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第3章
13話 2度目の訪問はお泊まりで 3
少し着崩れた服のまま、胡座で座るヴェルクレアは乱れた髪を1度解いて俯き気味に髪をかきあげた。
最初はレティリアも眉をひそめて目を釣り上げていたが、あまりにも落ち込み哀愁漂う姿に眉尻が下がってしまう。
正面に座っているレティリアに、先程とは違い触れることは無いけれど、膝がぶつかる程近くにいるのは変わらない。
はぁ……とため息がヴェルクレアから零れる。
葛藤の末に絞り出すように伝えられたヴェルクレアの告白は、まったくレティリアには伝わっていなかった。
それどころかヴェルクレアの後悔によって、物理的にレティリアは抱擁という名の筋肉の攻撃を全身に受ける羽目になり、痛みと呼吸困難に見舞われる。
結局、なにがどうしてヴェルクレアをあそこまで落ち込ませ、あまつさえ筋肉で全力の強攻撃を仕掛けるまでになったのか、レティリアにはわからないままだ。
ただ、レティリアに向かって口走った言葉が、彼にとって酷く悔やまれるものだったことは、察っすることは出来るだろう。
締め付けられた腕をそっと撫でながら、しょんぼりするヴェルクレアの様子を見ていると、吐き出されたため息はほんのりと甘い。
ヴェルクレアの態度を見るに、少なくとも“その他大勢”ではない感情を持たれていることだけは分かる。
けれどその感情が、恋なのか、執着なのか、守るべき何かへの責任なのか……レティリアにはわからなかった。
_____
あの葛藤の時間は、相変わらず空気を読まないレティリアの腹部によって終わりを遂げた。
きゅるるる……と可愛く鳴る腹部に手を当てるが勿論至近距離のヴェルクレアに聞こえている。
「…………お腹空いた?」
「う、うん」
「俺が作ったの、食べてくれる?」
「食べる」
不安だったのか、ヴェルクレアの声に張りがない。
レティリアの間髪入れずに答えた言葉にヴェルクレアは嬉しそうに笑ってからゆっくりと準備をする為に立ち上がった。
レティリアは迷っていた。
わざわざレティリアの為にとキッチンに立ってくれるヴェルクレアの手伝いをするべきかと、腰を浮かせては座るを繰り返していた。
ヴェルクレアからの告白を聞いていなかったレティリアは、安易に近づいていいのか、眉に力が入りながら悩んでいる。
それに気づいているヴェルクレアは、レティリアの可愛い行動に思わず頬を緩めてチラッと見ていた。
「…………ヴェルさん」
「なぁに?」
「私、手伝う?」
「凄く魅力的な相談だけど、今のレティは疲れてるから休んでいて欲しいかなぁ……今度、一緒に作ってくれる?」
少し不安そうに聞いてくるヴェルクレア。
次があるということは、また家に来ると言う事だ。
この家はレティリアにとって、凄く居心地がいい。 新品の畳にい草の香り。 広々とした室内は余り物が置いてなく、縁側からは心地良い風が吹く。
涼しい午後、畳みにごろりと寝転び風を感じながらい草の香りに包まれてお昼寝したら幸せだろう。 風鈴がまた、涼やかでいい。
そしてヴェルクレアは、それを許してくれる。
だからこそ、この関係に甘えてしまうのだ。
流されていると言ってもいい。
「………………レティ?」
「頷いたら負け」
「え、戦いなの?」
困ったように笑ったヴェルクレアが小さく笑う。
そして、後ろを向いて何か作業をしている。その背中を、レティリアはぼんやりと見つめる。
「……なにしてるの」
「うん……スコーンをね、準備しているよ。16時だし……お茶にしようか」
その笑顔は照れ隠しにも、取り繕いにも見えた。けれど、“歩み寄ろう”とする意思だけは感じられて、レティリアに拒む選択肢を与えない。
テーブルには、甘さ控えめの紅茶と、驚くほど大量のスコーン。
スコーンに添えられたクリームやジャムは、ヴェルクレアなりに“多すぎるほどの選択肢”を用意してくれているように感じた。
「……いっぱい」
「レティを連れ帰る時に注文して配達してもらったんだよ。起きた時、お腹すくかなって思ってねぇ」
「お腹すいた……食べていい?」
タイミングよく鳴った腹の音に、レティリアは情けなさそうにお腹を撫でる。
ヴェルクレアは笑って、皿に五つスコーンをのせて渡してくれた。
食べていいのか、まだどこかで距離を測ってしまう。でも、その問いかけには迷いなく、
「勿論だよ」
という穏やかな返答が返ってきた。
ほんの少し、少しずつ、空気が変わっていく。
以前のようなとろける甘さではなく、慎重で静かな……けれど、心地よい時間。
サクッと音を立ててスコーンをかじると、口いっぱいに広がる温かみと甘み。
「…………そうだ。ヴェルさん……ハルピュイアはどう?」
「ん? あぁ、ハルピュイアねぇ。回復は終わらせたよ。かなり警戒していたんだけど、攻撃もなくてねぇ……」
あの時の、あの視線を思い出す。ヴェルクレアの回復中にも、ハルピュイアの目は一度もレティリアから逸らさなかった。
「……後遺症とかは」
「今のところはね。生きてるハルピュイアなんてまず無いから、正直、俺たちでもどうするべきかは悩んだよ」
「……白塔に、連れていかれた?」
「…………うん」
淡々とした返事だったが、その中にどこか“仕方のなさ”が滲んでいた。
「………………ハルピュイア、大丈夫かな」
「あ~~~~……」
困ったように眉を下げるヴェルクレア。返答を濁したのは、たぶん、本当に予想がつかないからだ。
白塔──ビオラクト機構は、魔物の生態を研究するために設立された、国公認の研究集団だ。
だが、関係者の中には、魔物そのものに倒錯的な愛や関心を向ける者も少なくない。
あまりにも異質で、そしてあまりにも貴重だった。
深海に棲むカラス型魔物・ハルピュイアが、リバイアサンの中から“生きたまま”出てくるなど、前代未聞だ。
白塔がそれを見逃すわけがない。
「…………うーん」
紅茶をひとくち飲みながら、レティリアは視線をスコーンに戻す。
気にしても、どうにもできないこと。それでも心配しないわけにはいかない。
ジャムの甘さと生地の温もりが、かすかな罪悪感を和らげてくれた。
ゆっくりとした時間が流れ、テーブルの上の湯気もやがて静かに消えていく。
山のようにあったスコーンも、レティリアが最後の1個を食べてある程度の空腹は解消された。
そんな時、インターホンが鳴った。
ヴェルクレアが「はいはい、誰かなぁ」と言いながら、ゆっくり玄関の方へ歩いていく。
それを見送ってから、レティリアは巨大なクッションに体を預けた。
お腹もいっぱいになって急激に襲いかかる眠気に、まぶたを閉じてウトウトする。
久々の現場、解体の疲れと、怒涛の出来事に、どうしても身体が休息を求めていた。
ふかふかのクッションが体を包み込んで、もう意識を手放す……という時、玄関からカチャカチャと金属が重なる音がする。
それは聞きなれたもので、意識が再びふわりと浮上してレティリアは目を擦って体を起こした。
玄関での会話は聞き取れなかったが、ヴェルクレアの気配と声は穏やかで、どうやら緊急ではなさそうだ。
そして、何かを抱えたヴェルクレアがゆっくりとリビングに戻ってきた。
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