰囲気だった祈祷師室が、一気に不穏に包まれたのだった。



「いたいいたい!! 耳をひっぱんないでぇ!! 俺結構繊細なんだ……か……いったぁぁぁぁぁぁぁいいい!!!!」

 耳をつかみ、半ば引きずるように連れて行くジェイクと、ギャアギャアと叫ぶ男性。
 抗議の声が上がり廊下に響くが、ジェイクの指先は無言でギリギリと強くなっていき掴んでいる耳の周辺が真っ赤に変色していた。

「いゃぁぁぁぁ!! 俺の耳ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 甲高い悲鳴にセラフィエルは思わず耳を抑えると、それに気付いたジェイクが足を止めた。
 ズルズルと男を引き摺り、ジェイクが片手でセラフィエルの頭を抱え込んだ。
 片耳を抑えるように引き寄せてジェイクの胸に顔を寄せると、頭がぐわん……と揺れるほどの目眩はゆっくりと収まる。
 次第に聞こえるのは、ジェイクの心音だけで落ち着気を取り戻した。

 ふぅ……と息を吐き出すと、至近距離から視線を感じて顔を上げる。
 うっすらと書いた汗に、眉尻が下がったセラフィエルは赤らめた顔をしてジェイクに抱かれる姿に、耳を掴まれている男は目を見開きながら口を開けた。

「え……エロすぎじゃない?!」

 振りおろされたジェイクの鉄拳が男の頭に落ちて、また甲高い叫びが廊下に響いた。
 
 


「リアム・カーターでぇす……」

 頭に巨大なたんこぶを作って項垂れながら挨拶をする男、リアム・カーターは、痛みにうっすらと涙を流しながら赤茶色の短髪を撫でた。
 ブツブツと、いってぇ、あんな怒んなくてもいいじゃん! と文句を漏らし、ジェイクの鋭い眼差しが飛ぶ。
 へらぁ……と笑って誤魔化したカーターの隣には、今日も迷子になって遅刻したニコが、所在なさげに立ち尽くしていた。

 これで、新人三人がやっと集合したのだった。

 ザワザワと騒がしい事務所内の一箇所で、ホワイトボードを出したジュディはため息を吐く。
 この場は問題児ばかりか……とかつてのバディを懐かしく思うが、新人を1人前に育てるのもセンチネルの勤め。

「………………今日新はいないの」

「新さんは今日遅番ですよ。お昼近くにいらっしゃいます」

「………………昼なのね」

 ちらりと時計を見て頭を抱えてしまうジュディ。
 今は八時半で、新と呼ばれた祓い師が来るまで数時間ある。
 
 新とは、日本生まれの祓い師である。
 三ツ矢 新というその人は第七支部内にいるフリーの祓い師だ。
 休日の祓い師の穴埋めや、事務処理、緊急対応を行う自由に動ける祓い師でバディはいない。
 
 そんなフリーの中でも、新はかなり目立っていた。
 日本人特有の幼い顔立ちから溢れるように湧き出る暴言。
 それは嫌な気分にならない笑顔すら浮かばせる彼特有の語彙が炸裂していて、武力と言葉によって悪魔をぶちのめす祓い師である。
   
 そんな彼は、こういった問題児の対応も上手い。
 いや、上手いと言えるのだろうか。端から殴り飛ばしていくスタイルで爽やかに怒りを込めて笑う。
 ジュディは、今こそ彼が必要だと息を吐き出した。
  

 
 
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